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007:地下1階5
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通路の壁だった場所がずりずりと内側に向かって開いていく。
「隠し扉か。1階からやってくれる」
「気配なし。何だろう、奥に何か大きい物があるね。鉄格子かな? 牢屋みたいな形に見えるけれど」
クリストとエディの間から部屋をのぞいていたフリアが言う。確かに部屋の奥、壁際に何かがあった。ランタンを掲げたクリストがまず部屋に踏み込み、全員がそれに続く。
「鉄格子だな。その部分は扉か? 取っ手があるな。待て待て、下がないんだが」
奥の鉄格子に近づいたクリストがランタンを動かして鉄格子の内側をのぞき込む。確かに鉄格子の内側、本来は床がなければならない部分に何もない。縦坑のような形に四角く穴が開いていた。
「ねえ、上に滑車があるよ。それにこれロープじゃない? あ、これすごい、たぶん金属のロープだ」
鉄格子の隙間から腕を突っ込んだフリアがひものようなものをぐいぐいと引っ張った。
「おーい、危ないだろ。ああ、確かにロープだな。そして滑車。これはあれだ、昇降機だろう」
ロープを確かめたクリストは今度は扉と思える部分の取っ手をガチャガチャと動かすが、こちらはどうやら動かないようだった。
「籠がないな、ロープは引けないか? 無理か、動かないな。これは下の階で見つけないと使えないようになっているのか?」
「待って、こっちにレバーがあるよ、ああ、でも動かない。何かがっちりかんでいるね。油を差せば動いたりしないのかな」
昇降機の右側に動かせそうなレバーがあったが、ロックがかかっているのか動かない。そして状態を見る限りは油を差せば動くようなものではなく、何とかしてこのロックを解除しなければならなそうだった。
「ねえ、上にプレートがあるんだけど、あれ」
カリーナに言われて昇降機の上部分を見ると、確かに半月型のプレートがある。そしてそこには中央に5、右端に10という2つの数字が書かれ、さらに矢印のような形のものが取り付けられていてそれは中央の数字、5の位置を指していた。
「10‥‥、10階まではあることが確定か」
「これって、昇降機、今は5階にあるっていうことだよね」
「だろうな。一度5階まで到達してこいつを見つけないと使えないってことだろう。‥‥帰りは楽になりそうだぞ」
「それで10階まですぐに行けたりするのかしら。そんなに単純じゃなさそうだけど」
「そうだな、10階は10階で何かしないと使えないとかはやってきそうだ。これは面白くなってきたんじゃないか」
このダンジョンは冒険者にまさに冒険をさせたいのだ。
まずは5階まで行けと、そして昇降機を見つけろと。そこまでたどり着けるのならば道中の稼ぎは結構な量になるが、それはこの昇降機が解決してくれる。たとえ大荷物になっていても安心だ。
そして恐らくはさらに10階を目指せと言ってくるのだろう。5階までは簡単に行けるようにしたから、そこからさらに10階まで行けと。
そうしてもし11階以降があるのだとしたら、いちいちそこまで歩いて行くのは大変だ。それをこの昇降機で解決してくれというのではないか。冒険者に冒険をしろといっているのだ。もっと冒険をして、もっといろいろなものを発見しろと。
「挑発されているようだな。少なくとも10階までは行きたくなる。そこが最深部だというのなら攻略だ。やる気にさせてくれる」
何しろ1階から宝箱があるのだ。ここまですでに4つ。どれも中身は十分なものだった。それが10階までの全ての階にあるのだとしたら、一体どれほどのものが出るというのか。2階3階と調べていけばその上昇具合も分かるだろう。
「待って、ほら、地図を見て。この部屋ってこれくらいの大きさだよね。ねえ、まだもう一部屋ありそうだよ」
地図に書き込んでいたフェリクスの言葉に地図をのぞき込む。確かに空白部分の大きさを考えればもう一部屋ありそうだった。そしてここまで地図はきっちりと埋められていて、どう考えてももう一部屋分の空白には何かあるだろうと想像させた。
このダンジョンはもっと冒険をしろと言っているのだ。まだ地下1階だというのに。
隠し扉の先で地下5階、そして10階へとつながる昇降機を発見、これで残るはその反対側にある空白部分のみとなった。
「よし、確認だ。今はここ、で、この通路には隠し扉だとかはなかった。可能性として一番高いのはこの部屋の反対側、ここだな。ここまで移動する。一応壁際をフリア頼む」
部屋を出ると左手に壁を見ながらぐるりと通路を通って目的地を目指す。
念のため壁の状態には気をつかうことになるが、移動の速度は多少早くなっていた。移動の間には罠や魔物もなく、真っすぐに到達することに成功。
恐らくここと判断していた壁にフリアが張り付くようにして調べ始めた。
「んー、ん? ん、うーん? 押しボタン式じゃないねえ、何だろ? ここじゃない? でもなんとなーくここっぽい‥‥」
独り言を言いながらぐるぐると壁に張り付けて手や目線を動かし続ける。
「うん、たぶんこれかな、鍵あり、開けてみる」
しばらくして壁の石組みの、ブロック4つが十字に交差する点のコケを払い落とし、その十字の中央に鍵開け用の器具を差し込んでいった。
「罠はなし、鍵は、鍵は、ピンじゃない、山じゃない、あ、ピンだこれ。中にもロックがあるのか」
「聞いていてもさっぱりだな‥‥」
「専門家の言うことは分からん」
器具を差し込んだまま壁から少し離れて上下左右を確認する。そして少し右側の別の交差する点にも器具を差し込んだ。両手に器具を持ってぐりぐりと動かしている。
「動いた、動いたね、入るかな、入った、よし開けるよ」
言うやいなや石組みの一部、扉程度の大きさがずずっと動き出し、内側に少しずれてから横へとスライドしていった。
「スライド式‥‥ここだけ開き方が違うんだ」
「どう考えてもこのフロアで特別な場所ってことだな。中はどうだ?」
クリストがしゃがみ込んでいるフリアの頭越しにランタンを掲げる。その差し込む明かりに部屋の中がうっすらと見えてくる。
「何だ? 像、彫像か? 女の像に見えるが‥‥」
「ぽいね、それ以外はなし。うーん、何だろ、違和感はあるんだけどよく分からないね。魔物なし、罠もたぶんないかな」
「入ってみるしかないな、フェリクス、ライトを左へ頼む。俺は右へ」
言うとクリストがランタンを掲げたまま部屋へ踏み込み右側へ寄る。
そのあとに地図を書いていたフェリクスがライトの魔法を使ってから部屋に入り左へと寄った。これで部屋全体が明るくなった。
「この像しかないな。調べろっていうことだろうが、フリアじゃないが違和感というか、嫌な予感がするな」
「どう考えてもそれに何かあるだろう。どうする、ここが最後だし放置っていうのもな」
「そうなんだよ‥‥、まあ調べるしかないか」
エディに向かって軽くため息をついたクリストが像へ近づく。
仲間も皆が部屋に入った。何かあっても対処できるだろう、と思ったところで気がつく。
「待て、扉は、」
「え?」
声をかけられてもとっさには誰も返事はできない。
「え、閉まってる? 何で? 動いた気配もなかったよ」
扉だった場所にフリアが張り付くが、動くような気配はない。
「つまりそういう罠だったってことだな。そして何が何でも像を調べろと、嫌な予感しかしないぞ」
「全然気がつかなかった‥‥ショック‥‥」
「これ単体だと危険でも何でもないからとか? じゃない?」
「そうなのかな‥‥でもショックだあ」
「おら、いつまでもへこんでいるなよ。準備しろ、罠か魔物か、何かはある」
全員が姿勢を正し動ける状態に移行し、それを確認するとクリストは像へと近づく。
像は特に装飾もない地味なものだったが、作りは丁寧に見えた。表情は悲しそうにうつむき、胸に何かを抱いていたような形に腕を形作っているが、その中には何もない。そして足元の台座には文字が彫られていた。
「台座に何か書いてあるな‥‥その尊い願いに祝福を‥‥」
読んだ文字から順に、淡く光る。
すると像の顔の部分からずるりと何かがずれて姿を表した。
「クリスト!」
最初に気がついたのは誰だったか。
声を聞いた瞬間、クリストが身をよじるようにしながら背後に向かって体を思い切り倒すと、それまで体があった場所にずるりと現れた青緑に透き通った、腕とおぼしき物が通り過ぎる。
「ゴースト!」
叫んだ声は誰か。
跳ね起きたクリストは剣を抜き、ゴーストへと向き直る。
エディがすでに盾を構えゴーストの正面に立ち、剣を抜こうとしているが動きが悪い。何かが影響しているのか。
「ブレス!」
カリーナの魔法だ。その声と魔力を感じると力が湧き立つように感じる。これで恐れる物などない。
エディも今度こそ剣を抜き放ちゴーストの腕を払うように振った。
クリストも剣を両手で構えるとゴーストの左側から攻撃を仕掛ける。ただゴーストの物理抵抗が高く、ブレス分は上回れているとはいえ、そのブレス頼りになるだけに時間をかけられない。
右へと回っていたフリアもナイフを器用に使って斬りかかった。今はとにかくダメージを累積させることが必要だ。
「ライトニングボルト!」
エディとクリストのちょうど間を抜けてフェリクスの放った雷撃が走る。抵抗を抜けて届いたそのダメージにゴーストが大きく身もだえる。
と、そこでゴーストの動きが変わり、腕の動作を加えて何かを言っているかのような口の動き。
「魔法を使うのか!?」
通常ゴーストといえばダメージや状態異常への耐性は高いが攻撃手段が乏しいものだ。それが魔法を使う。これは驚異度が上がる。こちらは恐怖に抵抗を続ける必要もあるというのだ、余計に時間をかけられない。
「スロー! 入った! 急いで!」
ゴーストの動きが遅くなる。カリーナが魔法で時間を稼いだのだ。
そこへエディの攻撃が入り、ゴーストの視線はそちらへ向く。魔法が何であれ、放たれればそこへ行く。
動きがゆっくりとしていたおかげで狙いを付けやすかったクリストの攻撃も入る。それでもまだゴーストは倒れないか。
「もう一発、ライトニングボルト!」
再び雷撃がゴーストに直撃する。さすがにこの攻撃はこたえたのか大きく姿勢を崩した。
さらにそこにフリアの攻撃も入り、今度は大きくのけ反る。そして足元から透けていくように色を薄くしていき、その姿を消した。
「終わったか、みんな大丈夫だな? よし、休憩!」
クリストが体から力を抜き、宣言する。ふうという大きく息を吐く音も聞こえた。
「ねえ、台座のところに宝箱があるように見えるんだけど」
「あるね、宝箱だよね、あれ」
カリーナとフリアの声に視線が台座に集まる。ゴーストが最後にいたちょうど足元か。非実体系の魔物を倒すとその場に魔石が落ちるのだが、もちろんそれもあった。その白い魔石の横に、確かに宝箱が。
「倒した成果か? こんな形もあるのかよ」
魔物の撃破報酬とでもいうのだろうか。他のダンジョンでも強力な魔物を倒した後に宝が見つかることはあるが、こんな倒したところに宝箱が出現する形では初めてだった。
「まあ後だ。ゴーストはどうだ? 急に現れたとはいえ1体だったからな、そこまでではなかったか」
「魔法を残してあったからね。ブレス分とライトニングボルト2発、強さとしては普通かな。魔法を使おうとしていたみたいなのは驚いたけれど」
「エディはどうした? あれは恐怖か?」
「そうだな、おそらくは恐怖を食らったんだ。それでも盾を構えるところまでは行けていたからな」
「まあ恐怖なら回復手段はいくつかあるから。最悪エディにひたすら耐えてもらってチクチクやるのもありだったし」
非実体型の魔物で抵抗力が高いこともあり倒しにくくはあるが、倒せないというわけではない。攻撃に優れたフェリクスと支援に優れたカリーナの魔法があったからこそ早く倒す選択をしたが、他にも対抗手段は用意してあった。
「鍵なし、罠なし、箱の裏にレバーがあるから、たぶん倒して宝箱を手に入れないと出られない部屋ってことじゃないかな」
「へえ、そんな仕掛けもあるのか。てっきり像のどこかに仕掛けがあるのかと思っていたんだがな」
「そうね、フリアには戦闘に参加せずに仕掛けを探してもらうのも手だと思っていたのに、それは駄目なのね」
「しっかし、1階にこれか。どう見ても初心者用の場所じゃないだろ。どうやって初心者がゴーストに対抗するんだよ。ここは初心者には禁止の部屋になるだろうな」
恐怖への対策、非実体への対策となると初心者には不可能に近い。倒すまでに必要だった攻撃階数を考えてもダメージを与えきれるようにも思えない。
フリアが鍵開けに時間をかけたことと合わせて、この部屋はある程度実力のある冒険者でなければ挑戦できる場所ではないだろう。
「フリア、箱開けていいぞ。とどめを刺したボーナスだ」
「ほんと? いい? じゃ、開けるよ」
宝箱の横に座っていたフリアがいそいそと蓋に手をかける。
1階なのに難易度の高い部屋に出た宝箱だ。それ相応の成果が期待できた。
「‥‥杖が出た。何だろ、木みたいな」
中から取りだしたのはねじれた細長い木の先に、葉を付けた枝が幾本もあるような形をした杖だった。
にじり寄ってきたフェリクスとカリーナがのぞき込む。
「ちょっと見せて、何かしら、抵抗を感じるわね‥‥あなたはどう?」
「そうだね、僕も少し抵抗があるように感じる。これは使える人が限られるタイプみたいだね」
「そうね、どう見てもエルフが持っていそうな杖だし、私たち向きではなさそうよ。ギルドに任せましょう」
「残念、見た目いいのに、良い杖なら誰か使えれば良かった」
「良い杖なら高いお金で引き取ってもらえるでしょ」
発見したものは基本的にはギルドに引き渡しだ。それにたとえ良い装備品だったとしても、その性能を引き出せないのなら意味はない。見た目は良いから飾りとしてというほどの話でもないので、こういうものはギルドに任せて高額を引き出した方がよほど良いのだ。
「これで地図は完成。宝箱が5つ、魔物の討伐数もそれなりだ。見たことのない魔物を1体持ち帰ることもできる。十分な成果じゃないか」
まだ調査を始めたばかりの地下1階なのだ。
それでこれだけの成果を得られたとなればギルドも喜ぶだろう。こちらとしても報酬の上乗せが期待できるだけのものを得られている。文句などない。
宝箱の裏のレバーを動かすと予想どおりに石壁が動きだし扉が開いた。これで1階の調査はすべて完了、満足のいく成果だ。これは明日の2階以降も期待が持てるというものだった。
「隠し扉か。1階からやってくれる」
「気配なし。何だろう、奥に何か大きい物があるね。鉄格子かな? 牢屋みたいな形に見えるけれど」
クリストとエディの間から部屋をのぞいていたフリアが言う。確かに部屋の奥、壁際に何かがあった。ランタンを掲げたクリストがまず部屋に踏み込み、全員がそれに続く。
「鉄格子だな。その部分は扉か? 取っ手があるな。待て待て、下がないんだが」
奥の鉄格子に近づいたクリストがランタンを動かして鉄格子の内側をのぞき込む。確かに鉄格子の内側、本来は床がなければならない部分に何もない。縦坑のような形に四角く穴が開いていた。
「ねえ、上に滑車があるよ。それにこれロープじゃない? あ、これすごい、たぶん金属のロープだ」
鉄格子の隙間から腕を突っ込んだフリアがひものようなものをぐいぐいと引っ張った。
「おーい、危ないだろ。ああ、確かにロープだな。そして滑車。これはあれだ、昇降機だろう」
ロープを確かめたクリストは今度は扉と思える部分の取っ手をガチャガチャと動かすが、こちらはどうやら動かないようだった。
「籠がないな、ロープは引けないか? 無理か、動かないな。これは下の階で見つけないと使えないようになっているのか?」
「待って、こっちにレバーがあるよ、ああ、でも動かない。何かがっちりかんでいるね。油を差せば動いたりしないのかな」
昇降機の右側に動かせそうなレバーがあったが、ロックがかかっているのか動かない。そして状態を見る限りは油を差せば動くようなものではなく、何とかしてこのロックを解除しなければならなそうだった。
「ねえ、上にプレートがあるんだけど、あれ」
カリーナに言われて昇降機の上部分を見ると、確かに半月型のプレートがある。そしてそこには中央に5、右端に10という2つの数字が書かれ、さらに矢印のような形のものが取り付けられていてそれは中央の数字、5の位置を指していた。
「10‥‥、10階まではあることが確定か」
「これって、昇降機、今は5階にあるっていうことだよね」
「だろうな。一度5階まで到達してこいつを見つけないと使えないってことだろう。‥‥帰りは楽になりそうだぞ」
「それで10階まですぐに行けたりするのかしら。そんなに単純じゃなさそうだけど」
「そうだな、10階は10階で何かしないと使えないとかはやってきそうだ。これは面白くなってきたんじゃないか」
このダンジョンは冒険者にまさに冒険をさせたいのだ。
まずは5階まで行けと、そして昇降機を見つけろと。そこまでたどり着けるのならば道中の稼ぎは結構な量になるが、それはこの昇降機が解決してくれる。たとえ大荷物になっていても安心だ。
そして恐らくはさらに10階を目指せと言ってくるのだろう。5階までは簡単に行けるようにしたから、そこからさらに10階まで行けと。
そうしてもし11階以降があるのだとしたら、いちいちそこまで歩いて行くのは大変だ。それをこの昇降機で解決してくれというのではないか。冒険者に冒険をしろといっているのだ。もっと冒険をして、もっといろいろなものを発見しろと。
「挑発されているようだな。少なくとも10階までは行きたくなる。そこが最深部だというのなら攻略だ。やる気にさせてくれる」
何しろ1階から宝箱があるのだ。ここまですでに4つ。どれも中身は十分なものだった。それが10階までの全ての階にあるのだとしたら、一体どれほどのものが出るというのか。2階3階と調べていけばその上昇具合も分かるだろう。
「待って、ほら、地図を見て。この部屋ってこれくらいの大きさだよね。ねえ、まだもう一部屋ありそうだよ」
地図に書き込んでいたフェリクスの言葉に地図をのぞき込む。確かに空白部分の大きさを考えればもう一部屋ありそうだった。そしてここまで地図はきっちりと埋められていて、どう考えてももう一部屋分の空白には何かあるだろうと想像させた。
このダンジョンはもっと冒険をしろと言っているのだ。まだ地下1階だというのに。
隠し扉の先で地下5階、そして10階へとつながる昇降機を発見、これで残るはその反対側にある空白部分のみとなった。
「よし、確認だ。今はここ、で、この通路には隠し扉だとかはなかった。可能性として一番高いのはこの部屋の反対側、ここだな。ここまで移動する。一応壁際をフリア頼む」
部屋を出ると左手に壁を見ながらぐるりと通路を通って目的地を目指す。
念のため壁の状態には気をつかうことになるが、移動の速度は多少早くなっていた。移動の間には罠や魔物もなく、真っすぐに到達することに成功。
恐らくここと判断していた壁にフリアが張り付くようにして調べ始めた。
「んー、ん? ん、うーん? 押しボタン式じゃないねえ、何だろ? ここじゃない? でもなんとなーくここっぽい‥‥」
独り言を言いながらぐるぐると壁に張り付けて手や目線を動かし続ける。
「うん、たぶんこれかな、鍵あり、開けてみる」
しばらくして壁の石組みの、ブロック4つが十字に交差する点のコケを払い落とし、その十字の中央に鍵開け用の器具を差し込んでいった。
「罠はなし、鍵は、鍵は、ピンじゃない、山じゃない、あ、ピンだこれ。中にもロックがあるのか」
「聞いていてもさっぱりだな‥‥」
「専門家の言うことは分からん」
器具を差し込んだまま壁から少し離れて上下左右を確認する。そして少し右側の別の交差する点にも器具を差し込んだ。両手に器具を持ってぐりぐりと動かしている。
「動いた、動いたね、入るかな、入った、よし開けるよ」
言うやいなや石組みの一部、扉程度の大きさがずずっと動き出し、内側に少しずれてから横へとスライドしていった。
「スライド式‥‥ここだけ開き方が違うんだ」
「どう考えてもこのフロアで特別な場所ってことだな。中はどうだ?」
クリストがしゃがみ込んでいるフリアの頭越しにランタンを掲げる。その差し込む明かりに部屋の中がうっすらと見えてくる。
「何だ? 像、彫像か? 女の像に見えるが‥‥」
「ぽいね、それ以外はなし。うーん、何だろ、違和感はあるんだけどよく分からないね。魔物なし、罠もたぶんないかな」
「入ってみるしかないな、フェリクス、ライトを左へ頼む。俺は右へ」
言うとクリストがランタンを掲げたまま部屋へ踏み込み右側へ寄る。
そのあとに地図を書いていたフェリクスがライトの魔法を使ってから部屋に入り左へと寄った。これで部屋全体が明るくなった。
「この像しかないな。調べろっていうことだろうが、フリアじゃないが違和感というか、嫌な予感がするな」
「どう考えてもそれに何かあるだろう。どうする、ここが最後だし放置っていうのもな」
「そうなんだよ‥‥、まあ調べるしかないか」
エディに向かって軽くため息をついたクリストが像へ近づく。
仲間も皆が部屋に入った。何かあっても対処できるだろう、と思ったところで気がつく。
「待て、扉は、」
「え?」
声をかけられてもとっさには誰も返事はできない。
「え、閉まってる? 何で? 動いた気配もなかったよ」
扉だった場所にフリアが張り付くが、動くような気配はない。
「つまりそういう罠だったってことだな。そして何が何でも像を調べろと、嫌な予感しかしないぞ」
「全然気がつかなかった‥‥ショック‥‥」
「これ単体だと危険でも何でもないからとか? じゃない?」
「そうなのかな‥‥でもショックだあ」
「おら、いつまでもへこんでいるなよ。準備しろ、罠か魔物か、何かはある」
全員が姿勢を正し動ける状態に移行し、それを確認するとクリストは像へと近づく。
像は特に装飾もない地味なものだったが、作りは丁寧に見えた。表情は悲しそうにうつむき、胸に何かを抱いていたような形に腕を形作っているが、その中には何もない。そして足元の台座には文字が彫られていた。
「台座に何か書いてあるな‥‥その尊い願いに祝福を‥‥」
読んだ文字から順に、淡く光る。
すると像の顔の部分からずるりと何かがずれて姿を表した。
「クリスト!」
最初に気がついたのは誰だったか。
声を聞いた瞬間、クリストが身をよじるようにしながら背後に向かって体を思い切り倒すと、それまで体があった場所にずるりと現れた青緑に透き通った、腕とおぼしき物が通り過ぎる。
「ゴースト!」
叫んだ声は誰か。
跳ね起きたクリストは剣を抜き、ゴーストへと向き直る。
エディがすでに盾を構えゴーストの正面に立ち、剣を抜こうとしているが動きが悪い。何かが影響しているのか。
「ブレス!」
カリーナの魔法だ。その声と魔力を感じると力が湧き立つように感じる。これで恐れる物などない。
エディも今度こそ剣を抜き放ちゴーストの腕を払うように振った。
クリストも剣を両手で構えるとゴーストの左側から攻撃を仕掛ける。ただゴーストの物理抵抗が高く、ブレス分は上回れているとはいえ、そのブレス頼りになるだけに時間をかけられない。
右へと回っていたフリアもナイフを器用に使って斬りかかった。今はとにかくダメージを累積させることが必要だ。
「ライトニングボルト!」
エディとクリストのちょうど間を抜けてフェリクスの放った雷撃が走る。抵抗を抜けて届いたそのダメージにゴーストが大きく身もだえる。
と、そこでゴーストの動きが変わり、腕の動作を加えて何かを言っているかのような口の動き。
「魔法を使うのか!?」
通常ゴーストといえばダメージや状態異常への耐性は高いが攻撃手段が乏しいものだ。それが魔法を使う。これは驚異度が上がる。こちらは恐怖に抵抗を続ける必要もあるというのだ、余計に時間をかけられない。
「スロー! 入った! 急いで!」
ゴーストの動きが遅くなる。カリーナが魔法で時間を稼いだのだ。
そこへエディの攻撃が入り、ゴーストの視線はそちらへ向く。魔法が何であれ、放たれればそこへ行く。
動きがゆっくりとしていたおかげで狙いを付けやすかったクリストの攻撃も入る。それでもまだゴーストは倒れないか。
「もう一発、ライトニングボルト!」
再び雷撃がゴーストに直撃する。さすがにこの攻撃はこたえたのか大きく姿勢を崩した。
さらにそこにフリアの攻撃も入り、今度は大きくのけ反る。そして足元から透けていくように色を薄くしていき、その姿を消した。
「終わったか、みんな大丈夫だな? よし、休憩!」
クリストが体から力を抜き、宣言する。ふうという大きく息を吐く音も聞こえた。
「ねえ、台座のところに宝箱があるように見えるんだけど」
「あるね、宝箱だよね、あれ」
カリーナとフリアの声に視線が台座に集まる。ゴーストが最後にいたちょうど足元か。非実体系の魔物を倒すとその場に魔石が落ちるのだが、もちろんそれもあった。その白い魔石の横に、確かに宝箱が。
「倒した成果か? こんな形もあるのかよ」
魔物の撃破報酬とでもいうのだろうか。他のダンジョンでも強力な魔物を倒した後に宝が見つかることはあるが、こんな倒したところに宝箱が出現する形では初めてだった。
「まあ後だ。ゴーストはどうだ? 急に現れたとはいえ1体だったからな、そこまでではなかったか」
「魔法を残してあったからね。ブレス分とライトニングボルト2発、強さとしては普通かな。魔法を使おうとしていたみたいなのは驚いたけれど」
「エディはどうした? あれは恐怖か?」
「そうだな、おそらくは恐怖を食らったんだ。それでも盾を構えるところまでは行けていたからな」
「まあ恐怖なら回復手段はいくつかあるから。最悪エディにひたすら耐えてもらってチクチクやるのもありだったし」
非実体型の魔物で抵抗力が高いこともあり倒しにくくはあるが、倒せないというわけではない。攻撃に優れたフェリクスと支援に優れたカリーナの魔法があったからこそ早く倒す選択をしたが、他にも対抗手段は用意してあった。
「鍵なし、罠なし、箱の裏にレバーがあるから、たぶん倒して宝箱を手に入れないと出られない部屋ってことじゃないかな」
「へえ、そんな仕掛けもあるのか。てっきり像のどこかに仕掛けがあるのかと思っていたんだがな」
「そうね、フリアには戦闘に参加せずに仕掛けを探してもらうのも手だと思っていたのに、それは駄目なのね」
「しっかし、1階にこれか。どう見ても初心者用の場所じゃないだろ。どうやって初心者がゴーストに対抗するんだよ。ここは初心者には禁止の部屋になるだろうな」
恐怖への対策、非実体への対策となると初心者には不可能に近い。倒すまでに必要だった攻撃階数を考えてもダメージを与えきれるようにも思えない。
フリアが鍵開けに時間をかけたことと合わせて、この部屋はある程度実力のある冒険者でなければ挑戦できる場所ではないだろう。
「フリア、箱開けていいぞ。とどめを刺したボーナスだ」
「ほんと? いい? じゃ、開けるよ」
宝箱の横に座っていたフリアがいそいそと蓋に手をかける。
1階なのに難易度の高い部屋に出た宝箱だ。それ相応の成果が期待できた。
「‥‥杖が出た。何だろ、木みたいな」
中から取りだしたのはねじれた細長い木の先に、葉を付けた枝が幾本もあるような形をした杖だった。
にじり寄ってきたフェリクスとカリーナがのぞき込む。
「ちょっと見せて、何かしら、抵抗を感じるわね‥‥あなたはどう?」
「そうだね、僕も少し抵抗があるように感じる。これは使える人が限られるタイプみたいだね」
「そうね、どう見てもエルフが持っていそうな杖だし、私たち向きではなさそうよ。ギルドに任せましょう」
「残念、見た目いいのに、良い杖なら誰か使えれば良かった」
「良い杖なら高いお金で引き取ってもらえるでしょ」
発見したものは基本的にはギルドに引き渡しだ。それにたとえ良い装備品だったとしても、その性能を引き出せないのなら意味はない。見た目は良いから飾りとしてというほどの話でもないので、こういうものはギルドに任せて高額を引き出した方がよほど良いのだ。
「これで地図は完成。宝箱が5つ、魔物の討伐数もそれなりだ。見たことのない魔物を1体持ち帰ることもできる。十分な成果じゃないか」
まだ調査を始めたばかりの地下1階なのだ。
それでこれだけの成果を得られたとなればギルドも喜ぶだろう。こちらとしても報酬の上乗せが期待できるだけのものを得られている。文句などない。
宝箱の裏のレバーを動かすと予想どおりに石壁が動きだし扉が開いた。これで1階の調査はすべて完了、満足のいく成果だ。これは明日の2階以降も期待が持てるというものだった。
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さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。
青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
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ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
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