21 / 23
オマケ 第二話
しおりを挟む――今になってもはっきりと思い出せる。妻の為、治療薬は存在しないが、せめて苦痛を取り除く為の薬を仕入れようと手回ししていた際、どこから聞きつけたのかアルベルトがこう、私に向けて言ったのだ。
『王族に連なる者であるならば、どんな理由があれども法にて禁じられた薬を手にすべきではない。王家は皆の手本となるべき存在である故にその責任は重大。タイガークロー公爵は臣下に下っているとは言え、父の従兄弟に当たるのだからその責任を勝手に放棄できる立場ではないだろう。当然、その妻となった者も同様だ』と。
…その場が私的な集いであったなら、軽く流せただろう。しかし、よりにもよって王子の学園入学の前祝いと、他国の使者たちとの外交も兼ねた公的なパーティーの場だった事が致命的だった。当時、王太子教育も半ば終えており、学園を卒業すれば王太子となる事が決まっていた第一王子の発言は重い。仕入れようとしていた薬は確かにこの国では禁薬指定されていた物ではあったが、医師の処断があれば厳しい審査を受けた後に手に入れることが出来る薬でもあったのに、私は泣く泣く薬を手に入れることを諦めるしかなかった。アルベルトの発言を軽んじる事が、ひいては王家を軽んじる事に繋がれば、私だけでなく妻もその罪を背負う事になる。生きていれば与えられる汚名返上の機会など、時間のない妻にはもうありはしないのだ。
後に、国王陛下がこっそり王家の医師に妻を診せて、その薬を手に入れようと手続きをしてくれたが、手元に届いた薬は間に合わなかった。妻とは、苦痛に顔を歪める姿を見せたくないからと扉ごしの面会が続いており、それは最期の時まで続いた。最後の最期まで傍について看取ってやりたくとも、肝心の本人が嫌がった。美しい私の姿だけを覚えていてほしいと、最後の我儘を叶えてほしい……そう請われてしまえば、その願いを叶えてやることしか無力な私には出来なかったのだ。
別れの時、棺桶に収められ死化粧された妻は美しかったが、痛みに強張った表情のままであり、どれほどの痛みに苦しんでいたのかと思うだけで涙が止まらなかった。痛みを取る薬があれば妻は安らかに逝けただろうに。最期まで傍に居てやれただろうに。それが出来なくなった原因である、アルベルト。忘れようとしても忘れられず、怒りに身を任せる事もままならず、封じてきた想い。…それなのに、貴族の見本となるべしと教育を受ける王家として有るまじき、王家の責任を放棄しているとしか思えないアルベルトの行動。あの日、あの時の発言を、忘れてしまったとでも言うのだろうか。…細かな情報を集めていく、そして気付いた。アルベルトの『あの発言』は、耳にした私の妻の話を己に都合の良いように理解し、ただただ己にとって正しいことをしていると言う自己満足に酔いしれていただけで、王家の責任も何もアルベルトは本当の意味で理解していなかったのだ。そう悟った時、私は怒りを抑える努力を、止めた。
――そうして、アルベルトからウルファング侯爵令嬢との婚約を解消したいという申し出があったと国王から内密の相談を受けた時、私はこの絶好の機会を逃す手はないと即座に決意した。王家に恨みはない、だがアルベルトを第一王子として二度と返り咲けないようにし、妻の苦しみとスノーベルが受けた屈辱を、必ず倍以上にして返すと。
実は言うと、私とウルファング侯爵とは親友同士だった。私より早く結婚し、私より早く爵位を譲位され、身分的には私が上だったが、仕事のフォローや私生活――妻への贈り物の相談や、病気の事も相談していた――も判断力に長ける彼に支えられてきた私は頭が上がらない。家族ぐるみで交流していたので、当然、その娘であるスノーベル侯爵令嬢の事も私は良く知っていた。第一王子と婚約しその勉強に忙しい中でも、闘病生活中であった妻の見舞いにも来てくれ、こんな娘が欲しかったなと何度思ったことか。努力家で社交性もあり、気配り上手の淑女として立派に成長していくスノーベル侯爵令嬢。苦しみのままに亡くなった妻の代わりに、この子には誰よりも幸せになって欲しいと願っていたし、ゆくゆくは王妃となる彼女を臣下として支えていくことを亡くなった妻の墓前で誓っていた。
――アルベルトはスノーベルだけでなく、私の願いと誓いさえ踏みにじったのだ。
身近な存在として認識していたスノーベル侯爵令嬢に対し、アルベルトと私の関係は、私の従兄弟である現国王陛下の子であり、第一王子で王太子候補というだけだった。血の繋がった親戚という認識はあるが、親愛の情があまりなかったのも幸いした。それと言うのもアルベルトが幼き頃に対面した時に、私の母譲りの赤い目が怖いと泣き避けられることになり、諸々の配慮から公的な仕事の際でしか会うことがなかった為だ。私的な交流がもっとあればこちらとしても情も湧くだろうが、そもそも父の代で王位継承権を返上どころか破棄しているので、タイガークロー公爵家の者はあくまで国王陛下の臣下でしかない。私としては現国王である従兄弟とはともかく、その子であるアルベルトとはこれぐらいの距離感がある方が丁度良かった。…あの発言があってからは、この程よく離れた距離感に感謝したぐらいだ。でなければ、私は怒りを抑えきれずとっくに不敬罪で幽閉されていたかもしれない。
30
お気に入りに追加
159
あなたにおすすめの小説
【完結】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました
八重
恋愛
「ソフィ・ルヴェリエ! 貴様とは婚約破棄する!」
子爵令息エミール・エストレが言うには、侯爵令嬢から好意を抱かれており、男としてそれに応えねばならないというのだ。
失意のどん底に突き落とされたソフィ。
しかし、婚約破棄をきっかけに幼馴染の公爵令息ジル・ルノアールから溺愛されることに!
一方、エミールの両親はソフィとの婚約破棄を知って大激怒。
エミールの両親の命令で『好意の証拠』を探すが、侯爵令嬢からの好意は彼の勘違いだった。
なんとかして侯爵令嬢を口説くが、婚約者のいる彼女がなびくはずもなく……。
焦ったエミールはソフィに復縁を求めるが、時すでに遅し──
(完結)伯爵家嫡男様、あなたの相手はお姉様ではなく私です
青空一夏
恋愛
私はティベリア・ウォーク。ウォーク公爵家の次女で、私にはすごい美貌のお姉様がいる。妖艶な体つきに色っぽくて綺麗な顔立ち。髪は淡いピンクで瞳は鮮やかなグリーン。
目の覚めるようなお姉様の容姿に比べて私の身体は小柄で華奢だ。髪も瞳もありふれたブラウンだし、鼻の頭にはそばかすがたくさん。それでも絵を描くことだけは大好きで、家族は私の絵の才能をとても高く評価してくれていた。
私とお姉様は少しも似ていないけれど仲良しだし、私はお姉様が大好きなの。
ある日、お姉様よりも早く私に婚約者ができた。相手はエルズバー伯爵家を継ぐ予定の嫡男ワイアット様。初めての顔あわせの時のこと。初めは好印象だったワイアット様だけれど、お姉様が途中で同席したらお姉様の顔ばかりをチラチラ見てお姉様にばかり話しかける。まるで私が見えなくなってしまったみたい。
あなたの婚約相手は私なんですけど? 不安になるのを堪えて我慢していたわ。でも、お姉様も曖昧な態度をとり続けて少しもワイアット様を注意してくださらない。
(お姉様は味方だと思っていたのに。もしかしたら敵なの? なぜワイアット様を注意してくれないの? お母様もお父様もどうして笑っているの?)
途中、タグの変更や追加の可能性があります。ファンタジーラブコメディー。
※異世界の物語です。ゆるふわ設定。ご都合主義です。この小説独自の解釈でのファンタジー世界の生き物が出てくる場合があります。他の小説とは異なった性質をもっている場合がありますのでご了承くださいませ。
【完結】伯爵令嬢の格差婚約のお相手は、王太子殿下でした ~王太子と伯爵令嬢の、とある格差婚約の裏事情~
瀬里
恋愛
【HOTランキング7位ありがとうございます!】
ここ最近、ティント王国では「婚約破棄」前提の「格差婚約」が流行っている。
爵位に差がある家同士で結ばれ、正式な婚約者が決まるまでの期間、仮の婚約者を立てるという格差婚約は、破棄された令嬢には明るくない未来をもたらしていた。
伯爵令嬢であるサリアは、高すぎず低すぎない爵位と、背後で睨みをきかせる公爵家の伯父や優しい父に守られそんな風潮と自分とは縁がないものだと思っていた。
まさか、我が家に格差婚約を申し渡せるたった一つの家門――「王家」が婚約を申し込んでくるなど、思いもしなかったのだ。
婚約破棄された令嬢の未来は明るくはないが、この格差婚約で、サリアは、絶望よりもむしろ期待に胸を膨らませることとなる。なぜなら婚約破棄後であれば、許されるかもしれないのだ。
――「結婚をしない」という選択肢が。
格差婚約において一番大切なことは、周りには格差婚約だと悟らせない事。
努力家で優しい王太子殿下のために、二年後の婚約破棄を見据えて「お互いを想い合う婚約者」のお役目をはたすべく努力をするサリアだが、現実はそう甘くなくて――。
他のサイトでも公開してます。全12話です。
欲深い聖女のなれの果ては
あねもね
恋愛
ヴィオレーヌ・ランバルト公爵令嬢は婚約者の第二王子のアルバートと愛し合っていた。
その彼が王位第一継承者の座を得るために、探し出された聖女を伴って魔王討伐に出ると言う。
しかし王宮で準備期間中に聖女と惹かれ合い、恋仲になった様子を目撃してしまう。
これまで傍観していたヴィオレーヌは動くことを決意する。
※2022年3月31日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
婚約破棄のその後に
ゆーぞー
恋愛
「ライラ、婚約は破棄させてもらおう」
来月結婚するはずだった婚約者のレナード・アイザックス様に王宮の夜会で言われてしまった。しかもレナード様の隣には侯爵家のご令嬢メリア・リオンヌ様。
「あなた程度の人が彼と結婚できると本気で考えていたの?」
一方的に言われ混乱している最中、王妃様が現れて。
見たことも聞いたこともない人と結婚することになってしまった。
婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?
鶯埜 餡
恋愛
バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。
今ですか?
めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる