どんぐり世界の片隅で

小乃先ユメ

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進路先は扇風機

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俺は、目の前の紙を眺めながら、つくづく実感していた。

遠くでセミが鳴き始めている。
そろそろ夏休みに入るなぁと現実逃避をしながら、ぼんやりとしている。
そしてため息をひとつ。

「セミはいいな、この先は後死ぬだけじゃないか」
「おいおい悲観的が過ぎるだろう」
ひょろりと背の高い、色白の男がすいと横から現れた。
「そうは言っても宮内、いきなり進路先を決めろと言われても困るんだよ俺は」
フフと鼻で笑った宮内は、それはそれは、と芝居めいた口調で言うと向かいの空席にどかりと座る。
さすがに余裕があるな、こいつは。
苦々しい思いで学友を睨みつける。

「柔道整復師になるために専門学校へ進学。これ以上ない進路先だよなぁ…」
宮内は能力者だ。指先から指の付け根までの間で微弱な電気を出すことができる。
(手のひらからは出せないらしい。)
全然目立たない上に、せいぜい握手するときにビリっとさせるいたずらをするくらいしか使い道がなかった。
本人としても昔は、能力の使いどころがないとぼやいていた。

宮内と俺は、小学校高学年から共にサッカー部に所属していた悪友だ。
二人そろって足をねん挫し、放置していたことを親にそれぞれに叱られ、渋々やってきた接骨院が転機だった。

「電気が指先から出せるだって!そりゃあ、うちで働いてほしいくらいだよ!」
豪快な笑いが特徴的な院長が、大きな声でそう言った。
施術の際に、ぴりぴりする程度の電気を流すことがあったので、なるほどと感心していた。

それを聞いた宮内の顔がいつになく真面目になったのを見て、あぁ彼は少し先へ、自分より先のステップへ行ってしまったな、と漠然と思ったことを覚えている。

「お前だって、能力があるんだからそれを活かせばいいじゃないか」
「そうは言ってもお前…知ってて言ってるだろ…どうしろっていうんだよ」
またも芝居めいたオーバーリアクションで、顎に手を当てウーム、と宮内が唸る。
(やっぱり考えつかないだろ、知ってるんだよ)
こいつに言うだけ時間の無駄なのだ、いつもこんな調子だから。

自分の能力がもう少し実用的であれば、芸能人になれたのではないだろうか。
能力を持つ者が一度は思うことだ。
例えば、花を手から咲かせる能力。舞台やモデルなど華々しい場面で見かける。
例えば、顔のパーツを自由に動かせる能力。売れっ子のお笑い芸人だ。
それに比べて俺という奴は、本当に能力が地味だ。

いっそ能力のことは後回しにして、興味のある電気工学の道に進んでから考えればいいのでないだろうか。
社会に出てみれば、自分の能力を考えもしない方法で活用できる会社や人が現れるかもしれない。
ーいや、無いな。

「俺は好きだけどなーお前の能力」
「好き嫌いの問題じゃないだろ」
「まぁ、そうなんだけど」
ほい、と差し出されたタブレットガム。
何も考えずに受け取ると、ピリリと電気が指に伝わる。
ークソッこいつはほんとに!
にやにやと笑いながら宮内がガムを口に放り込み、もごもごと口を動かしながら言った。
「うーん…サッカーのクラブスタッフは?選手のクールダウンにはいいと思うけど」
「お前突然まともなこと言うな…確かにいいかも」
だろー?とにっかり笑う宮内を横目に見ながら、紙を見やる。

【進路先調査】と書かれた紙は、名前がよれよれと記入されたのみで、他には何も書いていない。
第一希望、第二希望、と続いているが、人はそんなに夢や進路先を持つものなんだろうか。
電気工学科に進学、クラブスタッフ…クールダウン…

「あ」
「お?」
つい声が出てしまったが、なかなかいい路線での道がひらめいたのではないだろうか。
「なんか思いついたのか?」
「まあ、なんとなく」
宮内ほど具体的ではないので、誤魔化しながら席を立つ。
目の前の紙を適当に畳んで鞄へ押し込み、よいしょと持ち上げた。
「なんだよ!ガムのお礼に教えてくれよ!」
「お前電気流してきたくせによく言えるな…チャラだよチャラ」
ニヤっと笑って席を離れようとすると、宮内がガタガタと後ろで席を立つ音が聞こえる。

廊下に出て、むわりとした空気に顔をしかめる。
そして、ふ、とため息のような笑いをこぼす。

ーそうだ、俺は、人が快適に思う風の作り方をずーっと前から知っているんだよ。技術を身に着ければ、機械にだって応用できるさ。

手のひらを自分に向けて、冷風を起こす。

少しはこの夏を快適に過ごせそうだ。
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