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第三部 怪物の夢
第三話 妙案
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入学式から数週間が経ち、春季大会の時期となったが――大林高校は早々に敗れることとなった。実は正捕手の芦田が三月に怪我をしており、未だに完全復帰出来ていなかったのだ。それに加えて、雄大も本格的に投手として復帰するのが間に合わず、結局野手として出場することになった。
リョウがエースとして獅子奮迅の活躍を見せたものの、攻守両面で戦力を欠き、結果的には中堅校に競り負けてしまった。「甲子園出場」を目標に掲げているチームとしては、物足りない結果に終わった。とはいえ、収穫もあった。
まなが雄介を「一番・右翼手」として抜擢すると、彼は一年生とは思えぬ活躍を見せたのだ。巧みなバットコントロールで出塁すると、盗塁でチャンスを拡大させた。さらに守備に就いたときには、ファインプレーを連発したのだ。思わぬ新戦力の出現に、まなは手応えを感じていた。
さらに時は過ぎ、五月になった。一年生たちも徐々に慣れてきて、上級生は追い付かれまいとより熱心に練習に励むようになった。今日も大林高校のグラウンドでは、部員たちの大きな声が飛び交っている。
「次、ファースト!!」
「おうよ!!」
まなが打球を飛ばすと、雄大がしっかりと捕球してそのまま一塁を踏んだ。彼は右投げに復帰して送球難が改善したため、登板のないときは左翼に加えて一塁も守るようになった。投手に戻ったとは言っても、その打力も依然としてチームに必要なのだ。
ノックが終わり、休憩時間となった。雄大が水を飲んでいると、まなが近寄ってきた。彼女の手にはオーダー表が握られている。
「ねえ、雄大」
「どうした?」
「今度の練習試合のことなんだけど」
大林高校は、来週に木島工業高校と練習試合をすることになっていた。木島工業というのは、去年の大会で雄大を徹底的に敬遠して大林高校を苦しめたチームだ。
「今から大まかにスタメンを決めておこうと思って」
「レギュラー中心だろ?」
「そうなんだけどね」
雄大はほとんど対外試合で登板していないため、夏の大会の前に経験を積む必要があったのだ。そこで、この練習試合では先発する予定となっていた。
「実はキャッチャーが決まらないの」
「ああ、芦田はまだ出られないんだもんな」
「じゃあ岩川くんかなとも思ったんだけど、まだ雄大の球を一試合受けるのは大変かなって」
岩川とは二年生の捕手のことだ。雄大は去年から投手としての練習を行ってきたが、その相手を務めてきたのはまなか芦田だった。岩川は主にリョウや加賀谷の球を受けることが多い。そのため彼はあまり雄大の球を受けた経験が無い。その状態で何イニングも彼の剛速球や変化球を受けるのは酷というものだった。
「まあでも、仕方ないんじゃないか? 岩川に頑張ってもらうしかないよ」
「でも、慣れないことして岩川くんまで怪我したら大変だし……」
「たしかに、それもそうだな」
二人はうーんと頭を悩ませていた。しばらく考え込んでいたが、しばらくして雄大が何かを思いついた。
「まな、良い案が思いついたぞ!」
「え、なになに?」
「お前が出るんだよ!!」
「へっ!?」
まなが戸惑っていると、雄大が決まりとばかりにオーダー表を取り上げた。そして空欄だった九番のところに、鉛筆で「2 滝川」と書き込んでしまったのだ。
「そんな、せめて他の上級生にキャッチャーやってもらうとかさ」
「それこそ慣れないことして怪我したら大変だろ? お前なら俺の球も捕ってるしさ」
「え、いやでも……」
二人が押し問答を繰り返していると、近くで休んでいた芦田がやってきた。会話の内容を理解すると、まなに向かって口を開いた。
「滝川、出ればいいじゃないか」
「え、でも私なんか」
「お前、一年の頃から久保と一緒に練習してたじゃないか。実力は十分あるだろ」
「それは……そうかもだけど」
「芦田の言う通りだ。木島工業の連中に、お前の凄さを見せてやろうぜ」
雄大はそう言うと、周りで休憩中の部員たちの方を向いた。そしてまなの頭に手を置き、大きな声でこう言った。
「監督が練習試合に出るのに、賛成の人!!」
すると、ぱちぱちと拍手が巻き起こった。部員たちも、まながマネージャー業の傍らで練習に励んでいることは知っていたのだ。一度くらいは、試合という晴れ舞台に立ってほしい。皆の思いは同じだったのだ。
「どうだ、まな?」
「……分かった。出るよ」
「お、流石だな」
「私が出るからには、必ず勝つからね! 皆もよろしく!!」
「「おう!!」」
まなが開き直ったように大声で宣言すると、皆も大声で応えた。その後はいつも通りの練習に戻り、あっという間に下校時間となった。雄大も帰ろうとしたが、まなに引き止められた。
「ちょっと、雄大」
「なんだ?」
「……話があるの」
二人は一緒にファミレスに行き、テーブル席に腰掛けた。適当に注文を終えると、まなはすっかり黙り込んでしまった。雄大は不思議に思いながらお茶を飲んでいる。しばらくすると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「……ありがとね」
「ど、どうしたんだよ急に」
「去年さ、ここで私が言ったこと覚えてたんでしょ?」
「試合に出て俺の球を受けたいって言ってくれたよな。どうしても、忘れられなくてな」
雄大にとって、彼女の発言は忘れがたいものだった。まなが試合に出ることを思いついたのは、そのことも踏まえてのものだったのだ。
「だから、感謝してるの。私のわがままを聞いてくれてありがとう」
「おいおい、監督はお前だろ? お前が好きに決めればいいんだよ」
「そうだけどさ。……嬉しかったの」
「そうか、ならいいんだ」
二人は互いの顔を見て、微笑んだ。三年生になり、二人の仲も深まっていた。いがみ合いから始まった関係だが、今では互いになくてはならない存在となっていたのだ。
***
そして、練習試合当日となった。大林高校の選手たちは木島工業のグラウンドに出向き、ウォーミングアップを行っている。雄大は相手監督のところへ行き、挨拶を行っていた。
「まな先輩、ユニフォーム着てるの新鮮ですね」
「うん。やっぱり、気持ちが引き締まるよ」
まなも道具を用意して、試合の準備をしている。今日の試合では、彼女の代わりに芦田が指揮を執ることになっている。リョウは一塁に入り、雄介も右翼手としてスタメンに名を連ねている。夏の大会に向け、実戦を意識したオーダーとなっていた。すると、雄大が帰ってきた。
「おーい、行ってきたぞー」
「向こうの監督さん、何か言ってた?」
「『練習試合ですし、女子選手が出ても大丈夫ですよ』だってさ。良かったな」
「うん、それなら安心だね」
「それより、ミーティングしなくていいのか?」
「あ、そうだった! みんな集合ー!!」
まなは部員を集め、試合に向けたミーティングを始めた。木島工業の特徴について話し、注意すべき点などを述べている。
「特に、一番の宗山くんと二番の村上くんに要注意! 足が速いから、いろいろ仕掛けてくるよ」
「僕と森下は要注意ってことですね」
リョウは三塁手の森下の名を挙げ、そう返事した。二人は特に、セーフティバント等を警戒すべき立場であるというわけだ。
「そういうこと! それから、リョウくんは状況次第で投げる準備もよろしく!」
「了解です!」
「じゃあ、キャプテン掛け声よろしく!」
「よっしゃ! 今日もいくぞお!!!」
「「「おうっ!!」」」
雄大が声を張り上げると、皆も応えた。間もなく試合開始の時間となり、選手たちが本塁を挟んで木島工業のナインと向かい合った。まなも緊張した面持ちで立っている。
「では、大林高校と木島工業高校の練習試合を開始します。礼!!」
「「「「お願いします!!!」」」」
そして試合が始まった。雄大にとっては、秋の大会以来のマウンド。そして、まなにとっては最初で最後の対外試合だ。それぞれの部員たちも、夏の大会に向けて集中して試合に臨んでいる。この試合は、大林高校にとって何をもたらすのか――
リョウがエースとして獅子奮迅の活躍を見せたものの、攻守両面で戦力を欠き、結果的には中堅校に競り負けてしまった。「甲子園出場」を目標に掲げているチームとしては、物足りない結果に終わった。とはいえ、収穫もあった。
まなが雄介を「一番・右翼手」として抜擢すると、彼は一年生とは思えぬ活躍を見せたのだ。巧みなバットコントロールで出塁すると、盗塁でチャンスを拡大させた。さらに守備に就いたときには、ファインプレーを連発したのだ。思わぬ新戦力の出現に、まなは手応えを感じていた。
さらに時は過ぎ、五月になった。一年生たちも徐々に慣れてきて、上級生は追い付かれまいとより熱心に練習に励むようになった。今日も大林高校のグラウンドでは、部員たちの大きな声が飛び交っている。
「次、ファースト!!」
「おうよ!!」
まなが打球を飛ばすと、雄大がしっかりと捕球してそのまま一塁を踏んだ。彼は右投げに復帰して送球難が改善したため、登板のないときは左翼に加えて一塁も守るようになった。投手に戻ったとは言っても、その打力も依然としてチームに必要なのだ。
ノックが終わり、休憩時間となった。雄大が水を飲んでいると、まなが近寄ってきた。彼女の手にはオーダー表が握られている。
「ねえ、雄大」
「どうした?」
「今度の練習試合のことなんだけど」
大林高校は、来週に木島工業高校と練習試合をすることになっていた。木島工業というのは、去年の大会で雄大を徹底的に敬遠して大林高校を苦しめたチームだ。
「今から大まかにスタメンを決めておこうと思って」
「レギュラー中心だろ?」
「そうなんだけどね」
雄大はほとんど対外試合で登板していないため、夏の大会の前に経験を積む必要があったのだ。そこで、この練習試合では先発する予定となっていた。
「実はキャッチャーが決まらないの」
「ああ、芦田はまだ出られないんだもんな」
「じゃあ岩川くんかなとも思ったんだけど、まだ雄大の球を一試合受けるのは大変かなって」
岩川とは二年生の捕手のことだ。雄大は去年から投手としての練習を行ってきたが、その相手を務めてきたのはまなか芦田だった。岩川は主にリョウや加賀谷の球を受けることが多い。そのため彼はあまり雄大の球を受けた経験が無い。その状態で何イニングも彼の剛速球や変化球を受けるのは酷というものだった。
「まあでも、仕方ないんじゃないか? 岩川に頑張ってもらうしかないよ」
「でも、慣れないことして岩川くんまで怪我したら大変だし……」
「たしかに、それもそうだな」
二人はうーんと頭を悩ませていた。しばらく考え込んでいたが、しばらくして雄大が何かを思いついた。
「まな、良い案が思いついたぞ!」
「え、なになに?」
「お前が出るんだよ!!」
「へっ!?」
まなが戸惑っていると、雄大が決まりとばかりにオーダー表を取り上げた。そして空欄だった九番のところに、鉛筆で「2 滝川」と書き込んでしまったのだ。
「そんな、せめて他の上級生にキャッチャーやってもらうとかさ」
「それこそ慣れないことして怪我したら大変だろ? お前なら俺の球も捕ってるしさ」
「え、いやでも……」
二人が押し問答を繰り返していると、近くで休んでいた芦田がやってきた。会話の内容を理解すると、まなに向かって口を開いた。
「滝川、出ればいいじゃないか」
「え、でも私なんか」
「お前、一年の頃から久保と一緒に練習してたじゃないか。実力は十分あるだろ」
「それは……そうかもだけど」
「芦田の言う通りだ。木島工業の連中に、お前の凄さを見せてやろうぜ」
雄大はそう言うと、周りで休憩中の部員たちの方を向いた。そしてまなの頭に手を置き、大きな声でこう言った。
「監督が練習試合に出るのに、賛成の人!!」
すると、ぱちぱちと拍手が巻き起こった。部員たちも、まながマネージャー業の傍らで練習に励んでいることは知っていたのだ。一度くらいは、試合という晴れ舞台に立ってほしい。皆の思いは同じだったのだ。
「どうだ、まな?」
「……分かった。出るよ」
「お、流石だな」
「私が出るからには、必ず勝つからね! 皆もよろしく!!」
「「おう!!」」
まなが開き直ったように大声で宣言すると、皆も大声で応えた。その後はいつも通りの練習に戻り、あっという間に下校時間となった。雄大も帰ろうとしたが、まなに引き止められた。
「ちょっと、雄大」
「なんだ?」
「……話があるの」
二人は一緒にファミレスに行き、テーブル席に腰掛けた。適当に注文を終えると、まなはすっかり黙り込んでしまった。雄大は不思議に思いながらお茶を飲んでいる。しばらくすると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「……ありがとね」
「ど、どうしたんだよ急に」
「去年さ、ここで私が言ったこと覚えてたんでしょ?」
「試合に出て俺の球を受けたいって言ってくれたよな。どうしても、忘れられなくてな」
雄大にとって、彼女の発言は忘れがたいものだった。まなが試合に出ることを思いついたのは、そのことも踏まえてのものだったのだ。
「だから、感謝してるの。私のわがままを聞いてくれてありがとう」
「おいおい、監督はお前だろ? お前が好きに決めればいいんだよ」
「そうだけどさ。……嬉しかったの」
「そうか、ならいいんだ」
二人は互いの顔を見て、微笑んだ。三年生になり、二人の仲も深まっていた。いがみ合いから始まった関係だが、今では互いになくてはならない存在となっていたのだ。
***
そして、練習試合当日となった。大林高校の選手たちは木島工業のグラウンドに出向き、ウォーミングアップを行っている。雄大は相手監督のところへ行き、挨拶を行っていた。
「まな先輩、ユニフォーム着てるの新鮮ですね」
「うん。やっぱり、気持ちが引き締まるよ」
まなも道具を用意して、試合の準備をしている。今日の試合では、彼女の代わりに芦田が指揮を執ることになっている。リョウは一塁に入り、雄介も右翼手としてスタメンに名を連ねている。夏の大会に向け、実戦を意識したオーダーとなっていた。すると、雄大が帰ってきた。
「おーい、行ってきたぞー」
「向こうの監督さん、何か言ってた?」
「『練習試合ですし、女子選手が出ても大丈夫ですよ』だってさ。良かったな」
「うん、それなら安心だね」
「それより、ミーティングしなくていいのか?」
「あ、そうだった! みんな集合ー!!」
まなは部員を集め、試合に向けたミーティングを始めた。木島工業の特徴について話し、注意すべき点などを述べている。
「特に、一番の宗山くんと二番の村上くんに要注意! 足が速いから、いろいろ仕掛けてくるよ」
「僕と森下は要注意ってことですね」
リョウは三塁手の森下の名を挙げ、そう返事した。二人は特に、セーフティバント等を警戒すべき立場であるというわけだ。
「そういうこと! それから、リョウくんは状況次第で投げる準備もよろしく!」
「了解です!」
「じゃあ、キャプテン掛け声よろしく!」
「よっしゃ! 今日もいくぞお!!!」
「「「おうっ!!」」」
雄大が声を張り上げると、皆も応えた。間もなく試合開始の時間となり、選手たちが本塁を挟んで木島工業のナインと向かい合った。まなも緊張した面持ちで立っている。
「では、大林高校と木島工業高校の練習試合を開始します。礼!!」
「「「「お願いします!!!」」」」
そして試合が始まった。雄大にとっては、秋の大会以来のマウンド。そして、まなにとっては最初で最後の対外試合だ。それぞれの部員たちも、夏の大会に向けて集中して試合に臨んでいる。この試合は、大林高校にとって何をもたらすのか――
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