1 / 9
第一話 電話
しおりを挟む
ある日の午後、一人の男性客がやってきた。随分と眠そうな顔をしていて、よろよろと倒れ込むようにカウンター席に座った。大丈夫かな、この人。そんなことを思いながら、注文を取った。
「いらっしゃいませ。ご注文はいかがなさいますか?」
「コーヒーね。おや、マスター随分若返ったんじゃない?」
「甥でして。今年一年、店を任されています」
「へえ、なるほどね」
そんなことを話していたが、間もなくその男は突っ伏して寝てしまった。
起こさないように静かにコーヒーを準備する。この人、どういう人なんだろう。ラフな服装だし、サラリーマンではなさそうだ。このあたり、古くからの住宅街だからなあ。大地主で不労所得があるとか、株のデイトレーダーとか、そんなところかもしれないな。
コーヒーをカップに注ぎ、カウンターに出した。
「お待たせしました。コーヒーです」
男はその声を聞いて、目を覚ました。
「いかんいかん、寝てしまったな。ありがとう」
そう言うと、男はカップを手に取った。味わうようにゆっくりと飲み、ふうと息をついた。
疲れているようだし、邪魔しちゃ悪いかな。そう思って黙っていたが、向こうから話しかけてきた。
「君、今いくつなんだい?」
「今年で二十一です」
「ほお!若いねえ」
そう言うと、男はメモ帳を取り出した。ペンを取り、何かをすらすらと書いている。よく見ると、男の手には何個もタコが出来ていた。
「あの、何を書かれているんですか?」
「なあに、仕事柄こうしてるだけさ。それで、何で喫茶店なんかやってるのさ」
俺は、大学でいろいろあって叔父の喫茶店を引き受けた経緯を話した。男は真剣にペンを走らせていた。
一通り話し終わると、男は笑顔になった。さっきまで寝ていたとは思えん。
「いやあ、ありがとう。仕事の参考になりそうだ」
「それなら良かったです。でも、何をそんなに必死に書かれていたんですか……?」
そう聞くと、男はぴりっと音を立てて一番上のページを破り取った。
「これが私なりのメモの取り方でね」
そこに描かれていたのは、俺そっくりの似顔絵だった。
この絵柄、もしかしてあの―― と思ったところで、店の電話が鳴った。俺は受話器を手に取り、応答する。
「もしもし、喫茶『凡人』です」
「すいません。うちの先生、そちらにいませんか?」
ああ、分かったぞ。ここは気を利かせてあげるか。
「いえ、来てませんが」
ふと、男の方を見た。メモ帳にペンを走らせたかと思えば、そのページを見せてきた。
そこに描かれていたのは、受話器を武器に編集者を追い払う俺の絵だった。
「いらっしゃいませ。ご注文はいかがなさいますか?」
「コーヒーね。おや、マスター随分若返ったんじゃない?」
「甥でして。今年一年、店を任されています」
「へえ、なるほどね」
そんなことを話していたが、間もなくその男は突っ伏して寝てしまった。
起こさないように静かにコーヒーを準備する。この人、どういう人なんだろう。ラフな服装だし、サラリーマンではなさそうだ。このあたり、古くからの住宅街だからなあ。大地主で不労所得があるとか、株のデイトレーダーとか、そんなところかもしれないな。
コーヒーをカップに注ぎ、カウンターに出した。
「お待たせしました。コーヒーです」
男はその声を聞いて、目を覚ました。
「いかんいかん、寝てしまったな。ありがとう」
そう言うと、男はカップを手に取った。味わうようにゆっくりと飲み、ふうと息をついた。
疲れているようだし、邪魔しちゃ悪いかな。そう思って黙っていたが、向こうから話しかけてきた。
「君、今いくつなんだい?」
「今年で二十一です」
「ほお!若いねえ」
そう言うと、男はメモ帳を取り出した。ペンを取り、何かをすらすらと書いている。よく見ると、男の手には何個もタコが出来ていた。
「あの、何を書かれているんですか?」
「なあに、仕事柄こうしてるだけさ。それで、何で喫茶店なんかやってるのさ」
俺は、大学でいろいろあって叔父の喫茶店を引き受けた経緯を話した。男は真剣にペンを走らせていた。
一通り話し終わると、男は笑顔になった。さっきまで寝ていたとは思えん。
「いやあ、ありがとう。仕事の参考になりそうだ」
「それなら良かったです。でも、何をそんなに必死に書かれていたんですか……?」
そう聞くと、男はぴりっと音を立てて一番上のページを破り取った。
「これが私なりのメモの取り方でね」
そこに描かれていたのは、俺そっくりの似顔絵だった。
この絵柄、もしかしてあの―― と思ったところで、店の電話が鳴った。俺は受話器を手に取り、応答する。
「もしもし、喫茶『凡人』です」
「すいません。うちの先生、そちらにいませんか?」
ああ、分かったぞ。ここは気を利かせてあげるか。
「いえ、来てませんが」
ふと、男の方を見た。メモ帳にペンを走らせたかと思えば、そのページを見せてきた。
そこに描かれていたのは、受話器を武器に編集者を追い払う俺の絵だった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる