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第三部 怪物の夢
第五十二話 三度目の正直
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九回表が始まる前、大林高校ナインは円陣を組んでいた。この回で得点を挙げられなければ負けてしまうが、誰も下を向いていない。雄大も皆を励まし、逆転を期している。
「去年と一昨年は、ここから先を越えられなかった。でも――今年は違うよな、お前ら?」
「「おうっ!!」」
「絶対勝つぞ!!」
「「おうーっ!!!」」
皆が大声を出すと、応援席からも次々に拍手が巻き起こった。先頭の潮田がバットを持ち、打席に向かう。雄介もネクストバッターズサークルに向かおうとしたが、芦田が彼を呼び止めた。
「雄介!!」
「はいっ?」
「ちょっと来い」
芦田は彼に何かを耳打ちして、ネクストバッターズサークルに送り出した。その様子を見ていた雄大は不思議がり、ベンチに戻ってきた芦田に問いかける。
「芦田、何を言ったんだ?」
「さっきの打席で気づいたんだけどな、向こうのサードはバントしたときの反応が悪い」
「つまり?」
「セーフティ、狙ってもいいんじゃないかって伝えてやったんだ。アイツの足なら必ずセーフになる」
不敵な笑みを浮かべ、芦田はグラウンドの方を向いた。雄大もニヤリと笑みを浮かべ、そのアイデアを面白く感じている。間もなくアナウンスが流れ、潮田が左打席に入った。
「九回表、大林高校の攻撃は、九番、ショート、潮田くん」
「狙っていけ潮田ー!!」
「出ろよー!!」
球場中から、大きな声援が飛んでいた。判官びいきか、観客のほとんどが大林高校に対して声を張り上げていたのだ。潮田もそれを力に変え、バットを強く握る。
「あとアウト三つだぞ、森山!!」
「落ち着いていけー!!」
その雰囲気に抗うかのように、自英学院の内野手も必死に森山を盛り立てていた。健二が初球のサインを出すと、森山はそれに頷いて投球動作に入る。そして威圧するように足を上げ、第一球を投じた。潮田はスイングをかけていったが、白球は本塁手前で急激に変化した。バットが空を切り、審判が右手を挙げた。
「ストライク!!」
「オッケー!!」
「いいぞ森山ー!!」
潮田はしまったという表情で天を仰ぎ、何度かバットを振っていた。一方で、ベンチの雄大は森山の状況を冷静に分析していた。
(カウント稼ぎのスライダーか。森下の打席でも多投していたし、もうフォークは投げないのかもしれんな)
まだ直球には威力があるものの、森山はフォークを制球出来ていない。一発が出れば同点になる場面では、浮いた変化球を投じるわけにはいかない。森山がそれを意識しているならば、大林高校は直球とスライダーに狙いを絞ることが出来るというわけだ。
続いて、森山は第二球に時速百五十五キロの直球を投じた。潮田はバットを短く持ち、必死についていったが、カットするのが精いっぱいだった。これでツーストライクとなり、追い込まれた。
「粘っていけ潮田ー!!」
「打てるぞー!!」
大林高校の応援席から、必死の声援が続く。雄大たちも、固唾を飲んで潮田の打席を見守っていた。森山は三球目、四球目と力のある直球を投げたが、潮田が冷静に見極めてツーボールツーストライクとなる。
「いいぞー!!」
「見えてる見えてる-!!」
ボールのカウントが増えるごとに、歓声が大きくなっていく。しかし森山は毅然とした表情でマウンドに立っており、全く動じていない。そして、彼は第五球を投じた。
「ッ!」
潮田は振りにいったが、ボールはバットの上を通過していった。そのまま健二のミットに収まると、審判が大声でコールした。
「ストライク! バッターアウト!」
「よっしゃああ!!」
「ワンナウトワンナウトー!!」
「あと二つー!!」
次の瞬間、自英学院の内野陣が沸いた。潮田は悔しそうにバットを見つめ、ベンチへと下がっていく。それでも、大林高校の選手たちは前を向いていた。
「一番、ライト、久保雄介くん」
「頼むぞ雄介ー!!」
「お前が出ろー!!」
雄介がネクストバッターズサークルから歩き出すと、皆が大声を張り上げた。ここまでの試合、彼の出塁をきっかけに大林高校が得点を挙げることは度々あった。一つアウトを取られたと言っても、ナインに滾る闘志は消えていなかったのだ。
(あまり内野が前進している様子はない。不用心だぞ、健二)
雄介は内野手の守備位置をちらりと見て、バットを構えた。彼は狙いを悟られないように、本気の表情でマウンドの方を見つめている。森山は、まるで睨み返すかのように健二のサインを凝視していた。
「頼むぞ、雄介ー!!」
雄大も声を張り上げつつ、自英学院の選手の様子を窺っていた。当然だが、バントが失敗すれば一気に追い込まれるのは大林高校の方だ。細心の注意を払い、試合の様子を見守っていた。
そして森山は小さく息を吐き、投球動作に入った。ノーワインドアップのフォームから、左足を上げる。彼が右腕を振るおうとしたまさにその時、雄介がバントの構えに切り替えた。
「「なっ……!!」」
流石にこの局面でのセーフティバントは予想していなかったのか、内野手が慌てて前進してくる。しかし、芦田の見立て通り、三塁手の岡田が僅かに出遅れていた。森山は構わずストレートを投じる。雄介は落ち着いてボールを見て、強めに三塁側に転がした。
「さ、サード!!」
さしもの健二も動転しており、目を丸くして指示を出していた。雄介は快足を飛ばし、一目散に一塁へと駆けている。岡田はなんとか打球を拾い上げたが、慌ててしまった。無理やり一塁に送球した結果、大きく逸れてしまったのだ。ベースカバーに入った二塁手が飛び上がったが、捕球できない。ボールはそのままファウルグラウンドを転々としていった。
「回れ雄介ー!!」
雄大の叫び声を聞き、雄介は一気に二塁を目指した。バックアップの右翼手がボールを拾い上げ、二塁に送球する。ベースカバーの遊撃手が捕球するのと同時に、雄介も頭から滑り込んだ。タイミングは際どかったが、間もなく審判が両手を広げた。
「セーフ!!」
「よっしゃー!!」
「ナイスラン雄介ー!!」
雄介のセーフティバントが見事に自英学院の不意を突き、一死二塁のチャンスとなった。スタジアム全体から大歓声が起こり、大林高校の逆転に向けたムードを作り出している。
「いいぞ大林ー!!」
「このまま逆転してやれー!!」
グラウンドを包む異様な雰囲気に、自英学院もたまらずタイムを取った。伝令を送り、内野陣に指示を出している。次の打者は二番の青野だが、雄大は自らベンチを出て彼に助言を送った。
「おい青野、分かってるよな」
「そりゃ、もちろん」
「そうじゃない。普段バントばっかのお前に、このチャンスで回ってきたんだぞ」
「えっ?」
「お前が決めろってメッセージだよ。さっきもヒット打ってるんだし、自信もっていけよ!」
そう言うと、雄大はバシンと背中を叩いた。タイムが終わり、自英学院の内野手が各守備位置に散って行く。青野はコクリと頷き、打席に向かって歩き出した。
「バッターは、二番、セカンド、青野くん」
「お前が決めろよー!!」
「打て青野ー!!」
応援席からはタイムリーを期待する声が聞こえてくる。健二は立ち上がり、外野に前進守備を指示していた。青野は七回にレフト前ヒットを放っており、バッテリーもかなり警戒していた。
(外野の頭を越されるのだけは避けたいはずだ。直球勝負で来るな)
青野はバットを構えると、バッテリーの配球を読んでいた。森山は健二のサインを見て、セットポジションに入る。二塁走者は俊足の雄介だ。当然、ノーマークには出来ない。森山はちらりと二塁を見て、再び前を向く。そして小さく足を上げると、第一球を投げた。
(来たっ、真っすぐ!!)
それを見て、青野はスイングをかけた。しかし、彼の予想以上に森山の球が伸びていた。バットが空を切り、審判の右手が上がる。
「ストライク!!」
「ナイスボール森山ー!!」
「いいぞー!!」
疲労がありつつも、森山は力のある剛速球を投げ続けている。この球を打ち返し、雄介を生還させることが出来るか。青野のバットに、スタジアム中の視線が集まっていた。
二球目、森山は外のストレートを投じる。これは青野が冷静に見送り、ワンボールワンストライクとなった。
「見えてるぞ青野ー!!」
打席に入る準備をしつつ、雄大もベンチで大声を張り上げた。青野は大きく深呼吸して、森山の方を見つめる。状況は一死二塁で、雄介を還せば甲子園への望みを繋ぐことができる。彼は三年間の思いを胸に、打席に入っていた。
(ここで打って、皆と甲子園に行きたい。すぐそばまで迫ってるんだ)
森山は悠然とセットポジションに入り、二塁を見る。小さく足を上げ、テイクバックを取った。そして全力で、第三球を投じた。威力のある直球が、アウトコースに向かって突き進んでいく。
(真っすぐ!!)
青野はバットを出し、思い切り流し打った。鋭い打球が右方向に飛んでいき、スタンドから歓声が巻き起こる。森山は目を見開き、後ろを振り向いた。
「セカン!!」
しかし、二塁手の渡辺が打球に飛びついてしまった。雄介は既に三塁に到達しようとしており、彼は一塁に送球した。青野はヘッドスライディングを見せたものの、及ばずにアウトとなった。
「アウト!!」
「よっしゃー!!」
「あと一人だぞー!!」
青野は一塁上で膝をついたままうなだれ、悔しそうに拳で地面を叩いた。一度はため息をついた部員たちも、その姿を見て前を向く。追い込まれたことは確かだが、それでもランナーは三塁に進んだのだ。
「無駄にするなよ、リョウー!!」
雄大はリョウに向かって大声で叫んだ。同級生の青野が悔しがる姿を見て、彼の心にも燃えるものがあったのだ。リョウもそのことを理解し、無言で頷いた。そしてアナウンスが流れ、両校のベンチから声援が飛び交った。
「三番、ファースト、平塚くん」
「打てよリョウー!!」
「あと一つだぞ森山ー!!」
自英学院にとっては、あとアウト一つで甲子園である。ベンチの選手たちは白い歯を見せ、今か今かと勝利の瞬間を待っていた。一方で、大林高校のナインも負けじと声を張り上げている。三塁ランナーを還せなければ、その時点で彼らの夏は終わってしまうのだ。
(先輩たちの夏を終わらせるわけにはいかない。俺が決めるんだ)
リョウは一段と気合いの入った顔つきで、バットを構えた。いつも通りの所作を見せ、第一球を待っている。森山は気迫の籠った表情でマウンドに立っているが、その額には大粒の汗が浮かんでいた。剛腕とはいえ、彼も人の子である。甲子園を懸けたこのマウンドで、プレッシャーを感じないわけがなかった。
「狙っていけ、リョウー!!」
雄大もネクストバッターズサークルから懸命に声援を送る。この瀬戸際においても、彼は焦りを見せていない。リョウならなんとか繋いでくれる、そう信じていたのだ。
サイン交換を終え、森山はセットポジションに入る。三塁の雄介にちらりと視線を送り、再び前を向いた。健二は堂々と構え、勝負を決める覚悟を見せている。
そして、森山が第一球を投じる。高めの直球だったが、リョウは思い切り踏み込んだ。彼はバットを振っていったが、ボールの下を叩いてしまった。甲高い音が響き、痛烈なファウルがバックネットに突き刺さった。
「ファウルボール!!」
「「おお~」」
観客席がどよめき、スコアボードには「156」との表示がなされる。ここに来て、森山は完全にいつもの調子を取り戻していたのだ。
「ナイスボール森山ー!!」
「いいぞー!!」
リョウは悔しそうにして、バットを軽く振っていた。雄大は口を一文字に結び、その様子をじっと眺めている。
(ほぼ真っすぐだっていうのに、打てる気がしない。――けど、打たないと)
リョウはもう一度前を向き、マウンドに対した。続いて、森山は第二球を投じる。これは高めに浮いてしまい、ボールとなった。一球ごとに観客席がどよめき、緊迫した空気が作り上げられている。
「決めろよ森山ー!!」
「打てよリョウー!!」
自英学院がこのまま甲子園を決めるのか、大林高校が希望を繋ぐか。リョウのバットに、両校の運命が託されていた。
そして、森山は第三球を投じる。またも高めのストレートだったが、リョウはスイングをかけていった。しかし無情にもバットは空を切り、審判の右手が上がった。
「ストライク、ツー!!」
「よっしゃー!!」
「あと一球ー!!」
これでワンボールツーストライクとなり、いよいよ大林高校は追い込まれた。リョウは思わず歯を食いしばり、悔しさを露わにしている。自英学院の応援席からは「あと一球」の声もこだましており、彼は崖っぷちに立たされていた。
「リョウ!!」
その時、雄大が大声で叫んだ。リョウもはっとして、ネクストバッターズサークルの方を向く。すると、雄大は笑顔でこう言った。
「勝つぞ!!」
その言葉に、リョウは強く頷いた。再びバットを強く握り、マウンドの方を向く。森山は大きく息を吐き、健二のサインを見ていた。そしてセットポジションに入り、カッと目を見開いた。
(来るな)
それを見て、リョウは気合いを入れる。森山は小さく足を上げ、テイクバックを取った。そして右腕を振るい――四球目を解き放った。
(打つ!!)
その球の軌道を見て、リョウは迷わず打ちにいく。しかし、本塁手前でボールは急激に軌道を変えた。リョウも合わせにいくが、及ばない。そして、彼のバットは空を切った――
「去年と一昨年は、ここから先を越えられなかった。でも――今年は違うよな、お前ら?」
「「おうっ!!」」
「絶対勝つぞ!!」
「「おうーっ!!!」」
皆が大声を出すと、応援席からも次々に拍手が巻き起こった。先頭の潮田がバットを持ち、打席に向かう。雄介もネクストバッターズサークルに向かおうとしたが、芦田が彼を呼び止めた。
「雄介!!」
「はいっ?」
「ちょっと来い」
芦田は彼に何かを耳打ちして、ネクストバッターズサークルに送り出した。その様子を見ていた雄大は不思議がり、ベンチに戻ってきた芦田に問いかける。
「芦田、何を言ったんだ?」
「さっきの打席で気づいたんだけどな、向こうのサードはバントしたときの反応が悪い」
「つまり?」
「セーフティ、狙ってもいいんじゃないかって伝えてやったんだ。アイツの足なら必ずセーフになる」
不敵な笑みを浮かべ、芦田はグラウンドの方を向いた。雄大もニヤリと笑みを浮かべ、そのアイデアを面白く感じている。間もなくアナウンスが流れ、潮田が左打席に入った。
「九回表、大林高校の攻撃は、九番、ショート、潮田くん」
「狙っていけ潮田ー!!」
「出ろよー!!」
球場中から、大きな声援が飛んでいた。判官びいきか、観客のほとんどが大林高校に対して声を張り上げていたのだ。潮田もそれを力に変え、バットを強く握る。
「あとアウト三つだぞ、森山!!」
「落ち着いていけー!!」
その雰囲気に抗うかのように、自英学院の内野手も必死に森山を盛り立てていた。健二が初球のサインを出すと、森山はそれに頷いて投球動作に入る。そして威圧するように足を上げ、第一球を投じた。潮田はスイングをかけていったが、白球は本塁手前で急激に変化した。バットが空を切り、審判が右手を挙げた。
「ストライク!!」
「オッケー!!」
「いいぞ森山ー!!」
潮田はしまったという表情で天を仰ぎ、何度かバットを振っていた。一方で、ベンチの雄大は森山の状況を冷静に分析していた。
(カウント稼ぎのスライダーか。森下の打席でも多投していたし、もうフォークは投げないのかもしれんな)
まだ直球には威力があるものの、森山はフォークを制球出来ていない。一発が出れば同点になる場面では、浮いた変化球を投じるわけにはいかない。森山がそれを意識しているならば、大林高校は直球とスライダーに狙いを絞ることが出来るというわけだ。
続いて、森山は第二球に時速百五十五キロの直球を投じた。潮田はバットを短く持ち、必死についていったが、カットするのが精いっぱいだった。これでツーストライクとなり、追い込まれた。
「粘っていけ潮田ー!!」
「打てるぞー!!」
大林高校の応援席から、必死の声援が続く。雄大たちも、固唾を飲んで潮田の打席を見守っていた。森山は三球目、四球目と力のある直球を投げたが、潮田が冷静に見極めてツーボールツーストライクとなる。
「いいぞー!!」
「見えてる見えてる-!!」
ボールのカウントが増えるごとに、歓声が大きくなっていく。しかし森山は毅然とした表情でマウンドに立っており、全く動じていない。そして、彼は第五球を投じた。
「ッ!」
潮田は振りにいったが、ボールはバットの上を通過していった。そのまま健二のミットに収まると、審判が大声でコールした。
「ストライク! バッターアウト!」
「よっしゃああ!!」
「ワンナウトワンナウトー!!」
「あと二つー!!」
次の瞬間、自英学院の内野陣が沸いた。潮田は悔しそうにバットを見つめ、ベンチへと下がっていく。それでも、大林高校の選手たちは前を向いていた。
「一番、ライト、久保雄介くん」
「頼むぞ雄介ー!!」
「お前が出ろー!!」
雄介がネクストバッターズサークルから歩き出すと、皆が大声を張り上げた。ここまでの試合、彼の出塁をきっかけに大林高校が得点を挙げることは度々あった。一つアウトを取られたと言っても、ナインに滾る闘志は消えていなかったのだ。
(あまり内野が前進している様子はない。不用心だぞ、健二)
雄介は内野手の守備位置をちらりと見て、バットを構えた。彼は狙いを悟られないように、本気の表情でマウンドの方を見つめている。森山は、まるで睨み返すかのように健二のサインを凝視していた。
「頼むぞ、雄介ー!!」
雄大も声を張り上げつつ、自英学院の選手の様子を窺っていた。当然だが、バントが失敗すれば一気に追い込まれるのは大林高校の方だ。細心の注意を払い、試合の様子を見守っていた。
そして森山は小さく息を吐き、投球動作に入った。ノーワインドアップのフォームから、左足を上げる。彼が右腕を振るおうとしたまさにその時、雄介がバントの構えに切り替えた。
「「なっ……!!」」
流石にこの局面でのセーフティバントは予想していなかったのか、内野手が慌てて前進してくる。しかし、芦田の見立て通り、三塁手の岡田が僅かに出遅れていた。森山は構わずストレートを投じる。雄介は落ち着いてボールを見て、強めに三塁側に転がした。
「さ、サード!!」
さしもの健二も動転しており、目を丸くして指示を出していた。雄介は快足を飛ばし、一目散に一塁へと駆けている。岡田はなんとか打球を拾い上げたが、慌ててしまった。無理やり一塁に送球した結果、大きく逸れてしまったのだ。ベースカバーに入った二塁手が飛び上がったが、捕球できない。ボールはそのままファウルグラウンドを転々としていった。
「回れ雄介ー!!」
雄大の叫び声を聞き、雄介は一気に二塁を目指した。バックアップの右翼手がボールを拾い上げ、二塁に送球する。ベースカバーの遊撃手が捕球するのと同時に、雄介も頭から滑り込んだ。タイミングは際どかったが、間もなく審判が両手を広げた。
「セーフ!!」
「よっしゃー!!」
「ナイスラン雄介ー!!」
雄介のセーフティバントが見事に自英学院の不意を突き、一死二塁のチャンスとなった。スタジアム全体から大歓声が起こり、大林高校の逆転に向けたムードを作り出している。
「いいぞ大林ー!!」
「このまま逆転してやれー!!」
グラウンドを包む異様な雰囲気に、自英学院もたまらずタイムを取った。伝令を送り、内野陣に指示を出している。次の打者は二番の青野だが、雄大は自らベンチを出て彼に助言を送った。
「おい青野、分かってるよな」
「そりゃ、もちろん」
「そうじゃない。普段バントばっかのお前に、このチャンスで回ってきたんだぞ」
「えっ?」
「お前が決めろってメッセージだよ。さっきもヒット打ってるんだし、自信もっていけよ!」
そう言うと、雄大はバシンと背中を叩いた。タイムが終わり、自英学院の内野手が各守備位置に散って行く。青野はコクリと頷き、打席に向かって歩き出した。
「バッターは、二番、セカンド、青野くん」
「お前が決めろよー!!」
「打て青野ー!!」
応援席からはタイムリーを期待する声が聞こえてくる。健二は立ち上がり、外野に前進守備を指示していた。青野は七回にレフト前ヒットを放っており、バッテリーもかなり警戒していた。
(外野の頭を越されるのだけは避けたいはずだ。直球勝負で来るな)
青野はバットを構えると、バッテリーの配球を読んでいた。森山は健二のサインを見て、セットポジションに入る。二塁走者は俊足の雄介だ。当然、ノーマークには出来ない。森山はちらりと二塁を見て、再び前を向く。そして小さく足を上げると、第一球を投げた。
(来たっ、真っすぐ!!)
それを見て、青野はスイングをかけた。しかし、彼の予想以上に森山の球が伸びていた。バットが空を切り、審判の右手が上がる。
「ストライク!!」
「ナイスボール森山ー!!」
「いいぞー!!」
疲労がありつつも、森山は力のある剛速球を投げ続けている。この球を打ち返し、雄介を生還させることが出来るか。青野のバットに、スタジアム中の視線が集まっていた。
二球目、森山は外のストレートを投じる。これは青野が冷静に見送り、ワンボールワンストライクとなった。
「見えてるぞ青野ー!!」
打席に入る準備をしつつ、雄大もベンチで大声を張り上げた。青野は大きく深呼吸して、森山の方を見つめる。状況は一死二塁で、雄介を還せば甲子園への望みを繋ぐことができる。彼は三年間の思いを胸に、打席に入っていた。
(ここで打って、皆と甲子園に行きたい。すぐそばまで迫ってるんだ)
森山は悠然とセットポジションに入り、二塁を見る。小さく足を上げ、テイクバックを取った。そして全力で、第三球を投じた。威力のある直球が、アウトコースに向かって突き進んでいく。
(真っすぐ!!)
青野はバットを出し、思い切り流し打った。鋭い打球が右方向に飛んでいき、スタンドから歓声が巻き起こる。森山は目を見開き、後ろを振り向いた。
「セカン!!」
しかし、二塁手の渡辺が打球に飛びついてしまった。雄介は既に三塁に到達しようとしており、彼は一塁に送球した。青野はヘッドスライディングを見せたものの、及ばずにアウトとなった。
「アウト!!」
「よっしゃー!!」
「あと一人だぞー!!」
青野は一塁上で膝をついたままうなだれ、悔しそうに拳で地面を叩いた。一度はため息をついた部員たちも、その姿を見て前を向く。追い込まれたことは確かだが、それでもランナーは三塁に進んだのだ。
「無駄にするなよ、リョウー!!」
雄大はリョウに向かって大声で叫んだ。同級生の青野が悔しがる姿を見て、彼の心にも燃えるものがあったのだ。リョウもそのことを理解し、無言で頷いた。そしてアナウンスが流れ、両校のベンチから声援が飛び交った。
「三番、ファースト、平塚くん」
「打てよリョウー!!」
「あと一つだぞ森山ー!!」
自英学院にとっては、あとアウト一つで甲子園である。ベンチの選手たちは白い歯を見せ、今か今かと勝利の瞬間を待っていた。一方で、大林高校のナインも負けじと声を張り上げている。三塁ランナーを還せなければ、その時点で彼らの夏は終わってしまうのだ。
(先輩たちの夏を終わらせるわけにはいかない。俺が決めるんだ)
リョウは一段と気合いの入った顔つきで、バットを構えた。いつも通りの所作を見せ、第一球を待っている。森山は気迫の籠った表情でマウンドに立っているが、その額には大粒の汗が浮かんでいた。剛腕とはいえ、彼も人の子である。甲子園を懸けたこのマウンドで、プレッシャーを感じないわけがなかった。
「狙っていけ、リョウー!!」
雄大もネクストバッターズサークルから懸命に声援を送る。この瀬戸際においても、彼は焦りを見せていない。リョウならなんとか繋いでくれる、そう信じていたのだ。
サイン交換を終え、森山はセットポジションに入る。三塁の雄介にちらりと視線を送り、再び前を向いた。健二は堂々と構え、勝負を決める覚悟を見せている。
そして、森山が第一球を投じる。高めの直球だったが、リョウは思い切り踏み込んだ。彼はバットを振っていったが、ボールの下を叩いてしまった。甲高い音が響き、痛烈なファウルがバックネットに突き刺さった。
「ファウルボール!!」
「「おお~」」
観客席がどよめき、スコアボードには「156」との表示がなされる。ここに来て、森山は完全にいつもの調子を取り戻していたのだ。
「ナイスボール森山ー!!」
「いいぞー!!」
リョウは悔しそうにして、バットを軽く振っていた。雄大は口を一文字に結び、その様子をじっと眺めている。
(ほぼ真っすぐだっていうのに、打てる気がしない。――けど、打たないと)
リョウはもう一度前を向き、マウンドに対した。続いて、森山は第二球を投じる。これは高めに浮いてしまい、ボールとなった。一球ごとに観客席がどよめき、緊迫した空気が作り上げられている。
「決めろよ森山ー!!」
「打てよリョウー!!」
自英学院がこのまま甲子園を決めるのか、大林高校が希望を繋ぐか。リョウのバットに、両校の運命が託されていた。
そして、森山は第三球を投じる。またも高めのストレートだったが、リョウはスイングをかけていった。しかし無情にもバットは空を切り、審判の右手が上がった。
「ストライク、ツー!!」
「よっしゃー!!」
「あと一球ー!!」
これでワンボールツーストライクとなり、いよいよ大林高校は追い込まれた。リョウは思わず歯を食いしばり、悔しさを露わにしている。自英学院の応援席からは「あと一球」の声もこだましており、彼は崖っぷちに立たされていた。
「リョウ!!」
その時、雄大が大声で叫んだ。リョウもはっとして、ネクストバッターズサークルの方を向く。すると、雄大は笑顔でこう言った。
「勝つぞ!!」
その言葉に、リョウは強く頷いた。再びバットを強く握り、マウンドの方を向く。森山は大きく息を吐き、健二のサインを見ていた。そしてセットポジションに入り、カッと目を見開いた。
(来るな)
それを見て、リョウは気合いを入れる。森山は小さく足を上げ、テイクバックを取った。そして右腕を振るい――四球目を解き放った。
(打つ!!)
その球の軌道を見て、リョウは迷わず打ちにいく。しかし、本塁手前でボールは急激に軌道を変えた。リョウも合わせにいくが、及ばない。そして、彼のバットは空を切った――
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そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
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