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第二部 大砲と魔術師
第三話 新たな剛腕
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新入生が入部してから、早くも一か月が経過した。そんなある日、久保とまなはとある球場を訪れていた。その目的は、春季大会の県大会を観戦することだ。いくつかの有力校が勝ち残っているが、もちろん優勝候補は自英学院だ。エース八木の活躍で、他校を圧倒している。
今日のカードは、自英学院高校と悠北高校の対決だ。後者は高校野球の古豪として知られていて、甲子園にも何度か出場している。伝統的に強力な打線を備えており、エースの八木を打ち崩せるか注目されていた。
まなはビデオを回し、選手たちの様子を隈なく録画していた。一方で久保もメモを用意し、両校の選手たちの特徴を記録していた。
「久保くん、どっちが勝つと思う?」
「順当にいけば自英学院だけど、悠北が八木先輩を打ち崩せたら面白いかもな」
そんな会話を交わしているうちに、試合が始まった。悠北高校は一回表に二点を先制したが、その後は八木に抑えられた。自英学院は次々に点数を重ねていき、七回終了時点で二対八となった。
「これは決まったな」
「うーん、やっぱり八木さんすごいね」
八木の直球は去年の夏よりも球威を増しており、また変化球の球種も多くなった。高速スライダー、スプリット、チェンジアップに加え、カーブを投じるようになったのだ。悠北高校の打者はことごとくタイミングを崩され、凡打の山を築いていた。
「八木先輩のピッチング、リョウのお手本になりそうだな。アイツもカーブ投げるし」
「そうだね、帰ったらビデオ見せてあげないとね」
二人がそんな会話を交わしていると、自英学院の監督が選手交代を告げていた。八木は外野用のグラブを持ち、レフトへと向かっていく。
「あれ、八木先輩がレフトに下がったみたいだな」
「本当だ、じゃあ誰が投げるんだろう」
久保とまなが疑問に思っていると、間もなくアナウンスが流れた。
「自英学院高校、選手の交代をお知らせします。レフトの原口くんに代わりまして、森山くんが入り、ピッチャー」
「森山、だと……?」
久保はその名を聞き、思わず立ち上がった。彼は自英学院のベンチをじっと見つめ、森山が出てくるのを待っていた。
「く、久保くんどうしたの……?」
まなは久保に問いかけた。彼はその声を聞いて我に返り、席に座った。観客席も少しざわついており、明らかに球場の雰囲気が変わっていた。
「森山隆だ、知らないか?」
「たしか二年生のピッチャーだったと思うけど。それが……?」
「俺が中三で野球をやめていた頃、うちのチームを倒して全国大会に行った奴だ」
「そういえばそうだったかも…… でも、高校入ったあとの噂は聞かないけど」
「だからだよ。そいつがなんで今更出てきたのか、分からねえんだ」
そうこうしているうちに、森山がベンチから出てきた。小走りでマウンドへと向かい、ボールを受け取った。彼の姿を見た久保は、違和感を抱いていた。
「森山のやつ、前より随分と体がデカい気がするな」
「たしかに、結構ガッチリしてるね」
「そうとう自英学院でもまれたみたいだな」
森山はマウンド上で軽く体を伸ばしてから、投球練習のために右手でボールを持った。ノーワインドアップからその大きな体を動かし、右腕を振るった。
次の瞬間、球場にどよめきが起こった。白球がミットに吸い込まれた途端、ドン!という捕球音が響き渡ったからだ。
「うわ!速いぞ」
「うそ、百五十近く出てるかも」
二人は顔を見合わせ、その剛腕ぶりに驚いていた。森山は中学三年生のときにシニアで頭角を現し、自英学院に入学していた。久保はそのことまでは知っていたのだが、入学後にどのような成長を遂げていたのかは知らなかったのだ。
「プレイ!!」
投球練習が終わり、試合が再開された。観客たちは今か今かと森山の挙動に注目していた。彼は先ほどと同じように、ノーワインドアップのフォームから初球を投じる。
白球が唸りをあげ、一直線にホームベースへと向かって行く。風を切るようにボールは進み、そのままキャッチャーミットに収まった。
「ボール!!」
「うそ、今のが高めに外れたの……?」
「ああ、てっきりど真ん中かと思った」
ボール球にも関わらず、その投球は二人に大きな衝撃を与えた。森山の直球は、指から放たれても全く重力に負けなかった。そのまま浮き上がるような軌道で、高めに構えていた松澤のミットに収まっていたのだ。
彼は第二球を投じた。打者は今度も見逃したが、今度は低めに決まってストライクとなった。
「悠北のバッター、どう対応するかな」
「ただでは済まさないとは思うけどなあ」
久保の考えた通り、打者は一度打席を外してバットを短く持ち直した。なんとかバットに当てていこうという意思の表れだった。
しかし――森山の前には通じなかった。彼が第三球に投じた直球に対し、打者も懸命に食らいつくが、前に飛ばせずファウルとなった。
「やっぱり速いな……」
「悠北の打者が詰まらされるなんて、信じられない」
二人は驚きを隠せていなかった。一方、グラウンドでは松澤がサインを出し、森山が頷いた。そのまま小さく足を上げ、第四球を投じた。
ボールは直球のような軌道で進んでいく。打者は迎え撃とうとスイングを開始したが、白球は急激に変化してバットから逃げていった。森山のウイニングショット、スライダーだった。
「ストライク!! バッターアウト!!」
球場全体が再びどよめいた。森山は我関せずといったふうに返球を受け取り、次の打者に備えていた。結局、悠北高校の打者はなすすべなく三者連続三振となり、あっという間に八回表が終わってしまった。
「……すごかったね」
「ああ、まさか森山がこんなピッチャーになってるとはな」
森山は表情を変えず、飄々とマウンドを降りた。どこかつまらなそうな様子で、ベンチへと戻っていく。
「なんか、不満げだね」
「あんなに三振取ったのに、贅沢な奴だな」
森山の様子を見て、二人は不思議がっていた。未だどよめきが収まらない観客席に対し、彼はどこか退屈そうにしていたのだ。
その後、試合が動くことはなく、自英学院が勝利した。森山は二回を投げ、無安打無四球五奪三振という完璧なピッチングを見せた。
「八木先輩はともかく、森山まで出てきたとはな」
「しかも斎藤さんもいるしね」
斎藤とは、昨年の練習試合で久保にホームランを打たれた三年生投手のことだ。安定した投球が評価され、去年の夏からベンチ入りしている。
「竜司さんも神林先輩もいないのに、俺ら大丈夫かな」
「もー、四番が弱気になってどうすんのよー!!」
心配そうな久保の肩を、まながポンと叩いた。冬のオフシーズンを終えて、大林高校の戦力はたしかに強化されていた。しかし、それは自英学院も同じである。たった一つの優勝旗を巡り、本気でぶつかり合う夏の大会。各校とも、それに向けて着々と準備を重ねていたのだ。
二人は球場を後にし、バスに乗った。そして座席に腰掛ると、夏の大会について話しあった。既に一年間を共にした二人は、本音で話し合える関係だった。今の大林高校に足りないのは何か、今から出来ることは何なのか。互いに遠慮せず、徹底的に意見を出した。
「……でね、この間岩沢先輩も言ってたけど、やっぱり投手力が足りないと思うのよね」
「そうだなあ。梅宮先輩頼りになってるしな」
「リョウくんはどうなの? 久保くん、指導してるんでしょ?」
「とりあえず走り込むように言って、スタミナをつけさせてるよ」
久保の言う通り、リョウはここ一か月ひたすら走り込みを行っていた。リョウには素質はあるものの、根本的な体力が足りていない。彼はそう考え、体力作りを命じていたのだ。
「夏に間に合うの?」
「アイツ、結構真面目に練習してるみたいだし大丈夫じゃないかな。とにかく実戦の機会が欲しいな」
「それなら、あるよ」
「本当か?」
「うん、藤山高校と練習試合することになったから」
藤山高校は、去年の一回戦で対戦した相手だ。久保のヒットでサヨナラ勝ちし、大林高校は二回戦に進出したのだ。
「それなら相手に不足無しだな」
「そうだね。久保くんもほとんどレフトで試合出てないし、ちょうどよかった」
久保が本格的に野手として復帰したのは春からだったため、外野手としての試合経験はあまり無い。彼が代打でなく、スタメンとして試合に出る。それが大林高校にとってどれほどの力となるのか、未だに分かっていなかったのだ。
「とにかく、次の練習試合は大事な試合になるな」
「うん、夏に向けて本気でいかないとね」
二人は気を引き締め、さらなる努力を誓った。それから間もなく、練習試合の日が訪れた。大林高校はこの試合を夏の大会の前哨戦と位置づけ、本番さながらのオーダーを組んだ。そんな中で先発のマウンドに立ったのは――平塚リョウだった。
今日のカードは、自英学院高校と悠北高校の対決だ。後者は高校野球の古豪として知られていて、甲子園にも何度か出場している。伝統的に強力な打線を備えており、エースの八木を打ち崩せるか注目されていた。
まなはビデオを回し、選手たちの様子を隈なく録画していた。一方で久保もメモを用意し、両校の選手たちの特徴を記録していた。
「久保くん、どっちが勝つと思う?」
「順当にいけば自英学院だけど、悠北が八木先輩を打ち崩せたら面白いかもな」
そんな会話を交わしているうちに、試合が始まった。悠北高校は一回表に二点を先制したが、その後は八木に抑えられた。自英学院は次々に点数を重ねていき、七回終了時点で二対八となった。
「これは決まったな」
「うーん、やっぱり八木さんすごいね」
八木の直球は去年の夏よりも球威を増しており、また変化球の球種も多くなった。高速スライダー、スプリット、チェンジアップに加え、カーブを投じるようになったのだ。悠北高校の打者はことごとくタイミングを崩され、凡打の山を築いていた。
「八木先輩のピッチング、リョウのお手本になりそうだな。アイツもカーブ投げるし」
「そうだね、帰ったらビデオ見せてあげないとね」
二人がそんな会話を交わしていると、自英学院の監督が選手交代を告げていた。八木は外野用のグラブを持ち、レフトへと向かっていく。
「あれ、八木先輩がレフトに下がったみたいだな」
「本当だ、じゃあ誰が投げるんだろう」
久保とまなが疑問に思っていると、間もなくアナウンスが流れた。
「自英学院高校、選手の交代をお知らせします。レフトの原口くんに代わりまして、森山くんが入り、ピッチャー」
「森山、だと……?」
久保はその名を聞き、思わず立ち上がった。彼は自英学院のベンチをじっと見つめ、森山が出てくるのを待っていた。
「く、久保くんどうしたの……?」
まなは久保に問いかけた。彼はその声を聞いて我に返り、席に座った。観客席も少しざわついており、明らかに球場の雰囲気が変わっていた。
「森山隆だ、知らないか?」
「たしか二年生のピッチャーだったと思うけど。それが……?」
「俺が中三で野球をやめていた頃、うちのチームを倒して全国大会に行った奴だ」
「そういえばそうだったかも…… でも、高校入ったあとの噂は聞かないけど」
「だからだよ。そいつがなんで今更出てきたのか、分からねえんだ」
そうこうしているうちに、森山がベンチから出てきた。小走りでマウンドへと向かい、ボールを受け取った。彼の姿を見た久保は、違和感を抱いていた。
「森山のやつ、前より随分と体がデカい気がするな」
「たしかに、結構ガッチリしてるね」
「そうとう自英学院でもまれたみたいだな」
森山はマウンド上で軽く体を伸ばしてから、投球練習のために右手でボールを持った。ノーワインドアップからその大きな体を動かし、右腕を振るった。
次の瞬間、球場にどよめきが起こった。白球がミットに吸い込まれた途端、ドン!という捕球音が響き渡ったからだ。
「うわ!速いぞ」
「うそ、百五十近く出てるかも」
二人は顔を見合わせ、その剛腕ぶりに驚いていた。森山は中学三年生のときにシニアで頭角を現し、自英学院に入学していた。久保はそのことまでは知っていたのだが、入学後にどのような成長を遂げていたのかは知らなかったのだ。
「プレイ!!」
投球練習が終わり、試合が再開された。観客たちは今か今かと森山の挙動に注目していた。彼は先ほどと同じように、ノーワインドアップのフォームから初球を投じる。
白球が唸りをあげ、一直線にホームベースへと向かって行く。風を切るようにボールは進み、そのままキャッチャーミットに収まった。
「ボール!!」
「うそ、今のが高めに外れたの……?」
「ああ、てっきりど真ん中かと思った」
ボール球にも関わらず、その投球は二人に大きな衝撃を与えた。森山の直球は、指から放たれても全く重力に負けなかった。そのまま浮き上がるような軌道で、高めに構えていた松澤のミットに収まっていたのだ。
彼は第二球を投じた。打者は今度も見逃したが、今度は低めに決まってストライクとなった。
「悠北のバッター、どう対応するかな」
「ただでは済まさないとは思うけどなあ」
久保の考えた通り、打者は一度打席を外してバットを短く持ち直した。なんとかバットに当てていこうという意思の表れだった。
しかし――森山の前には通じなかった。彼が第三球に投じた直球に対し、打者も懸命に食らいつくが、前に飛ばせずファウルとなった。
「やっぱり速いな……」
「悠北の打者が詰まらされるなんて、信じられない」
二人は驚きを隠せていなかった。一方、グラウンドでは松澤がサインを出し、森山が頷いた。そのまま小さく足を上げ、第四球を投じた。
ボールは直球のような軌道で進んでいく。打者は迎え撃とうとスイングを開始したが、白球は急激に変化してバットから逃げていった。森山のウイニングショット、スライダーだった。
「ストライク!! バッターアウト!!」
球場全体が再びどよめいた。森山は我関せずといったふうに返球を受け取り、次の打者に備えていた。結局、悠北高校の打者はなすすべなく三者連続三振となり、あっという間に八回表が終わってしまった。
「……すごかったね」
「ああ、まさか森山がこんなピッチャーになってるとはな」
森山は表情を変えず、飄々とマウンドを降りた。どこかつまらなそうな様子で、ベンチへと戻っていく。
「なんか、不満げだね」
「あんなに三振取ったのに、贅沢な奴だな」
森山の様子を見て、二人は不思議がっていた。未だどよめきが収まらない観客席に対し、彼はどこか退屈そうにしていたのだ。
その後、試合が動くことはなく、自英学院が勝利した。森山は二回を投げ、無安打無四球五奪三振という完璧なピッチングを見せた。
「八木先輩はともかく、森山まで出てきたとはな」
「しかも斎藤さんもいるしね」
斎藤とは、昨年の練習試合で久保にホームランを打たれた三年生投手のことだ。安定した投球が評価され、去年の夏からベンチ入りしている。
「竜司さんも神林先輩もいないのに、俺ら大丈夫かな」
「もー、四番が弱気になってどうすんのよー!!」
心配そうな久保の肩を、まながポンと叩いた。冬のオフシーズンを終えて、大林高校の戦力はたしかに強化されていた。しかし、それは自英学院も同じである。たった一つの優勝旗を巡り、本気でぶつかり合う夏の大会。各校とも、それに向けて着々と準備を重ねていたのだ。
二人は球場を後にし、バスに乗った。そして座席に腰掛ると、夏の大会について話しあった。既に一年間を共にした二人は、本音で話し合える関係だった。今の大林高校に足りないのは何か、今から出来ることは何なのか。互いに遠慮せず、徹底的に意見を出した。
「……でね、この間岩沢先輩も言ってたけど、やっぱり投手力が足りないと思うのよね」
「そうだなあ。梅宮先輩頼りになってるしな」
「リョウくんはどうなの? 久保くん、指導してるんでしょ?」
「とりあえず走り込むように言って、スタミナをつけさせてるよ」
久保の言う通り、リョウはここ一か月ひたすら走り込みを行っていた。リョウには素質はあるものの、根本的な体力が足りていない。彼はそう考え、体力作りを命じていたのだ。
「夏に間に合うの?」
「アイツ、結構真面目に練習してるみたいだし大丈夫じゃないかな。とにかく実戦の機会が欲しいな」
「それなら、あるよ」
「本当か?」
「うん、藤山高校と練習試合することになったから」
藤山高校は、去年の一回戦で対戦した相手だ。久保のヒットでサヨナラ勝ちし、大林高校は二回戦に進出したのだ。
「それなら相手に不足無しだな」
「そうだね。久保くんもほとんどレフトで試合出てないし、ちょうどよかった」
久保が本格的に野手として復帰したのは春からだったため、外野手としての試合経験はあまり無い。彼が代打でなく、スタメンとして試合に出る。それが大林高校にとってどれほどの力となるのか、未だに分かっていなかったのだ。
「とにかく、次の練習試合は大事な試合になるな」
「うん、夏に向けて本気でいかないとね」
二人は気を引き締め、さらなる努力を誓った。それから間もなく、練習試合の日が訪れた。大林高校はこの試合を夏の大会の前哨戦と位置づけ、本番さながらのオーダーを組んだ。そんな中で先発のマウンドに立ったのは――平塚リョウだった。
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