上 下
4 / 11

4 待ち合わせ

しおりを挟む
「ま、待たせたわね」
 ふっと笑って(当人としては)クールに銀髪を掻き上げてはいるが、リリアは内心ドキドキだった。
 結局、あまりにもキメすぎるのはまずいと思って、至って普通な私服…というより、部屋着を着てきていた。
 シンプルな白のタンクトップと黒のスポブラ、太腿の半分くらいまでの丈の黒のスパッツというリリア定番の部屋着に、体のラインを隠すための大きめのだぼっとしたジップアップパーカーを羽織っている。
 長い銀髪は、頭頂部付近でゴムでくくってポニーテールにし、ゴムを隠すように黒のリボンを結んでいた。
 あたかも、ちょっと気が向いたから、パーカーを羽織って、ぱっと来てみた、という格好である。
 そう見えていて欲しい。
 神様お願い。
(ジャックのためにそれだけ気を遣ったってバレたら恥ずかしいし……、なにより不審がられたら、せっかく本国に帰れるのに全部パーになっちゃうもの)
 それは避けたかった。
 展望台のガラスドームは三角形の大きなガラスパーツをいくつも組み合わせた多面体の丸い形をしている。照明が落とされたそこは、星空に包まれてまるで宇宙空間のなかにいるようだった。
 足元にてんてんと配置された、小さな間接照明のぼんやりとした温かな光が、あたりをロマンチックに演出している。
 ベンチの一つに腰掛けていたジャックが、側に立つリリアをぽかんと見ていた。
(な、なんか言いなさいよ……!)
 ジャックも私服で、黒のライダーズジャケットを羽織り、ラフなTシャツに、軍支給の迷彩柄のカーゴパンツを履いていた。
 どうもすでにシャワーは浴びたようで、髪のワックスが落とされ、いつも上がっている赤い髪が目元に下りているのが、なんともオフっぽくて……可愛かった。
「中尉?」
「そうよ」
「ホワイト中尉?」
「……なにか問題でも?」
 むすっとして聞き返せば、ジャックがぴょんっと立ち上がった。
 さっきまでちょうどいい目線だったのに、立ち上がられると目線の高低格差が顕著になる。
 大体、ジャックの胸元あたりにリリアの目線が来て……。
「中尉ッ!!!」
「きゃっ」
 ぎゅっと思い切り抱きしめられ、リリアは心底びっくりした。
「中尉の……これ部屋着ですよね? 初めて見た」
「変……?」
「そんなことないです! 俺これ好きです。……中尉可愛い。いい匂いがする」
「ばっ! 嗅ぐな、馬鹿者!」
 べしべしとジャックを叩くが解放されない。
(しゃ、シャワー浴びてきてよかったぁ……)
 軍人スキルを発動させて、電光石火でなんとか済ませてきておいてよかった。最新式のヘアドライヤーで、それなりに乾かしてきたし……。
(ちょっと湿ってるけど、大丈夫よね)
 髪を乾かしている間に、別の申請も済ませて来たし。
 三十分の戦果としては上々だろう。
 リリアはそっと手を伸ばして、ジャックの背中を抱きしめた。
(あったかい……。ジャックの匂い、好きかも)
 Tシャツ越しに、ジャックの胸板がリリアの頬に触れていた。こちらもお返しに、すんと鼻を鳴らせば、シャボンの良い匂い。
 よしよしと髪を撫でられ、温かくて、いい匂いで。安心する。
 このまま寝てしまいそうになる。
(はっ、駄目だめ!)
 ……とはいえ、どうやって誘ったものか。
 今夜しかチャンスはないと思って、思い切って部屋を予約してしまったものの、いきなりそんな話になったらジャックも驚いてしまうだろう。
「中尉も匂い嗅いでるじゃないですか」
「……嗅いでない」
「もー中尉って、小悪魔ってーか、天邪鬼ってーか。ま、そういうとこも好きなんですけど」
「わっ」
 ふわっと体が浮いたと思ったら、さらっと姫抱きにされてしまっていた。さすがに予測ができなくて、咄嗟の条件反射で手が出そうになり、慌てて寸止めした。
「お、っこわ。中尉の手刀とか洒落になんねーっすよ」
「きゅ、急にやるからでしょ」
「ってか中尉、超軽い~」
「だからって上げ下げしないの!」
「へへっ、りょーかい」
 ジャックは、リリアを姫抱きにしたまま、ベンチに再び腰を下ろした。
 近い距離にどぎまぎしてしまう。
「あー俺、中尉のこと、街に誘えばよかったなぁ……」
「な、なんで?」
「だって中尉、わざわざ風呂入ってきてくれたんでしょ? なんかちょっと髪湿ってるし。でも俺の部屋、なんか壁薄くて、ときどき、隣のやつの声が聞こえるんすよね。だから、ホテルに誘えばよかったなって。中尉の部屋だと違うんですか?」
(ば、バレてるじゃない! お風呂入ってきたこと!)
 リリアはかぁっと顔が熱くなるのを感じた。
「そ、そういうことは気づいても言わないの!」
「あ、やっぱ風呂入ってきてくれたんですね。もしかしたら、連絡したときに風呂入ってただけかなとも思ってたんすけど」
「なっ」
 つまり、鎌をかけられたということだ。
 なんたる不覚。
 リリアの手がわなわなと震えてしまう。
(いくらオフとはいえ、七つも下の少尉にしてやられたなんて……!)
 一瞬、軍人としてのリリアになりかけたのを引き戻したのは、至近距離にいるジャックだった。
「でも……わざわざ会う前に風呂って、つまり。…………中尉、俺」
「そそそそんな目で見ないでよ!」
 近づいてくるジャックの顔を、リリアはぎゅっと両手で押さえてしまった。
 すると、その手を掴まれて、手のひらにキスされてしまう。
「ホワイト中尉、いつもしっかりしてるのに、こういうときは駄目なんすね。意外」
 じっと見つめられ、いたたまれなさすぎて、リリアは自分の膝に視線を落とすことしかできなかった。
 ジャックの手がそっとリリアの髪を撫でてくれる。
「中尉……来てくれたってことは、俺、期待してもいいってことですよね?」
 俯いたリリアの顎に、手がかかって優しく仰向かされ、リリアはまともにジャックの目と目があってしまった。
 満点の星空を背に、足元の穏やかな間接照明にぼんやりと照らされたジャックの顔。
 その焦茶の瞳は、熱を含んでリリアを真っ直ぐに見つめていて。
(死んじゃうかも……)
 リリアの心臓が、ばくばくと早鐘を打っていた。
 言葉も出ず、こくんと頷けば、ジャックの顔が嬉しそうにほころんだ。
「中尉……」
 ジャックの顔が再びそっと近づいてくる……。
「ま、待った!」
「ぶっ!」
 リリアはまたもや、ジャックの顔を両手で阻止した。
 さすがに、ジャックの顔がむぅっと不機嫌になる。
「なんですか中尉、二回も! キス拒絶とか、俺、結構傷つくんですけど!」
「それについては本当にごめんなさい! でも、ほら……一応ここも、外、だからさ」
 ぱっと見、監視カメラは無いように見えるが、基地内の隅々までハッキングをかけたリリアは知ってる。ここにもカメラがあるということを。
(後でデータ改竄しておかないと……)
 姫抱きにされたあたりから、……いや、ハグされたあたりから、それはもうしっかり改竄しておかないと。
 リリアはジャックにそっと、「404番地って、知ってる?」と聞いた。
「404番地ぃ……? あ、そういえば先輩たちがときどき話してた気がします。なんですかって聞いても、お前にはまだ早いって、はぐらかされてばっかなんですけど」
 404番地は、基本、この基地での勤続三年を越えないと、教えてもらえないし、予約できない。
 その前に知るには、先輩にそういう目的で部屋に連れて行かれるか、口の軽い先輩にねだって教えてもらうかなかった。
 リリアは後者で情報を仕入れたわけだが、ジャックはまだようやく勤続一年と少しで、特に熱心にねだったり、根回しもしていないのなら、教えてもらえていなくて当然だった。
(そして、誰ともまだ、入ったことないのね)
 その事実に安堵する自分の心を押し隠しつつ、リリアはジャックの右手をそっと掴んだ。
「じゃあ、私が連れて行ってあげるわね?」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?

蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」 ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。 リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。 「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」 結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。 愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。 これからは自分の幸せのために生きると決意した。 そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。 「迎えに来たよ、リディス」 交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。 裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。 ※完結まで書いた短編集消化のための投稿。 小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

優しい紳士はもう牙を隠さない

なかな悠桃
恋愛
密かに想いを寄せていた同僚の先輩にある出来事がきっかけで襲われてしまうヒロインの話です。

処理中です...