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異世界で生き残るには? 選挙で勝て!

クランプトンは偉い!

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 と言うわけで、最後に聖女ロータスにいいところ持ってかれた——でもその結果には感謝の——歌合戦も終わり、街は地道な選挙運動期間へと入った。
 まあ、この野蛮な異世界のことなので、俺の世界でならアウトと言うような賄賂、恫喝なんかもずいぶんとあるように見えるし、街頭での宣伝に規制がないので、あちこちでまるでデスメタルかハードコアパンクなのか分からないような爆音の演説が、早朝から夜遅くまで、街中で繰り広げられている。
 でも、その本質的なところで言えば、各候補がやってることといえば、俺の世界と大差はない。街頭で演説したり、集会開いたり、ギルドとか、市民団体とか、市の組合とかの公認取ったり……。俺の世界同様の泥臭い選挙運動がこの街でも繰り広げられていたのだった。
 まあ、とは言え、さすが異世界、前回の選挙の時は投票結果を書き換えるなど、ローゼが魔法でかなりズルをしたみたいだが、今回はロータスがそれを阻止しようと霊力をフル稼働させているらしい。なので、さすがのローゼも今回は魔法で投票に直接介入するのは難しいようなのだった。
 だから、トランクの陣営の見方をすることになった俺たちも、取りあえず、そんな泥臭いところを手伝うことになったのだが……
「偉い! クランプトン女子は偉い! 元市長の旦那を尻の下に敷いていたくらいに偉い!」
「む! 偉い!」
「強い! クランプトン女子は強い! 旦那も他の女に逃げてしまうほど強い!」
「む! 強い!」
「すごい! クランプトン女子はすごい! 顔がすごい! 怒るとこわい! すごい! 旦那よりも怖い! すごい!」
「む! すごい!」
 俺たちに与えられた役目は、魔拡声器(マホン)を持って街を練り歩きながら、対抗のクランプトン候補の宣伝をすることであった。
 まあ宣伝と言っても。いわゆる「誉め殺し」だけどね。
 昔、自民党の総裁選で褒めて欲しく無い人たちから皮肉たっぷりに褒められると言う嫌がらせを受けた後の総理が、闇の勢力に仲介を頼んだことがあとでバレて問題になった、——その時に有名になった言葉、ネガティブキャンペーンのやり方だ。
 誉め殺し——それは褒めることによって相手にダメージを与えることが目的の演説だ。取り締まる側にすれば非常に厄介な運動方法——単純に罵倒や恫喝していると、名誉毀損だ恐喝だなんだと取り締まることもできるが——相手に褒めているんだと言われると止めようがない。そんな扱いづらさで、俺の世界で大物政治家をノイローゼに追い込んだともいわれるこのやり口。なかなかたちの悪い嫌がらせだ。
 この異世界にはこんな嫌な方法を考えて、実際にやった人は今までにいなかったらしいのだが……
 ——まあ俺が教えたんだけどね。
 と言うのも、俺らはまともな選挙運動をさせてもらえなかったのだった。
 俺たちが、選挙を手伝おうと思って、トランク候補の事務所に行ったら、露骨に嫌な顔された。——そして、街でトランクを褒め称える街宣するといったら泣いて止められてしまったのだった。
 どうやらローゼが褒ると言うのは、トランク陣営にとって、実際、相当のネガティブキャンペーンにしかならないようで、——その実情から鑑みるに、俺たちが一番貢献できるやり方は逆に「相手」を褒めることなのだった。
 なら……
 ——俺たちがやるべきことは誉め殺しだって、思い至ったのだった。
 で、やり方をグッグって見た俺だった。
 「誉め殺し」って言う言葉をネットで調べてみると、なんだかちょっとえぐい政界の事件に行き当たるが、……まあ深くは考えずに、やり方だけはだいたい把握して、この世界の闇の勢力扱いのローゼにクランプトン候補を存分に褒めてもらって、ダメージを与えてやれ。
 俺たちはそう思って、街頭演説を始めたのだったが、
「……そもそも誰も聞いてないな」
「はい。なんだかみんな私たちの前に近づいてこないですね……」
 ローゼとその一味が怪しげな様子で拡声器持って街を練り歩く。そんなのに近づきたい市民など当然のごとく皆無なのだった。俺も、もしこいつらと関わりない一市民だったら、と客観的に考えてみれば、こんな危なそうな連中に近づきたいとは全く思わない。
 むべなるかな。俺らの目の前は人っ子一人いない。俺たちはまるでゴーストタウンのような人っこ一人いない街路を寂しく練り歩くことになってしまっているのだった。
 そして、そうやって、誰にも聞いてもらえない、まったく達成感のない演説を小一時間もすることになれば、ひどく徒労感を感じて、
「……休むか」
「……はい」
 とにもかくにも、一度休憩をすることにしたのだった。
 しかし、
「いらっしゃいま……ひっ!」
 ちょうど近くにあったカフェに俺たちが入れば、顔面蒼白のビビりまくった店員のお出迎え。で、店内の客はみんな、白々しく、たまたまの様子を装おって次々に人々が立ち上がり、そのまま店の外にどんどんと出て行ってしまうのだった。
 いつもの、——荒くれ者のあつまる酒場タベルナなら、俺たちの周りから人が消えるくらいだが、このおしゃれなカフェだと、いた人の層からしてか、店から客がだれもいなくなってしまうのだった。
「…………」
 その様子を見て、こりゃえらい営業妨害だな俺たち。かなり迷惑だったかな? と俺は思った。
 でも、
「ううん……」
 まあ、普段の行いに心当たりがないと言えば嘘になるので、俺も、このローゼたちに対するこの扱いは仕方なく思わないでもないのだけど……
 ——こいつらも街の危機を救うためにいろいろやってくれてるんだから、
「もうちょっと、扱いが良くても良いのでは……」
 俺はそんな言葉が思わず口から漏れてしまう。ちょっと憂鬱な気分になってしまうのだった。
 しかし、
「うわ、なんだかちょうどよく店が空いて広々として気持ち良いですね!」
「む!(広々)」
 あからさまな忌避にも動じずにポジティブに捉えられるこいつらの強さと言うか天然さをみれば、
「まあ、今そんなこと言ってもしょうがないか……」
 少なくとも水龍による災害の責任を取らされないようにだけはしてやるかと、クヨクヨするよりも、今は、俺らにやることあるかと決意を新たにするのだった。


「で、今回の選挙だが……」
 店員も遠巻きに眺めるばかりで近づいてこない、ガランとしたカフェの中で俺たちは会議を始めた。
「なんだか、トランクを支持せざるを得ないと言うお前らの事情抜きに、……正直に言えば、どっちを選んだら良いのかって迷うな。悪い意味で……」
「そうですね。ローゼ様がトランク派に味方しているのも、今の市長の反対勢力ってだけの理由で、わざわざ好んで選んでるわけじゃありませんから。だからって、クランプトン派も選びたいかって言えばそうでもないですね」
 やっぱり、そうだろうなと思いつつ俺は首肯する。
 サクアも軽く首肯しながら話を続ける。
「選べない選挙——って今回の市長選は呼ばれてます。と言っても、無理やり選ぶなら、現職の市長派閥出身のクランプトン女氏が有利だろうとは言われてますが、あの女、結構嫌いな人多いですからね。なんだかお高く止まってそうだとか、綺麗事ばっかりで市民の不満を組んでくれなさそうだとか……インテリ層とか大商店のギルドとかはそれでもこちら選ぶようですが」
 じゃあ、トランクは?
「逆にトランクは、言うことの勢いは良いので、今の市の穏健な対外姿勢に不満があったり、不遇を囲ってる層なんかに人気がありますね。他の市に競争で負けて景気の悪い加工業の職人とか、安く働いてくれる移民者に仕事取られて職にあぶれてたりした労働者とかそう言う層に人気あるって言われてますね。でも言うことがあまりにバカすぎて、いくらなんでもみんな本気ではこっちを選ぶことはないだろうって評判ですが……偉い人には分からない街の不満がトランクを勝利させるかもって言ってる預言者のおばあさんもいましたね。でも……」
「どっちも積極的に選べない消去法ってことか……」
「そんなとこです」
 まあ、政治家になろうなんて人は一癖も二癖もあるのがあたりまえなのだろうが、今回の選挙はそれにしても極端な二人の戦いのようだった。
「とは言えは、積極的にしたいわけではないが、応援するのはトランクと決めたのだからあとはやれるだけやりたいと思うけど……」
 誉め殺しでクランプトンのネガティブキャンペーンやってやろうと思ったけど、そもそも誰も聞いてくれないんじゃしょうがない。
「次はどうしますかね?」
「そうだな……」
 何かできることか……
 俺は取り出したスマホ(もちろんなぜか異世界でもアンテナバリ立ち)で選挙運動の検索を始める。
「……この世界の選挙と俺の世界の選挙じゃルールも習慣も違いそうなので、一概になんとも言えないけれど、やっぱり選挙運動の基本といえば、街頭演説や支持団体との連携とかになっちゃうようだな……」
 俺たちが街頭演説しても無意味と証明されちゃったし、
「おまえら仲が良いギルドとかあるか?」
「はい? そんなこと聞いてどうするんですか?」
「……そのギルドにトランクの支持を頼んでみるとか」
「ギルドに頼む? まあ前は街の魔法協会(ギルド)に入ってたこともありましたが、あんな会費取るだけで何にもしてくれないところはさっさと縁を切っちゃいましたよ。だって、魔法協会(あそこ)って会費取った上に総会の懇親会でまたお金を徴収するんですよ——そんなところにはいつまでも入っていられないですよ。すぐに退会しました」
「む! ぼったくり!」
「まあ、そうだろうな……」
 確かに、こいつらがどっかの協会に所属してルール守って大人しくしているところがまるで想像できない。俺は納得して深く首肯をする。
 まあ、普段は無駄に見えても、そう言う協会に入ってることでいざという時に助けてもらったり、懇親会で人脈みつけて新しい仕事まわしてもらったりの利得があるので、みんなそう言う協会とかに入っておくのだが……
 ローゼはいざという時に助けてもらうと言うよりも、こいつらこそ「いざ」そのものだし、人脈作ろうにもみんな怖がって近寄らないから意味ないからな。
 だから、
「他には? 所属してなくてもよいけど関わりあるギルドとか?」
 俺は所属してなくてもなんか親交のあるギルドはないかと問うのだが、
「魔法具(アイテム)つくる職人の協会(ギルド)はなにかと関わりありますが、ずいぶんいろんな店につけ貯めてますからね——今あそこに関わりたくないですよ。ここぞとばかりに取り立ての交渉をしてきそうです」
「む! 近づけない!」
 やっぱりこいつらには仲の良い団体などはないようだった。そもそも、なんか関連あるギルドあったにしても、地道な根回しみたないな、コミュ力いることがこいつらにできるとは思っていなかったけどな。
 でも、
「それなら、他に何かできるんだ……」
 俺は、そう呟きながら、特に新しいアイディアが思いつかないまま当て所なく検索を続けるのだが、
「まてよ……!」
 ふとあることを思いついたのだった。
「この街の選挙のやりかたって、アメリカの大統領選挙のやり方に似てるよな?」
「アメリカ? なんですかそれどこの田舎の市のことですか? 聞いたことありませんが?」
「いや、俺の世界での世界一の経済力と軍事力を誇る大国だが……」
 俺は、脳内で大絶叫されるヤンキーたちのUSAコールを聞きながら、
「その大統領選挙と市長の選び方が一緒ならば……」
 と言うと、
「ん? 選び方? 使い魔殿は街区ごとに選挙人を候補者が獲得して、その合計で市長を選ぶルールのことを言ってるんですか?」
 と答えるサクア。
 うん、どうやらこの市の市長選挙はアメリカの選挙人方式と一緒のようだな。
 ならば、——俺は首肯しながら言う。
「それで、ローゼには魔法で土地を動かす能力がある……」
「……? 使い魔殿は何をしようとしてるんですか?」
「む?(なんだ)」
「そうだな」
 まるでピンと来ていない様子の二人に向かって言う。

「ゲリマンダーだ!」

 ——と。
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