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第8話 親友が見舞いにやってくる
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「周平ー、今日も具合悪いのー?」
「あー、うん」
「じゃあ休むのねー? お母さん高校に電話しちゃうわよー?」
「はーい……」
階下にいる母親に向かって、弱弱しい声色を装って返事する。こうして今日もまた学校をサボることになった。あの告白があったのが水曜日の放課後で、今日は金曜日。つまり二日連続で欠席ということになる。Xデーまで学校に通うと決めたはずが、計画は早くも崩壊してしまった。
ふとベッドから起き上がり、窓の外に視線をやる。するとちょうど隣の家から朱里が出てくるところだった。足取りは重そうで、いくらか元気がなさそうに見えるのは気のせいではないだろう。……俺のせいだ。
ああ、死にたい。死ぬことは分かってるんだが死んでしまいたい。朱里は洋一と付き合ってなんかいなかった。それどころか、俺に告白するためにいろいろと洋一に相談していただけだって言うじゃないか。これじゃあ勘違いしていた俺が馬鹿みたいだ。いや、馬鹿だな俺は。
この一週間強の苦悩は何だったんだよ。恥ずかしいし情けないし悲しいし悔しいし訳が分からない。でも一番申し訳なく思うことは――親友と幼馴染、この両方を勝手に疑ってしまったことだ。もうとてもじゃないが顔向けできない。このまま一か月間、二人に会わないままで死にたいとまで思っている。
昔から学校をずる休みすることなんてほとんどなかった。それどころか、鼻水垂らして登校しようとするのを親に止められたことすらあった。その理由は簡単。学校に行けば、大好きな朱里に会うことが出来たからだ。しかし朱里からの告白を受けた今になって、アイツと「会わないために」学校をサボっているのだから、なんとも皮肉なものだ。
一昨日、二人はずっと家の前で俺のことを待っていたのだという。どこで告白しようか話し合ったらしいのだが、学校では誰かに見られそうで恥ずかしいということで、職員会議の日を狙ったそうだ。帰宅部の俺が帰る前に先回りして、そこで愛を打ち明けるつもりだったらしい。
あの告白を口にするのに、恥ずかしがり屋の朱里がどんなに勇気を振り絞ったことか。アイツとずっと一緒にいた俺が一番よく分かっている。それなのに、何も考えられなかった俺は「ごめん、少し待ってくれ」としか言えなかった。返事を聞いた瞬間に見せた、朱里の悲し気な表情。アイツの心を深く傷つけてしまったことを嫌というほど実感した。
「はあー……」
深くため息をつく。朱里の告白に「付き合おう」と返事をするだけなら簡単だ。今までずっと好きだったんだし、そうしたい気持ちはもちろんある。しかし、しかしだ。あと一か月で死んでしまうと分かっていながら、それを隠して朱里と付き合うなんて出来るわけがない。朱里との関係を深めていくほど、アイツが味わうことになる悲しみは加速度的に大きくなっていくのだ。そんな残酷な運命を背負わせるなんて、とてもじゃないが無理だ。
こうして、俺は告白の返事を考えるためだけに二日間を浪費してしまっていた。あと一か月しかないのだから、本当は少しでも有意義に時間を過ごした方が良いはずなのに。特別に楽しい余生を送りたかったとまでは言わないが、せめて学校に行ってみんなと過ごすくらいはしたかったのになあ。
「……」
再びベッドに横になる。ここ二日間、考え込むあまり寝付けなかったからな。少し眠くなってきた。このまま眠るようにして死ぬことが出来れば、どんなに気楽なことか。
いや、それも違うな。告白の返事をしないまま朱里とお別れするわけにもいかないだろう。せめて何かしらの返事をしてからでないと天国(地獄かも)には行けないな。
ああでもないこうでもないと考えを巡らせているうちに、本格的に眠くなってきた。もう寝てしまおう。そしてすっきりした頭で改めて考えようじゃないか……。
***
「……、周平ー?」
「……ん?」
「お客さんが来てるわよー!」
階下から母親が呼ぶ声がして、目を覚ます。時計を見ると既に夕方になっていた。こんなに長い時間寝てしまうなんて、よっぽど疲れていたんだな。ところで「お客さん」って何だろう。
首をかしげていると、部屋の外からトントンと階段を上がる音が聞こえてきた。この足音、母さんではない。身体が大きい人間みたいだ。俺の見舞いに来るような奴で、足音が大きい人間といったら――
「周平、入るぞー?」
一人しかいないだろう。止める間もなく扉を開け、部屋に入ってきたのは菊池洋一。まさしく、俺の親友であった。
「なーんだ、意外と大丈夫そうだな」
洋一はニッと笑って、どっかりと床に腰を下ろす。それに対して、どんな顔をすればいいのか分からず、俺はただ無言で身体を起こすことしか出来なかった。少し逡巡したあと、辛うじて口を開こうと試みる。
「あのさ、その――」
「あっ、ちょっと待って」
「へっ?」
しかし洋一はそれを遮り、ごそごそと俺の部屋を漁り始めた。意図が分からず困惑していると、洋一はすっかり色あせたコントローラーを二つ掘り出してきて、そのうちの一つを俺に放り投げる。
「ちょっ、おい」
「周平」
「な、なんだよ」
「久々にゲームしようぜ!」
俺の罪悪感を塗りつぶしてしまいそうな洋一の笑顔に、ただただ気圧されるばかりであった――
「あー、うん」
「じゃあ休むのねー? お母さん高校に電話しちゃうわよー?」
「はーい……」
階下にいる母親に向かって、弱弱しい声色を装って返事する。こうして今日もまた学校をサボることになった。あの告白があったのが水曜日の放課後で、今日は金曜日。つまり二日連続で欠席ということになる。Xデーまで学校に通うと決めたはずが、計画は早くも崩壊してしまった。
ふとベッドから起き上がり、窓の外に視線をやる。するとちょうど隣の家から朱里が出てくるところだった。足取りは重そうで、いくらか元気がなさそうに見えるのは気のせいではないだろう。……俺のせいだ。
ああ、死にたい。死ぬことは分かってるんだが死んでしまいたい。朱里は洋一と付き合ってなんかいなかった。それどころか、俺に告白するためにいろいろと洋一に相談していただけだって言うじゃないか。これじゃあ勘違いしていた俺が馬鹿みたいだ。いや、馬鹿だな俺は。
この一週間強の苦悩は何だったんだよ。恥ずかしいし情けないし悲しいし悔しいし訳が分からない。でも一番申し訳なく思うことは――親友と幼馴染、この両方を勝手に疑ってしまったことだ。もうとてもじゃないが顔向けできない。このまま一か月間、二人に会わないままで死にたいとまで思っている。
昔から学校をずる休みすることなんてほとんどなかった。それどころか、鼻水垂らして登校しようとするのを親に止められたことすらあった。その理由は簡単。学校に行けば、大好きな朱里に会うことが出来たからだ。しかし朱里からの告白を受けた今になって、アイツと「会わないために」学校をサボっているのだから、なんとも皮肉なものだ。
一昨日、二人はずっと家の前で俺のことを待っていたのだという。どこで告白しようか話し合ったらしいのだが、学校では誰かに見られそうで恥ずかしいということで、職員会議の日を狙ったそうだ。帰宅部の俺が帰る前に先回りして、そこで愛を打ち明けるつもりだったらしい。
あの告白を口にするのに、恥ずかしがり屋の朱里がどんなに勇気を振り絞ったことか。アイツとずっと一緒にいた俺が一番よく分かっている。それなのに、何も考えられなかった俺は「ごめん、少し待ってくれ」としか言えなかった。返事を聞いた瞬間に見せた、朱里の悲し気な表情。アイツの心を深く傷つけてしまったことを嫌というほど実感した。
「はあー……」
深くため息をつく。朱里の告白に「付き合おう」と返事をするだけなら簡単だ。今までずっと好きだったんだし、そうしたい気持ちはもちろんある。しかし、しかしだ。あと一か月で死んでしまうと分かっていながら、それを隠して朱里と付き合うなんて出来るわけがない。朱里との関係を深めていくほど、アイツが味わうことになる悲しみは加速度的に大きくなっていくのだ。そんな残酷な運命を背負わせるなんて、とてもじゃないが無理だ。
こうして、俺は告白の返事を考えるためだけに二日間を浪費してしまっていた。あと一か月しかないのだから、本当は少しでも有意義に時間を過ごした方が良いはずなのに。特別に楽しい余生を送りたかったとまでは言わないが、せめて学校に行ってみんなと過ごすくらいはしたかったのになあ。
「……」
再びベッドに横になる。ここ二日間、考え込むあまり寝付けなかったからな。少し眠くなってきた。このまま眠るようにして死ぬことが出来れば、どんなに気楽なことか。
いや、それも違うな。告白の返事をしないまま朱里とお別れするわけにもいかないだろう。せめて何かしらの返事をしてからでないと天国(地獄かも)には行けないな。
ああでもないこうでもないと考えを巡らせているうちに、本格的に眠くなってきた。もう寝てしまおう。そしてすっきりした頭で改めて考えようじゃないか……。
***
「……、周平ー?」
「……ん?」
「お客さんが来てるわよー!」
階下から母親が呼ぶ声がして、目を覚ます。時計を見ると既に夕方になっていた。こんなに長い時間寝てしまうなんて、よっぽど疲れていたんだな。ところで「お客さん」って何だろう。
首をかしげていると、部屋の外からトントンと階段を上がる音が聞こえてきた。この足音、母さんではない。身体が大きい人間みたいだ。俺の見舞いに来るような奴で、足音が大きい人間といったら――
「周平、入るぞー?」
一人しかいないだろう。止める間もなく扉を開け、部屋に入ってきたのは菊池洋一。まさしく、俺の親友であった。
「なーんだ、意外と大丈夫そうだな」
洋一はニッと笑って、どっかりと床に腰を下ろす。それに対して、どんな顔をすればいいのか分からず、俺はただ無言で身体を起こすことしか出来なかった。少し逡巡したあと、辛うじて口を開こうと試みる。
「あのさ、その――」
「あっ、ちょっと待って」
「へっ?」
しかし洋一はそれを遮り、ごそごそと俺の部屋を漁り始めた。意図が分からず困惑していると、洋一はすっかり色あせたコントローラーを二つ掘り出してきて、そのうちの一つを俺に放り投げる。
「ちょっ、おい」
「周平」
「な、なんだよ」
「久々にゲームしようぜ!」
俺の罪悪感を塗りつぶしてしまいそうな洋一の笑顔に、ただただ気圧されるばかりであった――
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