【短編集】喫茶「凡人」

古野ジョン

文字の大きさ
上 下
3 / 9

第三話 ホットミルク

しおりを挟む
 ある日、開店と同時に若い女性客が入ってきた。帽子を深く被り、サングラスをかけている。何だか、ワケありみたいだな。その女はテーブル席に腰掛けた。

「いらっしゃいませ。ご注文はいかがなさいますか?」

「あの、ホットミルクってできます?」

「ええ、可能です」

「じゃあ、それで」

「かしこまりました」

 俺は冷蔵庫から牛乳を取り出し、温め始めた。ホットミルクを頼む客なんて、珍しいな。コーヒーが飲めない客でも、たいていオレンジジュースか何かを頼むものだが。

「お待たせしました。ホットミルクです」

「ありがとうございます。助かるわ、コーヒーは飲まないようにしてるから」

「そうでしたか。オレンジジュースなどもご用意しておりますよ」

「ああ、身体が冷えちゃうんですよ」

「そうでしたか」

 健康に気を使っているみたいだな。サングラスで変装しているあたり、モデルか何かだろうな。

 その後、俺はランチタイムに向けて仕込みをしていた。女の方を見ると、店に置いてある新聞を読んでいた。新聞を読むなんて最近の若者にしては珍しいな。店で購読してるから俺も暇つぶしに読みはするけど、前まではそんな習慣なかったからな。

 しばらくすると、女に声を掛けられた。

「すいません、電話をお借りしても?」

「構いませんよ」

 いまどき、携帯を持っていないのだろうか。珍しいな。女は仕事先に電話していたようで、待ち合わせの時間等を確認していた。

「貸していただき、ありがとうございました」

「いえ、どういたしまして。携帯電話をお持ちでないんですか?」

「ああ、トラブルの種ですから。この仕事を始めたときに解約しちゃったんですよ」

 なんだか達観しているな。というか、プロ意識が高いと言うべきだろうか。健康に気を使ったり、新聞で知識を仕入れたり。なかなか真似できないな。

 しばらくしたあと、女は荷物をまとめ始めた。

「お会計ですか?」

「ええ、お願いします」

 女から千円札を受け取り、おつりを返した。

「ありがとうございました。お仕事、どうぞ行ってらっしゃいませ」

「あら、ありがとうございます。行ってきますわ」

 女はにこやかに返事をし、出口の方へ歩き出そうとした。と、そのとき、二人組の男性客が店に入ってきた。

 いらっしゃいませー、と言う間もなく、二人組の片方が女を見て大きな声を出した。

「え!もしかして、みみたんですか?」

 誰?と思っていると、女はいつの間にかサングラスを外していた。そして、とびっきりの笑顔で――

 「はーーい!! おバカアイドル、みみたんどぇーす!!」

 と言った。

 やっぱり、プロ意識は高いようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【フリー台本】一人向け(ヤンデレもあるよ)

しゃどやま
恋愛
一人で読み上げることを想定した台本集です。五分以下のものが大半になっております。シチュエーションボイス/シチュボとして、声劇や朗読にお使いください。 別名義しゃってんで投稿していた声劇アプリ(ボイコネ!)が終了したので、お気に入りの台本や未発表台本を投稿させていただきます。どこかに「作・しゃどやま」と記載の上、個人・商用、収益化、ご自由にお使いください。朗読、声劇、動画などにご利用して頂いた場合は感想などからURLを教えていただければ嬉しいのでこっそり見に行きます。※転載(本文をコピーして貼ること)はご遠慮ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

処理中です...