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第二部 大砲と魔術師
第七話 先輩の意地
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梅宮は投球練習を終えた。審判がプレイをかけ、試合が再開される。今の状況はワンアウト二三塁のピンチだ。
「梅宮先輩、お願いします!!」
梅宮に向かって誰よりも声を張り上げていたのはリョウだった。投手にとって、ランナーを残して降板することほど悔しいことはない。しかし、彼はその悔しさを胸にしまって、声援を送っていたのだ。
「頼むぞ、梅宮!!」
サードから声を飛ばしているのは岩沢だ。まだ五点差もあるとはいえ、二、三点取られると試合の流れを悪くさせる恐れがある。キャプテンとして、また梅宮の同級生として、彼にエールを送っていたのだ。
梅宮の持ち味は縦に曲がるカーブだ。直球とカーブを組み合わせて打者から空振りを奪う、というのが得意パターンだった。
打席には、九番の右打者が入っている。梅宮は一呼吸置いたあと、セットポジションから右腕を振るった。力のある直球が低めに決まり、これでワンストライクとなった。
「ナイスボール!!」
「梅宮先輩その調子!!」
ベンチからも変わらず声が飛んでいた。竜司が抜けてから、梅宮はずっと大林高校のマウンドを守り続けてきた。あまり口数が多いわけではなく、チーム内で目立つ存在でもない。それでも、エースの役目を果たそうと黙々と努力を続けてきた。チームメイトもそれを認めており、厚い信頼を寄せていたのだ。
梅宮が第二球にカーブを投じると、打者は捉えきれずに空振りした。三球目には外角のストレートを投じたが、打者がカットした。
「梅宮先輩、押してるよー!!」
「落ち着いていこー!!」
そして、彼は第四球に高めの釣り球を投じた。打者は思わず手を出し、三振した。
「ストライク!! バッターアウト!!」
「よっしゃー!!」
「ナイスボール!!!」
ワンアウト二三塁というピンチで、空振り三振という理想通りの結果。それでも浮かれることなく、梅宮は落ち着いた表情で芦田からの返球を受け取った。
打順は一番に戻った。梅宮は丁寧に攻めていき、ツーボールツーストライクとした。バッターに何球か粘られたものの、最後は内角のストレートを詰まらせ、外野フライに打ち取った。
「オッケーナイスピー!!」
「ナイスピッチ梅宮先輩ー!!」
ピンチを切り抜けた梅宮はほっとした表情でベンチに戻った。部員たちも称賛の言葉を送り、ベンチの雰囲気を明るくしていた。
「梅宮先輩、ナイスピッチです!!」
特に、リョウはひと際大きな声で出迎えた。自分の残したランナーを一人も帰さずに抑えてみせた梅宮に対し、感謝の気持ちでいっぱいだったのだ。
「なに、お前がよく投げてたからな。三年の俺が打たれるわけにはいかないよ」
そう言って、梅宮もリョウに応えた。そして、試合は七回裏へと移る。打順は三番の岩沢からだ。藤山高校は既に投手を交代しており、五回裏から二番手投手が投げている。
「あのピッチャー、球は速いけどコントロールがアバウトだな」
「はい、甘く来たら思い切り打っちゃってください」
ベンチの前で、岩沢はまなと投手の特徴について確認していた。すると梅宮が歩み寄り、岩沢に声を掛けた。
「俺は抑えたからな、お前もちゃんと打てよ」
「ハハハ、期待して見とけって」
二人はそう言って笑い合った。この会話を聞いていたまなは、チームが強くなっていくことを予感していた。リョウという新戦力が上級生を刺激し、それがさらに別の部員へと伝播していく。夏の大会を前にして、大林高校野球部の勢いは増していたのだ。
そして早くも、まなの予感は現実のものとなった。七回裏、岩沢は初球に来た甘いストレートを見逃さず、バットを振り抜いたのだ。打球は青空に放物線を描いていき、そのまま外野のフェンスを越えていった。
「よっしゃー!!」
「ナイバッチ岩沢ー!!!」
「ナイスバッティング岩沢先輩ー!!」
キャプテンの一発に、大林高校のベンチは今日一番の盛り上がりを見せた。一年生の先発が好投し、二年生の四番が先制ホームランを打ち、三年生がさらに活躍する。各学年が力を合わせ、見事なまでの試合展開を見せていたのだ。
「リョウ、お前の一点はこれでチャラだな」
「ありがとうございます、岩沢先輩!!」
岩沢が声を掛けると、リョウは嬉しそうに応えた。試合はこのまま進んでいき、結局一対七で大林高校が勝利を収めた。夏の大会を前にして、これ以上ない収穫を得る練習試合となったのだ。
試合後、荷物をまとめて帰ろうとしていた久保に対し、藤山高校の大和田が声を掛けた。
「いやあ、うちの完敗です。今日はありがとうございました」
「いえいえ、とんでもない。こちらこそありがとうございました」
久保も言葉を返し、握手を交わした。二人はその後、夏の大会の展望や今日の試合の感想について会話していた。すると大和田が、リョウについて尋ねてきた。
「それにしても、あの平塚くんには参りました。一年だからと甘く見ていましたが、とんだ失礼を」
「あんなピッチングは僕らにも想定外ですよ。アイツはよく投げてくれました」
「もしや、彼が次のエースですか?」
そう聞かれた久保は、一瞬固まった。昨日まで、彼は投手としてリョウに抜かされることなど無いと考えていた。しかし、今日の試合の後に改めて問われてみると、リョウは既に自分の背中に迫っている――という気がしてならなかったのだ。
「……いえ、違います。エースとなるべき人間は、他にいますから」
彼は自分自身に言い聞かせるように、そう答えた。彼が右腕を癒している間にも、リョウは確実に実力をつけていく。こうしちゃいられない――と気を引き締め、投手復帰を強く意識した。
練習試合の後、部員たちはさらに日々の練習に励むようになっていた。リョウの活躍を見た他の一年生は、次は自分の番だとばかりにアピールを続けていた。上級生たちもそれに負けじと、より一層熱を入れて努力するようになっていた。竜司と神林の二人に頼りがちだった去年と比べ、確実に部員全員の地力が底上げされていたのだ。
「まな、ラスト!!」
「うん!!」
久保がトスを上げると、カキンと良い音が響いてネットが揺れた。野手として復帰してからも、彼はまなとの打撃練習を日課としていた。もちろん、彼が打ち終わったらまなが打つのも変わっていない。二人がボールをかごに戻していると、リョウとレイがやってきた。
「久保先輩、お疲れ様です!!」
「おう、走り込みは終わったのか?」
「はい、もちろんです!! それで、バッティング練習しようかと思って!!」
「ちょうど今終わったところだから、このネット使っていいぞ」
「本当ですか! ありがとうございます!!」
リョウは相変わらず久保に対して背筋を伸ばしており、まなはその様子を微笑ましく見ていた。間もなく、リョウはレイと共にトスバッティングを始めた。双子らしく、息ぴったりにトスが上がっている。その様子を見届けた久保は、近くに置いてあった鞄からグラブを取り出した。
「まな、キャッチボールするから付き合ってくれ」
「うん、オッケー。あれ、久保くんのグローブってそんなのだっけ?」
まなは彼がいつもと違うグラブを手にしていることに気づいた。投手用のうえに、左投げ用でなく右投げ用だ。
「いや、今日から右でも軽く投げていく。医者に許可は取っている」
「えぇっ!? 大丈夫なの!?」
「なに、焦ってるわけじゃない。皆頑張ってるし、俺も一歩前に進まないと」
「それなら、いいけど」
「まあ、今年の夏には間に合わないけどな。来年バリバリ投げるには、なるべく早く感覚を戻さないと」
そして彼は、打撃練習をする二人の方を見た。ひたむきに汗を流し続ける双子の姿は、久保にとっては眩しく見えていた。
「それに―― アイツらには負けられないからな」
「うん、そうだね……!」
まなもグラブを持ち、キャッチボールを始めた。夏の大会が日に日に近くなっていく。負ければ終わりのトーナメントが、間もなく幕を開けようとしていた。けれど、大林高校には追い風が吹いている。その風に乗って、彼らは大躍進を遂げることになるのだ――
「梅宮先輩、お願いします!!」
梅宮に向かって誰よりも声を張り上げていたのはリョウだった。投手にとって、ランナーを残して降板することほど悔しいことはない。しかし、彼はその悔しさを胸にしまって、声援を送っていたのだ。
「頼むぞ、梅宮!!」
サードから声を飛ばしているのは岩沢だ。まだ五点差もあるとはいえ、二、三点取られると試合の流れを悪くさせる恐れがある。キャプテンとして、また梅宮の同級生として、彼にエールを送っていたのだ。
梅宮の持ち味は縦に曲がるカーブだ。直球とカーブを組み合わせて打者から空振りを奪う、というのが得意パターンだった。
打席には、九番の右打者が入っている。梅宮は一呼吸置いたあと、セットポジションから右腕を振るった。力のある直球が低めに決まり、これでワンストライクとなった。
「ナイスボール!!」
「梅宮先輩その調子!!」
ベンチからも変わらず声が飛んでいた。竜司が抜けてから、梅宮はずっと大林高校のマウンドを守り続けてきた。あまり口数が多いわけではなく、チーム内で目立つ存在でもない。それでも、エースの役目を果たそうと黙々と努力を続けてきた。チームメイトもそれを認めており、厚い信頼を寄せていたのだ。
梅宮が第二球にカーブを投じると、打者は捉えきれずに空振りした。三球目には外角のストレートを投じたが、打者がカットした。
「梅宮先輩、押してるよー!!」
「落ち着いていこー!!」
そして、彼は第四球に高めの釣り球を投じた。打者は思わず手を出し、三振した。
「ストライク!! バッターアウト!!」
「よっしゃー!!」
「ナイスボール!!!」
ワンアウト二三塁というピンチで、空振り三振という理想通りの結果。それでも浮かれることなく、梅宮は落ち着いた表情で芦田からの返球を受け取った。
打順は一番に戻った。梅宮は丁寧に攻めていき、ツーボールツーストライクとした。バッターに何球か粘られたものの、最後は内角のストレートを詰まらせ、外野フライに打ち取った。
「オッケーナイスピー!!」
「ナイスピッチ梅宮先輩ー!!」
ピンチを切り抜けた梅宮はほっとした表情でベンチに戻った。部員たちも称賛の言葉を送り、ベンチの雰囲気を明るくしていた。
「梅宮先輩、ナイスピッチです!!」
特に、リョウはひと際大きな声で出迎えた。自分の残したランナーを一人も帰さずに抑えてみせた梅宮に対し、感謝の気持ちでいっぱいだったのだ。
「なに、お前がよく投げてたからな。三年の俺が打たれるわけにはいかないよ」
そう言って、梅宮もリョウに応えた。そして、試合は七回裏へと移る。打順は三番の岩沢からだ。藤山高校は既に投手を交代しており、五回裏から二番手投手が投げている。
「あのピッチャー、球は速いけどコントロールがアバウトだな」
「はい、甘く来たら思い切り打っちゃってください」
ベンチの前で、岩沢はまなと投手の特徴について確認していた。すると梅宮が歩み寄り、岩沢に声を掛けた。
「俺は抑えたからな、お前もちゃんと打てよ」
「ハハハ、期待して見とけって」
二人はそう言って笑い合った。この会話を聞いていたまなは、チームが強くなっていくことを予感していた。リョウという新戦力が上級生を刺激し、それがさらに別の部員へと伝播していく。夏の大会を前にして、大林高校野球部の勢いは増していたのだ。
そして早くも、まなの予感は現実のものとなった。七回裏、岩沢は初球に来た甘いストレートを見逃さず、バットを振り抜いたのだ。打球は青空に放物線を描いていき、そのまま外野のフェンスを越えていった。
「よっしゃー!!」
「ナイバッチ岩沢ー!!!」
「ナイスバッティング岩沢先輩ー!!」
キャプテンの一発に、大林高校のベンチは今日一番の盛り上がりを見せた。一年生の先発が好投し、二年生の四番が先制ホームランを打ち、三年生がさらに活躍する。各学年が力を合わせ、見事なまでの試合展開を見せていたのだ。
「リョウ、お前の一点はこれでチャラだな」
「ありがとうございます、岩沢先輩!!」
岩沢が声を掛けると、リョウは嬉しそうに応えた。試合はこのまま進んでいき、結局一対七で大林高校が勝利を収めた。夏の大会を前にして、これ以上ない収穫を得る練習試合となったのだ。
試合後、荷物をまとめて帰ろうとしていた久保に対し、藤山高校の大和田が声を掛けた。
「いやあ、うちの完敗です。今日はありがとうございました」
「いえいえ、とんでもない。こちらこそありがとうございました」
久保も言葉を返し、握手を交わした。二人はその後、夏の大会の展望や今日の試合の感想について会話していた。すると大和田が、リョウについて尋ねてきた。
「それにしても、あの平塚くんには参りました。一年だからと甘く見ていましたが、とんだ失礼を」
「あんなピッチングは僕らにも想定外ですよ。アイツはよく投げてくれました」
「もしや、彼が次のエースですか?」
そう聞かれた久保は、一瞬固まった。昨日まで、彼は投手としてリョウに抜かされることなど無いと考えていた。しかし、今日の試合の後に改めて問われてみると、リョウは既に自分の背中に迫っている――という気がしてならなかったのだ。
「……いえ、違います。エースとなるべき人間は、他にいますから」
彼は自分自身に言い聞かせるように、そう答えた。彼が右腕を癒している間にも、リョウは確実に実力をつけていく。こうしちゃいられない――と気を引き締め、投手復帰を強く意識した。
練習試合の後、部員たちはさらに日々の練習に励むようになっていた。リョウの活躍を見た他の一年生は、次は自分の番だとばかりにアピールを続けていた。上級生たちもそれに負けじと、より一層熱を入れて努力するようになっていた。竜司と神林の二人に頼りがちだった去年と比べ、確実に部員全員の地力が底上げされていたのだ。
「まな、ラスト!!」
「うん!!」
久保がトスを上げると、カキンと良い音が響いてネットが揺れた。野手として復帰してからも、彼はまなとの打撃練習を日課としていた。もちろん、彼が打ち終わったらまなが打つのも変わっていない。二人がボールをかごに戻していると、リョウとレイがやってきた。
「久保先輩、お疲れ様です!!」
「おう、走り込みは終わったのか?」
「はい、もちろんです!! それで、バッティング練習しようかと思って!!」
「ちょうど今終わったところだから、このネット使っていいぞ」
「本当ですか! ありがとうございます!!」
リョウは相変わらず久保に対して背筋を伸ばしており、まなはその様子を微笑ましく見ていた。間もなく、リョウはレイと共にトスバッティングを始めた。双子らしく、息ぴったりにトスが上がっている。その様子を見届けた久保は、近くに置いてあった鞄からグラブを取り出した。
「まな、キャッチボールするから付き合ってくれ」
「うん、オッケー。あれ、久保くんのグローブってそんなのだっけ?」
まなは彼がいつもと違うグラブを手にしていることに気づいた。投手用のうえに、左投げ用でなく右投げ用だ。
「いや、今日から右でも軽く投げていく。医者に許可は取っている」
「えぇっ!? 大丈夫なの!?」
「なに、焦ってるわけじゃない。皆頑張ってるし、俺も一歩前に進まないと」
「それなら、いいけど」
「まあ、今年の夏には間に合わないけどな。来年バリバリ投げるには、なるべく早く感覚を戻さないと」
そして彼は、打撃練習をする二人の方を見た。ひたむきに汗を流し続ける双子の姿は、久保にとっては眩しく見えていた。
「それに―― アイツらには負けられないからな」
「うん、そうだね……!」
まなもグラブを持ち、キャッチボールを始めた。夏の大会が日に日に近くなっていく。負ければ終わりのトーナメントが、間もなく幕を開けようとしていた。けれど、大林高校には追い風が吹いている。その風に乗って、彼らは大躍進を遂げることになるのだ――
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