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第13話 入学試験

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「校長、相談があるのですが」
「ほう。貴様がか」

 翌日、俺は朝から校長室を訪れていた。その目的はもちろん、ベルの入学を許可してもらうためだ。流石にあんな形で首まで差し出されてしまっては、ベルの願いを頭ごなしに断るのも難しいというものだ。クラーラは机に向かったまま、俺の話に耳を傾けている。

「端的に言いますと、特別に入学させたい人間がいるのです。許可をいただけませんか」
「既に入試期間は終わっているぞ。来年まで待ってもらえ」
「いえ、今すぐでないと困ります。どうかお願いできませんか」
「随分と食い下がるな。しかし駄目だ」
「……そうでありますか」
「それより、貴様に伝えたいことがあるのだ」

 書類に目を落としていたクラーラが顔を上げ、こちらの目を見てきた。一昨日も呼びされてお小言を言われたばかりだってのに、今度は何だと言うのだろう。

「軍の上層部が正式に貴様を召喚しようとしている」
「どういうことでありますか?」
「この間の件だ。貴様がどうやって復活したのか、事情を聴取したいらしい」
「……なるほど」
「昨日の空襲もあって、上層部の間では戦争再開が現実味を帯びているようだ。もし貴様を戦力として計算出来るなら……ということらしいが」
「承知しました。しかし、あの時自分が飛べたのは」
「たまたま、と言いたいのだろう? 上はそんな理由で納得しないぞ」

 流石に誤魔化すのも限界か。しかしまだベルの存在を上層部に知られるわけにはいかない。そんなことになれば王国との交渉のダシになるのは間違いないし、一体どんな目に遭わされることやら。……クラーラは口が堅いし、コイツにだけは大人しく事情を説明するとしよう。

「校長。自分が空を飛べた理由、お教えいたします」
「おお、その気になったか」
「ただし――その代わり、例の生徒の入学を許可していただきたいのです」
「……何を言っている? それとこれとは話が別だろう」
「いえ、同じ話なのです」
「どういうことだ?」
「……直接ご覧になれば、お分かりいただけますよ」

***

 その日の夜。俺は学校の魔法演習場にベルを連れて行き、クラーラが来るのを待っていた。射撃の的や塹壕に似せた構造物が多く配置されており、さながら戦場のようだ。

「その、今からいらっしゃるのは……?」
「校長のクラーラだ。いいか、こっちの言葉で話すんだぞ」
「それは分かっておりますが……」

 出会ってまだ数日しか経っていないが、ベルはもうエルデ語――エルデ帝国の公用語である――を習得してしまったようだ。王女というものの才能は恐ろしいな。暇な日中はずっと本を読んでいたようだし、それも当然かもしれんが。

「待たせたな」
「こんな夜遅くに申し訳ございません」

 松明を持ったクラーラが現れ、こちらに声を掛けてきた。こんな夜だというのに、キッチリとした軍服姿。こういう几帳面なところはコイツらしいな。松明の明かりに照らされて、ベルの顔がほんのりと浮かび上がる。

「それで……その娘か」
「はい。今回入学を許可していただきたいのはこの少女です」
「初めまして、ベルと申します」
「ふーむ……そうか」

 ベルの顔を一瞥すると、クラーラは俺の顔を見た。まだ王女だとは気づいていないようだな。そもそもわが国では向こうの王女たちの情報はあまり知られていないし、クラーラが気づかないのも無理はない。

「言っておくが、これは特別な計らいだ。並の魔術師では入学させるわけにはいかんぞ」
「存じております。ベル、用意しろ」
「は、はいっ!」

 そもそも「レムシャイト女子魔術学校」に入学するのは簡単ではない。筆記試験の点数はもちろん、魔力量も基準に満たないと合格することが出来ないのだ。そこで実際にベルが魔法を使っているのを見せて、クラーラに入学許可を貰おうという魂胆なわけだ。

「今からいくつかの魔法を実演させます。それをご覧になって判断いただければ」
「もちろんだ。さっさと始めてくれ」
「承知しました。……ベル、まずは火力魔法から」
「はいっ!」

 ベルは魔力の充填を始めた。帝国軍の学校に入る以上、帝国式の魔法を使えなければ話にならない。王国式に慣れたベルには簡単ではないはずだが――流石というべきか、ベルはエルデ語と同様に帝国式魔法もあっさり習得してしまったのだ。

「よし、撃てっ!」
「はい!」

 ベルが右手を突き出すと、赤色の光線が遠く離れた的に向かって進んでいった。爆炎が上がった後、遅れてドンという音が聞こえてくる。

「いかがですか、校長?」
「……ふむ。並の新入生よりは実力がありそうだ」
「ありがとうございます。ベル、次は風魔法だ」
「はいっ……!」

 言うが早いか、瞬く間にベルは魔法を繰り出した。強い突風が吹き荒れ、遠くに配置してあった木製の障害物が吹き飛ばされてしまう。実はぶっつけ本番だったのだが、俺の見立ては間違っていなかったようだな。やはりベルはかなり上等の魔術師だ。

「もういい、実力は分かった」
「よろしいのですか?」
「合格だ。入学できるように取り計らうとしよう」
「ありがとうございます! 良かったな、ベル!」
「はいっ!」

 案外あっさりと認めてくれたもんだな。朝は駄目だ駄目だと言っていたのに、実際に魔法を見たら考えが変わったということだろうか?

「ただし。……今から出す特別課題をクリアしたら、の話だ」
「特別課題?」
「ベルと言ったな。私の魔法を受けてみろッ!」
「えっ――」

 次の瞬間、クラーラは水魔法を発動した。バシャッという音がして、上空に水の塊が現れる。塊は重力に従って水流となり、一気にベルを飲み込もうとしていた。

「ベル、防御だ――」
「は、はいっ!」

 ベルは素早く防御魔法を繰り出し、間一髪で水流を防いでみせた。見事に魔法が打ち消され、水の塊も消えていく。ホッと息をついたのもつかの間、クラーラは続けて水魔法を解き放つ。今度は真正面から水流が形成され、一気にベルを押し流そうとしてきた。

「前だ!」
「はいっ!」

 今度も防御魔法を張り、ベルはなんとか水流を堰き止めた。水がみるみる消えていき、俺たちはホッと息をつく。

「……よくやったな、ベル」
「はい。ですが、その……」

 せっかく「特別課題」を防ぎ切ったというのに、ベルはなんだか決まりが悪そうにしている。いったいどうしたんだ? ……そう思っていると、クラーラがつかつかと歩み寄ってきて――俺の胸ぐらを掴んだ。

「貴様、どういうつもりだ!?」
「おいおいおい、どうしたんだよ急に」
「分からんのか、今の防御魔法は『王国式』だ!!」
「えっ……!?」

 ベルの方を向くと、なんだか申し訳なさそうな顔をしていた。……そうか、今の「特別課題」の狙いはそういうことだったのか。

「……気づいていたのか?」
「その娘のエルデ語が王国訛りなんだ。一般人なら分からないだろうが、私の耳を誤魔化せると思うなよ」
「そうか。流石クラーラだな」
「決定的な証拠は今の魔法だ。一発目の防御魔法は帝国式だったが、二発目は王国式だった。……帝国の魔術師に成りすましたつもりだったのだろうが、とっさに母国の魔法を発動してしまったのだろう?」

 クラーラは鋭い目つきでベルの方を見た。王国式の魔法は基本的に詠唱を必要とするのだが、即応性を要する防御魔法だけは無詠唱で発動出来るのだ。きっとクラーラは密かに探索魔法でベルの魔法を分析していたのだろう。

「ソラ、説明はあるんだろうな?」
「あるさ。とりあえず下ろしてくれ」
「……分かった」

 ようやくクラーラは手を離し、俺は自由の身となった。こうなったら例の魔法を見せるしかない。まあ、もともとそのつもりだったしな。

「ベル、『不完全治癒魔法』を」
「は、はい」
「何をする気だ!」
「俺が復活した理由、お前に教えてやる約束だったろう?」

 ベルはそっと跪き、俺の右足に寄ってきた。……そして両手を広げ、その上に術式を浮かび上がらせる。暗闇の中でひと際光り輝き、クラーラも唾を飲んでいた。

「ソラ、まさか――」
「神よ。この傷を癒したまえ」

 術式の輝きが一気に増して、その光が俺の右足に降り注いでいく。右足の感覚が昔のものに戻っていき、体全体が軽くなるような気がした。俺はさっそく魔力の放出を開始し、ゆっくりと浮かび上がっていく。さわさわと風が吹き、周囲の木々が揺らめいて不気味な雰囲気を醸し出していた。クラーラの背丈ほど浮き上がったところで静止して、改めて告げた。

「クラーラ、分かっただろう?」
「……お前はなんて人間を連れてきたんだ」
「えっ?」
「私もその魔法のことは知っている。なんとかこの傷を治せないかと、あらゆる資料を探し回ったからな」

 クラーラは腹のあたりをさすっていた。コイツも俺と同じで、戦場で傷ついて教官となった人間なのだ。

「そして、諜報部の資料まで探した結果――この世に一人だけその魔法を使える人間がいたのだ。そう、まさしく――」

 クラーラはビシッとベルを指さして、はっきりと告げた。その心中がどんなものか、俺には分からない。けど、その表情には希望と憎しみが入り混じっていて――俺は思わずたじろいでしまう。

「ベルナデッタ・アルベール、『大魔術師』の娘だ!!」
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