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第三部 怪物の夢
最終話 怪物の夢
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ボールが芦田のミットに収まった瞬間、スタジアムが揺れた。スタンドから大歓声が巻き起こり、そこかしこから拍手が聞こえてくる。芦田は両手を挙げ、雄大のもとへと走っていった。他の選手たちも一斉にマウンドに駆け寄り、人差し指を突き上げた。
「「「っしゃああああ!!!」」」
輪の中心にいるのは、試合を締めくくった雄大だ。彼は主将として、四番として、そしてエースとして、大林高校野球部を甲子園に導いたのだ。達成感に満ち溢れた表情で、彼は万雷の拍手を受け止めていた。
「まな先輩!!」
「レイちゃん!!」
マネージャー二人も、ベンチで抱き合って喜びを露わにしていた。二人とも目に涙を浮かべ、感極まっている。特に、監督としての重圧から解き放たれたまなは、ほっと肩の荷が下りたような気持ちだったのだ。応援団も大いに盛り上がり、涙を流す者も大勢いた。
「……終わりか」
一方で、森山は打席に立ち尽くしたまま歓喜に沸く雄大たちをじっと眺めていた。その目には一滴の涙も浮かんでいない。最後の三振で、彼は自分と雄大の差を思い知らされたのだ。悔しい気持ちはあったものの、心のどこかで納得している部分もあった。
自英学院の選手たちは、うなだれてただ涙を流すばかりだった。ベンチから一歩も動けず、何の言葉も発することが出来ない。特に健二は、責任感のあまり目を真っ赤に腫らしていた。
「お前ら、整列だぞ!」
そこに、打席から駆け付けた森山が現れた。その声に、選手たちはハッとして前を向く。皆泣きながらベンチを出て本塁へと歩き出したが、一人だけ未だにうなだれている男がいた。誰あろう、健二だった。森山は彼のもとに駆け寄り、声を掛けていた。
「健二、行くぞ」
「……すいません、自分の力不足です」
「気にするな。野球は個人競技じゃない、お前ひとりのせいじゃないさ」
「でも、森山先輩は甲子園で」
「もういいんだ。それより――お前は立派なキャッチャーになれよ」
森山は健二に肩を貸し、一緒に本塁の方へ歩き出した。やがて両校の選手が出揃い、互いに向かい合う。審判が試合終了を告げ、改めて大きな拍手が巻き起こった。
「二対一で大林高校の勝利。礼!!」
「「「「ありがとうございました!!!!」」」」
選手たちは大きな声で挨拶を交わすと、互いに手を握った。自英学院の三年生にとっては、今まさに最後の夏が終わったのだ。夏の大会は負ければ終わりの一発勝負。たとえ強豪校であろうと、その原則からは逃れられない。敗者は、勝者にその夢を託していくしかないのだ。
「雄介!!」
その時、健二が大声で叫んだ。それに気づいた雄介が、彼のもとに駆け寄る。二人は何も言わずに向かい合っていたが、やがて健二が口を開いた。
「悪かったな。……頑張れよ」
「……ありがとな、健二。来年、また会おうぜ」
二人はガッチリと握手を交わした。今日の試合を通じて、二人は互いの言っていたことを理解したのだ。雄介は自英学院の凄さを、健二は雄大の実力を再認識した。彼らの間に、多くの言葉はいらないのだ。
雄大は、穏やかな笑顔で遠くからその様子を眺めていた。これから宮城県の高校野球を担っていくであろう、健二と雄介。今後の二人がどのような成長を見せるのか。雄大は、そのことが楽しみでならなかった。そのまま彼はベンチに戻ろうとしたが、森山に声を掛けられた。
「おめでとう、久保。俺の完敗だ」
「去年言った通り、約束は果たしたぞ。俺も投げ合えて楽しかった」
「やっぱり、お前には敵わないな。中学時代と同じだ」
「ハハハ、昔のことだよ」
そう言って、二人は抱擁を交わした。一年前から続いてきた、宿命の対決。その軍配は雄大の方に上がったのだ。森山にとって、雄大は未だに憧れの存在だった。抱き合ったまま、森山が口を開いた。
「……久保、『アイツ』を倒すのはお前に任せる」
「分かってる。俺にとっても因縁の相手だからな」
「ああ。――八木先輩も倒せなかった奴だ」
二人は身を起こすと、再び握手を交わした。そして別れの挨拶を告げ、それぞれのベンチへと戻っていく。雄大がベンチ前に着くと、応援席から大きな歓声が巻き起こった。
「よくやったぞ久保ー!!」
「甲子園でも頑張れよー!!」
「観に行ってやるからなー!!」
雄大は驚いたが、慌てて帽子を取った。そして他の選手たちを整列させると、挨拶をして深々と礼をした。
「応援ありがとうございました!! 甲子園でもよろしくお願いいたします!!」
皆がお辞儀をすると、改めて大きな拍手が聞こえてきた。全校の期待を背負い、大林高校野球部はついに全国の舞台へと羽ばたいていく。ナインにも、少しずつその実感が湧いてきた。
「しかしなあ、まさか大林に入って甲子園に行くとは思わなかったよ」
「おう、甲子園でも頼むぞ芦田」
「お前、随分と気楽だな」
「ビビったって仕方ねえしな、どうせなら楽しんでいこうぜ」
少し怖気づいている芦田に対し、雄大は励ましの言葉を掛けた。他の選手たちも足が地に着いていないような気分だったが、段々と喜びが込み上げてきていた。
間もなく、閉会式が始まった。優勝旗が雄大の手に渡り、各選手がメダルを首にかけてもらっている。今までの野球生活が思い出されたのか、感極まって涙を流す者もいた。ついにたどり着いた、宮城県の頂点。部員たちの悲願が成就した瞬間だった。
式も終わり、雄大たちは帰り支度を始めた。ベンチを片付け、球場の外へと撤収していく。雄大はがっちりと優勝旗を手にして、喜びを噛み締めていた。選手たちは列をなし、スタジアム内の通路を歩いていく。
「姉さん、滝川先輩は?」
「新聞とかテレビとかのインタビューだって。優勝監督の仕事だよ」
「へえー、すごいなあ」
リョウがまなの不在を不思議がると、レイがその理由を説明した。まなは女子マネージャーと監督を兼任し、見事に優勝という結果を掴み取ったのだ。彼女もまた、今大会における注目の人物の一人だった。
選手たちが球場の外に出ると、そこに待っていたのは神林と岩沢だった。二人は拍手を送り、雄大たちの優勝を讃えた。
「「おめでとう!!」」
「「「ありがとうございます!!」」」
雄大たちは慌てて脱帽し、お辞儀した。OBの二人にとっても、自英学院は自らの夏を終わらせた因縁の相手だ。だからこそ、後輩たちの勝利がたまらなく嬉しかったのだ。
「甲子園かあ。頑張れよ久保!!」
「ありがとうございます、岩沢先輩!!」
「久保、お前なら頂点も狙えるんだ。本気で勝ちに行けよ」
「もちろんです! 神林先輩もわざわざありがとうございました!!」
雄大は二人と言葉を交わした。他の皆も輪になり、甲子園についてあーでもないこーでもないと話を膨らませている。高校球児にとって、まさに至福と言うべき時間だった。すると、遠くにインタビューを終えたまなが現れた。レイが彼女に気づき、雄大に声を掛ける。
「先輩、まな先輩が来ましたよ」
「おーい、こっちだぞー!!」
雄大が大声を張り上げると、まなも気がついた。すると、彼女は全速力で雄大たちのもとに走り出す。
「えっちょっと、まな先輩?」
「お前、急にどうした――」
次の瞬間、まなが勢いのままに雄大に飛びついた。雄大は慌てて彼女を抱き止める。突然の出来事に周囲があんぐり口を開いていると、まなは大きな声で叫んだ。
「ありがとう、雄大!!」
その言葉に、雄大は目を見開いた。一年の頃から共に汗を流した二人が、とうとう一緒に甲子園という舞台で戦うことが出来るのだ。彼は今までの苦労を思い出しながら、優しくまなの背中を撫でた。
「俺の方こそ、ありがとな。お前のおかげでここまで来ることが出来たよ」
「私、すっごく嬉しい。まさか本当に夢を叶えてくれるなんて」
まなは目に涙を浮かべ、しんみりと口を開いた。すると、雄大が首を振った。
「違うぞ、まな。ここからが本番だ」
「えっ?」
「俺たちは甲子園で戦う権利を貰っただけだ。また一から、頂点目指して戦わなくちゃいけないんだ」
「……そうだよね、そうだったよね。また頑張らなくちゃね」
「ああ。とりあえず、暑いから離れてくれよ」
「えっ? あっ、ごめん!!」
まなは慌てて雄大から離れた。部員たちは唖然としていたが、その様子を見て大笑いしていた。「怪物」の夢はこれからも続いていくのだ。甲子園、その頂点を目指すために雄大たちはこれからも進んでいく。
雄大たちは球場を後にして、帰宅の途に就いた。そして――嬉しい出来事は続くものだ。まなが部員たちと話をしていると、彼女の携帯電話が鳴った。
「あっ、おにーちゃんから電話だ」
電話の主は竜司だったのだ。まなは電話を取り、じっと耳を傾けている。すると、彼女は間もなく喜びの声を上げた。
「ほんとうっ!?」
そして彼女は、雄大に携帯電話を手渡した。雄大はそれを受け取り、耳に押し当てる。
「もしもし、久保か?」
「はいっ、お久しぶりです」
「久しぶりだな。聞いたぞ、おめでとう」
「ありがとうございます! これも竜司さんのおかげです」
「ハハハ、俺が何をしたってんだよ。それで、報告したいことがあってな」
「なんでしょう?」
「今日の二軍戦の後、球団に呼び出されたんだけどな――支配下契約してもらえることになったんだ」
「本当ですか!?」
雄大も思わず驚きの声を上げた。決勝戦の間、自らの運命を懸けて二軍戦を戦っていた竜司。彼はついにその実力が認められ、支配下契約を勝ち取ったのだ。
「本当だ! これで一軍の試合にも出られる」
「じゃあ、ここからが本番ですね」
「ああ。――お前も、早く来いよ」
「!」
「俺と違って甲子園に出られるんだ。思いっきり暴れて、どうせならドラフト一位で入ってこい」
「……分かりました。必ず、必ずプロに行きますから」
「それでこそお前だな。じゃ、まなと仲良くしろよ~!」
そして、竜司は電話を切った。雄大は神妙な面持ちで、まなに携帯電話を手渡す。
「おにーちゃん、なんて言ってた?」
「お前と仲良くしろってな」
ひゅーひゅーと声を出す部員たちを、まなが睨みつける。その光景を見た雄大は思わず笑ってしまい、いつもの表情に戻っていた。
「まな、やっぱり夢が叶うのはまだまだ先みたいだ」
「……そうかもね。でも、雄大なら出来るでしょ!」
「お、言ってくれるぜ」
「キャプテンなんだから、自信持って行きなさいよ!」
「そうだな。お前らも、どうせなら甲子園のスターになっちまおうぜ!!」
「「「おー!!」」」
雄大の声に、部員たちが大声で応えた。大林高校野球部は、いよいよ全国へと戦いの場を移していく。甲子園で待つのは全国の名だたる強豪校だ。それでも、下を向く者などいない。確固たる自信を胸に、雄大たちは頂点を目指して駆けあがっていく――
◇◇◇
ここまでお読みいただき、ありがとうございました! 第三部はこれにて完結です。第四部については少し期間を開けてから投稿させていただきます。
さて、「切り札の男」は次の第四部で完結となります。多くの方々に読んでいただいたからこそ、ここまで書き続けることが出来ました。厚く御礼申し上げます。勝手なお願いですが、感想などいただけると励みになりますので、よければお寄せください。今後もよろしくお願いします!
「「「っしゃああああ!!!」」」
輪の中心にいるのは、試合を締めくくった雄大だ。彼は主将として、四番として、そしてエースとして、大林高校野球部を甲子園に導いたのだ。達成感に満ち溢れた表情で、彼は万雷の拍手を受け止めていた。
「まな先輩!!」
「レイちゃん!!」
マネージャー二人も、ベンチで抱き合って喜びを露わにしていた。二人とも目に涙を浮かべ、感極まっている。特に、監督としての重圧から解き放たれたまなは、ほっと肩の荷が下りたような気持ちだったのだ。応援団も大いに盛り上がり、涙を流す者も大勢いた。
「……終わりか」
一方で、森山は打席に立ち尽くしたまま歓喜に沸く雄大たちをじっと眺めていた。その目には一滴の涙も浮かんでいない。最後の三振で、彼は自分と雄大の差を思い知らされたのだ。悔しい気持ちはあったものの、心のどこかで納得している部分もあった。
自英学院の選手たちは、うなだれてただ涙を流すばかりだった。ベンチから一歩も動けず、何の言葉も発することが出来ない。特に健二は、責任感のあまり目を真っ赤に腫らしていた。
「お前ら、整列だぞ!」
そこに、打席から駆け付けた森山が現れた。その声に、選手たちはハッとして前を向く。皆泣きながらベンチを出て本塁へと歩き出したが、一人だけ未だにうなだれている男がいた。誰あろう、健二だった。森山は彼のもとに駆け寄り、声を掛けていた。
「健二、行くぞ」
「……すいません、自分の力不足です」
「気にするな。野球は個人競技じゃない、お前ひとりのせいじゃないさ」
「でも、森山先輩は甲子園で」
「もういいんだ。それより――お前は立派なキャッチャーになれよ」
森山は健二に肩を貸し、一緒に本塁の方へ歩き出した。やがて両校の選手が出揃い、互いに向かい合う。審判が試合終了を告げ、改めて大きな拍手が巻き起こった。
「二対一で大林高校の勝利。礼!!」
「「「「ありがとうございました!!!!」」」」
選手たちは大きな声で挨拶を交わすと、互いに手を握った。自英学院の三年生にとっては、今まさに最後の夏が終わったのだ。夏の大会は負ければ終わりの一発勝負。たとえ強豪校であろうと、その原則からは逃れられない。敗者は、勝者にその夢を託していくしかないのだ。
「雄介!!」
その時、健二が大声で叫んだ。それに気づいた雄介が、彼のもとに駆け寄る。二人は何も言わずに向かい合っていたが、やがて健二が口を開いた。
「悪かったな。……頑張れよ」
「……ありがとな、健二。来年、また会おうぜ」
二人はガッチリと握手を交わした。今日の試合を通じて、二人は互いの言っていたことを理解したのだ。雄介は自英学院の凄さを、健二は雄大の実力を再認識した。彼らの間に、多くの言葉はいらないのだ。
雄大は、穏やかな笑顔で遠くからその様子を眺めていた。これから宮城県の高校野球を担っていくであろう、健二と雄介。今後の二人がどのような成長を見せるのか。雄大は、そのことが楽しみでならなかった。そのまま彼はベンチに戻ろうとしたが、森山に声を掛けられた。
「おめでとう、久保。俺の完敗だ」
「去年言った通り、約束は果たしたぞ。俺も投げ合えて楽しかった」
「やっぱり、お前には敵わないな。中学時代と同じだ」
「ハハハ、昔のことだよ」
そう言って、二人は抱擁を交わした。一年前から続いてきた、宿命の対決。その軍配は雄大の方に上がったのだ。森山にとって、雄大は未だに憧れの存在だった。抱き合ったまま、森山が口を開いた。
「……久保、『アイツ』を倒すのはお前に任せる」
「分かってる。俺にとっても因縁の相手だからな」
「ああ。――八木先輩も倒せなかった奴だ」
二人は身を起こすと、再び握手を交わした。そして別れの挨拶を告げ、それぞれのベンチへと戻っていく。雄大がベンチ前に着くと、応援席から大きな歓声が巻き起こった。
「よくやったぞ久保ー!!」
「甲子園でも頑張れよー!!」
「観に行ってやるからなー!!」
雄大は驚いたが、慌てて帽子を取った。そして他の選手たちを整列させると、挨拶をして深々と礼をした。
「応援ありがとうございました!! 甲子園でもよろしくお願いいたします!!」
皆がお辞儀をすると、改めて大きな拍手が聞こえてきた。全校の期待を背負い、大林高校野球部はついに全国の舞台へと羽ばたいていく。ナインにも、少しずつその実感が湧いてきた。
「しかしなあ、まさか大林に入って甲子園に行くとは思わなかったよ」
「おう、甲子園でも頼むぞ芦田」
「お前、随分と気楽だな」
「ビビったって仕方ねえしな、どうせなら楽しんでいこうぜ」
少し怖気づいている芦田に対し、雄大は励ましの言葉を掛けた。他の選手たちも足が地に着いていないような気分だったが、段々と喜びが込み上げてきていた。
間もなく、閉会式が始まった。優勝旗が雄大の手に渡り、各選手がメダルを首にかけてもらっている。今までの野球生活が思い出されたのか、感極まって涙を流す者もいた。ついにたどり着いた、宮城県の頂点。部員たちの悲願が成就した瞬間だった。
式も終わり、雄大たちは帰り支度を始めた。ベンチを片付け、球場の外へと撤収していく。雄大はがっちりと優勝旗を手にして、喜びを噛み締めていた。選手たちは列をなし、スタジアム内の通路を歩いていく。
「姉さん、滝川先輩は?」
「新聞とかテレビとかのインタビューだって。優勝監督の仕事だよ」
「へえー、すごいなあ」
リョウがまなの不在を不思議がると、レイがその理由を説明した。まなは女子マネージャーと監督を兼任し、見事に優勝という結果を掴み取ったのだ。彼女もまた、今大会における注目の人物の一人だった。
選手たちが球場の外に出ると、そこに待っていたのは神林と岩沢だった。二人は拍手を送り、雄大たちの優勝を讃えた。
「「おめでとう!!」」
「「「ありがとうございます!!」」」
雄大たちは慌てて脱帽し、お辞儀した。OBの二人にとっても、自英学院は自らの夏を終わらせた因縁の相手だ。だからこそ、後輩たちの勝利がたまらなく嬉しかったのだ。
「甲子園かあ。頑張れよ久保!!」
「ありがとうございます、岩沢先輩!!」
「久保、お前なら頂点も狙えるんだ。本気で勝ちに行けよ」
「もちろんです! 神林先輩もわざわざありがとうございました!!」
雄大は二人と言葉を交わした。他の皆も輪になり、甲子園についてあーでもないこーでもないと話を膨らませている。高校球児にとって、まさに至福と言うべき時間だった。すると、遠くにインタビューを終えたまなが現れた。レイが彼女に気づき、雄大に声を掛ける。
「先輩、まな先輩が来ましたよ」
「おーい、こっちだぞー!!」
雄大が大声を張り上げると、まなも気がついた。すると、彼女は全速力で雄大たちのもとに走り出す。
「えっちょっと、まな先輩?」
「お前、急にどうした――」
次の瞬間、まなが勢いのままに雄大に飛びついた。雄大は慌てて彼女を抱き止める。突然の出来事に周囲があんぐり口を開いていると、まなは大きな声で叫んだ。
「ありがとう、雄大!!」
その言葉に、雄大は目を見開いた。一年の頃から共に汗を流した二人が、とうとう一緒に甲子園という舞台で戦うことが出来るのだ。彼は今までの苦労を思い出しながら、優しくまなの背中を撫でた。
「俺の方こそ、ありがとな。お前のおかげでここまで来ることが出来たよ」
「私、すっごく嬉しい。まさか本当に夢を叶えてくれるなんて」
まなは目に涙を浮かべ、しんみりと口を開いた。すると、雄大が首を振った。
「違うぞ、まな。ここからが本番だ」
「えっ?」
「俺たちは甲子園で戦う権利を貰っただけだ。また一から、頂点目指して戦わなくちゃいけないんだ」
「……そうだよね、そうだったよね。また頑張らなくちゃね」
「ああ。とりあえず、暑いから離れてくれよ」
「えっ? あっ、ごめん!!」
まなは慌てて雄大から離れた。部員たちは唖然としていたが、その様子を見て大笑いしていた。「怪物」の夢はこれからも続いていくのだ。甲子園、その頂点を目指すために雄大たちはこれからも進んでいく。
雄大たちは球場を後にして、帰宅の途に就いた。そして――嬉しい出来事は続くものだ。まなが部員たちと話をしていると、彼女の携帯電話が鳴った。
「あっ、おにーちゃんから電話だ」
電話の主は竜司だったのだ。まなは電話を取り、じっと耳を傾けている。すると、彼女は間もなく喜びの声を上げた。
「ほんとうっ!?」
そして彼女は、雄大に携帯電話を手渡した。雄大はそれを受け取り、耳に押し当てる。
「もしもし、久保か?」
「はいっ、お久しぶりです」
「久しぶりだな。聞いたぞ、おめでとう」
「ありがとうございます! これも竜司さんのおかげです」
「ハハハ、俺が何をしたってんだよ。それで、報告したいことがあってな」
「なんでしょう?」
「今日の二軍戦の後、球団に呼び出されたんだけどな――支配下契約してもらえることになったんだ」
「本当ですか!?」
雄大も思わず驚きの声を上げた。決勝戦の間、自らの運命を懸けて二軍戦を戦っていた竜司。彼はついにその実力が認められ、支配下契約を勝ち取ったのだ。
「本当だ! これで一軍の試合にも出られる」
「じゃあ、ここからが本番ですね」
「ああ。――お前も、早く来いよ」
「!」
「俺と違って甲子園に出られるんだ。思いっきり暴れて、どうせならドラフト一位で入ってこい」
「……分かりました。必ず、必ずプロに行きますから」
「それでこそお前だな。じゃ、まなと仲良くしろよ~!」
そして、竜司は電話を切った。雄大は神妙な面持ちで、まなに携帯電話を手渡す。
「おにーちゃん、なんて言ってた?」
「お前と仲良くしろってな」
ひゅーひゅーと声を出す部員たちを、まなが睨みつける。その光景を見た雄大は思わず笑ってしまい、いつもの表情に戻っていた。
「まな、やっぱり夢が叶うのはまだまだ先みたいだ」
「……そうかもね。でも、雄大なら出来るでしょ!」
「お、言ってくれるぜ」
「キャプテンなんだから、自信持って行きなさいよ!」
「そうだな。お前らも、どうせなら甲子園のスターになっちまおうぜ!!」
「「「おー!!」」」
雄大の声に、部員たちが大声で応えた。大林高校野球部は、いよいよ全国へと戦いの場を移していく。甲子園で待つのは全国の名だたる強豪校だ。それでも、下を向く者などいない。確固たる自信を胸に、雄大たちは頂点を目指して駆けあがっていく――
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました! 第三部はこれにて完結です。第四部については少し期間を開けてから投稿させていただきます。
さて、「切り札の男」は次の第四部で完結となります。多くの方々に読んでいただいたからこそ、ここまで書き続けることが出来ました。厚く御礼申し上げます。勝手なお願いですが、感想などいただけると励みになりますので、よければお寄せください。今後もよろしくお願いします!
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