上 下
6 / 10

第六話

しおりを挟む
「ノエルのお姉様にもお礼を言いたいのですぅ」
ミーナはニコニコとノエルに甘える。
「あぁ、ちょうど邸にいるから、聞いてこよう」
ノエルはすっかりミーナの言いなりだ。普段は今まで通りだが、ミーナの前だけでは、まるで別人のようだった。
ノエルには姉が1人いる。ノエルの一つ上で、王太子の婚約者筆頭候補と言われている。
「そうか」
使用人と少し話したノエルは、ミーナに告げた。
「姉上の部屋に行ってもかまわないそうだ。一緒に行こう」
エスコートの手を差し出すノエルにミーナは従った。
「姉上、ノエルです」
「入って」
そこにいたのは、女神もかくやという美女だった。ノエルの姉、シファリア・ガラナは、容姿も性格も美しい人で、王太子もひそかにシファリアに想いを寄せているというのが王国の常識だった。
ノエルはその姉によく似ていて、白銀の髪、紫色の神秘的な見た目をしている。

シファリアはノエルの一つ上で、ノエルとミーナはクラスがちがうが、同い年だ。ふたりとも16歳。王太子は19歳で、本来なら婚約者がいて当然なのだが、3年前の帝国との戦争が原因で決定には到っていなかった。王国は戦争に負けた。そもそも帝国の方がずっと国力が上で、戦争したのは無謀としかいいようがなかった。そのため、王太子の婚約者は帝国の思惑に従うことになると考えられ、決めることができないままだった。3年前の戦争で、王国は滅ぶ寸前だったのだ。だが、帝国は王国の自治権を認めた。そろそろ王太子の婚約者も決めてよいのではないかと高位貴族たちは色めいている。帝国の属国になったとはいえ、王太子妃の父になるのは、高位貴族の夢だった。

「まぁ、あなたがノエルの大事な人ね。なんて可憐な方なのかしら」
シファリアは声も美しい。どんな楽器にも出せない響き。声だけを聞いて感動で泣き出す人さえいるほどだ。彼女ほど王太子妃ひいては王妃にふさわしい女性はいないと言われている。
「ノエルはぁ、大事なお友達ですぅ。シファリア様もお友達になってくれますかぁ?」
シファリアがただの公爵令嬢なら、この無礼な男爵令嬢を許はしなかっただろう。ミーナのいつも通りの態度にノエルも少し慌てて、助け船を出す。
「すまない、姉上。ミーナはいつもこうなんだ」
「かまわないわ。私も、ミーナと呼んでいいかしら?」
「もちろんですぅ。ミーナは光栄に思いますぅ」
王国で10本の指に入る高貴な女性にただの男爵令嬢が話しかけた。これは大きな事件だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初恋の相手と結ばれて幸せですか?

豆狸
恋愛
その日、学園に現れた転校生は私の婚約者の幼馴染で──初恋の相手でした。

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

真実の愛の言い分

豆狸
恋愛
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」 私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。

ただずっと側にいてほしかった

アズやっこ
恋愛
ただ貴方にずっと側にいてほしかった…。 伯爵令息の彼と婚約し婚姻した。 騎士だった彼は隣国へ戦に行った。戦が終わっても帰ってこない彼。誰も消息は知らないと言う。 彼の部隊は敵に囲まれ部下の騎士達を逃がす為に囮になったと言われた。 隣国の騎士に捕まり捕虜になったのか、それとも…。 怪我をしたから、記憶を無くしたから戻って来れない、それでも良い。 貴方が生きていてくれれば。 ❈ 作者独自の世界観です。

今夜で忘れる。

豆狸
恋愛
「……今夜で忘れます」 そう言って、私はジョアキン殿下を見つめました。 黄金の髪に緑色の瞳、鼻筋の通った端正な顔を持つ、我がソアレス王国の第二王子。大陸最大の図書館がそびえる学術都市として名高いソアレスの王都にある大学を卒業するまでは、侯爵令嬢の私の婚約者だった方です。 今はお互いに別の方と婚約しています。 「忘れると誓います。ですから、幼いころからの想いに決着をつけるため、どうか私にジョアキン殿下との一夜をくださいませ」 なろう様でも公開中です。

彼女はいなかった。

豆狸
恋愛
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

愛されない花嫁はいなくなりました。

豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。 侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。 ……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。

処理中です...