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第三部 怪物の夢
第四十五話 痛恨
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打球が抜けた瞬間、ベンチが一気に沸き上がった。雄大も小さくガッツポーズを見せながら、手応えを感じている。
「ナイバッチー!」
「いいぞ久保ー!」
これで一死一塁となった。続いて、ネクストバッターズサークルから五番の芦田が歩き出す。
「五番、キャッチャー、芦田くん」
「頼むぞー!」
「久保を帰せよー!」
ここまでの試合、芦田も勝利に繋がる打点を多く挙げている。自英学院のバッテリーにとっては、警戒すべき打者の一人であった。
「ここで芦田先輩が繋げられたら大きいですね」
「この回で先制点を取れれば、後は雄大に託すことが出来る」
芦田が打席に入ると、松下はやや息を切らしながらサインを見つめていた。健二は外に構え、直球を要求する。松下はその通りに投じたが、外れてワンボールとなった。
(慎重だな。引っかけさせてゲッツー狙いか)
バッテリーの狙いを探りつつ、芦田はグラウンドを見渡した。自英学院の内野陣はゲッツー態勢を敷いている。そのため、三遊間が広く開いていた。
(内に来たら振り抜いてやるか)
芦田はインコースに狙いを絞った。続いて、松下は第二球にも外のストレートを投じる。これはゾーンに収まっており、ワンボールワンストライクとなった。
(このキャッチャーのことだ、このまま外で押し通すつもりかもしれん)
捕手が健二ということもあり、芦田も迷わされている。健二は一年生ながら正捕手の座を掴み、ここまでチームを引っ張ってきているのだ。健二という存在は、大林高校にとってかなり厄介な障壁であった。
三球目、またも松下は外にストレートを投じた。芦田は手を出したが捉えきれず、ファウルボールとなる。これでワンボールツーストライクと追い込まれることになった。
(追い込まれたし、全球種に対応しないと)
健二がサインを送ると、松下はコクリと頷いた。当然、バッテリーは勝負に来るカウントである。芦田もそれを承知で、バットを強く握り直した。そして、松下は第四球を投じた。山なりの軌道で、白球が突き進んでいく。
(カーブ!!)
芦田はスイングを開始する。松下の投じたカーブは、健二の構えよりも少し浮いていた。芦田はそれを見逃さず、思い切りバットを振り抜いてみせた。快音とともに、打球がショートの頭を越えていく。
「っしゃー!」
雄叫びを上げ、芦田は一塁に駆けていく。打球はそのまま左中間を破っていき、二塁打となった。雄大は三塁で止まったが、これで一死二三塁となってチャンスが広がった。
「ナイバッチ芦田ー!」
「いいぞー!」
芦田は塁上で歓声に応えてガッツポーズを見せた。松下は不満そうにマウンドをならし、はあと息を吐いた。健二はここでタイムを取り、マウンドへと向かった。
「次は中村先輩ですけど、どうするんですか?」
「まだ四回だけど、絶対に先制点が欲しい。――スクイズ、いくよ」
タイムが終わり、中村が右打席に向かって歩き出す。アナウンスが流れると、場内が一気に沸き上がった。
「六番、センター、中村くん」
「先制しようぜ中村ー!」
「打てよー!」
まなは打席に向かって「待て」のサインを送った。中村も頷き、バットを構える。自英学院の内野陣は前進守備を敷き、先制点を阻止する構えを見せていた。
初球、松下はインハイに直球を投じた。中村は見送ったが、投球はゾーンを掠めており、審判が右手を突き上げる。
「ストライク!」
「いいぞ松下ー!」
「ナイスピー!」
中村はベンチの方を見たが、まなのサインは変わらず「待て」のままだ。初球にカウントを稼がれたが、焦って仕掛けにいけば阻止されるかもしれない。まなは慎重に自英学院の様子を窺っていた。
続いて、松下は第二球を投じる。今度は外のストレートだったが、ゾーンから外れてボールとなった。健二は周囲の状況を見ながら、次の対応を考えている。その時、まなが動いた。選手たちに対し、スクイズのサインを送ったのだ。
(来た、スクイズか)
三塁上の雄大も、そのサインを見て意を決した。彼はマウンドの方を見ながら、スタートのタイミングを窺う。中村は平静を保ち、いかにも打ちそうな素振りを見せていた。
「打てよ中村ー!」
「かっとばせー!」
ベンチの選手たちも声援を飛ばしていたが、内心はドキドキしていた。自英学院に対してスクイズを成功させ、先制点を取ることが出来るのか。決勝戦、最初の山場が訪れていた。
マウンド上の松下は苦しそうな表情を見せ、息を切らしている。彼は各塁のランナーをちらりと見て、再び前を向いた。そして小さく足を上げたが、そのとき三塁手が叫んだ。
「ランナー!!」
雄大が、迷わずスタートを切っていたのだ。二塁の芦田もスタートを切り、一目散に三塁を目指している。しかし次の瞬間、健二が立ち上がった。
「外された!」
ベンチのまなが大声で叫んだ。健二はスクイズを読んでいたのだ。松下も大きくウエストしたが、中村はなんとか飛びついて当ててみせた。ガチンという音ともに、打球がファウルグラウンドへと転がっていく。
「ファウルボール!!」
「「おお~」」
一連の攻防に、観客席が一斉にどよめいた。大林高校の選手たちもヒヤッとしたが、ファウルになったことでほっとした。しかし、スクイズが失敗したことには変わりない。
「やられましたね」
「これは痛いなあ」
マネージャー二人も悔しがっていた。結局、中村はショートフライに打ち取られてしまい、得点を挙げることは出来なかった。続く七番の加賀谷は粘りを見せたが、最後には三振に打ち取られて四回表が終わった。
「ナイスピー松下ー!」
「よく投げたぞー!」
加賀谷を打ち取ったあと、松下は安心した表情でマウンドを降りていく。一方で、大林高校の選手たちはどこか浮かない表情をしていたが、雄大が大声で鼓舞した。
「行くぞお前ら!!」
その言葉に、皆ははっとした。彼は投手用グラブを手に、さらに話を続けた。
「点は次の回で取ればいいんだ、締まっていこうぜ!」
「「おう!!」」
ナインの表情が明るくなり、再び雰囲気が前向きになった。皆が元気よくグラウンドへと駆け出していき、観客席からは拍手が巻き起こる。そして、雄大は自ら審判に守備位置の交代を告げた。間もなくアナウンスが流れ、場内がどよめく。
「大林高校、シートの変更をお知らせします。ピッチャーの平塚くんが、ファースト。ファーストの久保雄大くんが、ピッチャー。以上に代わります」
「待ってたぞ久保ー!」
「頼むぞー!」
雄大はマウンドに上がると、投球練習を開始した。その凄まじい捕球音が響くたび、スタンドが沸き上がる。自英学院の選手たちも、じっとマウンドの方を見つめていた。
(意外と早かったな、久保)
ベンチの森山は、ニヤリと笑っていた。彼が待ち望んでいた、雄大の登板。それがとうとう実現するとあって、心の昂ぶりが抑えられなかったのだ。
投球練習が終わると、雄大はマウンド上でふうと息を吐いた。そして早くも真剣な表情に変わり、厳しい目つきで前を向く。アナウンスが流れ、二番の渡辺が歩き出した。
「四回裏、自英学院の攻撃は、二番、セカンド、渡辺くん」
渡辺が打席に入ると、彼はキッと雄大の方を向いた。自英学院の選手たちは、固唾を飲んでその勝負を見守っている。
(向こうもかなり気合が入ってるな)
雄大は芦田のサインを見て、投球動作に入った。大きく振りかぶり、左足を上げる。そして一気に右腕を振るい、第一球を解き放った。白球が唸りを上げ、インハイへと突き進んでいく。渡辺は完全に振り遅れ、空振りした。
「ストライク!!」
「「おお~っ!!」」
スコアボードには「155」の数字が表示され、観客たちがまたもどよめく。雄大から繰り出される豪速球に、彼らの目は釘付けだった。
「ナイスボール!!」
「いいぞ久保ー!!」
チームメイトからの声援を受けながら、雄大は次々にストレートを投げ込んでいく。渡辺は全くタイミングが合わず、当たることすら叶わない。結局、ワンボールツーストライクからストレートを振らされ、三振となった。
「ストライク!! バッターアウト!!」
「よっしゃー!」
「ナイスピー久保ー!」
雄大は周囲とアウトカウントを確認し合いながら、落ち着いて芦田からの返球を受け取った。ベンチでは、まなが笑みを浮かべている。
「久保先輩、絶好調ですね!」
「それもあるけど、これはリョウくんのおかげでもあるんだよ」
「というと?」
「ひと回り目を終えて、自英学院はリョウくんの球にタイミングを合わせてた。それなのに雄大の豪速球を見せられたら、とてもじゃないけど目が追いつかない」
「つまり、リョウと久保先輩の球速差が活きたってことですか?」
「そういうことね」
まなの言う通り、自英学院の打者はリョウの球速帯にタイミングを合わせていた。その状況で雄大がマウンドに上がれば、並の打者ならまずついていけないというわけだったのだ。
「三番、ファースト、竹内くん」
「竹内頼むぞー!」
「出ようぜ竹内ー!」
ここで、三番の竹内が打席に入った。彼は一打席目でリョウからヒットを放っている。しかし、雄大は強気に直球を投げ込んでいった。竹内はファウルにするのが精いっぱいで、前に飛ばすことができない。カウントはワンボールツーストライクとなった。
「よっしゃー!」
「追い込んでるぞー!」
竹内は険しい表情でマウンドの方を見つめ、バットを構えている。雄大は芦田のサインに頷き、投球動作に入った。彼は大きく振りかぶって第四球を投じる。白球が、高めの軌道に向かって突き進んでいった。竹内は打ちにいくが、ボールは急激に落下していく。そのままバットが空を切ると、審判の右手が上がった。
「ストライク! バッターアウト!」
「ナイスピー!」
「オッケー!」
直球でカウントを取り、最後に縦スライダーで決める。もはや十八番とも言えるパターンで、雄大は三振を奪ってみせた。これでツーアウトとなったが、ここで自英学院の応援席が一気に沸き上がった。
「四番、キャッチャー、松澤くん」
「頼むぞ健二ー!」
「打てよ四番ー!」
健二はネクストバッターズサークルから堂々と歩き出し、左打席に向かっていく。芦田は表情を硬くして、彼の方を見ていた。ベンチでも、マネージャー二人に緊張感が走っている。
「ここですね」
「健二くんを抑えれば次の回の攻撃に繋がる。絶対に抑えないと」
左打席に入った健二を見つつ、芦田はサインを出していた。彼は直球を要求し、インハイのボールゾーンに構える。
(後の打席を考えれば、ここでインコースを意識させておきたい。久保、厳しい球を頼む)
雄大もその意図を理解し、サインに頷いた。健二も第一打席でリョウの球を見ていることを考えれば、初球から雄大の球を捉えられるとは考えにくい。バッテリーはそう考えていた。
そして、雄大は大きく振りかぶった。左足を上げ、右腕を始動させる。そして持てる力を振り絞り、第一球を解き放った。芦田の構えた通り、力のある直球がインハイに向かって突き進む。
(よし!!)
芦田も手応えを感じ、心の中で声を上げた。しかし――健二は驚異のスイングスピードで、バットを振り抜いたのだ。快音が響き、打球が右方向に高く舞い上がる。
「なっ……」
雄大は驚き、目を見開く。彼はライト方向を振り向き、雄介の方を眺めた。打球はぐんぐん伸びていき、きれいな放物線を描いている。
(嘘だろ、健二……!?)
雄介も心の中で衝撃を受けつつ、必死に後ろに下がっていった。自英学院の応援席からは既に大歓声が起こっており、健二は一塁に駆けながら右手を突き上げている。そして、無情にも――
打球が、ライトスタンドに突き刺さった。
「ナイバッチー!」
「いいぞ久保ー!」
これで一死一塁となった。続いて、ネクストバッターズサークルから五番の芦田が歩き出す。
「五番、キャッチャー、芦田くん」
「頼むぞー!」
「久保を帰せよー!」
ここまでの試合、芦田も勝利に繋がる打点を多く挙げている。自英学院のバッテリーにとっては、警戒すべき打者の一人であった。
「ここで芦田先輩が繋げられたら大きいですね」
「この回で先制点を取れれば、後は雄大に託すことが出来る」
芦田が打席に入ると、松下はやや息を切らしながらサインを見つめていた。健二は外に構え、直球を要求する。松下はその通りに投じたが、外れてワンボールとなった。
(慎重だな。引っかけさせてゲッツー狙いか)
バッテリーの狙いを探りつつ、芦田はグラウンドを見渡した。自英学院の内野陣はゲッツー態勢を敷いている。そのため、三遊間が広く開いていた。
(内に来たら振り抜いてやるか)
芦田はインコースに狙いを絞った。続いて、松下は第二球にも外のストレートを投じる。これはゾーンに収まっており、ワンボールワンストライクとなった。
(このキャッチャーのことだ、このまま外で押し通すつもりかもしれん)
捕手が健二ということもあり、芦田も迷わされている。健二は一年生ながら正捕手の座を掴み、ここまでチームを引っ張ってきているのだ。健二という存在は、大林高校にとってかなり厄介な障壁であった。
三球目、またも松下は外にストレートを投じた。芦田は手を出したが捉えきれず、ファウルボールとなる。これでワンボールツーストライクと追い込まれることになった。
(追い込まれたし、全球種に対応しないと)
健二がサインを送ると、松下はコクリと頷いた。当然、バッテリーは勝負に来るカウントである。芦田もそれを承知で、バットを強く握り直した。そして、松下は第四球を投じた。山なりの軌道で、白球が突き進んでいく。
(カーブ!!)
芦田はスイングを開始する。松下の投じたカーブは、健二の構えよりも少し浮いていた。芦田はそれを見逃さず、思い切りバットを振り抜いてみせた。快音とともに、打球がショートの頭を越えていく。
「っしゃー!」
雄叫びを上げ、芦田は一塁に駆けていく。打球はそのまま左中間を破っていき、二塁打となった。雄大は三塁で止まったが、これで一死二三塁となってチャンスが広がった。
「ナイバッチ芦田ー!」
「いいぞー!」
芦田は塁上で歓声に応えてガッツポーズを見せた。松下は不満そうにマウンドをならし、はあと息を吐いた。健二はここでタイムを取り、マウンドへと向かった。
「次は中村先輩ですけど、どうするんですか?」
「まだ四回だけど、絶対に先制点が欲しい。――スクイズ、いくよ」
タイムが終わり、中村が右打席に向かって歩き出す。アナウンスが流れると、場内が一気に沸き上がった。
「六番、センター、中村くん」
「先制しようぜ中村ー!」
「打てよー!」
まなは打席に向かって「待て」のサインを送った。中村も頷き、バットを構える。自英学院の内野陣は前進守備を敷き、先制点を阻止する構えを見せていた。
初球、松下はインハイに直球を投じた。中村は見送ったが、投球はゾーンを掠めており、審判が右手を突き上げる。
「ストライク!」
「いいぞ松下ー!」
「ナイスピー!」
中村はベンチの方を見たが、まなのサインは変わらず「待て」のままだ。初球にカウントを稼がれたが、焦って仕掛けにいけば阻止されるかもしれない。まなは慎重に自英学院の様子を窺っていた。
続いて、松下は第二球を投じる。今度は外のストレートだったが、ゾーンから外れてボールとなった。健二は周囲の状況を見ながら、次の対応を考えている。その時、まなが動いた。選手たちに対し、スクイズのサインを送ったのだ。
(来た、スクイズか)
三塁上の雄大も、そのサインを見て意を決した。彼はマウンドの方を見ながら、スタートのタイミングを窺う。中村は平静を保ち、いかにも打ちそうな素振りを見せていた。
「打てよ中村ー!」
「かっとばせー!」
ベンチの選手たちも声援を飛ばしていたが、内心はドキドキしていた。自英学院に対してスクイズを成功させ、先制点を取ることが出来るのか。決勝戦、最初の山場が訪れていた。
マウンド上の松下は苦しそうな表情を見せ、息を切らしている。彼は各塁のランナーをちらりと見て、再び前を向いた。そして小さく足を上げたが、そのとき三塁手が叫んだ。
「ランナー!!」
雄大が、迷わずスタートを切っていたのだ。二塁の芦田もスタートを切り、一目散に三塁を目指している。しかし次の瞬間、健二が立ち上がった。
「外された!」
ベンチのまなが大声で叫んだ。健二はスクイズを読んでいたのだ。松下も大きくウエストしたが、中村はなんとか飛びついて当ててみせた。ガチンという音ともに、打球がファウルグラウンドへと転がっていく。
「ファウルボール!!」
「「おお~」」
一連の攻防に、観客席が一斉にどよめいた。大林高校の選手たちもヒヤッとしたが、ファウルになったことでほっとした。しかし、スクイズが失敗したことには変わりない。
「やられましたね」
「これは痛いなあ」
マネージャー二人も悔しがっていた。結局、中村はショートフライに打ち取られてしまい、得点を挙げることは出来なかった。続く七番の加賀谷は粘りを見せたが、最後には三振に打ち取られて四回表が終わった。
「ナイスピー松下ー!」
「よく投げたぞー!」
加賀谷を打ち取ったあと、松下は安心した表情でマウンドを降りていく。一方で、大林高校の選手たちはどこか浮かない表情をしていたが、雄大が大声で鼓舞した。
「行くぞお前ら!!」
その言葉に、皆ははっとした。彼は投手用グラブを手に、さらに話を続けた。
「点は次の回で取ればいいんだ、締まっていこうぜ!」
「「おう!!」」
ナインの表情が明るくなり、再び雰囲気が前向きになった。皆が元気よくグラウンドへと駆け出していき、観客席からは拍手が巻き起こる。そして、雄大は自ら審判に守備位置の交代を告げた。間もなくアナウンスが流れ、場内がどよめく。
「大林高校、シートの変更をお知らせします。ピッチャーの平塚くんが、ファースト。ファーストの久保雄大くんが、ピッチャー。以上に代わります」
「待ってたぞ久保ー!」
「頼むぞー!」
雄大はマウンドに上がると、投球練習を開始した。その凄まじい捕球音が響くたび、スタンドが沸き上がる。自英学院の選手たちも、じっとマウンドの方を見つめていた。
(意外と早かったな、久保)
ベンチの森山は、ニヤリと笑っていた。彼が待ち望んでいた、雄大の登板。それがとうとう実現するとあって、心の昂ぶりが抑えられなかったのだ。
投球練習が終わると、雄大はマウンド上でふうと息を吐いた。そして早くも真剣な表情に変わり、厳しい目つきで前を向く。アナウンスが流れ、二番の渡辺が歩き出した。
「四回裏、自英学院の攻撃は、二番、セカンド、渡辺くん」
渡辺が打席に入ると、彼はキッと雄大の方を向いた。自英学院の選手たちは、固唾を飲んでその勝負を見守っている。
(向こうもかなり気合が入ってるな)
雄大は芦田のサインを見て、投球動作に入った。大きく振りかぶり、左足を上げる。そして一気に右腕を振るい、第一球を解き放った。白球が唸りを上げ、インハイへと突き進んでいく。渡辺は完全に振り遅れ、空振りした。
「ストライク!!」
「「おお~っ!!」」
スコアボードには「155」の数字が表示され、観客たちがまたもどよめく。雄大から繰り出される豪速球に、彼らの目は釘付けだった。
「ナイスボール!!」
「いいぞ久保ー!!」
チームメイトからの声援を受けながら、雄大は次々にストレートを投げ込んでいく。渡辺は全くタイミングが合わず、当たることすら叶わない。結局、ワンボールツーストライクからストレートを振らされ、三振となった。
「ストライク!! バッターアウト!!」
「よっしゃー!」
「ナイスピー久保ー!」
雄大は周囲とアウトカウントを確認し合いながら、落ち着いて芦田からの返球を受け取った。ベンチでは、まなが笑みを浮かべている。
「久保先輩、絶好調ですね!」
「それもあるけど、これはリョウくんのおかげでもあるんだよ」
「というと?」
「ひと回り目を終えて、自英学院はリョウくんの球にタイミングを合わせてた。それなのに雄大の豪速球を見せられたら、とてもじゃないけど目が追いつかない」
「つまり、リョウと久保先輩の球速差が活きたってことですか?」
「そういうことね」
まなの言う通り、自英学院の打者はリョウの球速帯にタイミングを合わせていた。その状況で雄大がマウンドに上がれば、並の打者ならまずついていけないというわけだったのだ。
「三番、ファースト、竹内くん」
「竹内頼むぞー!」
「出ようぜ竹内ー!」
ここで、三番の竹内が打席に入った。彼は一打席目でリョウからヒットを放っている。しかし、雄大は強気に直球を投げ込んでいった。竹内はファウルにするのが精いっぱいで、前に飛ばすことができない。カウントはワンボールツーストライクとなった。
「よっしゃー!」
「追い込んでるぞー!」
竹内は険しい表情でマウンドの方を見つめ、バットを構えている。雄大は芦田のサインに頷き、投球動作に入った。彼は大きく振りかぶって第四球を投じる。白球が、高めの軌道に向かって突き進んでいった。竹内は打ちにいくが、ボールは急激に落下していく。そのままバットが空を切ると、審判の右手が上がった。
「ストライク! バッターアウト!」
「ナイスピー!」
「オッケー!」
直球でカウントを取り、最後に縦スライダーで決める。もはや十八番とも言えるパターンで、雄大は三振を奪ってみせた。これでツーアウトとなったが、ここで自英学院の応援席が一気に沸き上がった。
「四番、キャッチャー、松澤くん」
「頼むぞ健二ー!」
「打てよ四番ー!」
健二はネクストバッターズサークルから堂々と歩き出し、左打席に向かっていく。芦田は表情を硬くして、彼の方を見ていた。ベンチでも、マネージャー二人に緊張感が走っている。
「ここですね」
「健二くんを抑えれば次の回の攻撃に繋がる。絶対に抑えないと」
左打席に入った健二を見つつ、芦田はサインを出していた。彼は直球を要求し、インハイのボールゾーンに構える。
(後の打席を考えれば、ここでインコースを意識させておきたい。久保、厳しい球を頼む)
雄大もその意図を理解し、サインに頷いた。健二も第一打席でリョウの球を見ていることを考えれば、初球から雄大の球を捉えられるとは考えにくい。バッテリーはそう考えていた。
そして、雄大は大きく振りかぶった。左足を上げ、右腕を始動させる。そして持てる力を振り絞り、第一球を解き放った。芦田の構えた通り、力のある直球がインハイに向かって突き進む。
(よし!!)
芦田も手応えを感じ、心の中で声を上げた。しかし――健二は驚異のスイングスピードで、バットを振り抜いたのだ。快音が響き、打球が右方向に高く舞い上がる。
「なっ……」
雄大は驚き、目を見開く。彼はライト方向を振り向き、雄介の方を眺めた。打球はぐんぐん伸びていき、きれいな放物線を描いている。
(嘘だろ、健二……!?)
雄介も心の中で衝撃を受けつつ、必死に後ろに下がっていった。自英学院の応援席からは既に大歓声が起こっており、健二は一塁に駆けながら右手を突き上げている。そして、無情にも――
打球が、ライトスタンドに突き刺さった。
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