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第11話 余生が始まる
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朱里と共に教室に着くと、席に座っている洋一が誰かと会話を交わしていた。長い黒髪の女子だが、ブラウスのボタンを開けてリボンをだらしなくつけている。スカートも極端に短く、もう秋だというのに季節感を全く感じさせない。あれは……近江由美か。たしかサッカー部の女子マネージャーだったと思うけど、あまり接点はない。ギャルっぽくていつも不機嫌だから、怖いんだよな。
「周平、おはよう!」
「おう」
「梅宮さんも、おはよう!」
「お、おはようございます……!」
洋一が教室に入ってきた俺たちに気づき、声を掛けてきた。朱里は俺の背後に隠れるようにして、洋一に挨拶を返している。一方、近江はギロリと俺たちのことを睨んでいた。だから怖いって! まだ何もしてない!
「あっ、そうだ!」
「どうした?」
「修学旅行の班、全員揃ったな!」
「はっ?」
言葉の意味が分からないでいると、洋一は近江を連れて俺たちの方にやってきた。そういや、修学旅行の班は四人編成だったはず。まさか……?
「俺と由美、そして周平と梅宮さん! この四人で一緒の班だから!」
「えっ? ええ~っ……?」
洋一は近江の肩を持ち、俺たちに向かってそう告げた。近江はそれを鬱陶しそうに払いのけつつ、不機嫌そうに手元の携帯に視線を落とす。
「あ、改めてよろしくお願いしますっ……!」
「あっそ。……よろしく」
俺が困惑しているのをよそに、朱里がペコリと頭を下げると、近江は携帯を見たまま言葉を返していた。おいおい、マジかよ。洋一や朱里と一緒の班なのはいいが、近江とはうまくやっていける自信がない。しかし洋一は気にしてなさそうで、いつも通りニコニコとしている。
「ちょ、ちょっと洋一!」
「どうした?」
「ちょっと来い!」
洋一の制服を引きずり、二人だけで教室を抜け出す。俺はともかく、恥ずかしがり屋の朱里が近江と仲良く出来そうにないなんてのは火を見るよりも明らかだ。廊下を少し進んだあと、慌てて洋一に問い詰める。
「お、近江が一緒ってどういうことだよ!?」
「いやあ、いろいろあって」
「だからって、その……」
「怖いって言いたいのか? 由美が」
「……まあな」
俺の懸念などお見通しみたいだ。洋一は少し苦笑いしながら、近江を班に引き入れた経緯を説明し始めた。
「いやさ、たしかに周平は嫌がるかもって思ったんだよ」
「あ、ああ」
「でもお前はちょっと由美を誤解してる。アイツ、結構人見知りなんだよ」
「えっ?」
洋一は廊下の窓に視線を移した。その横顔は相変わらず男前で、俺ですら惚れそうになってしまう。一瞬ドキリとさせられてしまったが、気を取り直して質問を続ける。
「あの近江が人見知り?」
「アイツ、部活のときは結構面白い奴なんだよ。よく喋るしな」
「それで?」
「だけどさ、クラスにいるとムスっとしちゃうんだ。愛想よくしたらどうだって言ってもあんな感じでさ」
まるで我が子を心配するかのような口調で語る洋一。きっと本心から近江のことを心配しているのだろう。
「だけど、どうして同じ班に?」
「簡単だよ。あんなんだからさ、由美は誰とも班を組めてなかったんだ。放っておけなくてな」
「……そうだったのか」
やっぱり、洋一は他人のことをよく考えている人間だ。単に「怖いから」という理由で近江を嫌がった俺は、思わず恥ずかしくなって洋一から顔を背けてしまう。ただでさえ朱里との件で洋一のことを疑っていたってのに、どこまで馬鹿なんだ俺は。
「ま、仲良くやってくれよ。由美のことで困ったら、俺に相談してくれればいいから」
「そっか。何から何までごめんな」
「全然いいよ。そ~れ~よ~り~??」
急に振り向いたかた思えば、洋一は思い切り俺の肩を掴んできた。思わずよろけてしまいそうになり、なんとかバランスを保つ。洋一はニヤニヤとした顔で俺の頬を拳でぐりぐりと押し、楽し気な声でこんなことを聞いてきた。
「梅宮さんとはどうなったんだよっ?」
「うっ」
痛いところを突かれてしまった。「ちゃんと返事してあげなよ」と言われていたことだし、答えないわけにはいかないだろう。修学旅行まで返事を待ってもらい、そこで朱里のことを振る。それを全て打ち明けるわけにはいかないので、俺は努めて明るい声色を装って返事した。
「ちゃ、ちゃんと伝えたよ!」
「おっ、いよいよカップル誕生か? 羨ましいぞ、このっこのっ」
「いてて、小突くなって! そうじゃねえ、話を聞けよ!」
「えっ、違うのか?」
洋一はきょとんとして俺を掴む手を離した。なんとか自由の身になったので、一度姿勢を立て直す。こほんこほんと咳ばらいをしてから、改めて自分の意思を告げた。
「あのさ、修学旅行のときに返事しようと思うんだ。朱里もそれでいいって言ってくれた」
「へえ……どうしてまた」
「まあ、その……な。いろいろ考えることもあるもんでな」
「そうかそうか。焦らすなんて、お前もなかなかやるな~!」
「だからやめろって!」
再び拳でぐりぐりとされるのを、なんとか押しのけようとする俺。くそう、帰宅部の俺ではこんなサッカーバカのパワーには対抗できねえ! そろそろ授業が始まるってのに――
「アンタらいつまで何やってんのよ!」
「ひゃいっ!?」
急に怖い声が聞こえてきたので、情けない声を漏らしてしまった。教室の方を見やると、そこには腰に手を当ててこちらを睨む近江の姿。
「洋一、授業始まるよ!」
「分かったよ由美、そんなに怒るなって」
「嶋田! アンタも洋一に迷惑かけんな!」
「お、俺は何もしてねえって!」
ぷりぷりと教室に戻る近江と、「はわわ」といった感じの表情でそれを見つめる朱里。俺と洋一は顔を見合わせ、参ったねとばかりに苦笑いを浮かべた。
こうして、俺の「余生」が本格的に始まった。朱里に洋一、そして近江。この三人に見送られ、一か月後にはこの世界から旅立つことになるのだろう。そこに一つの悔いも残さないよう、一所懸命頑張らないと。
「し、しまちゃん大丈夫……?」
「あはは、大丈夫だよ。さ、戻ろう」
心配そうに駆けつけた朱里をそっとなだめて、教室へと歩を進めていく。いつまでも二人で歩いていければよかったけど、それはもう叶わぬ夢なんだ。1%の諦めと、99%の決意。俺の余生は、すべて朱里のために捧げよう。
一か月後に、自らの決意があんな形で実を結ぶことになるとは――まだ知らなかった。
「周平、おはよう!」
「おう」
「梅宮さんも、おはよう!」
「お、おはようございます……!」
洋一が教室に入ってきた俺たちに気づき、声を掛けてきた。朱里は俺の背後に隠れるようにして、洋一に挨拶を返している。一方、近江はギロリと俺たちのことを睨んでいた。だから怖いって! まだ何もしてない!
「あっ、そうだ!」
「どうした?」
「修学旅行の班、全員揃ったな!」
「はっ?」
言葉の意味が分からないでいると、洋一は近江を連れて俺たちの方にやってきた。そういや、修学旅行の班は四人編成だったはず。まさか……?
「俺と由美、そして周平と梅宮さん! この四人で一緒の班だから!」
「えっ? ええ~っ……?」
洋一は近江の肩を持ち、俺たちに向かってそう告げた。近江はそれを鬱陶しそうに払いのけつつ、不機嫌そうに手元の携帯に視線を落とす。
「あ、改めてよろしくお願いしますっ……!」
「あっそ。……よろしく」
俺が困惑しているのをよそに、朱里がペコリと頭を下げると、近江は携帯を見たまま言葉を返していた。おいおい、マジかよ。洋一や朱里と一緒の班なのはいいが、近江とはうまくやっていける自信がない。しかし洋一は気にしてなさそうで、いつも通りニコニコとしている。
「ちょ、ちょっと洋一!」
「どうした?」
「ちょっと来い!」
洋一の制服を引きずり、二人だけで教室を抜け出す。俺はともかく、恥ずかしがり屋の朱里が近江と仲良く出来そうにないなんてのは火を見るよりも明らかだ。廊下を少し進んだあと、慌てて洋一に問い詰める。
「お、近江が一緒ってどういうことだよ!?」
「いやあ、いろいろあって」
「だからって、その……」
「怖いって言いたいのか? 由美が」
「……まあな」
俺の懸念などお見通しみたいだ。洋一は少し苦笑いしながら、近江を班に引き入れた経緯を説明し始めた。
「いやさ、たしかに周平は嫌がるかもって思ったんだよ」
「あ、ああ」
「でもお前はちょっと由美を誤解してる。アイツ、結構人見知りなんだよ」
「えっ?」
洋一は廊下の窓に視線を移した。その横顔は相変わらず男前で、俺ですら惚れそうになってしまう。一瞬ドキリとさせられてしまったが、気を取り直して質問を続ける。
「あの近江が人見知り?」
「アイツ、部活のときは結構面白い奴なんだよ。よく喋るしな」
「それで?」
「だけどさ、クラスにいるとムスっとしちゃうんだ。愛想よくしたらどうだって言ってもあんな感じでさ」
まるで我が子を心配するかのような口調で語る洋一。きっと本心から近江のことを心配しているのだろう。
「だけど、どうして同じ班に?」
「簡単だよ。あんなんだからさ、由美は誰とも班を組めてなかったんだ。放っておけなくてな」
「……そうだったのか」
やっぱり、洋一は他人のことをよく考えている人間だ。単に「怖いから」という理由で近江を嫌がった俺は、思わず恥ずかしくなって洋一から顔を背けてしまう。ただでさえ朱里との件で洋一のことを疑っていたってのに、どこまで馬鹿なんだ俺は。
「ま、仲良くやってくれよ。由美のことで困ったら、俺に相談してくれればいいから」
「そっか。何から何までごめんな」
「全然いいよ。そ~れ~よ~り~??」
急に振り向いたかた思えば、洋一は思い切り俺の肩を掴んできた。思わずよろけてしまいそうになり、なんとかバランスを保つ。洋一はニヤニヤとした顔で俺の頬を拳でぐりぐりと押し、楽し気な声でこんなことを聞いてきた。
「梅宮さんとはどうなったんだよっ?」
「うっ」
痛いところを突かれてしまった。「ちゃんと返事してあげなよ」と言われていたことだし、答えないわけにはいかないだろう。修学旅行まで返事を待ってもらい、そこで朱里のことを振る。それを全て打ち明けるわけにはいかないので、俺は努めて明るい声色を装って返事した。
「ちゃ、ちゃんと伝えたよ!」
「おっ、いよいよカップル誕生か? 羨ましいぞ、このっこのっ」
「いてて、小突くなって! そうじゃねえ、話を聞けよ!」
「えっ、違うのか?」
洋一はきょとんとして俺を掴む手を離した。なんとか自由の身になったので、一度姿勢を立て直す。こほんこほんと咳ばらいをしてから、改めて自分の意思を告げた。
「あのさ、修学旅行のときに返事しようと思うんだ。朱里もそれでいいって言ってくれた」
「へえ……どうしてまた」
「まあ、その……な。いろいろ考えることもあるもんでな」
「そうかそうか。焦らすなんて、お前もなかなかやるな~!」
「だからやめろって!」
再び拳でぐりぐりとされるのを、なんとか押しのけようとする俺。くそう、帰宅部の俺ではこんなサッカーバカのパワーには対抗できねえ! そろそろ授業が始まるってのに――
「アンタらいつまで何やってんのよ!」
「ひゃいっ!?」
急に怖い声が聞こえてきたので、情けない声を漏らしてしまった。教室の方を見やると、そこには腰に手を当ててこちらを睨む近江の姿。
「洋一、授業始まるよ!」
「分かったよ由美、そんなに怒るなって」
「嶋田! アンタも洋一に迷惑かけんな!」
「お、俺は何もしてねえって!」
ぷりぷりと教室に戻る近江と、「はわわ」といった感じの表情でそれを見つめる朱里。俺と洋一は顔を見合わせ、参ったねとばかりに苦笑いを浮かべた。
こうして、俺の「余生」が本格的に始まった。朱里に洋一、そして近江。この三人に見送られ、一か月後にはこの世界から旅立つことになるのだろう。そこに一つの悔いも残さないよう、一所懸命頑張らないと。
「し、しまちゃん大丈夫……?」
「あはは、大丈夫だよ。さ、戻ろう」
心配そうに駆けつけた朱里をそっとなだめて、教室へと歩を進めていく。いつまでも二人で歩いていければよかったけど、それはもう叶わぬ夢なんだ。1%の諦めと、99%の決意。俺の余生は、すべて朱里のために捧げよう。
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