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第1章

4話

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 ラスティは裏庭へ足を運んだ。

 取り巻きそのニは、自室に立ち寄る必要があると言うので後で合流する手筈である。

(もとをたどれば、やつのせいだからな)

 彼がラスティに尽くすのは当たり前のことに思われた。

 ラスティはあたりを見まわして、苔に覆われた古井戸に目をとめた。

 あの古井戸から聞こえるという怪物の叫び声の噂のせいで、裏庭に生徒たちが近づくことは滅多にない。

(怪物ね)

 当然、ラスティは信じていなかった。

 井戸を開けて中を覗いたことがあるのだ。底の水はすでに枯れており、怪物の影すらなかった。そのかわりに新たな発見はあったのだが。

 だが、取り巻きそのニはそうでもなかった。

 集合場所が裏庭だと知るや否や、あからさまに顔色が悪くなった。

「……あ、あのう。そこじゃなきゃだめですか?」
「じゃなきゃだめだ」

 本音は人目につかなければどこでも良かったのだが。怯える取り巻きそのニが面白かったのでラスティは神妙な顔で頷いてみせ、取り巻きそのニは渋々と了承したのだった。

 しばらくして、取り巻きそのニが物怖じした様子で歩いてくるのが見えた。

「待たされるのは嫌いだと言わなかったか?」

 柱廊に沿うように等間隔で置かれた石椅子の一つに腰掛けて、やや不機嫌そうにラスティが言った。裏庭に着いてからだいぶ時間が経っていた。

「遅すぎる」
「す、すみません。必要なものを取りに部室にも行っていたもので」
 
 ラスティはため息をつき、ふと思った。

「そういえば、お前の名は?」
「ええ……!?」

 目を見開き、人差し指で自分を指す取り巻きその二。

「ユージンですよ! いつも一緒にいるじゃないですか!」

 ラスティは、いちいち大げさな反応をする取り巻きその二──ユージンを鬱陶しそうに見やった。

「まとわりついてくるの間違いだろ」
「そんな……!」

 ラスティの容赦のない言葉に、ユージンは傷ついたようだった。

「あなたの昼食の席だって、僕があらかじめ取っているんですよ!」

 ラスティが鼻で笑った。

「おれが、いつそうしてくれと頼んだ?」
「ゔ、それは……」

 痛いところを突かれたのか、ユージンは一瞬言い淀んだ。

「で、でもでも! いつも我が物顔で座ってるじゃないですかぁ!」
「そりゃ空いてるからな。座るだろ、普通」
「ゔう、酷い。あんまりです……」

 ユージーンはがくりと項垂れた。

 その仰々しい態度にラスティは白い目を向け、早く済ませろと命令した。

「もっと近くで見る必要があります」

 そう言って、ユージンは返事も待たずにラスティのとなりに座った。

(こいつ……)

 ラスティは顔をしかめたが、それでも大人しくしていた。

 ユージンは制服の上着のポケットから綿紗、小さな丸い金属製の入れ物、絵画で使うような細筆を取り出した。

「なにをするつもりだ?」
「化粧です」

 ユージンが答えた。

「これは演劇で使う道具ですよ」

 ラスティは思い当たる節があった。

「女性が顔に塗るあれか」

 ワン姉が、こういった類のものを使うのを見たことがあったのだ。

 ユージンはこくりと頷いた。

「僕は演劇部なんですよ──手先が器用なので、みんなの舞台化粧を手伝ったりもするんです」

(反応がいちいち大げさな理由はこれか)

 ラスティは納得した。

「……まあ、裏方ですけど」

 ユージンは卑下するように言った。

「たしかに演技は上手くないようだ」

 ラスティが言った。ユージンはわかりやすく落ち込んだ。

「ええ、そうですとも。裏方は地味で演技下手な僕にぴったりですよ……」
「なんだと?」

 ラスティは不思議そうに首を傾げた。

「演劇は裏方がいてこそ成り立つんだろう」

 ラスティは演劇が好きだった。

 休暇中、劇場にも足を運んでいたので、素人ながら裏方の大切さは知っているつもりだった。

 花形役者ばかり注目されがちだが、脇役はもちろんのこと、照明、舞台装置、小道具の準備など、裏方がいなければ劇中の世界観は成り立たないのだとラスティは思っていた。

「それでも、役者が良いんです……」

 ユージンがぼそりと呟いた。

 その瞬間。まただ!とラスティは思った。

 頭のてっぺんから足のつま先まで凍てついたような──いや実際、ラスティは硬直状態に陥っていた。

 そして、またすぐに動けるようになった。

 ラスティは身震いした。

(今朝からずっとこれだ)

 本当に風邪を患ってしまったのだろうか。

 これはもう一度医務室に立ち寄る必要があるとラスティは思った。

 ユージンが心配そうにこちらを見ていたので、ラスティはぞんざいに口を開いた。

「えっと、何の話だったか」
「僕は演技下手だということです」

 ユージンが珍しくすっぱり言ったので、ラスティは吹き出してしまった。

 ユージンがうろんな目でラスティを見た。

「……まあ、なんだ。それなら役がもらえるまで諦めるな」

 誤魔化すように言うと、ユージンは目を輝かせたように見えた。

 ラスティは居心地が悪くなり、咳払いをして自分の頬を指した。

「それはそうと、適当やったら承知しないからな」
「どうして最後に脅すんですかぁ……!」

 ユージンがひ弱な声をあげた。





 その後。頬の傷は綺麗さっぱりとはいかずとも、目を凝らして見なければわからかいほどに薄くなっていた。

「それで話って?」

 ユージンの仕事ぶりに概ね満足したラスティは、今朝の件について耳を傾けてやることにしたのだった。

 だが、ユージンはぽかんと口を開けて固まってしまった。

「おれに話があると言っていたろう」

 ラスティはユージンを横目で見た。

「まさか、聞いてくださるのですか……?」
「だからそう言ってるだろ」

 ラスティは無造作に頬をかいた。

「早くしろ。おれの時間は有限だぞ」
「僕だってそうですよぉ!」

 ユージンはほんの少しはにかんだ。

 だが、その表情はすぐに悲しいものへと変わった。





◇◆◇




 ユージンの話は、ラスティの想像をゆうに超えていた。

 どうやら、彼の家が傾いているのは間違いないらしい。

 しかも追い打ちをかけるように先日、母親が病で亡くなったそうだ。領地は借金返済のために失ってしまったので、仕方なく共同墓地に遺体を埋葬することになったらしいのだが。

「死体泥棒?」
「はい……」

 ユージンが重々しく頷いた。

 話によると、ここ最近巷では、死体を墓から掘り返して盗むという事件が多発しているらしい。

 上位貴族であるラスティが知らないのも無理はない。貴族は領地内に墓地を所有しているからだ。

 よって狙われるのは、警備の薄い共同墓地。つまり、一般市民だった。

 最初の死体盗掘事件が起きて、かれこれ一カ月が経ったが、犯人は未だ捕まっておらず野放しのままらしい。

「盗まれた遺体の多くは、オメガだと聞きました──僕の母はオメガでした」

 ラスティは腕を組んだ。

「つまり、お前の母親が狙われる可能性が高いと」
「そう思います。埋葬が行われたのはつい先日のことです。見張りを雇っていましたが、それも今日までで……」

 消え入りそうな声でユージンが言った。

「警備隊には言ったのか?」

 ラスティがたずねた。

「はい。ですが僕の家事情を知っていたのか、真面目に取り合ってはくませんでした──そこで、あなたにお力添えをしていただければと」

 ユージンが目を潤ませて語った。

「お前、ずいぶんとクロフト家を買っているらしい」
「もちろんです」

 ユージンが即答した。ラスティはなんとも言えない顔をした。

(おれは御伽話の魔法使いじゃないんだぞ)

 そう心の中でぼやいた。

 たしかにラスティは後継ぎだが、それ以上でも以下でもない。

(金の工面ができれば話は簡単なんだがな)

 金銭に関わることは、何から何まで父が管理しているので、ラスティがどうこうできるわけではなかった。

 それに金を払わなくとも、父であれば手を振るうだけで警備隊が動くだろうが。

(あの人はそれを良しとしないだろうな)

 利己主義の父のことである。掛け合うまでもなく、すげなく断られるのは目に見えていた。

 ラスティは何かを考え込むようにじっと押し黙り、やがて口を開いた。

「お前が思っているような力にはなれないだろう──だが」

 ユージンは悲しげに俯いた。

「……そう、ですか……いえ、良いのです。話を聞いてくださっただけでも僕は……」

 泣きそうな声だった。

 ラスティは慌てて「話は最後まで聞け!」とつけくわえなければなかった。

 ユージンとは親しい仲ではない。まともに話したのも今日が初めてである。

 だが、こうして話してみて、家族思いの良いやつだと知った。

 それを放っておけるほどラスティの血は冷たくなかった。

「おれに考えがある──もちろんお前にも協力してもらうぞ」
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