絶滅の旅

古野ジョン

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第二話 噂

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「タツヤさん、ここ最近生体反応が見当たりませんねえ」
ゼロがそう言ってきた。
たしかに、ここ数日間で生体反応に当たったことはない。
「この暑さだしなあ。俺たちが仕事をするまでもなくってこともあるかねえ。」
「タツヤさん、ひど~い!」
「ははは、冗談だよ」
そんなことを言いながら、二人で歩いていく。


……生体反応が現れず、1週間が経った。
これはいよいよおかしい。
「ゼロ、どう思う?」
「はいッ皆さん干からびてしまったようですね!」
「お前ってときどき非倫理的だよな」
コイツに聞いた俺が間違いだった。
「ゼロ、衛星への回線を開け。手間だがネットワークで広域探索を行う。」
「承知しました!ベントラ~ベントラ~衛星さんカモン!!」
「真面目にやれ」
こつんとでこを叩いてやった。
「ひっすいません!あっ、今信号来ました!問い合わせます!」
俺の叱責から逃れるように、ゼロは両手を挙げ、衛星との通信を開始した。


文明崩壊したのに衛星が飛んでいるのは不思議に思えるかもしれない。
だがこいつは、崩壊に使用するよう、崩壊に意図されて打ち上げられた衛星だ。
当然ながら、俺たちは単独で仕事を行っているわけじゃない。
日本各地に旧文明収束官は存在して、仕事を行っている。
この衛星は収束官たちを補助することを目的としている。
電話回線もくそもないこの世界では、衛星通信のみが数少ない情報伝達手段だ。
だからそれぞれの収束官に付帯する旧文明収束官補助用有機型人工知能が定期的に通信を行い、情報を衛星に蓄積する。
要するにゼロの兄弟たちが交換日記をしているってわけだ。


しばらくすると、ゼロは腕を下げた。
「通信終了しました!広域探索の結果を分析します!」
そう言うとすぐに、今度は腕組をした。
むむむ……と言ってから、
「分析終了です!」
と言ってきた。
変なところで人間に似せてるなあ。
「解析結果はどうだ?」
「はい。兄弟たちに問い合わせたところ、我々の進路上から生体反応が避けるように移動していました。」
「……どうやら、困った状況になったらしいな。」


前にもこういうことはあった。
我々の仕事は細心の注意を払って行っている。
黒いコートの男とメイド服のロボが人殺しをしている――なんてセンセーショナルな噂が広がれば一大事だからだ。
仕事どころか、逆にこっちの身の危険がある。
もっとも、ゼロがいる限りリンチに遭うようなことはないのだが――それは機会があれば話そう。
要するに、今このあたりの地域では、人殺しが来たと噂になっているということだ。


「タツヤさん、どうしましょうか~?こんな可愛いメイドが人殺しなんて酷いですよねえ~?」
「事実だろうが。それよりこれからどうするかだ」
「う~ん、困りましたねえ。でも、皆さんどうやってこちらの位置を把握してるんでしょうか?」
たしかに、もっともな疑問だ。
こちら側はゼロの生体反応で、周囲数キロから数十キロメートル範囲の人間たちを捕捉できる。
だが向こう側はそんなことはできない。いったいどうやって……
「タツヤさん!思い切ってこの草むらに突っ込んでみませんか?」
そうゼロは叫び、道から外れた原っぱを指さした。
「どういうことだ?ゼロ。」
「多分皆さん、私たちでなく私たちの移動ルートを避けてるんです!」
たしかに、そうかもしれない。
俺とゼロは、歩きやすいという理由で旧国道4号をひたすら北上してきた。
旅をして殺しまわってる奴がいるとなれば、国道を歩くと考えるのが自然だろう。
となれば、思い切って移動ルートを変えてみることで向こうの狙いを外すことができるってわけだ。


早速俺たちは、草むらに突っ込んで行く。
「タツヤさん、ツツガムシに気をつけてくださいねっ」
ゼロが注意を促してきた。
もちろんこういうときの長袖長ズボンなのだが、やはりツツガムシ病は怖い。
昔は治療も出来た病気だが、今や病院も薬も無くなってしまったからな。


草をかき分けてしばらく歩いていくと、ゼロがこちらを向いて小声で話しかけてきた。
「タツヤさん、生体反応ですッ!二時の方向、距離三百メートルです!」
「ずいぶんと近くに来るまで気づかなかったんだな。」
「はい。恐らく遮蔽物に隠れてやり過ごしていたんでしょう。」
なるほどね、と相槌を打ちつつ、俺は銃を構える。
300メートルともなれば、向こうがこちらに気づいていてもおかしくない。
恐らく民間人であろう日本人が武器の類を持っているとは考えにくいが、ゼロにも準備を促す。
「コマンド、モード変換。戦闘待機モードに移行」
「はいっ移行しますッ」
ゼロが返事をするや否や、ガションガションという音がゼロの体内から聞こえてきた。
二時の方向に少しづつ近づいていく。
人間らしきものは見えないが、用心は怠らない。


……まもなく二十メートルを切ろうかという距離だが、人間の姿が見えてこない。
ゼロの誤探知か。それとも罠か。
普段は陽気なゼロも、珍しく緊張している。
あと十メートル。五。三……と進んだところで、俺たちは立ち止った。


俺たちをビビらせていたのは、呑気に昼寝をしている若者二人だった。
草むらの深くないところに寝そべってがーがーといびきをかいている。
俺とゼロは顔を見合わせ、苦笑いをした。
まあ既に寝ているなら支障はない。
さっさと仕事しよう――
そう思ったところで突然
「うわああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
……と絶叫が聞こえてきた。足音で一人起こしてしまったらしい。
「お、おい!起きろって!!俺たち殺されちまうぞ!!!」
と慌ててもう一人を揺するともう一人も飛び起きた。
「うわああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
俺たち、どんな噂になってんだ。


結局、俺たちからの逃亡を諦めたようで、俺たちの前にちょこんと正座した。
歯向かってくる様子も無いので、俺たちもちょこんと正座した。
「も~足がしびれちゃいますよ~!」
などとのたまうメイドは放っておいて、俺は二人にいろいろと質問をする。
二人は兄弟らしい。
最初に起きたのは兄のタロウ、もう片方は弟のジロウだそうだ。
二人は数十人規模のコミュニティに属しているらしい。
「それで、君たちのコミュニティで俺たちのことが噂になってるってことか?」
そう聞くと、タロウの方が答えてくれた。
「はい。国道沿いでお二人をお見かけした人間がいて、不気味だ何だと大騒ぎしていたようです。」
なるほど、噂におひれがついて人殺しだと騒ぎになったのか。
恐らく歩いてるのをたまたま見られたのだろうが、その時に生体反応の調子が悪くて気づかなかったようだ。
仕事の現場を見られたわけではないようで安心したが、どちらにせよ不都合だ。
だが、この二人の誤解を解けば数十人規模の仕事になる。


これはチャンスだ。何か誤解を解くきっかけはないか……
ふとジロウの方を見ると、腕に大きな傷があるのに気が付いた。
「ジロウさんと言ったかな。その傷はどうした?」
「……はい。この間作業をしていたらうっかり木の枝をひっかけてしまって。今も少し痛むんです」
なるほど。この傷口は我々にとっては突破口となりそうだ。
「分かった。おいゼロ」
すっかり正座を崩してしまったゼロに対し、俺は目配せをする。
するとゼロは正座に直り、ジロウの方を見て――
「ジロウさん、お怪我を拝見させていただけますか。」
と言った。


しばらく怪我の様子を観ていたゼロだったが、しばらくしてこちらにウィンクを送ってきた。
いけます――そう言っているように聞こえた。
「タロウさん。皆を怯えさせたお詫びと言ってはなんだが、ジロウさん含めコミュニティの皆さんを治療させてはくれないか」
タロウはきょとんとした目でこちらを見つめた。
「お二人は、人殺しじゃなかったんですか……?」
「それは誤解だよ。僕は元公務員でね。このゼロと一緒に、皆を癒して回ってるというわけだ」
「ゼロさんというのは一体……?」
「医療用ロボットさ。怪我を治すくらいなら問題ないよ。」
タロウはうーんと考え込んだ。
それはそうだろう。
人殺しだと思っていた人間が怪我を治してくれます――なんてうまい話があるわけがない。
疑うのも当然だろう。


しばらくして、タロウが口を開いた。
「タツヤさん。」
続けて、
「たしかにうちのコミュニティには、怪我人も病人もたくさんいます。みんな苦しんでいますから、どうにか治してやってください。」
と言った。
なるほど、仲間想いでいい奴じゃないか。
「分かった。」
「でも、条件があります。」
「なんだ?」
「お二人が本当に治療できるか証明していただけませんか。」
たしかにそうか。なんとかうまく誤魔化せないか……
「分かりました!早速やりましょう!」
考えていたら、ゼロが割り込んできた。
おいおい、大丈夫かゼロ。
そう言おうとしたが、既にゼロはジロウの腕を手に取っている。
「お、おい!うちの弟に何をする気だ!」
「大丈夫ですよお。では失礼しますね……」
心配するタロウをよそに、ゼロはそう言うと――


ジロウの傷をゆっくりと舐めていった。


そしてその舌先から、薬剤を注入していた。
それとと同時に粘液を出し、ジロウの傷口を埋めていく。
いつの間にか薬剤合成を完了し、注入モードへと変換していたらしい。
なんだかんだ言って、ゼロは仕事には真面目なメイドだ。
「はいっおしまいです!」
と言い、ゼロは顔を上げた。
「兄さん!傷が塞がってるよ!!」
ジロウは喜びの声を上げた。
「すごい……こんなことが起こるなんて」
タロウは驚きの表情を隠せていなかった。
するとゼロは、今度はタロウの方を向いて
「タロウさんッ失礼しますね」
と言うや否や――


タロウに口づけをした。


タロウはさらに驚き、目を見開いている。
ゼロはタロウの顔に手を添え、愛おしく思うような表情で――薬剤を注入していた。
やがてゼロはゆっくりと顔を離し、ぷはっと小さく息継ぎをした。
「失礼しました、タロウさん。少しお疲れのようでしたので、元気になるお薬を注入させていただきましたッ」
「ゼ、ゼロさん……あ、ありがとう。」
タロウは少し照れた表情で感謝の言葉を告げた。
ゼロのようなにキスをされたらそうなるに違いない。
ましてやこんな時代で、女には飢えているだろう。


結局、タロウは俺たちをコミュニティに連れていくことに決めたようだ。
「ゼロさん、タツヤさん、ありがとうございました。お二人の力を疑うような真似をしてすいませんでした。」
タロウは詫びの言葉を伝えてきた。
「いやいや、疑うのも当然の話だ。タロウさんは悪くない。」
そう返しておいた。
まあ、悪いことをするのはこちらだしな。
「では、うちのコミュニティへご案内します。どうぞこちらへ。」
そう言って、タロウは俺たちを導いていった。


その日の夜、日本から一つのコミュニティが消えた――




……種明かしをすると、二人には遅効性の薬剤を投与していた。
ジロウの方には、傷口から薬剤を注入していた。
皮下注射と同じ効果が得られる。
皮下注射だと、首の血管に直接投与するよりも薬剤のまわりが遅い。
そのおかげで、ジロウは我々の狙いを悟ることが出来なかったというわけだ。
タロウの方には、二層で出来たカプセルを注入していた。
表面の層はアンフェタミンで構成されていて、投与当初は覚せい剤と同じ効果が得られる。
だが二層目は致死性の薬剤だ。
表層が溶け切れば、タロウもやがて絶命に至るというわけだ。
いずれにせよ、今回はゼロが上手く立ち回ってくれた。


まったく、ゼロは気の利くメイドだなあ。
















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