エタるのにも、ワケがある

古野ジョン

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エタるのにも、ワケがある

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 エタったはずのweb小説が、最近また投稿されるようになった。中学生の頃に読んでいたものだから、実に十年ぶりの更新だ。web小説にしては珍しいスポ根もので、主人公たちが甲子園優勝を目指して戦う熱血野球小説だ。

 十年前は大人気小説だったから、ときどきランキングにも載っていた。思わず甲子園の景色が目に浮かぶような臨場感たっぷりの情景描写に、白熱の試合展開。プロ作家が書いてるんじゃないかと噂されるほど素晴らしい作品だった。

 けどある日、甲子園準決勝の途中でぱたりと更新が止まってしまった。少し休んでいるだけだろうと思っていたけれど、それから全く音沙汰なしだった。ランキングに載ることもなくなり、web小説の界隈で話題に上がることも少なくなった。

 そんなわけで、俺もすっかりその小説のことは忘れていた。最初は更新されないのがもどかしかったけど、段々と気にしないようになった。そもそも年齢を重ねるにつれて忙しくなり、web小説自体を読むことがなくなった。

 ただ最近社会人になって、通勤時間を持て余すようになった。何か娯楽を見つけようと思い、再びweb小説を読むようになった。それから数か月が経った頃、件の小説が更新されるようになったというわけだ。

 更新されたのを見て最初は驚いた。もちろん懐かしい気持ちもあったが、「エタった」もんだとばかり思っていたから、死人が生き返ったような不思議な感覚だった。けど、もう一度あれが読めるんだと思うと嬉しくてたまらなかった。

 肝心の小説の中身はどうかというと、昔と変わらずとても面白い。相変わらずの筆力で、思わず唸ってしまう。十年も更新間隔が開いたのが惜しくてたまらない。

 だが最近、読んでて違和感を覚えるようになった。日本語がギクシャクしているというか、不自然な箇所がいくつか見られるようになった。面白い分には面白いのだけど、ところどころ引っ掛かる。他の読者に意見を聞いてみたかったが、十年ぶりに更新された小説の読者なんてそうそう見つからなかった。まあ、人気だったのは昔の話だしな。

 ある日、そば屋で昼飯を食べながらテレビを眺めていた。すると、「ベンチャー企業の生成AIが話題」というタイトルのニュースが流れてきた。ああ、最近流行のアレか。そんなことを思いながら蕎麦を啜っていたが、ふと、思いついた。もしかして、あの小説もAIが書いたんじゃないか?

 いやいやまさか。それこそありきたりなSF小説じゃないか。しかし、そうだとすると近頃の違和感に説明がつく。AIの書く文章にはまだまだ欠点も多いと聞くし、不自然な文章になるのも納得できる。十年前はAIなんて言葉が実世界で聞かれることは少なかったけど、最近じゃ珍しくもなんともない。あり得なくもないかもな。

 そんなことを考えてはいたが、確認する術があるわけでもないから、どうすることも出来なかった。そうこうしているうちに、主人公たちは甲子園決勝まで進んで優勝してしまった。そして主人公はドラフトで指名され、次のステージへ……というところで、小説は完結となった。

 エタったと思っていた小説が無事にラストを迎えたのは嬉しいが、どうしても気になる。仮にAIが書いているとして、どう確かめれば。流石にAIが自ら投稿サイトにログインして書いているわけではないだろう。実際には誰かがAIで文章を生成して、それをコピペして投稿しているはず。つまり「AIの飼い主」がいるはずで、そいつに会って直接確認すればいいわけだ。

 もしAIが使われているなら、「AIの飼い主」は、十年前に書いていた作者と同一人物なのか。もし同一人物なら、AIを使ってまで更新を再開したのはなぜか。聞きたいことは山ほどある。ここは素直に行くか。そう思い、最終話のコメント欄に書き込んだ。

3:完結おめでとうございます!十年前から追いかけてました!良ければ一度お会いしませんか?

かつては人気作だったのに、コメントが三つだけとは寂しいなあ。そう思いながら返信を待っていると、意外とすぐに連絡が来た。俺が昔にコメントしたのを覚えていてくれたらしい。

 待ち合わせの当日、俺は複雑な感情だった。仮にAIを使っていたとしたら騙されたような感じがするし、使っていなかったとしたら疑ってしまって申し訳ない。けど、十年越しに更新された小説なんだ。はっきりとさせておきたい。そう思いながら、喫茶店で待ち続けた。

 やがてやってきたのは、三十代くらいの男だった。眼鏡をかけていて、どこにでもいるサラリーマンという感じだった。その男は「待たせてすいません。会社が忙しいもので」と言うと、向かいの席に腰掛けた。

 とりあえず本題は伏せて、作品について話すことにした。疑っておいてなんだが、やはりお気に入りの作品であることには間違いない。特に、物語ラストの甲子園決勝は熱い戦いだった。もちろんその部分はAIが書いたのかもしれないが、伝えないわけにはいかなかった。俺が作品の中のお気に入りポイントを語ると、男は嬉しそうに聞いてくれた。

 一通り話が終わったところで、本題に入った。
「単刀直入に伺います。この小説、AIが書きましたよね?」
その一言を聞くと、男はコーヒーを飲む手を止めた。そしてカップを置き、静かに答えた。
「……そうです。私はAIを使って小説を書いていました」
そうなのか。疑問が解けてすっきりしたような、がっかりしたような。相反する感情が俺の心を支配していた。

 しばらく沈黙が続いた。そうだ、聞きたいことはいろいろあったんだった。そう思い返し、俺は再び口を開いた。
「十年前の作者と最近の作者、どちらもあなたですか?」
「そうですね。もっとも、片方の時期は私がAIを使って書いていたのですが」
やはり、最近はAIを使って書いていたのか。

 俺はさらに質問を続けた。
「なぜAIを使ったんです?」
「大学のとき、AIの研究をしていました。性能を試すために、小説を書かせてみたんです」
あれ、おかしいな。見た目的に三十代だと思ったのに。もしかして大学を出たばかりなのだろうか。
「そうだったんですか。しかしなぜ、十年ぶりに更新をしようと思ったんですか?」
「最近、会社の事業が軌道に乗りましてね。それで、途中で放り出していたこの作品を思い出して、続きを書こうと思ったんです」
ん?なんだか話がつながっていない。会社が好調だからってなぜこの作品を思い出すんだ?

 頭を悩ませていると、男が口を開いた。
「すいません、そろそろ会社に戻らないといけないんです」
男は立ち上がり、伝票を手に取った。
「ここは私に払わせてください。今日は楽しかったです」
そう言うと、すたすたと会計の方へ向かって行った。
「あ、ちょっと待ってくださいよ」
俺は男を追いかけた。

 男は会計を終え、既に店を出ていた。俺も慌てて店の外に出る。すると、男はまさに迎えの車に乗り込むところだった。お迎えが来るなんて、結構エラいんだな。まだ聞きたいことはたくさんあるけど、せめてこれだけは。
「十年前、どうしてエタったんですか!」
俺は大声でそう尋ねた。すると男はにこやかに、
「十分に性能を試したからです。人気小説だったなんて、今日初めて知りましたよ」と答えた。
え??何が言いたいのか全く分からない。それってどういう――と聞きかけたところで、男は車に乗りこんだ。

 どうしたもんかと思っていると、男が車の窓を開けた。
「それと、私の『オリジナル』の部分を褒めていただいてありがとうございました。不慣れで読みにくい点があったことを、お詫びしますね」
「え?」
まさか、AIで書いていたのは――と言いかけたが、男が遮って「出してくれ」と運転手に伝えた。「承知しました、社長」という返事とともに、車はゆっくりと走り出した。

 俺は立ち尽くすしかなく、ただそれを眺めていた。しかし、男は窓から顔を出し、最後に一言付け加えた。

「甲子園決勝、面白かったでしょう?」と。
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