リピート再生

古野ジョン

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リピート再生

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 私の趣味は音楽を聴くことだ。いろんなアーティストのライブに行くし、よくCDを買って聴いている。でも、特にお気に入りのバンドがあって、彼らのデビュー曲を何回もリピートして聴いている。

 ある日の通勤中、いつものようにスマホにイヤホンを挿した。そして例のお気に入りを再生したんだけど、何だか音が聞こえない。イヤホンはちゃんと接続されてるし、ミュートになっているわけでもない。他の曲はちゃんと聴こえるのに、どうしてだろう。

 その後、いろいろ試行錯誤してみたのだけど、聴こえることはなかった。その日は仕事が早く終わったので、帰りに耳鼻科に寄ることにした。聴力に問題があるのかと思ったけど、検査結果は異常なしだった。他の曲は聴こえているわけだし、耳に問題があるわけじゃないか。

 家に帰ったあと、ラジカセでCDをかけてみたり、スマホをスピーカーに接続して大音量で再生してみたりしたのだけど、やっぱり聴こえなかった。なんだろう、これ。なんだか気味が悪いし、そもそもお気に入りが聴けないとストレスが溜まる。

 その週の日曜日、私は例のバンドのライブ会場にいた。楽しすぎて、例の曲の件のことはすっかり忘れていた。間もなく予定の曲は全て終わってしまい、皆がアンコールと叫び始めた。もちろん私も叫ぶ。するとステージに再登場してくれた。皆がわーっと盛り上がる中、バンドが歌い始めた。

 あれ?これ、デビュー曲だ。何だか音量が小さい気がするけど、微かにメロディーが聴こえる。けどどうして?聴こえないわけでもなく、完全に聴こえるわけでもない。でもまあいっか。久しぶりにこの曲が聴けるってだけで嬉しいや。結局私は大盛り上がりし、満足して家に帰った。

 しかし、その後も例の曲が聴こえるようになることはなかった。スマホで何度再生してみても、私の耳には届かない。何で?何で?ライブのときには聴こえたのに。意味わかんない。

 埒が明かなくなったので、私はあることを試してみることにした。聴こえなくてもいいから、例のデビュー曲をひたすらリピート再生してみよう。繰り返し聴いていれば、何かが起こるかもしれない。

 そう思って再生を始めて、一時間ほどが経った。うーん、何も聴こえないなあ。一時間も聴き続けてるのに何も起こらないとは思わなかった。また耳鼻科に行って相談しようかな……などと思っていると、なんだか身体に違和感を覚えた。

 なんか、かゆい。胸やお腹のあたりが異様にかゆい。何だろう、我慢できない。私は洗面所に行き、鏡の前でTシャツをめくった。

 すると、私の身体にびっしりと蕁麻疹が出ていたのだ。皮膚は赤くなり、私が掻いた跡が痛々しく残っている。なんだろうこれ??アレルギーかな?でも今までアレルギーなんてなかったし。何だろう、原因が全く分からない。もういいや、今日は早く寝てしまおう。そうして私はリピート再生を止めて、床に就いた。

 次の日、目を覚ますと蕁麻疹は消えていた。ふう、良かった。でも何だったんだろう……。まあいいや。次は別の方法を試してみようかな。今度はイヤホンを替えてみようかな。

 その日、仕事を終えた私は家電量販店に寄った。うーん、イヤホンっていろいろあるから迷うのよねえ。ん?これはノイズキャンセリングイヤホンか。どれどれ、説明が書いてある。
《ノイズキャンセリングイヤホンは、周囲の音と逆位相の音を発して雑音を消しています》
へえ、そういう仕組みだったんだ。知らなかった。

 その後、適当なイヤホンを購入して試してみたのだが、やはり聴こえることはなかった。埒が明かないので、もう一度耳鼻科に行ってみることにした。

 以前行ったときに症状は説明していたから、耳鼻科の先生もいろいろと調べておいてくれたらしい。けど、「特定の曲だけ聴こえない病気」なんてのは無いんだって。そりゃそうよね。

 先生は私の耳を観察し始めた。しばらく耳のまわりを見た後、今度は耳の奥を調べ始めた。間もなく、先生がえっと声をあげた。
「先生、どうかしたんですか?」
「何だか、鼓膜の形が変なんです。異常に発達しているというか」
「え?」
何だろう。先生は鼓膜の形を細かくスケッチして、私に見せてくれた。

 たしかに、変な形をしている。なんだこれ。先生も分からないみたいで、いろいろと本を調べたりネットで論文を読んだりしていたけど、芳しい結果は得られなかったようだ。先生はもう一度私に問診を始めた。
「他に症状などはありませんでしたか?」
「そういえば、曲を聴いているときに蕁麻疹が出たんです。偶然だと思いますけど」
「その曲、いつもどれくらい聴いていたんですか?」
「とにかく何回も聴いていました。通勤中も、帰るときも、ずっと」
「もしかして、その曲に対して身体が拒否反応を示しているんじゃないですか?」
えっ?

 先生は何が言いたいんだろう。詳しく尋ねようとする前に、先生が部屋の奥へ消えて行ってしまった。間もなくすると、手に何かを持って戻ってきた。
「先生、それなんですか?」
「骨伝導イヤホンです。鼓膜を使わずに音を聞くことができます」
「どうしてそれを?」
「もしかして、あなたの身体が『ノイズキャンセリング』しているかもと思いまして」
ええ?何を言ってるんだろう。

 何を言っているのか分からなかったが、ぴんと来た。もしかして、私の鼓膜がデビュー曲のCD音源をキャンセルしていたってこと?それでライブのときは微かに聴こえていたのかもしれない。CD音源とライブの生演奏って、微妙に違うからね。

 すると間もなく、先生が骨伝導イヤホンを渡してきた。私はそれを装着する。
「では、流してみますよ」
そう言って、先生は再生ボタンを押した。


 間もなく、私の耳からあの曲が流れ出した。
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