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第十四話

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 ――感動の再会になるはずだった。だが、それは武骨な騎士達のせいで出来なかった。スノーベルと我が子まであと五歩も進めば手が届く、そこまで近づけたのに。叫ぼうとしても力づくで地面に押さえつけられて、痛みのあまり声が出なくなる。怖い顔をした騎士達に、狼藉者め大人しくしろ! と怒鳴られたけれど意味が分からなかった。父親の僕と、母親のスノーベルと我が子が、家族としてようやく揃うのに何を言っているのか。狼藉者と言うならば、それはこの僕に敵意を向ける騎士達の側だろうに。



 せっかくの再会だと言うのにスノーベルとは抱き合える所かまともに会話さえも出来ず、その腕の中に強く抱きしめられていた我が子の顔すら、はっきり見えなかった。取り押さえられる前に一瞬見えた赤子の目が、火のように赤く見えたのは気のせいだろう。結局、非力な僕では騎士達には叶わず、乱暴に扱われている内に気を失って…気が付けばどこかの牢屋に入れられていた。尋問の担当を自称する男達に入れ替わり立ち代わり色々聞かれたから全てを答えたのに、僕の言葉は何一つ信じてもらえないことにイラ立つ。



 数日経ってやっと牢屋から出られた、と思ったら僕を迎えに来ていた義理の父は僕を睨むだけ睨んで、言葉の一つも掛けて来なかった。保釈金とやらを立て替えてくれたらしい無言の男爵の代わりに、冷たい目を向けてくる家令にたくさん嫌味を言われて、無理矢理あの家に戻された。すぐに出掛けようとしたけれど、また通いのメイドが監視役を任されたらしく、以前のように自由に出掛ける事が出来なくなってしまった。相変わらず冷たく暗い家。メイド付きで食料調達の為の買い物にしか行けなくなって、自由のないこの暮らしが苦痛に感じた。…以前より不自由になったが、何も行動しない訳には行かない。だって、僕にはがいるのだ。美しい妻と泣き顔しか見ていない我が子の為に行動しなければとそんな一念でどうにか隙をついて役所に出掛け、もう一度、あの目安箱に書簡を投函することに成功した。



 ――『スノーベルと我が子を取り戻せたなら、モニカと離縁しても良い。』…今の僕の現状と共に書簡に書き添えたこの一文は、僕にとって重大な決意だった。だって、モニカと離縁したら愛を選んだこと僕の選択が間違いだったことになってしまう。それは嫌だった。でも分かったのだ、愛を選んだことが間違いなのではなくて、『愛する相手』を間違えただけなのだと。僕の婚約者として努力を欠かさなかったスノーベル、彼女との愛こそが真実の愛だったのだから。遠回りになってしまったけど、今度こそ、僕は間違っていないのだから必ず幸せになれるだろうと確信した。



 後は調査官が来るのを待つだけだと思っていたら、僕の元に現れたのは物々しく完全武装した騎士達。以前とは違って、早急に国王である父が僕と僕の家族の為に動いてくれたのだと喜んで出迎えた、のに。



 ――捕まったのは、僕。



 騎士の一人が僕の罪状とやらを口にしていたが、その内容さえ僕には理解出来なかった。猿轡を付けられ罪人のように縄まで掛けられ、檻のような荷馬車に乗せられた。そのまままたあの汚い牢屋に入れられるのかと考えていたが、その予測は外れた。荷馬車は王都を出て、十日程掛けて運ばれた先は、噂だけ聞いていた重罪人達が二度と出られぬように収容されている独房施設だった。



「冗談じゃない! 僕を誰だと思っている?!」



 さすがに大声で文句を言えば、騎士は厳しい目で僕を一瞥し、『王命』だ、と言われた。…信じられず、僕が呆然としている内に、暗くてじめじめして冷たい独房に乱暴に突き入れられた。それからどんなに叫んでも人は誰も来ず、扉の隙間から無言でカビたパンと塩スープだけが差し入れられるだけ。それが一度くれば、一日経ったことを示すのだと気付いたのは、独房に入れられて五日過ぎた頃だった。



 …ここはあの家よりももっと暗く冷たいから、一刻も早く外に出たい。スノーベルでもモニカでも、義理の父でもいい。両親のどちらでも両方でも構わない、とにかく誰か迎えに来てくれないかと、開かない扉を見つめ続けるだけの時間。それはモニカを待っていた時よりも酷く苦しく、あの家での監視付きの暮らしより辛かった。



 ――あれからどれだけの日が過ぎたのか。月日も時間も何も分からなくなったある日、柔らかいパンと具沢山のスープが差し入れられた。食べ終われば、高級ワインらしき飲み物も追加された。…これらの意味を理解したくなかった。だって、スノーベルにも、モニカにも、ブランカ男爵義理の父にも、国王国王にも、側妃にも、乳母兄と友人達にも、僕の周りに居た全員に、僕はとっくに見捨てられていたことになるから。そんなことに今更気付きたくなかった。



 どうして幸せになるべき僕がこんな所にいるのかと、ずっと考えていたけれど、嫌な答えになる度に否定して来た。でも、最期の晩餐の後に出て来たワインを見て、最初から僕が間違えていたこと決して認めたくないその答え、その結果が今なのだと突き付けられた。今後、食事は一切出て来ないのだろう。逃げられない僕はもう何も考えたくないと唸り声をあげ、芳醇な香りを放つワイン毒杯に手を伸ばした。






【完】



(あとがき)
最後までお付き合い下さりありがとうございました。やっと本編が終わりました。元々短編の予定だったので、長編になった結果、後付けの設定がたくさんあって、矛盾がないように整えるのが大変でした。…どこかに矛盾があったら、さらっと流してくれると助かります…モウミナオシタクナイ、別の話考えたい…。後は、『登場人物紹介』と『おまけ』で完結です。それではお目汚し失礼いたしました。


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