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002:ミルトにて
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依頼のあったミルトの町は、ヴェントヴェール王国の北部にある。ギルドで仕入れた情報ではヴェントヴェールの政情は安定していて、近年問題になるような出来事は特に確認されていないという。ミルトの町があるリッカテッラ州は国の食料庫としての役割があり、こちらもここ数年の収量は安定していて問題はないだろうという話だった。そのリッカテッラ州の領主を務めるのが依頼主でもあるセルバ子爵。領主が子爵というのは格式が低いのではとも思えるが、それも戦功がないことが主な要因で、爵位持ちが足りなかったこともあって開拓に貢献したセルバ家にリッカテッラ州が割り当てられたのだという。
ミルトの町はリッカテッラ州の州都であり、新しいダンジョンが見つかったのはそのミルトからさらに北、セラータという地方だ。セラータは国の北端の地方でもあり、その国境線を作る山々の裾野に広がるノッテという森の中に見つかったということだった。そこまで行くには一度ヴェントヴェールの王都まで出て、それから中央街道をひたすら北上することになる。クリストたちは王都のギルドでリッカテッラ州やセルバ家についての情報を集めてからミルトへと向かった。
ギルドでのリッカテッラ州の評価は問題なし。食料庫というだけあって産業がほぼ農業のみなためギルドへの依頼も害獣退治や荷運びの護衛などがほとんどらしく、幅の狭さくらいしか言うことはないのだそうだ。セルバ家の評価も同じく問題なし。農地経営は手堅く、それだけに収益も安定していてギルドへの支払いが滞るようなことはない。
唯一気になる情報としては長女が、教会が生まれ持ったスキルやギフトを鑑定する宣誓式で無能という判定を受けたらしいというものだった。もっともそれも教会の言うことであってどこまで信じて良いかは分からないし、だいたいセルバ家は依頼主だ。その家庭事情に踏み入るような話はするべきではないのだから、あいさつの時にも触れなければ良いことだった。
クリストたちを乗せた馬車が街道を行く。良く整備された石畳で馬車の揺れも少ない。リッカテッラ州に入ればすぐに街道沿いは農地に変わり、良く晴れ渡った空の下で人々が忙しそうに働いている。仕入れた情報からもこうして州内の様子を見ても何も問題はなさそうだった。あとは現地で実際に見聞きしてみるしかないだろう。ミルトまではまだ1日以上からるのだ、慌てることはない。クリストは姿勢を崩し、頭の後ろで手を組むと目を閉じた。
ミルトの冒険者ギルドは州都にあるものとしてはそう大きなところではなかった。それもこれも依頼内容の偏りによるのだろうか、実際に依頼を張り出す掲示板には害獣駆除や薬草採取程度しか見当たらなかったし、ほかのギルドでは良く目にするようなギルド内でたむろする冒険者の姿というものも見当たらなかった。
受け付けで依頼の封書を見せるとすぐに職員が奥へ入り、そして支部長室へと招き入れられた。
「ようこそミルトへ。支部長のアドルフォだ。まあ座ってくれ」
勧められ腰を下ろすと、案内してきた事務員が一礼して退室し、アドルフォが念のためだといって扉の鍵をかけると向かい側に座った。
「分かってもらえるだろうが、新規ダンジョンの話になるのでね、公表されるまでは機密扱いになるので了承してほしい。さて、わざわざ来てもらえたということは依頼を受けてもらえるということでいいだろうか」
「そのつもりではいる。で、ダンジョンで間違いないんだな?」
「間違いない。俺たちも実際に行ってみた。通路に罠、扉に鍵、宝箱から宝石。地下2階への階段も見つかっている。今までに見つかった中で一番浅いもので5階だったか。ここも2階までってことはないだろう。その調査を依頼したい」
「今はどうなっているんだ? すぐに入れるのか?」
「そうだな、仮設にはなるが出張所が作ってあるからそこで寝泊まりもできるし食事だとかも用意する。で、ダンジョンの周辺は柵を作っている最中だ。出張所には専任の担当者もいるからそこで改めて必要なものは相談してほしい。今回は土地がセルバ家の所有でね、ダンジョンも地権者はセルバ家ってことになる。契約を結んだところでセルバ家の本宅と、あとはダンジョンのあるノッテの森にある別宅だな、この別宅にダンジョンの管理を担当することになる人物がいて、そちらにもあいさつに行くことになる」
「本家と別宅ね、分かった。ダンジョンが間違いなくあるってことなら文句はないんだが、みんないいか? よし、受けよう」
「ありがたい。いや最初は州内で探したんだが怪しくてな。王都の本部に聞いても国内で罠だ鍵だに対応できる探索に慣れた冒険者ってのがまたいない。受けてもらえたのはこちらとしても好都合だ」
ダンジョンの探索依頼ということで、必要な道具などはすべてギルドとセルバ家で供与。宿泊場所も出張所内に完備で食事なども出る。その代わり機密保持は厳守、ダンジョン内で発見されたものはすべてギルドに引き渡しということになる。さすがにギルドと領主の連名による依頼だけあって待遇は良く、報酬も大きい。
この日は領主が本宅にいるということで、出張所に荷物を降ろしたらあいさつに行き、そこで正式に契約を結ぶということが決まった。さすがに貴族と面会するのに装備を身につけたままというわけにはいかない。クリストたちはアドルフォとともに再び馬車に乗り込み、街道を北へと進んでいった。
仮設だという出張所はすでに完成していて荷物の運び込みが行われていた。その建物の裏手から森が切り開かれていて、その先にダンジョンがあるのだという。馬車を降りて建物に入ると、すぐに担当だという職員がやってきた。
「初めまして、この出張所の担当となります、モニカです。よろしくお願いします」
珍しく眼鏡をかけているいかにも事務職といった雰囲気の女性だった。実際支部にいたときには支部長付の事務員だったそうで、ダンジョンに携わった経験があったことから出張所長に起用されたということだった。この出張所にはこのモニカが常駐、ほかにも入れ替わりで常に最低もう1人か2人はいるようになるのだという。
そのあとはそれぞれに割り当てられた部屋に分かれて荷物を下ろし、装備を外し、身支度を調えたところでアドルフォ、モニカとともにミルトと出張所との中間辺りにあるセルバ家の本宅へあいさつに向かう。待ち構えていたのか到着するとすぐに応接室へと案内された。
「いやすまないね、待たせたかな。私はブルーノ・オッド・セルバ、今回依頼をしたセルバ家の当主だ」
入ってきた子爵を出迎えるためにクリストたちも立ち上がって頭を下げる。子爵も手を上げてそれに応えるとソファに腰掛け、全員に座るように促した。
「遠いところをわざわざすまなかったね、支部長からも適当な人材が近場にいないと聞いていたからね、時間がかかることは覚悟していたのだけれどね」
子爵ということだったが、名前ほどの貫禄はない、人当たりの良いにこやかな人物だった。貴族然としていない比較的話しやすいところは好印象だが、国の中央で政治や軍事に深く関わるにはどうだろうと思わせられる。
互いにあいさつを交わしたところで契約内容の確認となった。
「ふむ、これが契約内容になるのか、ふーむ、問題はないのだね? 分かった。細かいことは私には分からないからね、ギルドに任せよう。それとセルバ家としては道具だとか保存食だったか、そういったものの評価も頼みたいのでね、出張所の専用の置き場にあるものは何でも使ってもらって構わない」
探索はもちろん、そのために使うことになる道具類や、道中必要になるだろう保存食を新しく開発していてその評価試験も頼みたいという話はすでに聞いていたが、やはりそれもセルバ家の事業として立ち上げたいものらしく、冒険者もまた主要な顧客として想定しているのでよろしくということだった。
今まで市場に出ていないまったく新しいものもあるという話だが、探索に使えるかどうかはすぐに分かることではあるし、セルバ家からの供与という形なうえに別に報酬も発生する、使えなければ使えないで良いということなのでクリストたちとしても文句はない。モニカが用意していた書類に全員がサインをしてこれで契約は成立した。
「ではよろしく頼むよ」
「こちらこそ、ご期待に応えられるよう全力を尽くします。よろしくお願いします」
最後に握手を交わしてこれで終了。事前にやらなければならないことは、残りは森の別宅へのあいさつだけだ。そちらには実質セルバ家でダンジョンを担当することになるというブルーノ子爵の妹がいるのだという話で、一時冒険者をしていた経験もあり、そして本宅に来るよりも近いこともあって相談事があればそちらへということだった。
本宅を出て馬車で北へ、そして出張所に突き当たったところで左へと街道は大きく曲がり、その先で右手、森の中へ入っていく道が見えてくる。入り口にはセルバ家私有地という看板が出されていてその先に別宅があるのだとすぐに分かる。森の中というには滑らかに整えられた道を進むと、すぐに別宅に到着した。
丸太を組み合わせた造りの建物があり、玄関前には女性が一人、出迎えのために立っていて、モニカから「あちらが子爵の妹のアーシア様です」と説明された。冒険者をしていたという話だったが、背が高く体格が良く姿勢も良い。召使いではなく当人が出迎えに来ているのは貴族としてどうかとは思うものの、そもそもこの別宅にはアーシアの他にうわさを聞いたブルーノの長女と、召使いの女性が一人いるだけなのだという。番犬として魔物を狩れるほどの大型犬が何頭かいるということで、それで安全が保たれているのだろう。
馬車を降りあいさつを交わして招かれるまま室内に入ると、召使いだろう女性と小さな子供が飲み物の用意をしていた。あれがその長女だろう。
勧められるまま席に着き、改めてあいさつを交わす。
「アーシア・モノ・セルバよ。兄、ブルーノはいないこともあるので私がダンジョン関係は代表ということになるわね。よろしく」
「あ、ご存じかもしれませんが、セルバ家の長女、ステラです。初めまして。叔母様と一緒にここにいますので、今後もよろしくお願いします」
アーシアというのがダンジョンの管理を担当すると聞いていた人物、そして子供の方が聞いていた長女だろう。なかなかしっかりとした娘で、そしてどうやら冒険話に興味津々らしく、クリストたちが廃虚になった都市、火山のように溶岩の流れている洞窟、墓石の立ち並ぶアンデッドだらけの墓地といったものを挙げていくと、とても楽しそうに聞いてくれる。そのようすは町の学校で話をしてほしいと言われた時の子供たちのようすと何も変わらなかった。
いとまを告げ別宅を後にする。ここまでのセルバ家の人々の反応は悪くない。どちらかというと良い印象を持ってもらえただろう。新規ダンジョンの探索となればどれだけ時間がかかるか分からないのだし、供与してもらえる道具だとかのこともある。依頼主に良い印象を持ってもらうことは重要なことだった。
出張所に戻り、それぞれ私室で一休みしたあとは翌日からの計画の打ち合わせだ。依頼内容としてはまずは1階の詳細な地図の作成と、それ以降の階の地図は達成状況に応じてボーナスあり。倒した魔物の討伐部位や魔石の回収は、これもギルドの規定に応じて買い取り。発見した採取物、拾得物の提出も規定に応じて買い取りになる。試供品の評価は報酬に上乗せの形で支払われるが、状況によってはボーナスもありだという。さらにたいまつ、保存食、水筒、油、鍵開け用の工具、地図などを書き込むための紙、筆記具などの消耗品は全て支給される。
新設されたギルド出張所の部屋に泊まり込みで期間はひとまず3カ月だが、状況に応じて延長を予定している。完全な攻略の必要はない。基本どおりにまずは日帰りで、それ以降は1泊2日程度を想定してダンジョンに潜っていくことになる。
領主家と冒険者ギルドの連名での依頼ということもあって契約内容に不満はなく、サービスも行き届いている。実際に複数のダンジョンを経験し、そのうちいくつかは最深部到達も達成している彼らにとって、この依頼は歓迎できるものだった。
あいさつ回りという使い慣れない神経を消耗させただけに今日はゆっくりと休ませてもらうが、いよいよ明日からは本番、ダンジョンの探索が始まるのだ。
ミルトの町はリッカテッラ州の州都であり、新しいダンジョンが見つかったのはそのミルトからさらに北、セラータという地方だ。セラータは国の北端の地方でもあり、その国境線を作る山々の裾野に広がるノッテという森の中に見つかったということだった。そこまで行くには一度ヴェントヴェールの王都まで出て、それから中央街道をひたすら北上することになる。クリストたちは王都のギルドでリッカテッラ州やセルバ家についての情報を集めてからミルトへと向かった。
ギルドでのリッカテッラ州の評価は問題なし。食料庫というだけあって産業がほぼ農業のみなためギルドへの依頼も害獣退治や荷運びの護衛などがほとんどらしく、幅の狭さくらいしか言うことはないのだそうだ。セルバ家の評価も同じく問題なし。農地経営は手堅く、それだけに収益も安定していてギルドへの支払いが滞るようなことはない。
唯一気になる情報としては長女が、教会が生まれ持ったスキルやギフトを鑑定する宣誓式で無能という判定を受けたらしいというものだった。もっともそれも教会の言うことであってどこまで信じて良いかは分からないし、だいたいセルバ家は依頼主だ。その家庭事情に踏み入るような話はするべきではないのだから、あいさつの時にも触れなければ良いことだった。
クリストたちを乗せた馬車が街道を行く。良く整備された石畳で馬車の揺れも少ない。リッカテッラ州に入ればすぐに街道沿いは農地に変わり、良く晴れ渡った空の下で人々が忙しそうに働いている。仕入れた情報からもこうして州内の様子を見ても何も問題はなさそうだった。あとは現地で実際に見聞きしてみるしかないだろう。ミルトまではまだ1日以上からるのだ、慌てることはない。クリストは姿勢を崩し、頭の後ろで手を組むと目を閉じた。
ミルトの冒険者ギルドは州都にあるものとしてはそう大きなところではなかった。それもこれも依頼内容の偏りによるのだろうか、実際に依頼を張り出す掲示板には害獣駆除や薬草採取程度しか見当たらなかったし、ほかのギルドでは良く目にするようなギルド内でたむろする冒険者の姿というものも見当たらなかった。
受け付けで依頼の封書を見せるとすぐに職員が奥へ入り、そして支部長室へと招き入れられた。
「ようこそミルトへ。支部長のアドルフォだ。まあ座ってくれ」
勧められ腰を下ろすと、案内してきた事務員が一礼して退室し、アドルフォが念のためだといって扉の鍵をかけると向かい側に座った。
「分かってもらえるだろうが、新規ダンジョンの話になるのでね、公表されるまでは機密扱いになるので了承してほしい。さて、わざわざ来てもらえたということは依頼を受けてもらえるということでいいだろうか」
「そのつもりではいる。で、ダンジョンで間違いないんだな?」
「間違いない。俺たちも実際に行ってみた。通路に罠、扉に鍵、宝箱から宝石。地下2階への階段も見つかっている。今までに見つかった中で一番浅いもので5階だったか。ここも2階までってことはないだろう。その調査を依頼したい」
「今はどうなっているんだ? すぐに入れるのか?」
「そうだな、仮設にはなるが出張所が作ってあるからそこで寝泊まりもできるし食事だとかも用意する。で、ダンジョンの周辺は柵を作っている最中だ。出張所には専任の担当者もいるからそこで改めて必要なものは相談してほしい。今回は土地がセルバ家の所有でね、ダンジョンも地権者はセルバ家ってことになる。契約を結んだところでセルバ家の本宅と、あとはダンジョンのあるノッテの森にある別宅だな、この別宅にダンジョンの管理を担当することになる人物がいて、そちらにもあいさつに行くことになる」
「本家と別宅ね、分かった。ダンジョンが間違いなくあるってことなら文句はないんだが、みんないいか? よし、受けよう」
「ありがたい。いや最初は州内で探したんだが怪しくてな。王都の本部に聞いても国内で罠だ鍵だに対応できる探索に慣れた冒険者ってのがまたいない。受けてもらえたのはこちらとしても好都合だ」
ダンジョンの探索依頼ということで、必要な道具などはすべてギルドとセルバ家で供与。宿泊場所も出張所内に完備で食事なども出る。その代わり機密保持は厳守、ダンジョン内で発見されたものはすべてギルドに引き渡しということになる。さすがにギルドと領主の連名による依頼だけあって待遇は良く、報酬も大きい。
この日は領主が本宅にいるということで、出張所に荷物を降ろしたらあいさつに行き、そこで正式に契約を結ぶということが決まった。さすがに貴族と面会するのに装備を身につけたままというわけにはいかない。クリストたちはアドルフォとともに再び馬車に乗り込み、街道を北へと進んでいった。
仮設だという出張所はすでに完成していて荷物の運び込みが行われていた。その建物の裏手から森が切り開かれていて、その先にダンジョンがあるのだという。馬車を降りて建物に入ると、すぐに担当だという職員がやってきた。
「初めまして、この出張所の担当となります、モニカです。よろしくお願いします」
珍しく眼鏡をかけているいかにも事務職といった雰囲気の女性だった。実際支部にいたときには支部長付の事務員だったそうで、ダンジョンに携わった経験があったことから出張所長に起用されたということだった。この出張所にはこのモニカが常駐、ほかにも入れ替わりで常に最低もう1人か2人はいるようになるのだという。
そのあとはそれぞれに割り当てられた部屋に分かれて荷物を下ろし、装備を外し、身支度を調えたところでアドルフォ、モニカとともにミルトと出張所との中間辺りにあるセルバ家の本宅へあいさつに向かう。待ち構えていたのか到着するとすぐに応接室へと案内された。
「いやすまないね、待たせたかな。私はブルーノ・オッド・セルバ、今回依頼をしたセルバ家の当主だ」
入ってきた子爵を出迎えるためにクリストたちも立ち上がって頭を下げる。子爵も手を上げてそれに応えるとソファに腰掛け、全員に座るように促した。
「遠いところをわざわざすまなかったね、支部長からも適当な人材が近場にいないと聞いていたからね、時間がかかることは覚悟していたのだけれどね」
子爵ということだったが、名前ほどの貫禄はない、人当たりの良いにこやかな人物だった。貴族然としていない比較的話しやすいところは好印象だが、国の中央で政治や軍事に深く関わるにはどうだろうと思わせられる。
互いにあいさつを交わしたところで契約内容の確認となった。
「ふむ、これが契約内容になるのか、ふーむ、問題はないのだね? 分かった。細かいことは私には分からないからね、ギルドに任せよう。それとセルバ家としては道具だとか保存食だったか、そういったものの評価も頼みたいのでね、出張所の専用の置き場にあるものは何でも使ってもらって構わない」
探索はもちろん、そのために使うことになる道具類や、道中必要になるだろう保存食を新しく開発していてその評価試験も頼みたいという話はすでに聞いていたが、やはりそれもセルバ家の事業として立ち上げたいものらしく、冒険者もまた主要な顧客として想定しているのでよろしくということだった。
今まで市場に出ていないまったく新しいものもあるという話だが、探索に使えるかどうかはすぐに分かることではあるし、セルバ家からの供与という形なうえに別に報酬も発生する、使えなければ使えないで良いということなのでクリストたちとしても文句はない。モニカが用意していた書類に全員がサインをしてこれで契約は成立した。
「ではよろしく頼むよ」
「こちらこそ、ご期待に応えられるよう全力を尽くします。よろしくお願いします」
最後に握手を交わしてこれで終了。事前にやらなければならないことは、残りは森の別宅へのあいさつだけだ。そちらには実質セルバ家でダンジョンを担当することになるというブルーノ子爵の妹がいるのだという話で、一時冒険者をしていた経験もあり、そして本宅に来るよりも近いこともあって相談事があればそちらへということだった。
本宅を出て馬車で北へ、そして出張所に突き当たったところで左へと街道は大きく曲がり、その先で右手、森の中へ入っていく道が見えてくる。入り口にはセルバ家私有地という看板が出されていてその先に別宅があるのだとすぐに分かる。森の中というには滑らかに整えられた道を進むと、すぐに別宅に到着した。
丸太を組み合わせた造りの建物があり、玄関前には女性が一人、出迎えのために立っていて、モニカから「あちらが子爵の妹のアーシア様です」と説明された。冒険者をしていたという話だったが、背が高く体格が良く姿勢も良い。召使いではなく当人が出迎えに来ているのは貴族としてどうかとは思うものの、そもそもこの別宅にはアーシアの他にうわさを聞いたブルーノの長女と、召使いの女性が一人いるだけなのだという。番犬として魔物を狩れるほどの大型犬が何頭かいるということで、それで安全が保たれているのだろう。
馬車を降りあいさつを交わして招かれるまま室内に入ると、召使いだろう女性と小さな子供が飲み物の用意をしていた。あれがその長女だろう。
勧められるまま席に着き、改めてあいさつを交わす。
「アーシア・モノ・セルバよ。兄、ブルーノはいないこともあるので私がダンジョン関係は代表ということになるわね。よろしく」
「あ、ご存じかもしれませんが、セルバ家の長女、ステラです。初めまして。叔母様と一緒にここにいますので、今後もよろしくお願いします」
アーシアというのがダンジョンの管理を担当すると聞いていた人物、そして子供の方が聞いていた長女だろう。なかなかしっかりとした娘で、そしてどうやら冒険話に興味津々らしく、クリストたちが廃虚になった都市、火山のように溶岩の流れている洞窟、墓石の立ち並ぶアンデッドだらけの墓地といったものを挙げていくと、とても楽しそうに聞いてくれる。そのようすは町の学校で話をしてほしいと言われた時の子供たちのようすと何も変わらなかった。
いとまを告げ別宅を後にする。ここまでのセルバ家の人々の反応は悪くない。どちらかというと良い印象を持ってもらえただろう。新規ダンジョンの探索となればどれだけ時間がかかるか分からないのだし、供与してもらえる道具だとかのこともある。依頼主に良い印象を持ってもらうことは重要なことだった。
出張所に戻り、それぞれ私室で一休みしたあとは翌日からの計画の打ち合わせだ。依頼内容としてはまずは1階の詳細な地図の作成と、それ以降の階の地図は達成状況に応じてボーナスあり。倒した魔物の討伐部位や魔石の回収は、これもギルドの規定に応じて買い取り。発見した採取物、拾得物の提出も規定に応じて買い取りになる。試供品の評価は報酬に上乗せの形で支払われるが、状況によってはボーナスもありだという。さらにたいまつ、保存食、水筒、油、鍵開け用の工具、地図などを書き込むための紙、筆記具などの消耗品は全て支給される。
新設されたギルド出張所の部屋に泊まり込みで期間はひとまず3カ月だが、状況に応じて延長を予定している。完全な攻略の必要はない。基本どおりにまずは日帰りで、それ以降は1泊2日程度を想定してダンジョンに潜っていくことになる。
領主家と冒険者ギルドの連名での依頼ということもあって契約内容に不満はなく、サービスも行き届いている。実際に複数のダンジョンを経験し、そのうちいくつかは最深部到達も達成している彼らにとって、この依頼は歓迎できるものだった。
あいさつ回りという使い慣れない神経を消耗させただけに今日はゆっくりと休ませてもらうが、いよいよ明日からは本番、ダンジョンの探索が始まるのだ。
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