切り札の男

古野ジョン

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第二部 大砲と魔術師

第二十四話 拮抗

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 久保はバットを放り投げ、一塁方向へと駆けだした。あまりにも完璧な放物線を描き、打球がバックスクリーンへと吸い込まれていく。観客たちは思わず立ち上がり、その一部始終を見守っていった。

「よっしゃああー!!」

「同点だー!!!」

 もちろん、大林高校のベンチは大いに盛り上がった。逆転されたことで気落ちしていたが、再び同点に追いついて元気を取り戻していたのだ。野村が打てば、久保も打つ。互いに意識しているかのように、ホームランを打ち合っていた。

 久保が三塁を回る頃、彼は野村の方をちらりと見た。野村は何も言わず、今度は口を一文字に結んでじっと立っていた。

(よく分からんヤツだな、コイツ)

 久保はそのまま本塁へと向かい、ホームベースを踏んだ。これで六対六の同点となった。悠北が先制したかと思えば、久保が逆転ホームランを打つ。野村が満塁ホームランを打ったかと思えば、再び久保が同点弾を放つ。試合はシーソーゲームの様相を呈していた。

「ナイスバッティングー!!」

「ナイス久保ー!!」

 ベンチに戻った久保を、部員たちが笑顔で出迎えた。その中でも、とびきりの笑顔を浮かべている人物がいた。もちろん、リョウのことである。

「久保先輩、ありがとうございます!!」

「ハハハ、これでお前の失点はチャラだな」

「ハイ!! 本当にありがとうございます!!」

 リョウは目に少し涙を浮かべて、久保に感謝の言葉を述べていた。どんなに打たれようとも、味方の打者が取り返してくれる。投手にとって、それほど心強いことはなかった。

「タイム!!」

 一方で、悠北高校のベンチが動いた。エースの小川を諦め、二番手の松原をマウンドに上げたのだ。小川はがっくりとうなだれながら、ベンチへと下がっていった。

「まずは小川さんを引きずり下ろしたか」

「うん、よく打ってくれたよ」

 久保はまなに対し、そんな話をしていた。悠北高校の方が投手の枚数は多く、乱打戦となれば大林高校は分が悪い。なるべく投手を消費させるのも、この試合において重要な事項だった。

 その後、代わったばかりの松原を攻めようとしたものの抑えられ、大林高校は五回裏の攻撃を終えた。リョウは六回表もマウンドに上がると、今度は三者凡退に仕留めてみせた。

「いいぞリョウー!!」

「ナイスピッチー!!」

 ベンチに下がるリョウに対し、観客席からも拍手が届けられていた。続く六回裏では、松原も大林高校を三者凡退に抑えてみせた。打ち合いとなった前半戦に対し、後半戦では徐々に試合の雰囲気が落ち着き始めていたのだ。

「まな先輩、いつまでリョウを引っ張るんですか?」

「迷いどころだね。けど、そろそろ代えるよ」

 七回表が始まる頃、レイの問いかけに対しまながそんな返事をしていた。悠北高校の攻撃は一番打者からで、打線としては四巡目だ。既に六失点を喫している以上、交代を考えなければならないタイミングだったのだ。

 リョウは先頭の一番打者をサードフライとすると、二番打者もライトフライに打ち取ってみせた。ツーアウトランナーなしとなったところで、打席に三番の尾田を迎えることとなった。

「「かっとばせー、おーだー!!」」

 一回表では、同じ状況から尾田の出塁を許して野村にツーランを打たれている。悠北高校の応援団はツーアウトだからと気落ちすることなく、大きな声で応援していた。

(野村には回さず、ここで切るぞ)

 芦田は初球、スローカーブを要求した。リョウはセットポジションから足を上げ、第一球を投じた。カーブは予想外だったのか、尾田はスイングせずに見逃した。

「ストライク!!」

「いいぞリョウー!!」

「落ち着いていけー!!」

 リョウは芦田からの返球を受け取り、ふうと息をついた。少し戸惑っていた尾田だったが、バットを握り直して再び打席で構えた。

(やっぱ動じないな。今度は外いっぱいにストレートだ)

 その要求通りに、リョウは第二球を投じた。尾田は手を出していったが、一球目の影響でやや振り遅れた。カーンという金属音が響き、打球はファウルグラウンドへと切れていった。

「ファウルボール!!」

「いいぞリョウ、落ち着いていけ」

 芦田が声を掛けると、リョウが頷いた。バッテリーはもう一球外にストレートを見せたが、これは外れてボールとなった。これでワンボールツーストライクとなり、芦田は勝負球を何にするか考えていた。

(最後は内角いっぱいに真っすぐだ。尾田といえど詰まらされる)

 彼がサインを出すと、リョウもそれに頷いてセットポジションに入った。ここで切れば野村には回らない。両校にとって、重要な局面を迎えていた。

 リョウは小さく足を上げ、第四球を投じた。芦田の構えた通り、白球がインコース目掛けて進んでいく。尾田もバットを出していったが、ガチンと鈍い音が響いた。

「セカン!!」

 ボテボテと転がっていく打球を見て、芦田が指示を出した。二塁手の青野が猛ダッシュで前進してくる。一方、尾田も持ち前の俊足を生かして全力で一塁へと向かっていた。青野は打球を取り、体勢を崩しながらなんとか一塁へ送球した。しかし尾田の足が先にベースに入り、塁審が両手を大きく広げた。

「セーフ!!」

「いいぞ尾田ー!!」

「ナイスラン!!」

 完全に打ち取った当たりではあったものの、それが災いして内野安打となってしまった。野村の前にランナーが出たことで、悠北高校の応援席は一気に活気づいていた。野村は軽く素振りをしながら、打席に向かおうとしている。そのとき、ベンチのまなが動いた。

「タイム!!」

 彼女は伝令を走らせ、球審に選手交代を告げた。ブルペンから梅宮が走り、マウンドには内野陣が集まってきた。

「大林高校、選手の交代をお知らせいたします。ピッチャー、平塚くんに代わりまして、梅宮くん」

 場内アナウンスが流れると、大林高校の応援席から拍手が起こった。今日の野村はリョウに対して三打数三安打二本塁打六打点と大当たりだ。流石にこのまま勝負させるわけにはいかないという、まなの判断だった。

「リョウ、悠北相手によく投げたな」

「ありがとうございます。梅宮先輩、あとお願いします」

「おう、任せとけ」

 梅宮にボールを手渡すと、リョウは帽子のつばを押さえてベンチへと下がっていった。一年生ながら果敢に投球していた彼に対し、スタンドから惜しみない拍手が送られていた。

「梅宮、分かってるだろうが次は野村だ」

「ああ、けど勝負するしかない」

 岩沢の声かけに対し、梅宮は強気に返事した。ツーアウト一塁だが、相手は今日二本塁打の四番だ。試合の雰囲気が落ち着いてきた今、本塁打で勝ち越しを許すわけにはいかなかった。

 やがて投球練習も終わり、審判が試合を再開した。一塁ランナーは足の速い尾田だが、打者が野村ということもあって大きなリードは取っていなかった。

(ここは打者勝負だな)

 そう気持ちを静めた梅宮は、小さく息を吐いて前を向いた。芦田は初球、カーブのサインを出した。梅宮はそれに頷くと、セットポジションから初球を投じた。指から放たれた白球が、弧を描いて落下していく。野村はフルスイングしたが、バットが空を切った。

「ストライク!!」

「「おお~」」

 豪快な空振りに、球場が沸いた。梅宮はそのスイングに動じることなく、芦田からの返球を受け取った。

(真っすぐに狙いを絞ってそうだな。思い切ってカーブで押し切るか)

 芦田はまたしてもカーブを要求した。梅宮もそれに応じ、一塁の尾田を目で牽制してから第二球を投げた。弧を描く白球に対し、野村は再び手を出していった。しかしバットに当たることはなく、ボールはしっかりとキャッチャーミットに収まっていた。

「ストライク!!」

「いいぞ梅宮ー!!」

「追い込んでるぞー!!」

 内野陣も梅宮に声を掛け、盛り立てていた。一方で悠北高校の応援団も負けじと声を張り上げ、野村にエールを送っていた。カウントはノーボールツーストライク。投手有利のカウントだった。

(梅宮先輩、これで勝負です)

 芦田はもう一度カーブのサインを出すと、右手でバシンとミットのポケットを叩いた。強気で投げるようにと伝えたかったのだ。梅宮もその意図を理解し、ふうと大きく息を吐いた。ちらりと一塁の尾田を見たあと、第三球を投げた。

 野村は変わらず、フルスイングを仕掛けてきた。今度はバットに当てたものの、タイミングが合わずにやや泳がされた。白球がセンター方向へと舞い上がっていく。

「センター!!」

 芦田は大声で指示を送った。打球にそれほど勢いはない。野村は悔しそうにバットを放り、一塁へと駆けだしていった。中堅手の中村はほぼ定位置から動かず、しっかりと打球を掴んだ。

「よっしゃー!!」

「ナイスピッチ梅宮先輩ー!!」

 梅宮は小さくガッツポーズすると、額の汗を拭いながらマウンドを降りた。ベンチではリョウたちが笑顔で彼を出迎え、好投を称えている。大林高校の応援団も立ち上がり、拍手を送っていた。

 続く七回裏、先頭の木尾が出塁してチャンスを作るも、その後が打ち取られて得点は成らなかった。八回表は梅宮がピンチを招いたがなんとか凌ぎ、無失点に終わった。その裏の攻撃で得点を挙げようと奮起した大林ナインだったが、しっかりと松原に抑えられてこちらも無得点に終わった。

 六点を入れ合った前半に対し、後半戦は両校とも無得点のままだ。準決勝進出を賭け、試合は最終回へと進んでいく――
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