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052:地下6階7

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 タイガーのいた広間にはそれ以上見るべきところはなく、壁に右手を置いて歩き続ければ入ってきた扉と同じ壁にある、離れた位置の扉までたどり着いて一周となった。相当に広い場所であり、タイガーがその機動力を生かして集団で襲ってくれば脅威度は跳ね上がるだろうと考えられた。
 今はそのタイガーの姿もなく、安全な広間と化している。
 たどり着いた扉は入ってきたのと同じ両引きの扉、それを開けると吹き抜けの回廊のちょうど角に出られた。左を見ればずっと先の方にかがり火と開けられた両引き扉、そして開けられたままの隠し扉が見えていた。回廊は扉から出た場所から正面に長く続き、一端のかがり火があるところまで伸びているのだろうと考えられた。その進路上の右側の壁には、手前と奥と2カ所に扉が見えていた。
「まずは手前からね」
 そう言ってフリアが扉に張り付く。
「鍵なし、罠なし、気配なし。開けるよ」
 解錠して扉を開き中をのぞき見る。
「お、宝箱発見。それ以外は、特に何もないかな?」
 今回の部屋は魔物なしの宝場ありという部屋だったようだ。こういう部屋も魔物がいたりいなかったり、宝箱あったりなかったりと毎回変化するのかもしれない。いずれにせよ今回は宝箱のみの当たりの部屋だったようだ。
 部屋の中に入ったらさっそく宝箱を調べに行く。いつも通り真っ先に宝箱に向かうのはフリアの仕事だ。よく分からない罠があることもあったがやはり開けるのは楽しいものなのだ。先ほどの宝箱からは宝石でできた人形が見つかっている。今回も良いものであれ。
 宝箱にフリアが近づき手を延ばした瞬間だった。
 バクッと宝箱の蓋が大きく開き、獣が獲物に飛びかかるように前のめりになって目の前のフリアに飛びかかる。
 一瞬身を引いたことが助けになったのか、その宝箱の口は牙をむき出しにしてフリアの上腕へとかみついた。
「ッ!!」
 牙がめり込む痛みに歯をかみしめて倒れ込む。かみついた宝箱はそこへのしかかるようにして身を起こした。箱の下からは幾本ものエビかカニのように節くれ立った足が見えている。
「‥‥ウッ‥ギッ!」
 フリアは歯をかみしめながらどうにか口をこじ開けようと腰のナイフを取り牙の間にねじ込もうとするが、固く閉じた口を開けるところまではいけなかった。
「こいつ魔物だったのか!」
 慌てたエディとクリストが両側から宝箱に迫り、口の隙間に武器をねじ込んで開けさせようとする。正面からは牙がかみ合ってしまって大きな隙間を見いだせないが、横からならばまだ何か突き入れられそうだった。そこへクリストはショートソードを突き刺し、それをねじる。エディは斧を石突きから突っ込んでてこのようにして口を開けさせようと動かす。
「ヒーリング・ワード」
 近づいてフリアを抱えるようにしたカリーナが回復魔法を使う。とにかく今は体力の維持だ。
「ショッキング・グラスプ」
 フェリクスが宝箱に対して魔法を使う。ダメージとともに動きを阻害する効果を狙ってのことだ。
 エディの斧の柄がようやく深く箱の中に入り、強引に開けにかかる。さらにクリストもショートソードをぐりぐりと箱の中で動かしたことで、宝箱はそのかみつく力を弱め口を開けた。
 とっさにカリーナがフリアを引き宝箱から引き離す。
「キュア・ウーンズ!」
 さらに回復魔法を重ねてケガの治療を行った。
 後はこの宝箱をどうにかするだけなのだが、クリストとエディが武器を突き入れて攻撃し続ければ、というところでその口を大きく開け、脚を忙しく動かして後退していく。
 さらに大きく開いたその口からは太いハサミのような形をした腕が2本現れ、バチンと大きな音をさせてクリストの方へつかみかかった。
 慌てて後退したクリストがショートソードを手放し、ロングソードに武器を切り替える。
「ファイアー・ボルト!」
 フェリクスの魔法が宝箱の箱部分に命中し炎上したが、炎が消えた跡は多少焦げて入るようだが大したダメージにはなっていないのか動きは変わらない。
 エディが斧を振り宝箱の蓋の表面部分に命中したもののバカンッという大きな音を立てた割には変化がない。
「口の中に当てた方がよさそうだな、面倒な」
 クリストが近づこうと試みるが大きなハサミに妨害され、切り結ぶ格好になってうまくいかない。
「ライトニング・ボルト!」
 それでもクリストとハサミがやり合っていてくれているおかげで空いた隙間を狙い、フェリクスの魔法が飛ぶ。この衝撃でようやく動きの鈍った宝箱に向かってエディの斧が突き立てられ、さらにハサミを切り飛ばすことに成功したクリストが空いた口中に剣を突き刺すと、ようやくその動きが止まった。
「はあ、これで良さそうか? そっちは大丈夫か?」
 宝箱を蹴って動かないことを確かめると、振り返ってフリアの様子を確かめる。
 カリーナの回復魔法でどうにか間に合ったようで、フリアも腕を動かして無事なことを確認していた。
「‥‥うん、大丈夫そう。腕が取れるかと思った。はー、びっくりした」
 ダメージも大きかったのだろう、がっくりとうなだれたフリアが言う。
 確かに今回は驚かされた。今間まで宝箱自身が魔物になって襲ってくるなどということはなかったし、そういった魔物の話も聞いたことがなかった。
「こいつは宝箱の中に魔物が入っているってことなのか? それともこういう形の魔物なのか?」
「箱への攻撃が効いていなかったような気がするんだよね。ね、これ鑑定してみない? 少なくともどっちかは分かるよ」
「そうだな、見てみるか、どれ」
 さっそく鑑定スクロールを宝箱に対して使ってみる。その結果は。
 宝箱。ダンジョン内で発見される貨幣や宝石や道具などが入った箱である。ダンジョン内にある限り破壊することはできない。出現や中身に規則性はなく、どこにあるか、中に何が入っているかは見るまで分からない、とあった。
「へえ、破壊不可能なんだ。そして宝箱は宝箱だったっていうことだね。そうじゃないかと思ったけれど、これはやっかいな魔物だね」
「宝箱だとして何で脚が生えるんだ、あれは何なんだよ。意味が分からんのは毎度のことだが、これはいったい何なんだ」
「魔物の方は鑑定できないの? 宝箱に寄生するとか擬態するとかでしょ? かなり危ない魔物じゃない?」
 初めてみる魔物で今後の出現の可能性も考えると確かに情報は欲しかったが、この珍しい魔物を成果としてこのままギルドに持ち帰るというのも一つの手段だった。
「どうする、せっかくだから持ち帰ってみるか?」
「これを運ぶの? 大変じゃない?」
 今回は通路のオークは倒してあるし移動距離もそこまで長いものではない。今後この宝箱の魔物に遭遇したとして持ち帰れるような状況になることはそうないだろうとも考えられた。
 それにフリアが大きなケガを負ったところで回復魔法をだいぶ消費している。調査できた範囲は狭いが今日はここまでとしても良かった。
「そっち持ってみてくれ、どうだ? 行けそうだな、よし持っていこう。こいつはギルドの連中も驚いてくれるだろうよ」
 そのまま回廊を移動して隠し扉を抜け、通路をぐるぐると歩いて行けば階段室だ。そこを昇って通路を少し行けば昇降機。あとは1階を抜けるだけで地上へ到達する。
「お帰りなさい、早かったですねって何ですそれ! 宝箱!?」
 宝箱を持ち帰る格好になってギルドの職員もさすがに驚いてくれたようだ。
「残念、こいつは魔物なんだ。ほら」
 蓋を開けてみせれば中には牙と大きなハサミ。そしてよく見れば箱の下から脚のようなものも垂れ下がっている。
 さっそく倉庫に運び込まれ鑑定だ。
「これは驚きましたね。魔物はミミックというそうです。変身能力を持つ肉食の生き物。ダンジョン内ではよく扉や宝箱に化けているが、それ以外にも木材や石材などで作られた物質に擬態または寄生することがある。擬態は不完全な場合もあるが、寄生によってそのものの性質を得たミミックを発見することはほぼ不可能である。ほとんどのミミックは単独で狩りを行うが、中には他の魔物と狩り場を共有したり他のミミックと群棲したりといった場合もある。変身能力を持つため分かりにくいが本質は甲殻類であり、その身は上質な食肉であり、安全な食物で養殖したミミックであれば生食も可能である。え、食べられる? 甲殻類ということはエビやカニと同じ? あ、このハサミはそういうことなんですね。よし、解体しましょう、そうしましょう」
 鑑定結果を読み上げたモニカがさっそく職員を手配して解体に取りかかった。
 えーという表情をしたのはフリアだが、興味はあるらしくその作業を見守っている。
 ダンジョンから出されたことで宝箱部分も解体が可能になっているようで、工具を持った職員が手早くばらしていくと中身が姿を表す。それは確かに甲殻類のようで、殻を割ると中からはきれいな白い身が出てきた。さすがに加熱しないとということで今回は焼くことにしたらしい。すぐに出張所の中にはカニの身が焼ける良い匂いが漂い始めた。
「あー、これはいけないわね、お酒がいる匂いよ、いけないわね」
「ありますよ、はい」
 カリーナとモニカが早速何やら用意しているが、焼いた身だけでも十分な味わいが得られるだろう。そしてこの大きさだ。職員も含め全員が十分味わえるだけの量が採れそうだった。
「これは大成果なのでは?」
「‥‥いや、ほかにもあるんだがな?」
 ミミックは危険度は高いが非常に良い成果が得られるとして記録されることになった。
 タイガーと、大型のタイガー転じてセイバートゥースト・タイガーの魔石と牙、そして広間の宝箱から得られたタイガーズアイ・タイガーという魔道具が最大8時間までタイガーを1体召喚でき1回使用すると2日たつまで再使用ができないという仕様だと判明しその有用性が素晴らしいと絶賛されたりといったことは、ミミックの身の威力の前に霞んでしまうことになった。

 ミミックという魔物を堪能したところで探索を再開、今度こそ階段を見つけようと進み始めたところ、地下7階への階段は吹き抜けの近く、ミミックのいた場所の隣の部屋に見つかった。
 今回は危険を極力減らすために広間のタイガーもミミックのいた部屋もその前を素通りしている。結果的に最初に調べた部屋に階段が見つかり、エディが斧の柄でつついても反応しなかったことから扉がミミックになっているということもなく、水場もあってしっかりとした休憩が取れることが確認された。
 クリストたちもここで一時休憩してから7階へ挑む。
 階段を下りた先は正面が壁、左右に伸びる通路という形だった。
 右はしばらく直進した先が部屋になっていて、そこにホブゴブリンとゴブリンメイジを確認。左はすぐ先で丁字路にぶつかっていて、その右は少し先で左の壁がなくなり広い空間が作られているようだった。そして左はしばらく通路が続くようだったが、そちらの方角からザーザーと水の流れ落ちる音が聞こえていた。
「ああ、6階の吹き抜けの真下がここになるのか。よし、せっかくだからそっち側から見ていくか」
 丁字路を左へ進みしばらく先で右に分かれ道、そしてその先で左側の壁が手すりに変わり、その向こう側には流れ落ちる水の壁が出来上がっていた。
 その水の壁沿いにしばらく進むとやがて通路が曲がりくねった形に変わり、そこで水の壁も途切れ、吹き抜けに沿って進む形になった。
 幾度か曲がりながら吹き抜けに沿って進むと通路は壁にぶつかり右へ折れる。その先では両側の壁がなくなり、広い空間へとたどり着く。そしてその空間が見通せる場所まで来るとそこに人型の生物が幾体かうろついていることが確認できた。
 肌の色は灰褐色で目は落ちくぼんでいて見えているのかどうかも判然としない。頭髪は黒くボサボサとしている。太く頑丈そうな腕と足を持ち、手には骨を組み合わせたこん棒やトラの牙のようなものを先端に付けた槍を持っていた。すでにこちらの存在に気付いているのか、顔を向けているものもいる。
「グリムロックか? ここは黙って通してはくれなさそうだな」
 エディが盾を構え、クリストも剣を抜く。
「これだけばらけていると魔法でまとめてっていうわけにもいかないね。通路に引きつけよう」
「そうだな。どうやらもうばれているらしいから釣り出すのは俺がやろう」
 クリストが1人前に進み出る。
 骨のこん棒を持ったグリムロックがウオーというほえる声を上げると、空間のそこかしこにいるものたちが互い違いにほえ声を上げ、そして武器を振り上げた。
「やる気だねえ、いいぜ、こいよ」
 さらに前に出たクリストが剣を目の前の槍の先端に打ち付け、カチンという乾いた音を立てる。そこからは目の前の槍持ちが出てくるようなら後退、止まるようならまた前に出て槍をたたくようにして誘い出す。
 通路まで引きつけたところで素早く身をひるがえしてエディと場所を交代し、エディは盾を構えグリムロックに向けて手に持った斧を突き出した。脇腹を切り裂かれたグリムロックが怒りに顔をゆがめながら槍を突き出すが盾に阻まれる。
「ファイアー・ボルト!」
 フェリクスの魔法が放たれグリムロックの顔面に命中し炎上する。崩れていく体の向こうからはすでに2体目が迫ってきていた。倒れた仲間の体を乗り越えこん棒を振り下ろすと、盾に当たり激しい音を立てる。
 そこへ横からクリストが切りかかり、一撃は腹へ、そしてもう一撃が首を半ばまで切り裂き、そのグリムロックも崩れ落ちていった。
 部屋の中からはさらに4体のグリムロックが迫ってくる。槍を正面に向け、あるいはこん棒を振り回し通路に引きこもるクリストたちへ向かってくるが、知能は低いのかただ闇雲に向かってくるだけのようにも見えた。
「ねえ、奥の通路の方から明かりが近づいてくるわよ」
 カリーナが気がついて報告をする。
 確かにその広い空間を作っている部屋の奥には通路のように狭まった場所があり、そこに点のように明かりが見えていた。それが少しずつ近づいているのか大きくなっていく。
「今まで明かりを持った魔物ってのはいなかったんだがな」
「ファイアー・ボルト! 目の前のグリムロックをさっさと片付けないと危ないかも」
 いいながらクリストは槍を払いのけ、返す剣で切りつける。そしてフェリクスは魔法で攻撃だ。これでまた1体のグリムロックが崩れ落ちた。
「だんだん足元が邪魔になってきたな」
 エディが盾を構える場所が減ってきていた。どうしても死体の山が邪魔をして思うようには動かせない。
「小さい魔物が入ってきたわ。体から火を吹き出している魔物っぽいわよ」
 通路からやってきていた魔物の姿が確認できたようだ。
 それは小さな人型の魔物で、全体に赤黒く所々から火を吹き出しているように見えた。
「何となくだが嫌な感じがするな。何だあのニヤニヤ笑っているような目と口の形は」
「嫌な感じがするね。魔法で遠目から倒した方がよさそうかな」
 グリムロックはエディとクリストに任せておいても問題はないだろう。
 そんなことを言っている間にもエディが斧を突き入れ、さらにそこへクリストが切りつけることでまた1体が沈む。残りは2体だ。
「レイ・オブ・フロスト!」
 奥から迫ってくる魔物を狙えるようになったところでダメージに加えて移動速度の低下の効果を付けようとカリーナの冷気魔法が飛ぶ。その魔法を受けた魔物がニヤニヤしていた顔をしかめ面へと変え、身をかがめると体全体がひび割れたようになりそこからは火があふれ出す。
「ウォール・オブ・ウォーター!」
 それを見たフェリクスが水の壁を魔物と自分たちとの間に作り出す。
 ちょうど巨大な水の壁が出来上がった瞬間だった。ひび割れた殻の隙間から火をあふれさせた魔物の体がそのまま膨れ上がるようにして盛り上がり、爆発した。
 辺り一面に火と赤黒い岩のようなものをまき散らし、それが水の壁を突き抜けて激しい蒸気を巻き上げながら飛んでくる。
 グリムロックの体に、そしてエディの盾にも激しい音を立てて命中し、辺り一面に熱気をまき散らした。
 幸いにも水の壁と間にグリムロックがいたこともあってか、火も岩も大量に浴びるということはなかったし、そこまで激しい熱気になったわけでもなかった。水の壁が間に合ったことが何よりも大きかったかもしれない。
 そして火と岩を浴びたグリムロックはすでにふらふらであり、後はエディとクリストが適当に切り捨てるだけで戦闘は終了した。

「よし、もう続きはなさそうだな。最後のやつはやっぱり爆発したな」
「そうだね。そうなりそうかなと思ったらやっぱりだ。間に合って良かったよ」
 通路に積み上がったグリムロックをどかし、部屋の中に入る。
 左右に大きく広がった空間でいつもの部屋の倍くらいはありそうだった。
 魔物が爆発した後には焦げ跡があり、そこには赤黒い魔石が転がっていた。
「お、これは便利だな。爆発すれば魔石を残してくれるのか」
「部屋の中とかにいたらうまく入り口から攻撃を当てて扉を閉めたら簡単かもね」
「ああ、いい手だな。覚えておこう」
 爆発そのものは恐ろしいものだし、防ぐ手段として魔法の壁を毎回毎回用意するのも消耗が激しくなる。戦う場所を選び遠隔攻撃で削って爆発の兆候があったら扉なり壁なりを遮る用途として使うというのが最も有効な手段になるだろう。
 両側の壁際にはどちらにも宝箱があり、フリアが落ちていたグリムロックの槍を持ってそれで箱をつついている。ミミックの件があったばかりだ。さすがに慎重になっていた。安全と判断したところで宝箱を調べ始める。
「両方とも鍵あり、罠なし。開けていくね」
 一つ一つ宝箱を開け、中身を回収する。
 右側にあった宝箱からねじれた茶褐色で先端に三日月が真上を向くような形の飾りが付いたワンドが、左側からは紫色に透きとおった中に砂時計のような模様の浮かぶオーブが見付かった。
「また見ただけではまったく想像ができないようなものが出るな。相変わらずだ。さて、ここはここまでか? よし、次だな」
 まずは小さな人型の魔物がやってきた通路の方へ向かうことにしよう。
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