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第一話 電話
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ある日の午後、一人の男性客がやってきた。随分と眠そうな顔をしていて、よろよろと倒れ込むようにカウンター席に座った。大丈夫かな、この人。そんなことを思いながら、注文を取った。
「いらっしゃいませ。ご注文はいかがなさいますか?」
「コーヒーね。おや、マスター随分若返ったんじゃない?」
「甥でして。今年一年、店を任されています」
「へえ、なるほどね」
そんなことを話していたが、間もなくその男は突っ伏して寝てしまった。
起こさないように静かにコーヒーを準備する。この人、どういう人なんだろう。ラフな服装だし、サラリーマンではなさそうだ。このあたり、古くからの住宅街だからなあ。大地主で不労所得があるとか、株のデイトレーダーとか、そんなところかもしれないな。
コーヒーをカップに注ぎ、カウンターに出した。
「お待たせしました。コーヒーです」
男はその声を聞いて、目を覚ました。
「いかんいかん、寝てしまったな。ありがとう」
そう言うと、男はカップを手に取った。味わうようにゆっくりと飲み、ふうと息をついた。
疲れているようだし、邪魔しちゃ悪いかな。そう思って黙っていたが、向こうから話しかけてきた。
「君、今いくつなんだい?」
「今年で二十一です」
「ほお!若いねえ」
そう言うと、男はメモ帳を取り出した。ペンを取り、何かをすらすらと書いている。よく見ると、男の手には何個もタコが出来ていた。
「あの、何を書かれているんですか?」
「なあに、仕事柄こうしてるだけさ。それで、何で喫茶店なんかやってるのさ」
俺は、大学でいろいろあって叔父の喫茶店を引き受けた経緯を話した。男は真剣にペンを走らせていた。
一通り話し終わると、男は笑顔になった。さっきまで寝ていたとは思えん。
「いやあ、ありがとう。仕事の参考になりそうだ」
「それなら良かったです。でも、何をそんなに必死に書かれていたんですか……?」
そう聞くと、男はぴりっと音を立てて一番上のページを破り取った。
「これが私なりのメモの取り方でね」
そこに描かれていたのは、俺そっくりの似顔絵だった。
この絵柄、もしかしてあの―― と思ったところで、店の電話が鳴った。俺は受話器を手に取り、応答する。
「もしもし、喫茶『凡人』です」
「すいません。うちの先生、そちらにいませんか?」
ああ、分かったぞ。ここは気を利かせてあげるか。
「いえ、来てませんが」
ふと、男の方を見た。メモ帳にペンを走らせたかと思えば、そのページを見せてきた。
そこに描かれていたのは、受話器を武器に編集者を追い払う俺の絵だった。
「いらっしゃいませ。ご注文はいかがなさいますか?」
「コーヒーね。おや、マスター随分若返ったんじゃない?」
「甥でして。今年一年、店を任されています」
「へえ、なるほどね」
そんなことを話していたが、間もなくその男は突っ伏して寝てしまった。
起こさないように静かにコーヒーを準備する。この人、どういう人なんだろう。ラフな服装だし、サラリーマンではなさそうだ。このあたり、古くからの住宅街だからなあ。大地主で不労所得があるとか、株のデイトレーダーとか、そんなところかもしれないな。
コーヒーをカップに注ぎ、カウンターに出した。
「お待たせしました。コーヒーです」
男はその声を聞いて、目を覚ました。
「いかんいかん、寝てしまったな。ありがとう」
そう言うと、男はカップを手に取った。味わうようにゆっくりと飲み、ふうと息をついた。
疲れているようだし、邪魔しちゃ悪いかな。そう思って黙っていたが、向こうから話しかけてきた。
「君、今いくつなんだい?」
「今年で二十一です」
「ほお!若いねえ」
そう言うと、男はメモ帳を取り出した。ペンを取り、何かをすらすらと書いている。よく見ると、男の手には何個もタコが出来ていた。
「あの、何を書かれているんですか?」
「なあに、仕事柄こうしてるだけさ。それで、何で喫茶店なんかやってるのさ」
俺は、大学でいろいろあって叔父の喫茶店を引き受けた経緯を話した。男は真剣にペンを走らせていた。
一通り話し終わると、男は笑顔になった。さっきまで寝ていたとは思えん。
「いやあ、ありがとう。仕事の参考になりそうだ」
「それなら良かったです。でも、何をそんなに必死に書かれていたんですか……?」
そう聞くと、男はぴりっと音を立てて一番上のページを破り取った。
「これが私なりのメモの取り方でね」
そこに描かれていたのは、俺そっくりの似顔絵だった。
この絵柄、もしかしてあの―― と思ったところで、店の電話が鳴った。俺は受話器を手に取り、応答する。
「もしもし、喫茶『凡人』です」
「すいません。うちの先生、そちらにいませんか?」
ああ、分かったぞ。ここは気を利かせてあげるか。
「いえ、来てませんが」
ふと、男の方を見た。メモ帳にペンを走らせたかと思えば、そのページを見せてきた。
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