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第四部 東の怪物、西の天才
第四話 スター誕生
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試合は二対〇のまま、九回裏へと進んでいく。雄大は未だに一本の安打も許していないうえ、十六奪三振と完全に横浜中央打線を手玉に取っていた。既にツーアウトとなっていたが、四球とエラーで一二塁とピンチであり、打席には――四番の千田を迎えていた。
「四番、センター、千田くん」
「頼むぞ千田ー!」
「一発でサヨナラだぞー!」
千田は気合いのこもった表情で、ゆっくりと右打席に入った。名門の横浜中央高校にとって、初戦敗退というのはなんとしても避けたいところである。ましてや、ノーヒットノーランでの敗北など――あってはならないことであったのだ。
「あのピッチャー、すげえぞ」
「未だに球速が落ちてないもんな。このまま投げ切るんじゃないか」
観客たちは偉業を期待し、立ち上がるようにしてマウンドを見つめている。当の雄大はというと、大粒の汗を額に浮かべながら芦田とサインを交換していた。
「頑張れ、雄大ー!」
ベンチのまなも心配そうな表情で声援を送っていた。当然ながら、ここを抑えれば大林高校の勝利である。しかし、一発を浴びるようなことがあれば――たちまち逆転サヨナラだ。
「頑張れ久保ー!」
「踏ん張れー!」
後ろで守るナインも、必死に雄大のことを盛り立てている。甲子園という慣れない舞台においても、彼らは必死に守り続けた。それが今――ノーヒットノーランという結果として実を結ぼうとしてるのだ。
雄大はセットポジションに入り、各塁のランナーをちらりと見た。しかし打席に入っているのは四番の千田である。走者が動くことは考えにくく、彼は打者との勝負に全神経を使っていた。
(ここまで千田は三打席とも三振だが、バットは振れている。要注意だ)
千田は名門を背負う四番打者である。そうそう簡単に諦めるわけもなく、雄大も気を引き締めていた。そして彼は小さく足を上げ、第一球を投じた。威力のあるストレートが、外角に構えられた芦田のミットへと向かっていく。
「ふんッ!!」
その球に合わせて、千田もスイングをかけていった。流石に目が慣れてきたのか、彼はしっかりとバットに当ててみせる。しかし前に飛ばすことは出来ず、打球は一塁側へのファウルボールとなった。
「ファウルボール!!」
「いいぞ久保ー!」
「球走ってるぞー!」
スコアボードには「155」の数字が表示されており、依然として雄大の勢いが衰えていないことを示していた。千田は悔しそうにバットを握り直し、何度か素振りしている。
「頑張れ千田ー!」
「負けんなー!」
千田が改めて打席に入ると、雄大もマウンド上で芦田のサインを見た。今日の試合、雄大はストレートを中心に投じて横浜中央打線を制圧してきた。彼の直球は、たしかに全国の舞台でも輝きを放っていたのだ。
続いて、雄大は第二球を投じた。今度は外角に逃げていくカットボールで、千田はしっかりと見逃す。審判が「ボール」を宣告し、雄大は首を傾げながら芦田からの返球を受け取った。
「久保先輩、流石に疲れてきたんでしょうか」
「暑いしね。スピードは落ちてないけど、コントロールは乱れてきたかも」
芦田は肩をすくめるようなジェスチャーをして、マウンドに向かって力を抜くように促していた。雄大はそれを見て深呼吸をし、なんとか脱力しようと努めている。
「打てるぞ千田ー!」
「狙え狙えー!」
横浜中央高校の選手たちも、雄大の制球が乱れていることは認識していた。少しでもゾーン内に甘く入れば、千田は確実にスタンドまで運ぶことが出来る。……ノーノーされている中でも、四番にかかる期待はとてつもなく大きいものだったのだ。
(変化球が甘く入るのが一番最悪だ。芦田、直球勝負で行こう)
雄大は何度かサインに首を振り、やがて頷いた。まだ直球に力がある以上、真っすぐで勝負するのが一番ホームランのリスクが少ない。そう考えた雄大は、変化球でなくストレートを選択したのだ。
三球目、雄大はインハイに直球を投じた。多少甘く入ったが、いくら千田でもそのコースの剛速球を打ちにいくのは至難の業だ。雄大は空振りを奪い、千田をワンボールツーストライクと追い込んだ。
「オッケー!!」
「ラスト一球ー!!」
「落ち着いていけよー!!」
このカウントに、大林高校の応援団も大いに盛り上がっている。一方で追い込まれた横浜中央高校のベンチは必死に声を出しており、対照的だった。このまま雄大が押し切るか、千田が意地を見せるのか。
「雄大、いけー!!」
まなも大声を張り上げ、雄大を懸命に応援している。芦田はサインを出して再び高めに構えた。自らの胸をポンと叩き、ナインを鼓舞している。雄大は静かに頷き、セットポジションに入った。そして、持てる力の全てを振り絞り――第四球を投じたのだ。
「ッらあ!!」
雄大は気合いのこもった声を漏らし、勢いのあるボールを解き放つ。凄まじい回転量の白球がミットに向かって突き進み――千田のバットのはるか上方を通過して、芦田のミットに吸い込まれていった。
「っしゃあ!!!」
その瞬間、雄大は両手を力強く掲げた。ナインも一斉にマウンドへと駆け寄っていき、雄大の投球を讃えている。スタンド中の観客が立ち上がって拍手して、新たなスターの誕生を祝福していた。
「すげえ!!」
「ノーヒットノーランだ!!」
「天童だけじゃねえぞ!!」
スコアボードには「158」の数字が堂々と表示されている。打ち取られた千田は呆然と天を仰ぐしかなく、横浜中央の選手たちも唖然として勝利に沸く大林ナインを見つめるしかなかった。間もなく両校の選手たちが整列し、試合終了を告げる。
「二対〇で大林高校の勝利!! 礼!!」
「「「「ありがとうございました!!!」」」」
再び観客席から大歓声が巻き起こり、甲子園全体が大きく揺れていた。雄大たちは充実した表情で改めて整列し、校歌斉唱に備えている。
「まな先輩、甲子園初勝利ですよ!」
「うん、まずはここからだね。……本当の戦いは、ここからだよ」
笑顔のレイとは対照的に、意外にもまなは表情を引き締めていた。初戦こそ雄大の活躍で完勝したが、ここから先も戦いは続いていく。強豪校に劣る戦力でどう勝ち抜いていくか。まなの頭には、そのことしかなかったのだ。
そしてこの日から、甲子園に現れた二人の好投手が世間の話題を独り占めしていくことになる――
「四番、センター、千田くん」
「頼むぞ千田ー!」
「一発でサヨナラだぞー!」
千田は気合いのこもった表情で、ゆっくりと右打席に入った。名門の横浜中央高校にとって、初戦敗退というのはなんとしても避けたいところである。ましてや、ノーヒットノーランでの敗北など――あってはならないことであったのだ。
「あのピッチャー、すげえぞ」
「未だに球速が落ちてないもんな。このまま投げ切るんじゃないか」
観客たちは偉業を期待し、立ち上がるようにしてマウンドを見つめている。当の雄大はというと、大粒の汗を額に浮かべながら芦田とサインを交換していた。
「頑張れ、雄大ー!」
ベンチのまなも心配そうな表情で声援を送っていた。当然ながら、ここを抑えれば大林高校の勝利である。しかし、一発を浴びるようなことがあれば――たちまち逆転サヨナラだ。
「頑張れ久保ー!」
「踏ん張れー!」
後ろで守るナインも、必死に雄大のことを盛り立てている。甲子園という慣れない舞台においても、彼らは必死に守り続けた。それが今――ノーヒットノーランという結果として実を結ぼうとしてるのだ。
雄大はセットポジションに入り、各塁のランナーをちらりと見た。しかし打席に入っているのは四番の千田である。走者が動くことは考えにくく、彼は打者との勝負に全神経を使っていた。
(ここまで千田は三打席とも三振だが、バットは振れている。要注意だ)
千田は名門を背負う四番打者である。そうそう簡単に諦めるわけもなく、雄大も気を引き締めていた。そして彼は小さく足を上げ、第一球を投じた。威力のあるストレートが、外角に構えられた芦田のミットへと向かっていく。
「ふんッ!!」
その球に合わせて、千田もスイングをかけていった。流石に目が慣れてきたのか、彼はしっかりとバットに当ててみせる。しかし前に飛ばすことは出来ず、打球は一塁側へのファウルボールとなった。
「ファウルボール!!」
「いいぞ久保ー!」
「球走ってるぞー!」
スコアボードには「155」の数字が表示されており、依然として雄大の勢いが衰えていないことを示していた。千田は悔しそうにバットを握り直し、何度か素振りしている。
「頑張れ千田ー!」
「負けんなー!」
千田が改めて打席に入ると、雄大もマウンド上で芦田のサインを見た。今日の試合、雄大はストレートを中心に投じて横浜中央打線を制圧してきた。彼の直球は、たしかに全国の舞台でも輝きを放っていたのだ。
続いて、雄大は第二球を投じた。今度は外角に逃げていくカットボールで、千田はしっかりと見逃す。審判が「ボール」を宣告し、雄大は首を傾げながら芦田からの返球を受け取った。
「久保先輩、流石に疲れてきたんでしょうか」
「暑いしね。スピードは落ちてないけど、コントロールは乱れてきたかも」
芦田は肩をすくめるようなジェスチャーをして、マウンドに向かって力を抜くように促していた。雄大はそれを見て深呼吸をし、なんとか脱力しようと努めている。
「打てるぞ千田ー!」
「狙え狙えー!」
横浜中央高校の選手たちも、雄大の制球が乱れていることは認識していた。少しでもゾーン内に甘く入れば、千田は確実にスタンドまで運ぶことが出来る。……ノーノーされている中でも、四番にかかる期待はとてつもなく大きいものだったのだ。
(変化球が甘く入るのが一番最悪だ。芦田、直球勝負で行こう)
雄大は何度かサインに首を振り、やがて頷いた。まだ直球に力がある以上、真っすぐで勝負するのが一番ホームランのリスクが少ない。そう考えた雄大は、変化球でなくストレートを選択したのだ。
三球目、雄大はインハイに直球を投じた。多少甘く入ったが、いくら千田でもそのコースの剛速球を打ちにいくのは至難の業だ。雄大は空振りを奪い、千田をワンボールツーストライクと追い込んだ。
「オッケー!!」
「ラスト一球ー!!」
「落ち着いていけよー!!」
このカウントに、大林高校の応援団も大いに盛り上がっている。一方で追い込まれた横浜中央高校のベンチは必死に声を出しており、対照的だった。このまま雄大が押し切るか、千田が意地を見せるのか。
「雄大、いけー!!」
まなも大声を張り上げ、雄大を懸命に応援している。芦田はサインを出して再び高めに構えた。自らの胸をポンと叩き、ナインを鼓舞している。雄大は静かに頷き、セットポジションに入った。そして、持てる力の全てを振り絞り――第四球を投じたのだ。
「ッらあ!!」
雄大は気合いのこもった声を漏らし、勢いのあるボールを解き放つ。凄まじい回転量の白球がミットに向かって突き進み――千田のバットのはるか上方を通過して、芦田のミットに吸い込まれていった。
「っしゃあ!!!」
その瞬間、雄大は両手を力強く掲げた。ナインも一斉にマウンドへと駆け寄っていき、雄大の投球を讃えている。スタンド中の観客が立ち上がって拍手して、新たなスターの誕生を祝福していた。
「すげえ!!」
「ノーヒットノーランだ!!」
「天童だけじゃねえぞ!!」
スコアボードには「158」の数字が堂々と表示されている。打ち取られた千田は呆然と天を仰ぐしかなく、横浜中央の選手たちも唖然として勝利に沸く大林ナインを見つめるしかなかった。間もなく両校の選手たちが整列し、試合終了を告げる。
「二対〇で大林高校の勝利!! 礼!!」
「「「「ありがとうございました!!!」」」」
再び観客席から大歓声が巻き起こり、甲子園全体が大きく揺れていた。雄大たちは充実した表情で改めて整列し、校歌斉唱に備えている。
「まな先輩、甲子園初勝利ですよ!」
「うん、まずはここからだね。……本当の戦いは、ここからだよ」
笑顔のレイとは対照的に、意外にもまなは表情を引き締めていた。初戦こそ雄大の活躍で完勝したが、ここから先も戦いは続いていく。強豪校に劣る戦力でどう勝ち抜いていくか。まなの頭には、そのことしかなかったのだ。
そしてこの日から、甲子園に現れた二人の好投手が世間の話題を独り占めしていくことになる――
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