潜入スパイですが、敵国のわんこな部下を愛してしまったので、去る前に思い出SEXだけすることにしました。

水鏡あかり

文字の大きさ
上 下
2 / 11

2 本国との通信

しおりを挟む
 士官以上のみに与えられる個室の私室で、リリアはデスクチェアに座り、デスクに設置されたスイッチを押して、ホログラムディスプレイを起動させた。
 ふぉんっと軽やかな音が鳴り、なにもない宙に、半透明な四角い、薄青色のディスプレイが立ち上がる。照明を落とした薄暗い室内に、ディスプレイの青白い光が投げかけられる。
 時刻は午後九時の一歩手前。
 リリアは部屋に一人きりだった。
 閉めたカーテンの隙間から、外の夜闇がちらりと見える。
 リリアは無表情のまま、ディスプレイが変化するのをじっと待った。
 仕事終わりで疲れていたが、これからの通信を思えば気分は高揚していた。
(うまくいっていれば、これで終わる……)
 やがて爽やかな青のディスプレイに、ノイズがいくつも走ってブレ始めた。ノイズはだんだんと収束していき、画面に黒い人影が映し出される。
 リリアは動揺もせず、人影がはっきり映し出されるのを待って、静かに挨拶した。
「こんにちは、Sirサー
『こんばんは、スノウ』
 画面の向こうから帰ってきた声は、老年の男性のものだった。
 本国のボスだ。
 時差の関係で、あちらはまだ昼間。
 リリアは大人しく、ボスの話の続きを待った。早く結果が知りたい。
『スノウ、君がこの間、送ってくれた情報の精査が終わったよ。情報の正確性が確認された』
 緊張で強張っていたリリアの体から、ほっと力が抜ける。
「では、これで」
 人影がこくと頷いた。
『スノウ、任務完了だ。おめでとう。可及的速やかに君の存在を消去して、敵国を脱出しろ』
「了解いたしました、Sir」
 その後、いくつか脱出の段取りの確認を済ませた。
 脱出計画のモデルは事前にいくつか教育されているが、実際にどういうプランを組むかは、そのときの状況による。事前に知らせていた暫定プランに、変更がないかの最終確認だった。
 本国からの支援を迅速に受け取るために必要な確認だ。
『さて、ではローズにも早急に帰国指令を出そう。なにか伝言はあるかな?』
 リリアは、同い年の幼馴染を思って、懐かしさに目を細めた。
「帰ったら、一緒に遊園地に行こう、と。任務に出る前に二人で約束したんです」
『いいだろう、引き受けた。ではスノウ、健闘を祈る』
「感謝します」
 本国のボスとの通信を切り、スノウは……いや、リリアは、ふぅと長い銀髪を掻き上げた。
 リリアは、このシェル国に潜入しているスパイだった。
 本国とシェル国とは、長年の敵対関係にあるが、現在は冷戦下。表面的には戦争をしていない。
 その実、水面下ではスパイを送り合って、激しい諜報戦が行われていた。
 リリアがこの国に潜入して、早八年。
 コードネームは、スノウ。
 シェル国での名前は、リリア・ホワイト。
 本名は、レイカ。
 混乱してしまいそうなこの生活も、もうすぐ終わりを迎える。
 それを思えば、嬉しいと同時に、少し寂しい気もした。
 任務前には想像だにしなかった感情だった。
 寂しい。
 この任務中に関わった人間とは、これからもう一生、二度と会ってはいけないことになっている。秘密漏洩の防止のためだ。
(みんなとも……もう会えない……)
 パソコンデスクに置かれた写真立てを見れば、中央に映ったリリアの周囲で、リリアの部下たちが楽しそうに笑っていた。
 リリアは、一際目立つ、にっと笑った赤髪の青年をそっと指でなぞった。
(ジャックとも……)
 でもその代わり、リリアもローズも生きて本国に帰れる。
 リリアの天秤は今回もやはり、二人の命のほうに傾いた。
 大体、残ったところで、裏切り者として消されるだけだ。
 孤児だったリリアは、幼いころに、本国のスパイ養成機関に引き取られ、そこで厳しく育てられた。
 スノウ、という名前は、色素の薄い外見から決められたコードネームだ。
 本国による事前の根回しと、リリアの能力のおかげで、ありがたくも、というか、シェル国にとっては、うかつにも、リリアはシェル国の軍で士官の地位をいただき、本国にかなりの情報を回すことができた。
 そのおかげで、リリアだけでなく、ローズの任期も短縮することができたのは僥倖だった。
 ローズに会える、そう思えば、シェル国脱出までの面倒なアレコレも頑張れると思った。
(ローズ、どんな風になってるかな)
 この国に来て八年。ローズとももう、八年会っていない。
 ローズは同い年で、同じ養成機関で育った、リリアの血の絆の相手である。
 血の絆とは、本国が考案した、スパイの裏切り防止策の一環だ。
 本国はスパイを信用していない。
 いや、スパイの忠誠心の持続を信用していない。
 スパイも人間だから、心変わりするのだと、長年の経験から結論づけたらしかった。
 だから、幼いころから仲の良い二人をペアにして、より絆を育ませ、任務前に二人に伝える。
『もし、どちらかが裏切れば、もう片方を処刑する。裏切ったほうも、地の果てまで追いかけて、処分する』
 国という大きすぎて顔のない抽象概念では縛りきれないのなら、一個人同士の絆を利用して、明確に名前のある人間の命でもって縛る、という二重の縛りだった。
 実際に処刑されたペアもいるらしいが、リリアとローズは無事に任期を終えることができた。
(さて、ローズに会うためにも、さっさと片付けなくちゃね。まずは、どこから手をつけようかしら)
 よいしょ、とデスクチェアから立ち上がり、リリアはまず、ホログラムディスプレイのハード内に埋め込んでいた、本国との通信のためのごく小さい端末を破壊した。
 証拠隠滅の第一歩。
 ここから本国に帰るまで、リリアは完全に独りだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【電子書籍発売に伴い作品引き上げ】私が妻でなくてもいいのでは?

キムラましゅろう
恋愛
夫には妻が二人いると言われている。 戸籍上の妻と仕事上の妻。 私は彼の姓を名乗り共に暮らす戸籍上の妻だけど、夫の側には常に仕事上の妻と呼ばれる女性副官がいた。 見合い結婚の私とは違い、副官である彼女は付き合いも長く多忙な夫と多くの時間を共有している。その胸に特別な恋情を抱いて。 一方私は新婚であるにも関わらず多忙な夫を支えながら節々で感じる女性副官のマウントと戦っていた。 だけどある時ふと思ってしまったのだ。 妻と揶揄される有能な女性が側にいるのなら、私が妻でなくてもいいのではないかと。 完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。 誤字脱字が罠のように点在します(断言)が、決して嫌がらせではございません(泣) モヤモヤ案件ものですが、作者は元サヤ(大きな概念で)ハピエン作家です。 アンチ元サヤの方はそっ閉じをオススメいたします。 あとは自己責任でどうぞ♡ 小説家になろうさんにも時差投稿します。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...