18 / 23
第十四話
しおりを挟む――感動の再会になるはずだった。だが、それは武骨な騎士達のせいで出来なかった。スノーベルと我が子まであと五歩も進めば手が届く、そこまで近づけたのに。叫ぼうとしても力づくで地面に押さえつけられて、痛みのあまり声が出なくなる。怖い顔をした騎士達に、狼藉者め大人しくしろ! と怒鳴られたけれど意味が分からなかった。父親の僕と、母親のスノーベルと我が子が、家族としてようやく揃うのに何を言っているのか。狼藉者と言うならば、それはこの僕に敵意を向ける騎士達の側だろうに。
せっかくの再会だと言うのにスノーベルとは抱き合える所かまともに会話さえも出来ず、その腕の中に強く抱きしめられていた我が子の顔すら、はっきり見えなかった。取り押さえられる前に一瞬見えた赤子の目が、火のように赤く見えたのは気のせいだろう。結局、非力な僕では騎士達には叶わず、乱暴に扱われている内に気を失って…気が付けばどこかの牢屋に入れられていた。尋問の担当を自称する男達に入れ替わり立ち代わり色々聞かれたから全てを答えたのに、僕の言葉は何一つ信じてもらえないことにイラ立つ。
数日経ってやっと牢屋から出られた、と思ったら僕を迎えに来ていた義理の父は僕を睨むだけ睨んで、言葉の一つも掛けて来なかった。保釈金とやらを立て替えてくれたらしい無言の男爵の代わりに、冷たい目を向けてくる家令にたくさん嫌味を言われて、無理矢理あの家に戻された。すぐに出掛けようとしたけれど、また通いのメイドが監視役を任されたらしく、以前のように自由に出掛ける事が出来なくなってしまった。相変わらず冷たく暗い家。メイド付きで食料調達の為の買い物にしか行けなくなって、自由のないこの暮らしが苦痛に感じた。…以前より不自由になったが、何も行動しない訳には行かない。だって、僕には真実の愛の結晶である家族がいるのだ。美しい妻と泣き顔しか見ていない我が子の為に行動しなければとそんな一念でどうにか隙をついて役所に出掛け、もう一度、あの目安箱に書簡を投函することに成功した。
――『スノーベルと我が子を取り戻せたなら、モニカと離縁しても良い。』…今の僕の現状と共に書簡に書き添えたこの一文は、僕にとって重大な決意だった。だって、モニカと離縁したら愛を選んだことが間違いだったことになってしまう。それは嫌だった。でも分かったのだ、愛を選んだことが間違いなのではなくて、『愛する相手』を間違えただけなのだと。僕の婚約者として努力を欠かさなかったスノーベル、彼女との愛こそが真実の愛だったのだから。遠回りになってしまったけど、今度こそ、僕は間違っていないのだから必ず幸せになれるだろうと確信した。
後は調査官が来るのを待つだけだと思っていたら、僕の元に現れたのは物々しく完全武装した騎士達。以前とは違って、早急に国王である父が僕と僕の家族の為に動いてくれたのだと喜んで出迎えた、のに。
――捕まったのは、僕。
騎士の一人が僕の罪状とやらを口にしていたが、その内容さえ僕には理解出来なかった。猿轡を付けられ罪人のように縄まで掛けられ、檻のような荷馬車に乗せられた。そのまままたあの汚い牢屋に入れられるのかと考えていたが、その予測は外れた。荷馬車は王都を出て、十日程掛けて運ばれた先は、噂だけ聞いていた重罪人達が二度と出られぬように収容されている独房施設だった。
「冗談じゃない! 僕を誰だと思っている?!」
さすがに大声で文句を言えば、騎士は厳しい目で僕を一瞥し、『王命』だ、と言われた。…信じられず、僕が呆然としている内に、暗くてじめじめして冷たい独房に乱暴に突き入れられた。それからどんなに叫んでも人は誰も来ず、扉の隙間から無言でカビたパンと塩スープだけが差し入れられるだけ。それが一度くれば、一日経ったことを示すのだと気付いたのは、独房に入れられて五日過ぎた頃だった。
…ここはあの家よりももっと暗く冷たいから、一刻も早く外に出たい。スノーベルでもモニカでも、義理の父でもいい。両親のどちらでも両方でも構わない、とにかく誰か迎えに来てくれないかと、開かない扉を見つめ続けるだけの時間。それはモニカを待っていた時よりも酷く苦しく、あの家での監視付きの暮らしより辛かった。
――あれからどれだけの日が過ぎたのか。月日も時間も何も分からなくなったある日、柔らかいパンと具沢山のスープが差し入れられた。食べ終われば、高級ワインらしき飲み物も追加された。…これらの意味を理解したくなかった。だって、スノーベルにも、モニカにも、ブランカ男爵にも、国王国王にも、側妃にも、乳母兄と友人達にも、僕の周りに居た全員に、僕はとっくに見捨てられていたことになるから。そんなことに今更気付きたくなかった。
どうして幸せになるべき僕がこんな所にいるのかと、ずっと考えていたけれど、嫌な答えになる度に否定して来た。でも、最期の晩餐の後に出て来たワインを見て、最初から僕が間違えていたこと、その結果が今なのだと突き付けられた。今後、食事は一切出て来ないのだろう。逃げられない僕はもう何も考えたくないと唸り声をあげ、芳醇な香りを放つワインに手を伸ばした。
【完】
(あとがき)
最後までお付き合い下さりありがとうございました。やっと本編が終わりました。元々短編の予定だったので、長編になった結果、後付けの設定がたくさんあって、矛盾がないように整えるのが大変でした。…どこかに矛盾があったら、さらっと流してくれると助かります…モウミナオシタクナイ、別の話考えたい…。後は、『登場人物紹介』と『おまけ』で完結です。それではお目汚し失礼いたしました。
20
お気に入りに追加
159
あなたにおすすめの小説
【完結】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました
八重
恋愛
「ソフィ・ルヴェリエ! 貴様とは婚約破棄する!」
子爵令息エミール・エストレが言うには、侯爵令嬢から好意を抱かれており、男としてそれに応えねばならないというのだ。
失意のどん底に突き落とされたソフィ。
しかし、婚約破棄をきっかけに幼馴染の公爵令息ジル・ルノアールから溺愛されることに!
一方、エミールの両親はソフィとの婚約破棄を知って大激怒。
エミールの両親の命令で『好意の証拠』を探すが、侯爵令嬢からの好意は彼の勘違いだった。
なんとかして侯爵令嬢を口説くが、婚約者のいる彼女がなびくはずもなく……。
焦ったエミールはソフィに復縁を求めるが、時すでに遅し──
(完結)伯爵家嫡男様、あなたの相手はお姉様ではなく私です
青空一夏
恋愛
私はティベリア・ウォーク。ウォーク公爵家の次女で、私にはすごい美貌のお姉様がいる。妖艶な体つきに色っぽくて綺麗な顔立ち。髪は淡いピンクで瞳は鮮やかなグリーン。
目の覚めるようなお姉様の容姿に比べて私の身体は小柄で華奢だ。髪も瞳もありふれたブラウンだし、鼻の頭にはそばかすがたくさん。それでも絵を描くことだけは大好きで、家族は私の絵の才能をとても高く評価してくれていた。
私とお姉様は少しも似ていないけれど仲良しだし、私はお姉様が大好きなの。
ある日、お姉様よりも早く私に婚約者ができた。相手はエルズバー伯爵家を継ぐ予定の嫡男ワイアット様。初めての顔あわせの時のこと。初めは好印象だったワイアット様だけれど、お姉様が途中で同席したらお姉様の顔ばかりをチラチラ見てお姉様にばかり話しかける。まるで私が見えなくなってしまったみたい。
あなたの婚約相手は私なんですけど? 不安になるのを堪えて我慢していたわ。でも、お姉様も曖昧な態度をとり続けて少しもワイアット様を注意してくださらない。
(お姉様は味方だと思っていたのに。もしかしたら敵なの? なぜワイアット様を注意してくれないの? お母様もお父様もどうして笑っているの?)
途中、タグの変更や追加の可能性があります。ファンタジーラブコメディー。
※異世界の物語です。ゆるふわ設定。ご都合主義です。この小説独自の解釈でのファンタジー世界の生き物が出てくる場合があります。他の小説とは異なった性質をもっている場合がありますのでご了承くださいませ。
【完結】伯爵令嬢の格差婚約のお相手は、王太子殿下でした ~王太子と伯爵令嬢の、とある格差婚約の裏事情~
瀬里
恋愛
【HOTランキング7位ありがとうございます!】
ここ最近、ティント王国では「婚約破棄」前提の「格差婚約」が流行っている。
爵位に差がある家同士で結ばれ、正式な婚約者が決まるまでの期間、仮の婚約者を立てるという格差婚約は、破棄された令嬢には明るくない未来をもたらしていた。
伯爵令嬢であるサリアは、高すぎず低すぎない爵位と、背後で睨みをきかせる公爵家の伯父や優しい父に守られそんな風潮と自分とは縁がないものだと思っていた。
まさか、我が家に格差婚約を申し渡せるたった一つの家門――「王家」が婚約を申し込んでくるなど、思いもしなかったのだ。
婚約破棄された令嬢の未来は明るくはないが、この格差婚約で、サリアは、絶望よりもむしろ期待に胸を膨らませることとなる。なぜなら婚約破棄後であれば、許されるかもしれないのだ。
――「結婚をしない」という選択肢が。
格差婚約において一番大切なことは、周りには格差婚約だと悟らせない事。
努力家で優しい王太子殿下のために、二年後の婚約破棄を見据えて「お互いを想い合う婚約者」のお役目をはたすべく努力をするサリアだが、現実はそう甘くなくて――。
他のサイトでも公開してます。全12話です。
欲深い聖女のなれの果ては
あねもね
恋愛
ヴィオレーヌ・ランバルト公爵令嬢は婚約者の第二王子のアルバートと愛し合っていた。
その彼が王位第一継承者の座を得るために、探し出された聖女を伴って魔王討伐に出ると言う。
しかし王宮で準備期間中に聖女と惹かれ合い、恋仲になった様子を目撃してしまう。
これまで傍観していたヴィオレーヌは動くことを決意する。
※2022年3月31日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
婚約破棄のその後に
ゆーぞー
恋愛
「ライラ、婚約は破棄させてもらおう」
来月結婚するはずだった婚約者のレナード・アイザックス様に王宮の夜会で言われてしまった。しかもレナード様の隣には侯爵家のご令嬢メリア・リオンヌ様。
「あなた程度の人が彼と結婚できると本気で考えていたの?」
一方的に言われ混乱している最中、王妃様が現れて。
見たことも聞いたこともない人と結婚することになってしまった。
婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?
鶯埜 餡
恋愛
バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。
今ですか?
めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる