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第二部 大砲と魔術師
第六話 柔能制剛
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久保はバットを置き、一塁へと駆け出した。藤山高校ナインはその強烈な打球に度肝を抜かれ、ただただ打球方向を眺めて立ち尽くしていた。一方で、大林高校のベンチは大いに盛り上がっていた。
「よっしゃー!!」
「ナイバッチ久保ー!!」
「久保先輩ナイスバッティングー!!」
一番喜んでいたのはリョウだった。彼は久保を追いかけ、大林高校に進学していた。自分が先発の試合で、その憧れの久保が先制ホームランを打ってくれた。その事実が、ただただ嬉しかったのだ。
久保はダイヤモンドを一周し、ベンチに戻ってきた。皆とハイタッチを交わし、喜びを分け合っていた。まなも笑顔で、彼を出迎えた。
「久保くん、わざとファウル打ってたでしょー!!」
「そうだよ、フォーク狙おうと思って」
「いい性格してるじゃーん!!」
そう言って、二人はとびきりのハイタッチを交わした。木尾と近藤がフォークに苦労しているのを見て、久保はフォークを狙おうと決めていた。序盤でこの球を叩けば、バッテリーはフォークを投げにくくなる。そういった企みだったのだ。
打席には五番の芦田が入っていた。本塁打を打たれたバッテリーは動揺し、ストライクが入らず四球を与えてしまった。その後、六番七番の連続タイムリーがあり、大林高校はさらに二点を追加した。
「久保のホームランで流れが来たな」
「さすがですよね!」
岩沢とまなは試合の主導権を握ったことを実感していた。そのあと八番が打ち取られ、ようやく一回裏が終わった。これで〇対四となり、リョウにとっては大きな先制点となった。
「よっしゃいくぞー!!」
「「おおー!!」」
守備につく前、岩沢の掛け声で従って皆が声を出した。久保もレフトに向かおうとしたが、その前にリョウに声を掛けた。
「おい、リョウ」
「は、はい! 何でしょうか!」
「レフトから見てたが、いい感じに投げているな。このまま平常心で、いつも通り投げろ」
「ありがとうございます!! 頑張ります!!」
リョウは久保に声を掛けられたことで、より気合いが入った。彼はグラブを片手にマウンドへと走って行く。二回表、藤山高校の打順は四番からだが、リョウは慌てる様子もなく冷静に振るまっていた。
「やっぱり、久保くんの言った通りだったわ」
「え?」
リョウの様子を見たまなが思わず呟くと、レイが反応した。まなは彼女に対し、リョウの先発が決まった経緯を説明した。
「じゃあ、久保先輩が推してくれたから今日の先発に……?」
「そう。久保くんはね、リョウくんのメンタルを買ってるみたい」
「そう……だったんですね」
レイはそれを聞き、少し嬉しそうな表情になった。まなはそれを見て、理由を尋ねた。
「レイちゃん、どうしたの?」
「いえ、嬉しいんです。リョウは昔から、度胸だけはありましたから」
「へえ、そうなんだ」
「シニアの時も、僕を使ってください――なんて監督に直訴してたんですよ。そのせいで、かえって使われなかったんですけどね」
「じゃあ、シニアの頃もあまり投げていないってこと?」
「はい。リョウが試合に出る機会なんて、ほとんどありませんでした」
まなは驚き、マウンド上のリョウの方を見た。シニアですら出場機会を得られていなかった投手が、高校野球初登板という場で落ち着き払って投球している。自らが磨き上げてきた技術に自信が無ければ、そんなことは出来ないのだ。自分や久保が思っている以上にリョウはとてつもない才能を持っているかもしれないな、と彼女は身震いした。
「四番頼むよー!!」
「しっかり見ていけー!!」
藤山高校の選手たちは、未だにリョウのことを甘く見ていた。リョウは四番打者に対しても、変わらず投げ込んでいく。徹底的に低めを突き、最後はカーブを打たせて内野ゴロとした。
「ワンアウトワンアウトー!!」
「その調子でいけー!!」
一方で、大林高校の部員たちは、少しずつリョウの才能に気づき始めた。一年生が淡々と相手を打ち取っていく様子に、皆の胸は高鳴っていた。
続いて五番打者に対してはカーブでカウントを稼ぎ、最後は外角低めいっぱいの直球で見逃し三振を奪った。六番打者にはカーブを見せ球にして、インコースの直球を詰まらせて内野フライに打ち取った。
「ナイスピッチング!!」
「いいぞーリョウ!!」
ますます活気づく大林高校に対し、藤山高校のベンチは盛り下がっていた。遅い直球とカーブしかないリョウに、いとも簡単に打ち取られているのだ。
「あの真っすぐ、打席に立つと速く見える」
「あのピッチャーのカーブ、遅すぎて調子が狂うよ」
部員たちは口々にリョウの球の感想を述べた。四点も先制され、得点を返そうと躍起になっていた藤山高校だったが、完全にリョウの術中にハマっていた。
「いやあ、アイツすごいな」
ベンチに戻ってきた久保が、まなに向かってそう話していた。
「いやあ、って久保くんが先発させろって言ったんじゃない!」
「ここまでとは思わなかったよ。もうアイツは立派な『魔術師』だな」
久保は少し感動していた。三年前に声を掛けた後輩が、自分の言ったとおりに立派な投手になっていたのだ。これからリョウはどんな投手になるのだろう、そんな期待感で胸を躍らせていた。
リョウはその後も安定した投球を見せ、六回まで無四球無失点で抑えていた。久保は二打席目でもタイムリーヒットを放ち、点差を六点に広げた。久保とリョウの活躍で一方的に試合を進めていた大林高校だったが、満足していない人間が二人いた。その二人とは、キャプテンの岩沢とエースの梅宮だった。
「なあ梅宮、俺らすっかり立場が無いな」
「ああ、ここまで活躍されちゃあなあ」
六回裏が終わって七回に入ろうというとき、岩沢が梅宮に話しかけていた。最上級生の二人にとって、自チームが勝っているのは喜ぶべきことではあった。しかし、この試合展開はあくまでリョウと久保の活躍によるものである。後輩がチームの主力となっているということに、どこか情けなさを感じていた。
「けど梅宮、お前の出番は必ず来るぞ。肩あっためとけよ」
「もちろんだよ。お前こそ、一本くらいタイムリーでも打ったらどうだ」
「おうよ、任せとけって」
そんな会話をして、岩沢はサードの守備へと向かった。そして試合は七回表に突入した。このまま大林高校が押し切る――と思われたが、試合は再び動き始めた。リョウは先頭の五番打者を抑えたのだが、六番打者に二塁打を浴びたのである。
「リョウ落ち着いてー!!」
レイはベンチから声援を送り、リョウを励ましていた。しかし、彼はここに来て制球が定まらなくなっていた。好投してきた彼だったが、所詮は一年生である。久保が考えていた通り、基本的な体力はまだ乏しい。段々と握力が弱くなっており、うまくボールをコントロール出来ていなかったのだ。
「リョウ、とにかく低めを突いていこう」
「は、はい。なんとか頑張ってみます」
捕手の芦田が一度タイムを取り、マウンドのリョウのところに向かった。彼も、七回になってリョウの調子がおかしいことに気づいていた。リョウを励ます傍ら、まなに向かって視線を送った。それを見たまなは頷き、レイに言付けを頼んだ。
「レイちゃん、梅宮先輩に心の準備させてきて」
「は、はい! 分かりました」
そう言って、レイがブルペンの方へ向かった。しかし彼女が着くころには、梅宮は既に準備を完了していた。
「お、レイじゃないか。どうかしたか?」
「あの、まな先輩が心の準備をしてほしいと……」
「大丈夫だ、こっちは準備万端だよ」
「なら、良かったです」
レイがベンチに戻ろうとすると、梅宮は彼女を呼び止めた。そして、再び口を開いた。
「お前の弟に、エースナンバーを渡すわけにはいかないからな」
リョウは七番打者に対し、今日初めての四球を与えた。さらに八番打者には甘く入った直球を痛打され、一点を失った。依然として、状況はワンアウト二三塁というピンチだ。大林高校の内野陣はマウンドに集まった。
ここで、まながベンチを立った。彼女が審判に選手交代を告げると、リョウは少し寂しそうな顔をした。一方で、ブルペンからは気合いの入った表情で一人の男が走ってくる。
「リョウ、お疲れ」
梅宮はそう言って、リョウからボールを受け取った。リョウは帽子のつばに手を当て、悔しそうにベンチへと下がっていく。
「リョウ、ナイスピッチ!!」
「リョウくん、よく頑張ったよ!!」
レイとまなは彼を拍手で出迎えた。初登板で六回三分の一を投げ、一四球一失点。一年生にしては十分すぎる出来だった。
「まな先輩、すいません。もっと投げられたら良かったんですけど」
「謝ることないよ!! それに――」
そして、まなはマウンドの方を向いた。梅宮を中心に集まっていた内野陣が、各ポジションへと散っていく。
「先輩たちだって、君のピッチングに負けるつもりはないよ」
「よっしゃー!!」
「ナイバッチ久保ー!!」
「久保先輩ナイスバッティングー!!」
一番喜んでいたのはリョウだった。彼は久保を追いかけ、大林高校に進学していた。自分が先発の試合で、その憧れの久保が先制ホームランを打ってくれた。その事実が、ただただ嬉しかったのだ。
久保はダイヤモンドを一周し、ベンチに戻ってきた。皆とハイタッチを交わし、喜びを分け合っていた。まなも笑顔で、彼を出迎えた。
「久保くん、わざとファウル打ってたでしょー!!」
「そうだよ、フォーク狙おうと思って」
「いい性格してるじゃーん!!」
そう言って、二人はとびきりのハイタッチを交わした。木尾と近藤がフォークに苦労しているのを見て、久保はフォークを狙おうと決めていた。序盤でこの球を叩けば、バッテリーはフォークを投げにくくなる。そういった企みだったのだ。
打席には五番の芦田が入っていた。本塁打を打たれたバッテリーは動揺し、ストライクが入らず四球を与えてしまった。その後、六番七番の連続タイムリーがあり、大林高校はさらに二点を追加した。
「久保のホームランで流れが来たな」
「さすがですよね!」
岩沢とまなは試合の主導権を握ったことを実感していた。そのあと八番が打ち取られ、ようやく一回裏が終わった。これで〇対四となり、リョウにとっては大きな先制点となった。
「よっしゃいくぞー!!」
「「おおー!!」」
守備につく前、岩沢の掛け声で従って皆が声を出した。久保もレフトに向かおうとしたが、その前にリョウに声を掛けた。
「おい、リョウ」
「は、はい! 何でしょうか!」
「レフトから見てたが、いい感じに投げているな。このまま平常心で、いつも通り投げろ」
「ありがとうございます!! 頑張ります!!」
リョウは久保に声を掛けられたことで、より気合いが入った。彼はグラブを片手にマウンドへと走って行く。二回表、藤山高校の打順は四番からだが、リョウは慌てる様子もなく冷静に振るまっていた。
「やっぱり、久保くんの言った通りだったわ」
「え?」
リョウの様子を見たまなが思わず呟くと、レイが反応した。まなは彼女に対し、リョウの先発が決まった経緯を説明した。
「じゃあ、久保先輩が推してくれたから今日の先発に……?」
「そう。久保くんはね、リョウくんのメンタルを買ってるみたい」
「そう……だったんですね」
レイはそれを聞き、少し嬉しそうな表情になった。まなはそれを見て、理由を尋ねた。
「レイちゃん、どうしたの?」
「いえ、嬉しいんです。リョウは昔から、度胸だけはありましたから」
「へえ、そうなんだ」
「シニアの時も、僕を使ってください――なんて監督に直訴してたんですよ。そのせいで、かえって使われなかったんですけどね」
「じゃあ、シニアの頃もあまり投げていないってこと?」
「はい。リョウが試合に出る機会なんて、ほとんどありませんでした」
まなは驚き、マウンド上のリョウの方を見た。シニアですら出場機会を得られていなかった投手が、高校野球初登板という場で落ち着き払って投球している。自らが磨き上げてきた技術に自信が無ければ、そんなことは出来ないのだ。自分や久保が思っている以上にリョウはとてつもない才能を持っているかもしれないな、と彼女は身震いした。
「四番頼むよー!!」
「しっかり見ていけー!!」
藤山高校の選手たちは、未だにリョウのことを甘く見ていた。リョウは四番打者に対しても、変わらず投げ込んでいく。徹底的に低めを突き、最後はカーブを打たせて内野ゴロとした。
「ワンアウトワンアウトー!!」
「その調子でいけー!!」
一方で、大林高校の部員たちは、少しずつリョウの才能に気づき始めた。一年生が淡々と相手を打ち取っていく様子に、皆の胸は高鳴っていた。
続いて五番打者に対してはカーブでカウントを稼ぎ、最後は外角低めいっぱいの直球で見逃し三振を奪った。六番打者にはカーブを見せ球にして、インコースの直球を詰まらせて内野フライに打ち取った。
「ナイスピッチング!!」
「いいぞーリョウ!!」
ますます活気づく大林高校に対し、藤山高校のベンチは盛り下がっていた。遅い直球とカーブしかないリョウに、いとも簡単に打ち取られているのだ。
「あの真っすぐ、打席に立つと速く見える」
「あのピッチャーのカーブ、遅すぎて調子が狂うよ」
部員たちは口々にリョウの球の感想を述べた。四点も先制され、得点を返そうと躍起になっていた藤山高校だったが、完全にリョウの術中にハマっていた。
「いやあ、アイツすごいな」
ベンチに戻ってきた久保が、まなに向かってそう話していた。
「いやあ、って久保くんが先発させろって言ったんじゃない!」
「ここまでとは思わなかったよ。もうアイツは立派な『魔術師』だな」
久保は少し感動していた。三年前に声を掛けた後輩が、自分の言ったとおりに立派な投手になっていたのだ。これからリョウはどんな投手になるのだろう、そんな期待感で胸を躍らせていた。
リョウはその後も安定した投球を見せ、六回まで無四球無失点で抑えていた。久保は二打席目でもタイムリーヒットを放ち、点差を六点に広げた。久保とリョウの活躍で一方的に試合を進めていた大林高校だったが、満足していない人間が二人いた。その二人とは、キャプテンの岩沢とエースの梅宮だった。
「なあ梅宮、俺らすっかり立場が無いな」
「ああ、ここまで活躍されちゃあなあ」
六回裏が終わって七回に入ろうというとき、岩沢が梅宮に話しかけていた。最上級生の二人にとって、自チームが勝っているのは喜ぶべきことではあった。しかし、この試合展開はあくまでリョウと久保の活躍によるものである。後輩がチームの主力となっているということに、どこか情けなさを感じていた。
「けど梅宮、お前の出番は必ず来るぞ。肩あっためとけよ」
「もちろんだよ。お前こそ、一本くらいタイムリーでも打ったらどうだ」
「おうよ、任せとけって」
そんな会話をして、岩沢はサードの守備へと向かった。そして試合は七回表に突入した。このまま大林高校が押し切る――と思われたが、試合は再び動き始めた。リョウは先頭の五番打者を抑えたのだが、六番打者に二塁打を浴びたのである。
「リョウ落ち着いてー!!」
レイはベンチから声援を送り、リョウを励ましていた。しかし、彼はここに来て制球が定まらなくなっていた。好投してきた彼だったが、所詮は一年生である。久保が考えていた通り、基本的な体力はまだ乏しい。段々と握力が弱くなっており、うまくボールをコントロール出来ていなかったのだ。
「リョウ、とにかく低めを突いていこう」
「は、はい。なんとか頑張ってみます」
捕手の芦田が一度タイムを取り、マウンドのリョウのところに向かった。彼も、七回になってリョウの調子がおかしいことに気づいていた。リョウを励ます傍ら、まなに向かって視線を送った。それを見たまなは頷き、レイに言付けを頼んだ。
「レイちゃん、梅宮先輩に心の準備させてきて」
「は、はい! 分かりました」
そう言って、レイがブルペンの方へ向かった。しかし彼女が着くころには、梅宮は既に準備を完了していた。
「お、レイじゃないか。どうかしたか?」
「あの、まな先輩が心の準備をしてほしいと……」
「大丈夫だ、こっちは準備万端だよ」
「なら、良かったです」
レイがベンチに戻ろうとすると、梅宮は彼女を呼び止めた。そして、再び口を開いた。
「お前の弟に、エースナンバーを渡すわけにはいかないからな」
リョウは七番打者に対し、今日初めての四球を与えた。さらに八番打者には甘く入った直球を痛打され、一点を失った。依然として、状況はワンアウト二三塁というピンチだ。大林高校の内野陣はマウンドに集まった。
ここで、まながベンチを立った。彼女が審判に選手交代を告げると、リョウは少し寂しそうな顔をした。一方で、ブルペンからは気合いの入った表情で一人の男が走ってくる。
「リョウ、お疲れ」
梅宮はそう言って、リョウからボールを受け取った。リョウは帽子のつばに手を当て、悔しそうにベンチへと下がっていく。
「リョウ、ナイスピッチ!!」
「リョウくん、よく頑張ったよ!!」
レイとまなは彼を拍手で出迎えた。初登板で六回三分の一を投げ、一四球一失点。一年生にしては十分すぎる出来だった。
「まな先輩、すいません。もっと投げられたら良かったんですけど」
「謝ることないよ!! それに――」
そして、まなはマウンドの方を向いた。梅宮を中心に集まっていた内野陣が、各ポジションへと散っていく。
「先輩たちだって、君のピッチングに負けるつもりはないよ」
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