切り札の男

古野ジョン

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第三部 怪物の夢

第三十四話 決断

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 雄大たちはなんとか藤山高校の攻撃を凌ぎ、試合は六回裏へと進んでいく。この回の先頭は、三番のリョウからだ。彼は六回表、走者を残してマウンドを降りることになってしまった。だからこそ、この回の攻撃に懸ける思いは強かった。

「三番、ファースト、平塚くん」

「出ようぜリョウー!!」

「こっからこっからー!!」

 部員たちの声援を背に、彼は打席に向かって歩き出す。雄大もバットを持ち、ネクストバッターズサークルへと向かっていった。

(俺のせいで同点になったんだ。なんとか出て、久保先輩に繋げないと)

 バッターボックスに入ると、リョウはバットを強く握った。対する金井はマウンド上で息を吐き、じっとサインを見ていた。そしてノーワインドアップのフォームから、第一球に高めの直球を投じた。

(打てる!!)

 リョウは初球から積極的にスイングをかけていく。高めの軌道にバットを合わせ、芯でミートしてみせた。そのままセンター方向に弾き返すと、大林高校の応援団が一気に沸き上がった。

「っしゃー!!」

 珍しく、リョウも大きな雄叫びを上げた。打球は二遊間を破り、そのままセンター前に抜けていく。これで雄大の前にランナーが出ることになった。

「いい流れですね!」

「さっきのバックホームから勢いがついたね」

 マネージャー二人が話している中、雄大はゆっくりと打席に向かって歩き出した。アナウンスが流れ、球場中が一気に騒がしくなる。

「四番、レフト、久保雄大くん」

「お前が決めろー!!」

「打てよー!!」

 金井も当然、次の打者を意識していた。捕手がゲッツー態勢を指示すると、内野陣もそれに合わせて守備位置を変える。雄大はその様子を横目で見つつ、左打席に入った。

(一回のときはセカンドゴロになっちまったし、少し考えないとな)

 彼は初回で甘いカットボールを捉えたが、セカンドゴロに終わっている。同じ轍を踏むわけにはいかないと息巻き、強くバットを握った。

 金井はサイン交換を終え、セットポジションに入った。リョウはあまりリードを取らず、一塁の近くでマウンドの方を見ている。

「攻めていけよ金井ー!!」

 三塁から佐藤がマウンドを盛り立てる。金井は小さく足を上げ、第一球を投げた。外角低めにカットボールが決まり、審判の右手が上がる。

「ストライク!!」

「ナイスボール!!」

 これにはさすがの雄大も手が出ない。彼は思わず天を仰いだが、すぐにバットを構え直した。観客たちは固唾を飲んでその攻防を見守っている。続いて、金井は第二球を投げた。

(カーブ!!)

 その山なりの軌道を見て、雄大はスイングを仕掛けた。バッテリーはタイミングをずらそうとしていたのだが、彼は簡単に惑わされるような打者ではない。そのままバットを振り抜くと、快音が響いて打球が高く舞い上がった。

「ライトー!!」

 右翼手が追っていくが、打球はポールの右側を通過していった。審判が両手を挙げ、ファウルを宣告している。これでノーボールツーストライクとなり、雄大は追い込まれた。

(今のを捉えきれなかったのはまずかったな)

 雄大はカーブを捉えきれなかったことで、少し焦っていた。三球目、金井はインコースに直球を投じたが、これは雄大が見極めた。

(ワンツーか。勝負に来るな)

 金井は慎重にサインを交換し、セットポジションに入る。二回以降、大林打線は彼に封じ込められてしまっている。雄大がその状況を打破できるのか、皆が期待を寄せていた。

 そして――彼が四球目を投げた。きっちりとアウトローにコントロールされており、雄大も手を出さざるを得ない。

(三遊間に、流し打つ……!)

 彼はなんとか捉えようとするが、ボールが本塁手前で変化した。金井が投じていたのは、決め球のカットボールだった。鈍い打球音が響き、ショート正面にゴロが飛んでいく。

「ショート!!」

 捕手が指示を飛ばすと、雄大は悔しそうに走り出す。遊撃手はしっかりと打球を捌き、二塁へと送球した。セカンドはそれを受け取ると二塁を踏み、素早く一塁へと送球する。これでダブルプレーが完成し、大林高校の応援席にはため息が広がった。

「「あ~……」」

 ベンチでも、皆が残念そうな声を漏らしている。この後、五番の芦田もショートゴロに倒れ、大林高校は勝ち越すことが出来なかった。

「リョウが出塁したときはいけるかなと思ったんですけど」

「雄大が打ち取られると厳しいね。なかなかうまくいかないねえ」

 マネージャー二人も、思うようにいかずに嘆いていた。試合は七回表、藤山高校の攻撃に進む。加賀谷は先頭の七番を三振に打ち取ったが、八番に甘いスライダーを捉えられて左中間を破られてしまった。

「よっしゃー!!」

「回れ回れー!!」

 打球を見て、藤山高校のベンチが大きく盛り上がる。打者は一気に二塁まで進み、塁上でガッツポーズを見せた。加賀谷は息を切らしながら、額に流れる汗を拭っている。

「向こうは簡単にヒットが出ますね」

「六回表の勢いが止まってないみたいだね。これはきついかも」

 ベンチの二人は、加賀谷の心境を慮っていた。これで一死二塁のピンチとなった。続いて、九番打者が右打席に向かう。芦田は外野陣に前進守備を指示して、勝ち越しを阻止する姿勢を見せていた。

(とにかく低めだ。外野の頭を越されるのだけは避けたい)

 芦田は加賀谷に対し、低め中心にリードしていく。直球とフォークボールを使い、なかなか的を絞らせない。ツーボールツーストライクとなり、勝負のカウントになった。

(八番にスライダーを打たれてるから、ここは敢えてスライダーだ。向こうも予想してないはず)

 スライダーを要求し、芦田は外に構えた。加賀谷もそのサインに頷き、セットポジションに入る。そして小さく足を上げ、第五球を投じた。

(よし、悪くない!)

 その軌道を見て、芦田は捕球しようとミットを動かしていく。打者はやや泳がされるような格好になったが、それでもバットを合わせてみせた。金属音が響き、打球が右方向に飛んでいく。

「セカン!!」

 芦田が指示を出し、青野とリョウが必死に追っていったが、打球はギリギリで一二塁間を抜けていった。ライトの雄介が猛チャージをかけていたため走者は三塁で止まったが、これで一死一三塁とピンチが広がることになった。

「オッケー!!」

「ナイバッチー!!」

 スライダーのコースは悪くなかったが、打者の方が一枚上手だったのだ。加賀谷は口を一文字に結び、なんとも言えない表情をしている。

「飛んだコースが良すぎましたね」

「ついてないね……」

 レイの言葉に返事をしながら、まなはグラウンドの方を見上げた。すると、彼女は雄大がレフトからじっとベンチの方を見つめていることに気がついた。

(迷ったら俺を出せ、って言ってたもんね)

 もちろん、彼女もその意図を理解していた。しかし、決勝のことも考えれば、そう簡単に雄大を登板させるわけにはいかない。彼女はとりあえず、加賀谷を続投させることにした。

 一死一三塁となり、打順は一番に戻る。試合は七回表と終盤であり、やすやすと失点するわけにはいかない。芦田は内野に前進守備を指示して、バックホーム態勢を取っていた。

「加賀谷、力抜いていけよー!!」

 彼はマウンドに向かって声を掛け、楽に投げさせようと苦心していた。加賀谷は息を切らしながら、なんとか自分の投球をしようと心掛けている。

 一番打者が右打席に入り、試合が再開された。大チャンスとばかりに、藤山高校の応援団は大声援を送っている。芦田は周囲の状況を窺いながら、慎重にサインを出していた。

(右打ちだし、スクイズもあり得るな。けど、初球からは来ないだろう)

 芦田はまず、外角のストレートを要求した。加賀谷もそれに応じて、力いっぱい投げ込んでいく。しかしゾーンに収まらず、ワンボールとなった。

「それでいい、気楽にいけよ」

 加賀谷は芦田の声かけに頷きながら、返球を受け取った。打者もベンチの方を見て、サインを確かめている。互いが互いを読み合い、緊迫した空気を作り出していた。

 続いて、加賀谷は二球目にフォークボールを投じた。打者はスイングにいったが空振りし、これでワンボールワンストライクとなった。

(直球狙いで空振りしたのか、それともスクイズに向けた偽装か)

 芦田は今の空振りの意図を考えつつ、インハイの真っすぐを要求した。高めの球であれば、簡単にバントすることは出来ない。加賀谷もその意図を理解し、セットポジションに入った。各塁の走者をちらりと見て、小さく足を上げる。その瞬間、三塁手の森下が叫んだ。

「ランナー!!」

 加賀谷の投球動作に合わせて、三塁走者がスタートを切ったのだ。打者も素早くバントの構えに切り替える。森下とリョウは一斉に前進し、阻止する構えを見せた。しかし、三塁走者は塁間で止まった。打者も当てずに空振りし、芦田は戸惑う。

(何のつもりだ!?)

 彼は捕球すると、そのまま三塁のベースカバーに入っていた潮田に送球した。走者は素早く帰塁し、審判は「セーフ」の判定を下す。次の瞬間、加賀谷が大声で叫んだ。

「セカン!!」

 そう、一塁走者がスタートを切っていたのだ。潮田が慌てて二塁に送球し、ベースカバーに入っていた中堅手の中村が捕球する。しかし間に合わず、二塁塁審は両手を広げた。

「セーフ!!」

「ナイスランー!!」

「いいぞー!!」

 盛り上がる藤山高校の選手たちとは対照的に、大林ナインは呆然としていた。皆何が起こったのか分からずにいたが、ベンチではまなが冷静に状況を分析していた。

「まな先輩、今のって」

「偽装スクイズ。向こうは三塁ランナーをおとりにして、一塁ランナーを先に進めたんだよ」

「でも、ツーストライクにしてまでするような作戦なんですか?」

「今の雰囲気なら、ツーストライクからでも加賀谷くんを打てる自信があるんだろうね。……ここまでかな」

 レイの言う通り、今のでカウントはワンボールツーストライクとなっていた。打者にとっては追い込まれた格好になったが、彼は全く焦った素振りを見せていない。加賀谷も精一杯投げ込んでいくが、打者は簡単にカットしてしまう。結局フルカウントまで粘られ、最後にはストレートが大きく外れてしまった。

「ボール、フォア!!」

「っしゃー!!」

「ナイスセンー!!」

 打者はガッツポーズを見せながら、一塁に向かって歩いて行く。加賀谷は悔しそうにマウンドの土を蹴り上げ、厳しい表情をしていた。するとその時、まながベンチの前に出た。

「芦田くん!!」

 彼女はグラウンドに向かって声を張り上げると、レフトの方を指さした。芦田は少し驚いたが、間もなく頷いて球審に選手交代を告げた。それに伴い、雄大もマウンドに向かって走り出す。場内アナウンスが流れると、球場中が一気に騒がしくなった。

「大林高校、シートの変更をお知らせします。ピッチャーの加賀谷くんが、レフト。そして――」

「レフトの久保雄大くんが、ピッチャー。以上に代わります」
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