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第8話 招かれざる客

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「ソラせんせー、今日は眠そうだね」
「そうか?」
「うん。お盛んなの?」
「だから恋人なんて出来てねえって!」
「えー、本当かなあ」
「ほら、お前もちゃんと走ってこい!」
「はーい」

 適当なことを言ってくるエレナをいなしながら、俺は校庭で走る生徒たちを見守っていた。今日の午後の授業は体育だ。当然だが、この学校は魔術師の育成学校というだけでなく軍人の育成学校でもある。となれば、魔法だけでなく体力も鍛える必要があるというわけだ。

「ペースが遅れてるぞ! 前の者にしっかり食らいつけ!!」
「はいっ!!」

 何周か走って少しずつ疲れが見えてきたようだが、これくらいでへこたれていては戦場で活躍することは出来ない。何より自分の身を守るためにも、生徒たちにはしっかりと体を鍛えていてほしいのだ。

「精が出るな、シュトラウス教官」
「クラ……校長、どうされたのでありますか」

 その時、校舎の方から軍服姿のクラーラが歩いてきた。カツカツと靴音を鳴らし、いつもの形相で近づいてくる。クラーラは校庭の生徒たちを見回し、手元の紙に何かを記入していた。

「何をされているのですか?」
「なに、今年の新入生の様子を見に来たのだ。これも校長の仕事だからな」
「それはご苦労様です。校長から見て、生徒たちはいかがですか」
「今年は平凡だな。特に目立つ者はいないよ」
「平凡で結構ではありませんか。均質化された戦力は軍隊にとって理想的であります」
「別に悪いとは言っとらん」
「そうでありますか。……ペースがまた遅れてるぞ! もっと気合い入れてけ!」
「は、はい~!」

 クラーラと話しているうちに、生徒たちの走る速度が落ちていた。俺は再び大声を張り上げ、音を上げそうになっている生徒たちを鼓舞してやる。すると横にいるクラーラが、珍しい物を見るような目でこちらを見ていた。

「どうかされましたか?」
「……貴様、生徒の前では昔のような雰囲気なんだな」
「急にどうしたんだよ、クラーラ」

 昔の話をされたので、思わず砕けた口調になってしまった。クラーラは気にせず、さらに話を続ける。

「現役の頃の貴様は己を律して任務に当たっていた。今のように冗談など言わなかっただろう」
「あの怪我で俺は牙を抜かれたんだ。むしろ昔と変わらないクラーラが凄いんだよ」
「そうか。……しかし、貴様はこの間空を飛んだではないか」
「あれはたまたまだって」
「たまたまでその右足が治るものか!」
「おいおい、急に大声出すなよ」

 俺たちが大声で言い合っているものだから、生徒たちもちらちらとこちらの様子を窺っていた。今は誤魔化せているけど、いずれ右足とベルのことはクラーラに話さなければならないだろうな。お、そろそろ時間だ。

「よし、休憩の時間だ! 上がっていいぞ!」
「はあ~い……」

 大声で指示を飛ばすと、生徒たちは息を切らしながら校庭の端っこに移動していた。地面に座り込み、顔を上げて休んでいる。やっぱり新入生だな、体力はまだまだといったところか――

「ソラせんせー!」
「うわっ!」

 エレナに声を掛けられ、思わず驚きの声を上げてしまった。コイツ、あんなに走っていたのに全然息切れしていないじゃないか。

「お前、疲れてないのか?」
「ぜーんぜん! これくらい平気でーす!」
「そうか……」

 俺とクラーラは、互いにきょとんとして顔を見合わせた。もしかして、エレナは案外大きな可能性を秘めているのかもしれない。魔法に関してはまだ分からないが、少なくとも並外れた体力は持っているようだからな。

「……校長、意外と『平凡』ではないかもしれませんよ」
「そうだな。エレナ、貴様はなかなか面白そうな生徒だ」
「ほえ?」

 エレナは首をかしげていた。よく考えたら、強面の俺たちの前でいつも通り振舞っている時点で肝っ玉が据わっているよな。呑気に見えて、軍人向けの性格をしているのかもしれん。

「よーし、時間だ! お前ら、位置につけ!」
「は~い……」
「気合いを入れろ! 帝国軍人になるつもりがあるのか!?」
「は、はいっ!?」

 俺が大声で活を入れると、生徒たちは慌てて立ち上がった。エレナも小走りで戻っていき、皆の先頭に立っている。

「よーい、始め!」
「はいっ!」

 号令をかけると、皆が一斉に駆け出していった。砂煙がもうもうと舞い上がり、生徒たちの姿が隠れてしまう。俺とクラーラは二人でその様子をじっと眺めていた。

「まだ見ていくのか、クラーラ?」
「ああ。もう少し生徒たちの様子を確認したい」
「構わないけど、どうせ走ってるだけだぞ」
「いいんだ。いずれ死地に送り込むのだから、せめて元気な姿を目に焼き付けておきたいのだ」
「……そういうところも変わらないな、クラーラ」

 クラーラは厳しい人間だが、他人を思う気持ちは誰よりも強い。きっと内心では、育てた生徒たちが戦場に送り込まれるのを心苦しく思っているのだろう。今息を切らして走っている生徒たちも、いずれは前線に出ることになる。敵を倒すか、自分が倒されるか。……そんな世界へと歩を進めることになるのだ。

「本当はもっと見ていたいが、仕事もあるし校長室に戻るとするよ。邪魔したな」
「いいよ、授業を見に来るくらいなんてことないさ」
「ああ。生徒たちによろしくな――」
「大変です校長!!」

 その時、校舎の方から事務員が慌てた顔で走ってきた。どうしたんだ、わざわざ走ってくるなんてよほどのことが――

「空襲警報が発令されました!!」
「何だと!?」

 クラーラは大きな声を上げ、身構えていた。耳を澄ましてみると、たしかに街の方から鐘の音が聞こえてくる。生徒たちもこちらの騒ぎに気付いたようで、周囲と顔を見合わせていた。

「お前ら、空襲警報が発令された! 直ちに校舎内に避難するぞ!」
「は、はいっ!!」

 俺は大声で指示を出し、クラーラと共に生徒たちを誘導し始めた。校舎には地下壕があるので、空襲の際にはそこに逃れることが出来る。この間の件もあるので、どうせ偵察だと高を括るわけにはいかないのだ。

「冷静に前の者に続け!」
「はいっ!」
「航空魔術師は速いぞ! 一秒も無駄にするな!」
「はいっ!!」

 いくら新入生とは言っても、流石に軍の学校に入ってくるだけはあって、皆落ち着いて校舎の方へと向かっている。……って、まだ残ってる奴がいるかと思えばエレナじゃないか。

「エレナ、何をしてる!!」
「せんせー、あれ」

 俺が怒鳴ったのも意に介さず、エレナは上空を指さしていた。その先を見てみると――編隊を組んで飛行する航空魔術師がいた。まだ距離が遠くて小鳥にしか見えないが、あんなスピードで飛ぶ鳥はいないだろうからな。

「空襲警報の正体はアレか。校長、対空魔法の使える魔術師は?」
「まだ配置されていない。来週の予定だったのを今日に早めたのだが、到着していないようだ」
「それでは、対抗手段が無いということでありますか?」
「ああ。二人とも、さっさと校舎に戻るぞ」
「承知しましたっ」

 俺は校舎に向かおうとしたのだが――エレナがついてこない。無理やり連れて行こうとしたのだが、エレナはじっと上空の魔術師を眺めている。

「……せんせー、私の魔法を使っちゃだめ?」
「何言ってんだエレナ、お前はまだ魔法を使える段階には――」
「おいソラ、魔術師が!」

 クラーラに言われて街の方を見ると、今まさに航空魔術師が魔法を撃ち出したところだった。真っ赤な光線がそのまま近くの草原に着弾し、爆炎が上がる。

「……偵察ではないようでありますな」
「ああ。ここが狙われないうちに、さっさと戻るぞ」
「せんせー、でも何か変だよ?」
「なんだエレナ、いい加減に」
「あの魔術師たち、建物を狙ってない」
「……言われてみれば、たしかにそうだな」

 エレナの言う通り、航空魔術師たちは建物を狙わず空き地や野原に魔法を撃っているようだった。それも強い火力魔法で、わざとらしく爆炎を発生させている。……真の狙いはなんだ?

「校長、どう思われますか?」
「何かを誘い出しているような印象だな。前と違って、工場を狙っている感じもない」
「……まさか、それって」
「恐らく、誘い出そうとしているのは――貴様だろうな」

 クラーラはギロリとこちらを睨んできた。復活した俺を探すために、わざわざ航空魔術師が出張ってきたというわけか。やはり王国は相当俺のことを脅威に感じているらしいな。

「で、どうされますか?」
「どのみち、ここにいるのは危険だ。さっさと逃げるぞ」
「よしエレナ、今度こそ校舎に――」

 戻ろう、と言いかけたところでエレナがいなくなっていることに気がついた。慌てて周囲を見回してみると、エレナが校庭の中央で構えている。……って、何やってんだ!?

「エレナ、何をする気だ!」
「だから、私の魔法を使って追い払うの!」
「お前には無理だ! 自分の実力を過信するな!」

 俺は右足を引きずって、なんとかエレナのもとに向かおうとしたのだが――先にクラーラが猛ダッシュで駆け出していた。エレナの前に立ちふさがり、身を挺して止めようとしている。

「やめろエレナ、貴様には無理な相手だ!」
「でも校長せんせー、私の魔法は」
「お前が問題なんじゃない、相手が問題なんだ!」

 クラーラがいつになく焦った表情をしている。こんな状況なら当然かもしれないが、それにしたってこんな顔のクラーラは見たことがない。いったいどうしたんだ?

「校長、そんなに焦ってどうされたのです――」
「探索魔法を使ったが、アイツらただの魔術師じゃないぞ!」
「はっ?」

 思わず空を見上げてみると、まさに編隊が俺たちの上空を通過していくところだった。よく目を凝らすと、先頭以外の魔術師たちが皆仮面をつけて飛行している。まさか――

「あの編隊の先頭にいるのは――紛れもなくジェルマン・バロンだ!」
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