ヒステリー

睡蓮

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決壊

決壊

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馴れ初め
 全ての部活の3年生が部活を引退して、夏も終わりを迎えるころ。委員会を決めるホームルームで。本が好きで文芸部に所属しているあたしは成り行きで図書委員会に所属することになった。本当は委員会なんて入りたくもないが、前期後期のどちらかは必ず委員会に所属しなくてはならない決まりだ。
 図書委員会は各クラス二名ずつ選ばれる。正直相手は誰でもいい。誰もやりたがらないのか難航していたが、数分後、ようやく決まったようだった。
 選ばれたのはたいして仲がいいわけでもない女子だった。名前は、確か……彩春イロハ。苗字は忘れた。名前が凄く綺麗で印象に残っていたが、ほとんど話したことが無い。中学も別だったし、去年も同じクラスというわけじゃなかった。ただ、なぜかあいつが気になった。休み時間はスマホをいじっているばっかりで、本が好きとは想像もつかなかった。ただ図書委員になっただけで、本が好きなわけではないのかもしれないが。あいつがどんな本を、物語を好むのか無性に興味が湧いた。
「よろしくね、えっと、朱夏シュカさん」
「うん、よろしくね。彩春さん。」



 初の委員会の集まり、私は彼女と図書室へ向かった。彼女はぽつりぽつりとあたしに話しかけた。たくさんの人と話すのが実はそんなに得意じゃない、だとか。本はあまり読まないが昔から好きな作品がある、だとか。あなたが好きな本を読んでみたい、だとか。
 あたしは気に入っている本の中で図書室にあるものを何冊か挙げる。彼女は律義にメモをして、ありがとうと呟いた。
 図書室に着き、指定された席に座る。しばらく待っていると、図書委員担当の現国教師がやってきた。
 委員会の仕事についての説明を受ける。主な仕事は二つ。図書室のカウンター当番と月に一度、本の紹介のポップを作る。カウンター当番は2人で、ポップ作り交代でやるそうだ。
「一緒に頑張ろうね、朱夏さん」
 そう言う彼女の笑顔は花が開くように可憐だった。

進展
〈Haruka:スタンプ〉
 クラスのグループLINE上で彼女が話しているのを追う。
「もっと話したいなー……」
 彼女は本の趣味も良かったし、どうやらゲームや絵も好きなようだった。仲良くなりたい、と思うのは傲慢だろうか。
 いつのまにかずっと彼女を追うようになってしまった。とん、と彼女のアイコンをタップする。可愛らしいイラストのアイコンに真っ白なプロフィール画像。右下に浮かぶ友達追加の文字。
 ええい、と思い切ってそのボタンを押す。どうとでもなれ。
 スマホをベッドに放り投げた。ああ、やっぱり嫌だったかも、迷惑だったかもと後悔する。
 スマホの振動と共にやかましい通知音が鳴る。すぐにスマホを拾い上げてロック画面を確認する。彼女からだった。

〈Haruka:まさかあなたから申請来るなんて思ってもなかった〉
〈シュカ:ごめん、委員会のこととか、本とかゲームのこととか話したくて……(emoji)〉

 ふ、と笑みが溢れる。急に友だち申請が来るものだから何かと思ったが、そっけないのかと思いきや意外と可愛い彼女の一面を見ることができた。

〈Haruka:ありがとう、嬉しいよ(emoji)私も朱夏さんと仲良くなりたかったんだ!シュカって呼んでもいいかな?〉
〈シュカ:うん!私もハルカって呼んでもいいかな?(emoji)〉

 そっけないどころか素直でかわいい。

〈Haruka:シュカは意外と可愛いよね〉

 突然そんなことを言われて驚く。そしてそれにものすごく照れている自分にも驚いた。

〈シュカ:スタンプ〉
 
 可愛らしいキャラクターが照れている絵のスタンプが送られてくる。私が好きなゲームのキャラクターだった。

〈Haruka:そのゲームやってるの?私もそのゲーム好きなんだ(emoji)〉
〈シュカ:うん!面白いよね(emoji)〉
 
 ゲームが好きだとは言っていたが、これをやってるなんて意外だった。思わぬ共通点に頬が緩む。

〈シュカ:XXXXXXXXこれ、フレンドコード。よかったら申請して~(emoji)〉

 フレンドコードをコピーして、ゲーム内のフレンド申請の検索欄にペーストする。『ナツ』という名前のアカウントが表示された。フレンド申請のボタンをタップする。

〈Haruka:申請したよ!『サクラ』ってアカウントから申請行ってると思う~〉

 フレンド申請の欄を確認する。彼女から言われた通りのアカウントがいた。つ、と承認のボタンをタップした。



 それからも、あたし達はどんどん仲良くなった。彼女は「大好き」だとか「愛してる」だとかをぽんぽん言う子だった。もちろん、女友達同士の軽いやり取りのつもりなのはわかっていたが、言われるたびに胸がときめいた。
 あたしは彼女から勧められたゲームを始めて、少しずつできるようになってきている。
 年が変わり、クラス替えがあったが、あたし達はまた同じクラスだった。また2人で図書委員になる。
 夏休み前の委員会活動で。
「ねえシュカ、夏休みもカウンター当番があるんだって。来るよね?」
「うん、行くよ。」
 カウンター当番はほとんど人が来ない日の方が多く、あたしとハルカの絶好の駄弁りの機会になっていた。
「楽しみだね、夏休み」
「うん」
 窓の外の青い空を眺める。まるで嵐の前触れのように澄んでいた。

決壊
 夏休みに入って数日、急にハルカと連絡がつかなくなった。なんで、なんでなんでなんでなんで。
 何度も通話をかけるが繋がらない。メンションしても、どれだけメッセージを送っても返信どころか既読もつかない。
 ゲームだけは最終ログインが更新されていた。
「なんで、あたし、嫌われた……?」



 カウンター当番の日、重い足取りで図書室へ向かった。もし、もしハルカが来てなかったらどうしよう。ただ、その予想は裏切られた。
「あ、シュカ!久しぶり~」
 彼女は能天気に手を振る。それで、何かがぷつりと切れた。
「久しぶり、って……LINEしたんだよ?電話もかけた。なのに、既読もつかないし……」
「え?あ……、こないだ、寝ぼけてる時にLINEのブロックとかの整理やってたから、間違えてブロックしてたかも。ごめん」
 そう言って彼女はスマホの画面をいじる。
「あ、やっぱり。ごめんね、今解除した。」
 その言葉に涙が溢れる。
「なん、で……。あたし、嫌われたかと思って……」
「ごめんってば」
「あたし、この数日どんな気持ちで過ごしてたと思ってんの!?嫌われたと思って、何にも手ェつかなくて、毎日苦しくて、既読がつかない画面を見るのが本当に辛くて……!」
 彼女を責めてもどうにもならないのに、つい言葉が出てしまう。彼女は甘んじてそれを受け入れてた。
 彼女が私を抱きしめる。
「シュカ、ごめんね……。大丈夫だよ。シュカのこと嫌いになったりなんかしないよ」
「……お願い、離れないで。」
「うん、離れない。大丈夫だよ」
 私は、その彼女の言葉にみっともなく縋るしかできなかった。
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