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  あの衝撃的な目覚めから早くも3年が経った。
  今後、必要になるであろう公爵家としての教養や礼節をみっちり叩き込み、ダンスも何とか覚えた。
  今日は、13歳の誕生日を迎える。我が公爵家と懇意にしている家や、父の宰相という立場を保つ為に集められた人々の前に出て挨拶をしなければならない。私、スピーチとかプレゼンとか物凄く苦手なのよね。
  誰か、変わってくれ!!いいえ、今日は私の勉強の成果を発揮するのよ!
  尻込みする自分を奮い立たせ、エントランスホールに伸びる階段の踊り場で立ち止まり、人目を集める。
  
「皆様、今日は私の13歳の誕生パーティーに来ていただきありがとうございます。私のことは気にせず、楽しんでくださいませ」

  クリスティナの言葉にホール内がざわめく。居た堪れなくなり、ドレスの裾を掴み深々とお辞儀をする。
  無理無理、こんなのやってられないわ。成果なんて私には発揮できませーん!
  階段を引き返し自室に向かう。それを見たメイドのメアリーは慌てて、クリスティナの後を追う。

「お嬢様、どちらに行かれるんですか??今日はお嬢様の誕生パーティーですよ!!主役が不在のパーティなんて聞いたことがありません!」

「メアリー、私の事は気にしないで!お父様には許可を頂いているわ!私はこんなとこで油を売ってる暇はないのよ」

  そう、このパーティーで絶対に出会う訳にはいかないのだ。
  メアリーの手を振りほどいて、自室に逃げようとしていた私の目の前に、一番会いたくない人物がいた。ジークフリート・オルガリア、本人だ。
  物静かな彼は、私と目が合って大股に近づいて来る。ぎょっとして退くよりも早く、私の目の前に来た。
  まだお互い13歳。それなのに、ジークフリートの幼い顔つきはまるで陶器でできた人形のようだ。無機質であり、繊細に見えた彼が、動いていることさえ奇跡のように感じられる。深い青みのがかった髪に、グレーの瞳。ゲーム画面でしか見たことがなかった立体的なジークフリートに、私は恐れを忘れてただ見入ってしまっていた。
  ぽっと頬を赤らめている場合では無い。急いでここから立ち去らなくては行けないと、警鐘が鳴る。

「どこへ行く?」

  ゲームで幾度となく聞いた声よりも、さらに幼い声。知りえなかった、原作では描かれないジークフリートの幼少期が、この世界は本物だと言っているような物だ。一気に血の気が引き、手足が震えるのが分かった。子供のくせになんて美しいのよ!内心、悪態を着いてみるが事態は変わらない。

「え、ええと……その、気分が優れないので自室へ戻ろうかと」

「確かに、具合が悪そうだな」

  俯いていた私の影に、ジークフリートの小さな影が重なって、驚いた。思っていたよりもずっとジークフリートは私のそばにいて、心配そうに私を見つめていた。

「えっ?!」

「1度外の空気を吸った方がいい。密度の高いここでは空気がこもっているから」

  そう言うとジークフリートは私の手を取って、また大股でずんずんと庭の方へと歩いていく。私はされるがまま、彼の後ろを抵抗も出来ず半ば引きずられる様について行った。

  ふわりと風が髪をさらった。
  ジークフリートの背中ばかりを見つめていたから気が付かなかったけど、庭に出たらしい。うちには立派な薔薇園がある。
  その薔薇園の奥、緑のアーチを抜けた場所に東屋がある。そのそばにあるベンチに、私たちは並んで腰をかけた。
  普段ならお母様と一緒にお菓子とお茶を飲むお気に入りの場所だが、今は青ざめたまま、隣に座っているジークフリートを見ることもできずに固まった。何でこんな状況になったのか、頭が追いつかない。

「君は、身体が弱いんだな」

「へっ?!」

  突然、そんなこと言われて思わず顔を上げて彼を見た。身体が弱いなんて初めて言われた。前世でも丈夫だけが取り柄だったし、転生してからも屋敷の中を走り回るなと両親によく叱られるぐらいだ。そんな私のどこが、悪いんだろうと考えをめぐらせる。

「初めて会った時、君は倒れただろ」

「あっ、そ、そうですわね……そんな事もありましたわね。ほほほっ…」

  完全に忘れてた。記憶が戻った衝撃で私の脳はキャパオーバーで意識を手放してしまった。誤魔化す気にもなれないが、あなたが原因です、とも言えないし。
  愛想笑いをすると、ジークフリートは形の良い細い眉をひそめた。

「心配だ」

「えっ?!」

「君が倒れた時、もしかして死んだかと思った。今日も君は顔色が悪い。不安だ、と感じた」

  淡々とまるで事務的に感情を報告してくるジークフリートに、私はなんとなく顔が熱を帯びていく。
  いやだって、こんな美少年に不安だと心配されたら心臓もやかましくなる。なんせ今世も前世も合わせて彼氏いない歴=年齢だし!免疫のない私が美少年パワーにやられたって仕方ない!いや、普通にこんな事言われれば怖いかもしれないけれど、美少年だからね!
  誰に念押ししているんだか、分からんが…。

「いや、あの……私たぶん、そんなにすぐ死なないので大丈夫です」

  ドレスの裾をぎゅっと握る。シワができても気にする余裕なんてなかった。

「……そうか、なら良いのだが」

  ジークフリートは小さく微笑んで、私の赤くなった頬を、熱を奪うように彼の冷たい手の甲が触れる。
  いやいやいや!!そんな王子様、顔負けなことされても、私の顔は熱くなる一方だ。かといって振り切る度胸なんてない。

「やっと見つけたぞ!ジーク!」

  ベンチに並んで座っていた私たちに、緑のアーチを抜けて走ってくる影があった。薄闇の中、綺麗な金髪が月光を反射して走ってくるその影はーー。

「で、殿下!?」

  ベンチで呑気に座っている場合じゃない。私は慌てて立ち上がって近づく彼、この国の第1王子アインツ・テオドールに頭を下げた。

「ん?なんだお前は」

  ジークフリートにしか目が行ってなかったのか、第1王子は頭を垂れている私に、首を傾げた。
  さらりと絹のような滑らかな金の髪が、王子の頬に流れる。エメラルド色の形のいいアーモンド型の瞳が、私を見下ろす。
  幼くありながらも耽美で、少女のような彼も紛うことなき攻略対象だ。ほっそりと線の細い、儚い彼も最後は私を糾弾して、私を追放した。
   さぁっと血の気が引き手足が震えるのが分かった。怖い。逃げたい。早くベッドに潜りたい!だが、勇気を振り絞り声を掛ける。

「お初にお目にかかります。アルシュタイン公爵家の一人娘、クリスティナ・アルシュタインと申します。お会い出来て光栄ですわ」

  今にも崩れ落ちそうな自分の足に叱咤しながらも、ギリギリの精神を見透かされない様に、笑顔を取り繕っていた。

「あぁ、アルシュタイン公爵家の令嬢かちょうど良かった。すまないが宴は中座させてもらう、ジークはこれから私用に付き合ってもらわなくてはならない、借りていくよ。それと、13になるんだったな。おめでとう。良い年になるといいな」

  王子は私の事は気にもしていない様子でジークフリートを連れて、また来た道を戻って行った。

  その夜、私はベッドの中で寝付けずに朝を迎え、目の下にとんでもないクマを飼った私に、お父様とお母様はひどく心配してくれた。

  あの悪夢のような誕生パーティーから、ジークフリートはよく手紙を出してくれるようになった。
  手紙のやり取りには慣れてきた。身体の心配をしてくれるのはありがたいけど、近況報告など、たわいのない内容にこっちの気まで抜けてしまいそうだ。
  だが、ジークフリートと王子の登場に、この世界が現実で、学ラビの世界であると痛感する。それと同時に、私の死が刻一刻と迫る足音が聞こえるようだ。
  これが、項垂れずにいられるだろうか。

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