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第12話 親友が花を持たせてくれる

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 さて、今の季節は秋である。秋と言えば、食欲の秋、芸術の秋、スポーツの秋。そう、スポーツだ。この時期は多くの学校行事があるが、その中の一つに球技大会なるものが存在する。その名の通り、皆で球技をして親交を深めようという行事であった。

 今日のロングホームルームでは球技大会に向けた作戦会議が行われていた。我が校では男子が野球、女子がバスケをすることになっている。しかもなぜか伝統的に硬式野球ということになっており、帰宅部の俺にとっては酷な行事であった。去年の球技大会では一度だけ代打で出場し、デッドボールを受けて悶絶する羽目になった。今年はずっとベンチウォーマーに徹していたいのだが。

「菊池が四番バッターだろー!」
「そうだそうだー!」
「えー、俺がー?」

 教室の前に集まった男子たちが、黒板にスタメン案を書き連ねてああでもないこうでもないと意見を交わしている。運動神経の良い洋一はどんな時でも引っ張りだこだ。たまたまサッカーが好きなだけで、他の部活に入っていたとしてもきっと大活躍していたに違いない。

 一方、教室の後ろの方では女子がバスケに向けて話し合いをしている。そっと様子を窺ってみると、朱里が皆の前に立って恥ずかしそうにしていた。どうやら試合のメンバーに推薦されたらしい。性格はあんな感じでも、女子にしては背が高いからな。その横には近江も立っているが、我関せずといった感じで携帯をいじくっていた。ああ、アイツも変わらんな――

「おい周平、女子ばっか見るなって!」
「うひょっ!?」
「そうだそうだ、やらしいぞ嶋田ー!」

 前に立っていた洋一がニヤニヤとした目でこちらを見つめ、周囲もそれを囃し立てている。ち、違うぞ! 断じて幼馴染の赤面した様子を見て心を満たそうとしていたわけじゃない! こ、これは朱里が周囲との交友をきちんと持てているか心配した俺なりの――

「じゃあ周平もスタメンでいこう!」
「は?」
「よっしゃ、これで埋まったなー!」

 気づいたときには、九番のところに「レフト・嶋田」とチョークで書かれてしまっていた。おいおいおいおい。外野にいるのはドッヂボールの時だけでいいんだよ。ベンチで野次でも飛ばそうなどと意気込んでいたつもりがスタメン出場させられるとは思わなかった。

「おーい由美、男子は決まったぞー!」
「うっせえ、こっちは今決めてんだよ!」
「分かった分かった、そんなに怒るなってー!」

 いつも通りに声を張り上げる近江。それに対し、洋一は気にせずはははと鷹揚に笑っていた。……女子の話し合いがまとまるまでの間に、スタメン降格を申し出てみることにするか。

「なあ、洋一!」
「どうした周平?」
「……やっぱりスタメンは無理だよ。変えてくれ」
「はあ~?? ちょっと来い!」
「ちょ、洋一!?」

 俺の申し出に対し、洋一は意味が分からないといった感じの声を出した。そのまま俺は首根っこを掴まれ、教室の隅へこそこそと連れて行かれる。おいおい、何だって言うんだよ。

「な、なんだよ?」
「いいかお前、このタイムスケジュールを見ろ!」
「えっ?」

 そう言われるが早いか、球技大会の予定表を突き付けられた。。そこにはトーナメント表や試合の開始時間が記されており、洋一は女子の試合予定のところを指さしている。

「これを見ろ!」
「これがどうかしたのか?」
「分からねえのかよ! いいか、女子の方が早く試合が終わるんだぞ!」
「はあ」
「そして俺たちが決勝まで残ってみろ! 女子がみんな試合を見に来るってことだぞ!」
「それが何だよ」

 意図が分からないでいると、洋一は額に手を当てて「やれやれ」のポーズを見せた。やれやれはこっちの気持ちだっての。うっかり球技大会でバンザイしている写真でも撮られたら、きっと「在りし日の故人の姿」などと言って葬式に使われてしまうかもしれないのだ。死してなお運動音痴を白日の下に晒されたくない! などと高校二年生にしては変な心配事をしていると、洋一が女子の方をそっと指さした。

「周平、梅宮さんにカッコいいとこ見せてあげなよ!」
「……ええっ?」

 親友の予想外な発言に、俺は戸惑う。洋一はニヤニヤといたずらでもするかのような顔でさらに話を続けた。

「決勝まで残って、お前がカッコよく決勝打を打つ! 梅宮さんも喜ぶだろ?」
「……」

 それが出来れば九番打者に甘んじることなどないのだが。とは思いつつも、心の中で「悪くない」と思っている自分もいた。あと一か月の命。どうせなら張り切っているところを見せて、その姿を目に焼き付けてもらおうじゃないか。葬式にもカッコいい写真を使ってほしいしな。頼むぜ葬儀屋よ。

「分かった。出るよ」
「そうかそうか。いや~、お前は単純でいいなあ!」
「おい」
「嘘嘘、冗談だって! ま、試合の時は頼むぜ~!」
「分かった、分かったってば!」

 俺の背中をバシバシと叩く洋一。それにしても、コイツは本当に不思議な奴だ。俺は他人の色恋沙汰など少しも興味が持てないのだが、洋一はそうではないみたいだな。こんなに俺と朱里の仲を応援してくれていると、なんだか申し訳なくなる。……俺なんて、洋一に自らの余命すら打ち明けられていないのに。

「じゃあ決まりねー!」
「朱里ちゃん頑張ってねー!」

 いつの間にか女子も話し合いを終えたようで、和気あいあいとしたお喋りに移行したようだ。朱里は輪の中心ですっかり小さくなってしまっている。ははは、やっぱりいつも通りだな――

「ん……?」

 ふと目をやった先にいたのは、黒髪を揺らす近江。輪から外れ、悲し気に俺と洋一を見つめるその表情は、とても忘れられるものではなかった――
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