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俺、今、女子オタ充
俺、今、女子相談中(2回目)
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俺が、「それ」に気づいたのは、踊りの練習を終え、家(もちろん下北沢花奈のね)に帰る途中のことだった。
週末のイベントに向けて、喜多見美亜に、多摩川の河原で散々しごかれたあと、地元の駅前で解散し、駅前のロータリーをぼんやりと歩いている時に「それ」は起きたのだった。
そこは、週末の郊外の駅前。さっきまでいた都内の賑わいには叶うわけもないが、地元の学生とか家族づれとかが笑顔で行き交う、少し騒がしいが、それが楽しげで、ワクワクした気持ちにさせる——俺はそんな場所を通りすぎる。
すると、頭の中に自然に聴こえて来たのは、「あなたにトレイスルート」ほかの、踊って見たで使う予定の曲たちなのであった。
何度も何度も聴いて、飽きると言う境地を通り越して、もはや血肉の一部といった感じにまでなっていた、週末にイベントで使う予定の人気ボカロ曲。それが、気づけば俺の頭の中にこだましていたのだった。
いや、実は、今週はずっとそんな状態であった。
同じ曲を真剣に聞きすぎたせいか、俺は、ふとしたきっかけでそれらの曲が勝手に頭の中で再生するようになってしまっていたのだった。
通り過ぎる街の中でか店先で天使の声が聴こえて来たのかと振り向けば、気のせいで、誰かのスマホの呼び出しの電子音だったとか。
眠ろうと思って目をつむったらエンドレスで再生される双子の声、——いつのまにか寝てしまったが、夢のなかでも聴こえ続けていたのか、朝目を覚ました時に耳に曲の残響が聴こえるような気がするとか……。
と、まあ今週はずっとこんな状態だった、これはちょっと精神的に何か影響あるのではとか思ってしまうような状態なのだった。
だから、——ならば、駅前の喧騒を抜けて、人通りも少ない路地裏に入った時、そんな曲たちが、ふと口から漏れてしまう——鼻歌を歌ってしまうのは、ごごく自然なことだったんじゃないかと思うのだが……。
それが衝撃的だったのであった。
何が、衝撃的って、
「あれ? 俺って実は歌うまい?」
その鼻歌があまりに自然に出たんで、マジで歌い始めてしまったその声が、
「いや、俺じゃなくて、……この子、歌もいける?」
なんだかとても良い声で、歌もうまい。
と言うか、歌っていてとても気持ち良い——楽しくてやめられない。
こんな自由自在に音程操れたのは生まれて始めてで。
俺自身は、お世辞にも音楽的センスはなかったから。
これって、
「下北沢花奈の力だよな……」
俺は歌いながら思う。
なんとも……。
マンガに引き続き、体が覚えているレベルの技能を彼女はまだ隠し持っていたのだった。
後で下北沢花奈に聞いたことには、歌は好きで小さい頃からずっと歌っていたということだが、それがそんな非凡なレベルのスキルになっていたとは——人前で歌うなんて恥ずかしくてできるわけもない彼女に分かるわけもなく……。
「下北沢さんに話ししても反対されるだけだと思ったから、——こっそり練習して……仕込んでおいた」
「なるほどね……」
踊って見たが終わり、大観衆の声援を受けてステージから下がりながら、俺は喜多見美亜に耳打ちをする。
すると、あいつは首肯して、振り返り、俺たちの後ろに恥ずかしそうについてくる下北沢花奈に向かって言う。
「すごいじゃない花奈さん。マンガだけじゃなくて、歌もできるなんて。これなら、歌い手でもいけるわよ……と言うか歌って踊れるマンガ家って売り出すのもありじゃない」
「いえ、私なんて……」
予想通り、謙遜——と言うよりも、なんだ……逃走!
そう、何かから逃げようと、あからさまに卑屈で、ちょっとずるい感じがするくらい弱々しさで、自分の才能をごまかそうとしてる下北沢花奈。
——でも、逃げる? 何から?
と俺は疑問に思いながら、なんとなく、今、自分が下北沢花奈の問題の本質にたどり着きかけていると言う気がしていた。
だから、俺は下北沢花奈を「逃さな」かった。
「『私なんて……』なんて言うのは逆に失礼だと思うけどな」
俺は、ちょっときつめの口調で言った。
「……?」
「もう一度、みんなの様子を見てみなよ」
俺は、まだ興奮が止まぬ大観衆を見ながら言った。
次の出番のグループの準備が進んでいたけれど、観客席では俺らへの声援が続いていた。
それは、もちろん、踊って見たの主役、ゆうゆうに対するものが多かったが、サプライズの歌い手、ハナチンこと下北沢花奈に対するものも熱気では負けていない感じだった。
だから、俺は、さらに下北沢花奈を問い詰めて言う。
「君が自分で自分を大したことないと言うのが正しいのならば、感動して、こんな歓声を君にくれている人たちは間違っていると言うのかい?」
すると、あいつの顔を下を向かせながら下北沢花奈が言う。
「でも、私は……そんな資格ないんです。私は……」
「資格?」
「……それは……」
うん、俺はこの時、確信した。
今、下北沢花奈がみせている目。それは、この間、喜多見美亜の家でマンガ制作の修羅場を迎えていた時に、代々木と赤坂のお姉さまがたの批判をした時に見せた、怯えるような、逃げるような目そのもので、——ならば今この子が逃げようとしてるものは、
「資格がないって言うのは——代々木と赤坂のお姉さん二人を描けなくしてしまったからか?」
「……えっ!」
その時の、図星をつかれたといった感じの、ポカンとした顔。
ああ、正解。
俺は、ついに下北沢花奈の問題の本質にたどり着いたのだ。
ならば……
*
「イケメンの出番だ」
「……ぷっ!」
「お姉さまをメロメロにしてこい」
「……ぷっ!」
「年下のかっこいい高校生に思いを寄せられたら相手も悪い気はしないはずだ」
「……ぷぷぷぷっ」
大真面目な俺の言葉に、耐えきれないと言った感じで(俺の)顔を崩して笑い出す喜多見美亜であった。
それは、踊って見たのイベントも終わり、多摩川を越えて地元に戻り、駅前で解散したふりをして、下北沢花奈をまいて、こっそり二人でまた会った時のことであった。
場所は、前もこいつと会う時に使った、おじいさんがやってる寂れた喫茶店。
イベントが終わり都内から電車で戻って来て、夏の日長でももうすっかり夜になっているそんな時間のことであった。
まあ、もう決して早い時間じゃない。
最近のマニアックなスペシャリティコーヒーを出す店なんかだと、もう閉まってしまってもおかしくない時刻になっていたのであった。
だが、そんな最近のコーヒースタンドなんかの潮流とは無縁のこの店であれば、——まだまだ閉まる時間じゃない。
この店、日曜以外は真夜中まで開いているというから、飲み会帰りの人たちとか狙ってるんだろうなと思うが、まあ土曜日でコンパの一次会が終わるような時刻の今でも、閑散とした店内であった。
まあ、おかげで、他の客がいないので落ち着いて俺たちは相談をできるのだが……。
店主はどうみてももうおじいさんだから、夜はつらいんじゃないか?
俺は思うのだった。
おじいさんだから寝るの早いだろう。
それなのに、頑固な職人かたぎ、——卓越したプロ意識に支えられて頑張っているのだろう。
とか思って俺は、厳しい荒波のごとき人生をくぐり抜けた、尊敬すべき先達を確認して自分の糧にしようと、カウンターの向こうでドリップ中のおじいさんを見るのだが、
「うわ! あぶない!」
——お湯を注ぎながら、うつらうつら、寝落ちしてしまいそうな様子を見て、思わず叫んでしまうのだった。
すると、
「どうしたのよ?」
俺の声にびっくりして振り返るあいつ。
しかし、
「いや……」
僕の声で、目が覚めたのか、ありがとうみたいな会釈をしてくるおじいさんは、あまり寝落ちしかけたことを語ってほしくなさそうで、首を振りながら目で語りかけてくる。
だから、
「なんでもない。ちょっと疲れて、寝ぼけてたかも」
と言ってごまかす。
「……話しながら寝ていたってわけ?」
「まあ、まあ、そう言うこともるだろう? たまには?」
「はい? まあ、あんた、私の体じゃなくて花奈ちゃんの体にいるからそういうこともあるって言われたら否定はできないけど……」
「まあ、そんなことより……」
俺は、中断された議論を再開する。
「え、『そんなこと』じゃなくて……あ、ありがとうございます」
でも、あいつはまだ、俺の話に納得していないようであったが、ちょうど店主のおじいさんがテーブルにコーヒーを運んできたので、言いかけた言葉を飲み込む。
その、一瞬の隙をついて、
「ともかく……今日やらなきゃいけないことは……」
俺は話を元に戻すと、
「やることはわかったわ。あの花奈ちゃんにくっついて売り上げ搾取している大学生を若い体でメロメロにしてこいってことね!」
なんだか随分短絡的に議題を省略してくれるあいつであった。
いや、短絡どころか、
「いや、待て待て、それは手段で、目的でなくて……」
「まあ、良いじゃない! これであなたも童貞卒業ね」
へ?
「ま、まて、そこまでは……」
勝手に、随分と事態を進行させていたあいつであった。
と言うか、
「あれ? もしかして、あのお姉さんたちじゃいやなの? 両方とも綺麗でエロいじゃない? ひたすら色っぽい代々木さん、健康的な感じが逆にエロい赤坂さん、両方とも高校生童貞男子の夢見たいなお姉さんじゃない? いやなの? それともそういうの興味ないの? 二次元の方が良いの」
なんだか随分ノリノリで、
「いやと言うか、興味がないと言うと嘘になるが……二次元の方が気楽で……その……なんと言うか……」
「ふふ、怖いんでしょ」
む! こいつ煽ってるな!
こいつが、純情男子高校生をからかっているのに気づく俺。
ならば、
「こ、ここ怖くないもん」
おれは精一杯の虚勢を張って言う。
いや、虚勢とばかりは言えない。怖くないぞ。
どうせヤル——と言うかシチュエーション的にヤラれる——のはこいつで「俺」じゃないからな。
でも、
「……はは、無理しちゃって。あんたって違うでしょ?」
「違う?」
「もっとロマン持ってるでしょ?」
「何に?」
「初体験に……ていうよりも恋にと言うか……女の子に……」
「いや……」
あいつの言葉に俺は反論の言葉を飲み込むのだった。
だって、——正直、そうかもな。と俺は思っていた。
あの二人のお姉さまたちに高校生男子としてぐっとこないわけはないのだが、——やっぱり好きでもない人と初めてと言うのはかなり抵抗がある。
こりゃ童貞こじらせ一直線。魔法使い誕生コースまっしぐらの思考法だが、——俺はどうしてもそう思ってしまうのだった。
「あんた、私に入れ替わってずっと、リア充女子高生の丁々発止を見ていてもまだ女の子にロマン見れるのもすごいけど、まあ、でも、……確かに百合ちゃんなんかだと、あんたの理想通りに感じもするから、夢は捨てなくても良いかなって気はするわね」
童貞は今日捨てるかもしれないけれど、と余計なことをつけくわえる喜多見美亜。
「っ、だから……」
「まあ、まあ。冗談。冗談」
俺が、本気で怒りかけたのに気づいて、笑いながら俺の肩をポンポン叩いてメンゴメンゴ言うあいつ。
「……私だって、こんな人の体にいるときに初体験なんて、童貞喪失か処女喪失かわからないような状態はいやだわ。さすがに、あのエロい姉さん方も、高校生相手じゃ淫行条例にひっかかるから、こちらから一線越えようとしなきゃ大丈夫でしょ。それに……」
ん、処女消失って? リア充ビッチらしからぬ単語が聞こえてきたような気がするが、ちょっと下を向いて恥ずかしそうにするあいつに俺はツッコミをいれることもできないでいるうちに、
「私だって、初めては好きな人とって思うから……」
へ、もしかして本当に? 俺にそんなこと話して良いの? って、俺はさらっと言われたあいつの極々プライベートな情報に少し気圧されながらも、
「は? お前に好きな人なんてできるのかいな?」
さっきから押されっぱなしも悔しいので、自分の本質に気づいていないリア充に、これだけは言わねば、と思ったことを言ってやる。
「なによそれ? どう言う意味よ?」
「だって、お前、自分が大好きだろ」
「…………つ」
「で、運の悪いことにお前は釣り合う相手が周りにいないくらいに美少女だ」
「ま、また、恥ずかしいことぬけぬけと……」
まあ、いくら絶世の美少女でも、俺のロマンを踏みにじるこいつにはまるでときめかないので、全く恥ずかしくない。淡々と事実をつげているだけだけどな。
「だから、好きなのは……自分自身だけなんじゃないかと思ってな」
「自分自身?」
あいつは何かハッとしたような顔。
「そうだろ? お前って、自分自身としか恋ができないような奴なんじゃない買って俺は思うぞ」
「自分自身……そ、そんなわけ……な……自分……ってそれあんた……」
しどろもどろになりながら、言葉の最後を濁すあいつ。
そして、何か深く考えこんだような顔。
沈黙。
なぜか、黙ってしまった喜多見美亜。
「おいおい、どうしたんだよ」
「…………ちょっと待って」
「……?」
「…………」
放っておいたら、そのまま、都内への最終電車が終わってしまうまでそうやっていそうな感じだった。
だから、俺はコーヒーを一気にすすると、さっさと立ち上がりながら言うのだった。
「さあ、さあ。どっちにしても今晩にことをすましちゃうんなら、そろそろ動かないと。いくら他に客がいないて言っても、店の中で電話かけるもマナー違反だから、外に出ようじゃないか」
そして、店の外に出る俺たち。
あいつは、無言で、まだ何か考えている。
俺は、それを見て、なんだか少し様子が変だなと思いつつ。その意味を深く考えることもないうちに、——夜の闇は(あいつが中にいる)俺の顔の顔に浮かんだだろう微妙な表情を隠してしまうのだった。
だから、俺はその日は気づかなかった。あいつの気持ちに。
——まだ。
週末のイベントに向けて、喜多見美亜に、多摩川の河原で散々しごかれたあと、地元の駅前で解散し、駅前のロータリーをぼんやりと歩いている時に「それ」は起きたのだった。
そこは、週末の郊外の駅前。さっきまでいた都内の賑わいには叶うわけもないが、地元の学生とか家族づれとかが笑顔で行き交う、少し騒がしいが、それが楽しげで、ワクワクした気持ちにさせる——俺はそんな場所を通りすぎる。
すると、頭の中に自然に聴こえて来たのは、「あなたにトレイスルート」ほかの、踊って見たで使う予定の曲たちなのであった。
何度も何度も聴いて、飽きると言う境地を通り越して、もはや血肉の一部といった感じにまでなっていた、週末にイベントで使う予定の人気ボカロ曲。それが、気づけば俺の頭の中にこだましていたのだった。
いや、実は、今週はずっとそんな状態であった。
同じ曲を真剣に聞きすぎたせいか、俺は、ふとしたきっかけでそれらの曲が勝手に頭の中で再生するようになってしまっていたのだった。
通り過ぎる街の中でか店先で天使の声が聴こえて来たのかと振り向けば、気のせいで、誰かのスマホの呼び出しの電子音だったとか。
眠ろうと思って目をつむったらエンドレスで再生される双子の声、——いつのまにか寝てしまったが、夢のなかでも聴こえ続けていたのか、朝目を覚ました時に耳に曲の残響が聴こえるような気がするとか……。
と、まあ今週はずっとこんな状態だった、これはちょっと精神的に何か影響あるのではとか思ってしまうような状態なのだった。
だから、——ならば、駅前の喧騒を抜けて、人通りも少ない路地裏に入った時、そんな曲たちが、ふと口から漏れてしまう——鼻歌を歌ってしまうのは、ごごく自然なことだったんじゃないかと思うのだが……。
それが衝撃的だったのであった。
何が、衝撃的って、
「あれ? 俺って実は歌うまい?」
その鼻歌があまりに自然に出たんで、マジで歌い始めてしまったその声が、
「いや、俺じゃなくて、……この子、歌もいける?」
なんだかとても良い声で、歌もうまい。
と言うか、歌っていてとても気持ち良い——楽しくてやめられない。
こんな自由自在に音程操れたのは生まれて始めてで。
俺自身は、お世辞にも音楽的センスはなかったから。
これって、
「下北沢花奈の力だよな……」
俺は歌いながら思う。
なんとも……。
マンガに引き続き、体が覚えているレベルの技能を彼女はまだ隠し持っていたのだった。
後で下北沢花奈に聞いたことには、歌は好きで小さい頃からずっと歌っていたということだが、それがそんな非凡なレベルのスキルになっていたとは——人前で歌うなんて恥ずかしくてできるわけもない彼女に分かるわけもなく……。
「下北沢さんに話ししても反対されるだけだと思ったから、——こっそり練習して……仕込んでおいた」
「なるほどね……」
踊って見たが終わり、大観衆の声援を受けてステージから下がりながら、俺は喜多見美亜に耳打ちをする。
すると、あいつは首肯して、振り返り、俺たちの後ろに恥ずかしそうについてくる下北沢花奈に向かって言う。
「すごいじゃない花奈さん。マンガだけじゃなくて、歌もできるなんて。これなら、歌い手でもいけるわよ……と言うか歌って踊れるマンガ家って売り出すのもありじゃない」
「いえ、私なんて……」
予想通り、謙遜——と言うよりも、なんだ……逃走!
そう、何かから逃げようと、あからさまに卑屈で、ちょっとずるい感じがするくらい弱々しさで、自分の才能をごまかそうとしてる下北沢花奈。
——でも、逃げる? 何から?
と俺は疑問に思いながら、なんとなく、今、自分が下北沢花奈の問題の本質にたどり着きかけていると言う気がしていた。
だから、俺は下北沢花奈を「逃さな」かった。
「『私なんて……』なんて言うのは逆に失礼だと思うけどな」
俺は、ちょっときつめの口調で言った。
「……?」
「もう一度、みんなの様子を見てみなよ」
俺は、まだ興奮が止まぬ大観衆を見ながら言った。
次の出番のグループの準備が進んでいたけれど、観客席では俺らへの声援が続いていた。
それは、もちろん、踊って見たの主役、ゆうゆうに対するものが多かったが、サプライズの歌い手、ハナチンこと下北沢花奈に対するものも熱気では負けていない感じだった。
だから、俺は、さらに下北沢花奈を問い詰めて言う。
「君が自分で自分を大したことないと言うのが正しいのならば、感動して、こんな歓声を君にくれている人たちは間違っていると言うのかい?」
すると、あいつの顔を下を向かせながら下北沢花奈が言う。
「でも、私は……そんな資格ないんです。私は……」
「資格?」
「……それは……」
うん、俺はこの時、確信した。
今、下北沢花奈がみせている目。それは、この間、喜多見美亜の家でマンガ制作の修羅場を迎えていた時に、代々木と赤坂のお姉さまがたの批判をした時に見せた、怯えるような、逃げるような目そのもので、——ならば今この子が逃げようとしてるものは、
「資格がないって言うのは——代々木と赤坂のお姉さん二人を描けなくしてしまったからか?」
「……えっ!」
その時の、図星をつかれたといった感じの、ポカンとした顔。
ああ、正解。
俺は、ついに下北沢花奈の問題の本質にたどり着いたのだ。
ならば……
*
「イケメンの出番だ」
「……ぷっ!」
「お姉さまをメロメロにしてこい」
「……ぷっ!」
「年下のかっこいい高校生に思いを寄せられたら相手も悪い気はしないはずだ」
「……ぷぷぷぷっ」
大真面目な俺の言葉に、耐えきれないと言った感じで(俺の)顔を崩して笑い出す喜多見美亜であった。
それは、踊って見たのイベントも終わり、多摩川を越えて地元に戻り、駅前で解散したふりをして、下北沢花奈をまいて、こっそり二人でまた会った時のことであった。
場所は、前もこいつと会う時に使った、おじいさんがやってる寂れた喫茶店。
イベントが終わり都内から電車で戻って来て、夏の日長でももうすっかり夜になっているそんな時間のことであった。
まあ、もう決して早い時間じゃない。
最近のマニアックなスペシャリティコーヒーを出す店なんかだと、もう閉まってしまってもおかしくない時刻になっていたのであった。
だが、そんな最近のコーヒースタンドなんかの潮流とは無縁のこの店であれば、——まだまだ閉まる時間じゃない。
この店、日曜以外は真夜中まで開いているというから、飲み会帰りの人たちとか狙ってるんだろうなと思うが、まあ土曜日でコンパの一次会が終わるような時刻の今でも、閑散とした店内であった。
まあ、おかげで、他の客がいないので落ち着いて俺たちは相談をできるのだが……。
店主はどうみてももうおじいさんだから、夜はつらいんじゃないか?
俺は思うのだった。
おじいさんだから寝るの早いだろう。
それなのに、頑固な職人かたぎ、——卓越したプロ意識に支えられて頑張っているのだろう。
とか思って俺は、厳しい荒波のごとき人生をくぐり抜けた、尊敬すべき先達を確認して自分の糧にしようと、カウンターの向こうでドリップ中のおじいさんを見るのだが、
「うわ! あぶない!」
——お湯を注ぎながら、うつらうつら、寝落ちしてしまいそうな様子を見て、思わず叫んでしまうのだった。
すると、
「どうしたのよ?」
俺の声にびっくりして振り返るあいつ。
しかし、
「いや……」
僕の声で、目が覚めたのか、ありがとうみたいな会釈をしてくるおじいさんは、あまり寝落ちしかけたことを語ってほしくなさそうで、首を振りながら目で語りかけてくる。
だから、
「なんでもない。ちょっと疲れて、寝ぼけてたかも」
と言ってごまかす。
「……話しながら寝ていたってわけ?」
「まあ、まあ、そう言うこともるだろう? たまには?」
「はい? まあ、あんた、私の体じゃなくて花奈ちゃんの体にいるからそういうこともあるって言われたら否定はできないけど……」
「まあ、そんなことより……」
俺は、中断された議論を再開する。
「え、『そんなこと』じゃなくて……あ、ありがとうございます」
でも、あいつはまだ、俺の話に納得していないようであったが、ちょうど店主のおじいさんがテーブルにコーヒーを運んできたので、言いかけた言葉を飲み込む。
その、一瞬の隙をついて、
「ともかく……今日やらなきゃいけないことは……」
俺は話を元に戻すと、
「やることはわかったわ。あの花奈ちゃんにくっついて売り上げ搾取している大学生を若い体でメロメロにしてこいってことね!」
なんだか随分短絡的に議題を省略してくれるあいつであった。
いや、短絡どころか、
「いや、待て待て、それは手段で、目的でなくて……」
「まあ、良いじゃない! これであなたも童貞卒業ね」
へ?
「ま、まて、そこまでは……」
勝手に、随分と事態を進行させていたあいつであった。
と言うか、
「あれ? もしかして、あのお姉さんたちじゃいやなの? 両方とも綺麗でエロいじゃない? ひたすら色っぽい代々木さん、健康的な感じが逆にエロい赤坂さん、両方とも高校生童貞男子の夢見たいなお姉さんじゃない? いやなの? それともそういうの興味ないの? 二次元の方が良いの」
なんだか随分ノリノリで、
「いやと言うか、興味がないと言うと嘘になるが……二次元の方が気楽で……その……なんと言うか……」
「ふふ、怖いんでしょ」
む! こいつ煽ってるな!
こいつが、純情男子高校生をからかっているのに気づく俺。
ならば、
「こ、ここ怖くないもん」
おれは精一杯の虚勢を張って言う。
いや、虚勢とばかりは言えない。怖くないぞ。
どうせヤル——と言うかシチュエーション的にヤラれる——のはこいつで「俺」じゃないからな。
でも、
「……はは、無理しちゃって。あんたって違うでしょ?」
「違う?」
「もっとロマン持ってるでしょ?」
「何に?」
「初体験に……ていうよりも恋にと言うか……女の子に……」
「いや……」
あいつの言葉に俺は反論の言葉を飲み込むのだった。
だって、——正直、そうかもな。と俺は思っていた。
あの二人のお姉さまたちに高校生男子としてぐっとこないわけはないのだが、——やっぱり好きでもない人と初めてと言うのはかなり抵抗がある。
こりゃ童貞こじらせ一直線。魔法使い誕生コースまっしぐらの思考法だが、——俺はどうしてもそう思ってしまうのだった。
「あんた、私に入れ替わってずっと、リア充女子高生の丁々発止を見ていてもまだ女の子にロマン見れるのもすごいけど、まあ、でも、……確かに百合ちゃんなんかだと、あんたの理想通りに感じもするから、夢は捨てなくても良いかなって気はするわね」
童貞は今日捨てるかもしれないけれど、と余計なことをつけくわえる喜多見美亜。
「っ、だから……」
「まあ、まあ。冗談。冗談」
俺が、本気で怒りかけたのに気づいて、笑いながら俺の肩をポンポン叩いてメンゴメンゴ言うあいつ。
「……私だって、こんな人の体にいるときに初体験なんて、童貞喪失か処女喪失かわからないような状態はいやだわ。さすがに、あのエロい姉さん方も、高校生相手じゃ淫行条例にひっかかるから、こちらから一線越えようとしなきゃ大丈夫でしょ。それに……」
ん、処女消失って? リア充ビッチらしからぬ単語が聞こえてきたような気がするが、ちょっと下を向いて恥ずかしそうにするあいつに俺はツッコミをいれることもできないでいるうちに、
「私だって、初めては好きな人とって思うから……」
へ、もしかして本当に? 俺にそんなこと話して良いの? って、俺はさらっと言われたあいつの極々プライベートな情報に少し気圧されながらも、
「は? お前に好きな人なんてできるのかいな?」
さっきから押されっぱなしも悔しいので、自分の本質に気づいていないリア充に、これだけは言わねば、と思ったことを言ってやる。
「なによそれ? どう言う意味よ?」
「だって、お前、自分が大好きだろ」
「…………つ」
「で、運の悪いことにお前は釣り合う相手が周りにいないくらいに美少女だ」
「ま、また、恥ずかしいことぬけぬけと……」
まあ、いくら絶世の美少女でも、俺のロマンを踏みにじるこいつにはまるでときめかないので、全く恥ずかしくない。淡々と事実をつげているだけだけどな。
「だから、好きなのは……自分自身だけなんじゃないかと思ってな」
「自分自身?」
あいつは何かハッとしたような顔。
「そうだろ? お前って、自分自身としか恋ができないような奴なんじゃない買って俺は思うぞ」
「自分自身……そ、そんなわけ……な……自分……ってそれあんた……」
しどろもどろになりながら、言葉の最後を濁すあいつ。
そして、何か深く考えこんだような顔。
沈黙。
なぜか、黙ってしまった喜多見美亜。
「おいおい、どうしたんだよ」
「…………ちょっと待って」
「……?」
「…………」
放っておいたら、そのまま、都内への最終電車が終わってしまうまでそうやっていそうな感じだった。
だから、俺はコーヒーを一気にすすると、さっさと立ち上がりながら言うのだった。
「さあ、さあ。どっちにしても今晩にことをすましちゃうんなら、そろそろ動かないと。いくら他に客がいないて言っても、店の中で電話かけるもマナー違反だから、外に出ようじゃないか」
そして、店の外に出る俺たち。
あいつは、無言で、まだ何か考えている。
俺は、それを見て、なんだか少し様子が変だなと思いつつ。その意味を深く考えることもないうちに、——夜の闇は(あいつが中にいる)俺の顔の顔に浮かんだだろう微妙な表情を隠してしまうのだった。
だから、俺はその日は気づかなかった。あいつの気持ちに。
——まだ。
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