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暴力

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 今日はひどい日だった。パーティが進めば進むほどに、どんどんと雰囲気の悪くなるその様子を見ながら、君はそう思ったのだった。
 その、今日の会場の殺伐とした感じの、原因は、パーティの佳境で、うるさく、暴力的な曲をかけだしたDJも悪いのかもしれないが、それでなくとも湖畔の会場には最初から妙な雰囲気、――なにか強烈な刺激を望む雰囲気が漂っていたのであった。
 ならば、DJはその場の要望に忠実に従っただけなのかもしれない。
 しかし、その欲求を増幅するようなDJの選曲に煽られた人々は、さらに刺激を求め、――DJがそれを与える。
 そのフィードバックが、悪循環が、場をますます暴力的にしていったのだと君は思った。
 音が激しくなればなるほど、人々は、刺激を、さらに激しい刺激を求めて叫びつづけた。
 少しでも音の強度が弱まると、あせりとも不満とも区別のつかないブーイングが、周りから聞こえてきた。
 ならばDJはさらに煽るように下品で強烈な音をかけ続けていくのだった。
 だが、物には限界がある。会場の熱狂はあまりに暴力的で無秩序で、もうすぐにそれを超えてしまいそうに見えるのだった。
 しかし、その時は、会場は、ギリギリ、まだ危ういながらも、――バランスを保っていた。DJは、爆発寸前の人々の激情を、なんとかパーティの盛り上がりへと変えるべく、ミックスの腕を持っていた。
 問題は、その次のDJだった。
 メインアクトから、引き継いだ次の出番の若い男は、その場の雰囲気を見誤った。加熱しすぎた人々を落ち着かせようとしたのか、チルアウトまがいのゆっくりとしたトランスをかけはじめ……。
 ――それが逆効果であった。
 音にぶつけて解消することのできなくなった人々の内なるエネルギーは、行き場を失い、弱いところから噴き出してしまう。
 それは、ブースの前、最前列の少し後ろのあたりであった。
 そのゆるい曲に不満足で暴れ出した男と、暴れたその男にただつっかかりたいだけの男。その二人が、収まりがつかなくなって殴り合いの喧嘩を始めると、周りから、悲鳴のような歓声があがった。
 瞬く間に、人だかりができた。
 もちろん、二人を引き離そうとしたものもいたし、そこに慌ててセキュリティの屈強な男たちが向かいもした。
 しかし、乾いた野に放たれた火の如く、暴力が広がる。
 あちらこちらで、衝動が解放される。
 そんな混乱の中、君は、押し合いへし合いされながら、いつのまにか殴り合いの間に、放り出されて、――そこからすぐに、逃げようと体を引くが、すると今度は後ろにいた誰かにぶつかり、
「おいこっちむけや」
 振りかえるとそこには目をぎらぎらとさせた大男が、興奮してそこに立っている。
 ――せまるこぶし。
 目の前で星が飛び、地面に倒れる君。
 君に馬乗りになり、また拳を構える男。
 聞こえるサイレンの音。
 そして……。

「君、だいじょうぶですか」

 君は、気がつけば、警察の着た男に、心配そうに見下ろされながら声をかけられていたのだった。
 その横、君に馬乗りになっていた男が、別の警官に後ろ手に拘束され、怒声をあげながら連れ去られていくのが見えた。
 ――ああ。
 君は状況を大体理解した。
 一瞬気を失っていたのだろうか、その時ちょうど。騒ぎの収拾に駆けつけた警官の一人に君は助けられたようであった。
「頭を殴られてるから、無理しないで」
 しかし、彼の言葉に、大丈夫だと答えた君は、それを証明しようと、立ち上がろうとするが、――少しぐらつく。
 警官はあわてて、君を支え、この公園にはもう何台か来ている救急車、――そこに看護師も来ているから少し休むかと聞かれる。
 しかし、確かに殴られて、一瞬気絶していたようだが、今は頭が痛むわけでも、どこか痺れたりするわけでもない。なので、大丈夫と思う、と君は言うと、そのまま警官の前から去ろうとするのだが、
「それならば……」
 少し話を聞かせてほしいと言われ、君が、パトカーに乗せられて行ったのは、湖のある山腹から車で少し下りたところにある街の警察署であった。

 君は、警察署まで連れていかれると、その一回の奥の殺風景な一室に押し込められた。
 君の前に座る警官は二人であった。一人は、君と一緒にパトカーに乗ってきた若い警官。もう一人は、彼の上司らしき、年配の太った警官。
 二人とも、言葉は柔らかであったが、厳しく追求するような様子で、君を問い詰める。
 そこで、君は、――もちろん、被害者としての事情聴取をされたのだが、その中には時々、誘導尋問じみた言葉がまざっていた。
 君が、なにか乱闘に関わっていたのでは? 
 何かこの警官の手柄となる軽罪でも犯していないだろうか?
 そんな風に君を疑い、探る様子がありありと感じられた。
 ――なぜあそこにいたのか?
 ――踊るだけのためにこんな山の中に来たの?
 ――騒音の中にいて楽しいのかな?
 君は、明らかに何か犯罪を――軽いものでも――犯していることを、そうでなくとも、何か別の犯罪の手がかりとなるようなことをしゃべることを期待され、尋問めいた取り調べを受けるのだった。
 それは、たぶん、一時間も続いただろうか。
 もしかしたら、後ろめたいことも別に何もないので、聞かれたまま素直に答えたことが悪かったのかもしれない。ならば、何か君から引き出せそうだと思ったらしい警官たちは、しつこく尋問を続けたのだった。
 しかし、
「まあ、ひどいめにあったようだね、まあこれに懲りて君もあんな馬鹿なとこいくのやめるべきだね。いろいろ話を聞かせてもらってありがとう」
 太った警官の方が言った、放免の言葉だった。
 それを聞いて、君はあいまいに肯く。
「……今回みたいな騒ぎが続くようだと、ウチらもあそこにももっと注意しないといけなくなってくるかもな」
 君が、立ちかけている時に、若い警官の方が言った。
「あんなのでも、……あの村にとっては良い町おこしらしいので、こっちもあんまりうるさいことは言わないでいたんだが、――君もまたいくのなら気をつけるんだね」
 そして、太った警官に、少し険のある言葉を言われると、そのあとは無言で、君は警察署の外まで連れて行かれ、そこで見送られる。
 もし、荷物を残していたり、そこから車で帰るつもりだったり、――パーティ会場まで戻る必要があればパトカーで送ってくれると、最後に言われたが、君は首を横にふった。
 警官とこれ以上一緒にいたくない。二人が人間的に何か嫌な感じがしたわけではないが、疑い探ることが信条の彼らとはやはりさっさと別れてしまいたい。
 君はそんな風に思ったのだった。
 それに、あの会場には、着の身着のままでいただけで、取りに行く荷物も、待ち合わせる友達も……

 ――いない?

 君は一瞬立ち止まり、ぽかんとした顔で宙を見つめる。
 君は、……誰だ?

 ――いや。

 君は、知った、ポケットに入れている財布に気づき、無意識にそれを手につかむと、中に入っていた君の免許証を取り出す。
 そして、君は、その住所をじっと見つめたあと、
「帰ろう」
 とつぶやくのだった。

   *

 君は適当に歩き回っているうちにたどり着いたJRの駅で、東京までの乗車券を買うとそのまま次にきた各駅停車の電車に乗った。その後は、途中の駅員の指示の通り乗り換えて、なにも考えずに窓の外の景色を眺めながらすごす。
 昼に乗った電車だったが、周りの景色が次第に暗くなり、そろそろ線路沿いの道路の街灯が灯るころ、君は、気がつくと郊外の私鉄の駅にいた。
 君は、その見覚えのある街並みに入ると、足の向くままに歩き、やはり見覚えのある表札のある家の前で立ち止まる。
 それは、築二十年くらいの、少々古ぼけて見える、いかにも建売っぽい、なんの変哲もない家であった。門から見える、茶の間らしい一階の、カーテンの隙間から、中に誰かがいるのが確認できた。風呂を沸かしているのか家の脇の排気口から湯気がたっていた。
 家の前の電柱に書かれている住所と、免許証の住所は一緒だった。君は、それを確認すると、そこに住む、君の家族を呼び出そうとインターホンに指を伸ばすのだった。
 違う。
 しかし君はどうにも違和感を感じる。
 ここが、自分の家?
 なぜかはわからない気持ち悪さに、君はそのまま、インターホンのスイッチに指先をづれたまま、じっとそこに立ちすくんでしまう。
 何かがむしょうに怖かった。
 何かにつかまってしまいそうな恐怖、目の前の光景が、どこか微妙に、本物とずれているように思えた。
 ひょっとしてここは違う?
 君の家じゃ無い?
 そうだ。
 君は、背筋を走り抜けた不気味な感覚。その本能に従い感じた逃げようとインターホンから指を離し、ここから逃げようと、振り向いた瞬間、
「なんだ、突然帰ってきたのか? 連絡くれればいいのに」
 愛犬と一緒に兄がそこにいたのだった。
 その男の姿を見て、君は反射的に答える。
「健一にいさん」
「もう旅行から帰って来たのか。思ったより早かったな」
「そうだね……」
 君は、親しげに、足もとにじゃれてくる犬を、かまれやしないかと心配しながら答える。
「まあともかく家に入ろう」
 兄に引かれるように君は中に入り、茶の間でテレビを見ていた父の横に座らせられた。
 父は無関心なそぶりをしながらも少しうれしそうな表情をみせ、にこにこと微笑む母を呼び、ビールを持ってくるように言うと、ビールと一緒にやってきた兄も加わり、一家全員の団欒が始まった。
 父の見ていたテレビは、ちょうど時間延長していたプロ野球が終わるところらしく、今日の試合のダイジェストとこの後の放送の予定、――定時のバラエティ番組は放送中止になり、すぐにニュースが始まるというテロップが放送されていた。
 君にビールを注ぎながら母が言った。
「今度は何処行ってたの」
 君が言いごもっていると兄が答えた。
「いく前はオーストラリア方面とか言ってたよね」
「こいつがそんな高級なとこいけるわけないだろ」
「父さんは弟が帰ってくるとそれしか言わないんだから」
 兄の言葉で茶の間に笑いが起きた。
 君もつられて笑ってしまったが、正直なぜそこまでみんな爆笑してるのか? その、理由というか、空気がわからずに、少し気味が悪かった。
 テレビでは野球が終わってニュースが始まった。アフリカのどこかの国でのテロのニュースからだった。
 君は家族とビールをのみ、談笑しながら、遠い国での殺戮を眺めていた。
 世界でもっとも安全に感じる自分の家から、他人の不幸を眺めながら酒を飲んでいることを、君は、少し申し訳なく感じないでもなかったが、その気持ちを誤魔化すように酒を飲めば、ますます申し訳ない気持ちになり、――止まらずに酒が進む。
 そんな風にしてビールの瓶が家族で三本も空いた頃、
「あれ?」とニュースが今日の野球の結果に変わった瞬間、突然、母が言う。「あんたあそこの国いった事があったんじゃなかった」
 母の言葉で、君は思い出した。
 アフリカの大地を踏みしめる感触と風に運ばれた草のにおい。
 そう君は確かにあそこにいた。
 
 
 三年ほど前、エジプトから入って、アフリカをふらふらとさまよっていた時のことだった。君は、モロッコで知り合ったイスラエリーに教えてもらったパーティを探して、大陸を大移動中であった。
 小さい飛行機を二、三回乗り継いで、最後はおんぼろプジョーに同乗して会場を目指す。
 途中パリダカールラリーを競う一群に追い越されたり。途中の町でイタリア女が同乗してきたがいつのまにか君のバックと一緒に消えたり。車が煙をあげて止まってしまって、治るまで遠くから君らをにらめているハイエナにビビりまくってしまったり。
 君の大陸の旅は、パーティに行くために、なんでここまでして、と自分でも思うような大冒険に、期せずしてなってしまっていた。
 が、君はそんな非日常を結構楽しんでいた。
 ハプニングや、トラブルだらけでも、終わって見るとそれは全部楽しい体験に思えてくるし。それに、パーテイ会場が近づいて、同じような体験をしてきたと思われる、怪しげな連中の乗った車やら、トレッキングしてる派手な格好の連中やらがしだいに増え始めてくると、様々を乗り越えてここに来た連中――仲間と一緒に踊るのが、得難く、とても素晴らしい体験と思えて来たのだった。
 だから、ついにパーティ会場――とても美しい海岸――にたどり着いた時に、君は、車を降りると、抑えきれないほどのワクワクする気持ちで心の中がいっぱいになり、大声で叫びながら駆け出してしまっていたのだった。
 ――夕焼けになる直前のオレンジがかった太陽は、砂一粒一粒まで輝かせながら砂丘を照らし、その頂上に設置された大きな大きなスピーカの、長い長い影を作っていた。
 砂浜には無数のテントが張られ、その前でたくさんの人が踊っていた。
 天国のような、美しく、幸せな光景だった。
 追いついた車の同乗者たちは、後ろから君の肩を叩き、振り返ると心底楽しそうな表情で言った。

 ――楽しもうぜ。

 完璧なパーティだった。偽物のない、本物の気持ちだけが集まってできたパーティだった。
 最高のパーティを期待して、それを楽しむためだけに集まった様々な人々。
 ここには、見栄も、酔狂もなかった。
 ただ音を楽しみ、踊る。そのためだけにやって来た人々のが作り上げるパーティだった。
 ただ面白そうとかの軽い気持ちでは、なかなかここまではやっては来れない。そんな場所で行われるパーティだった。途中の様々な、関門をくぐり抜けて集まった、選ばれた人々が作るグルーヴがそこにあった。
 君は、そんなパーテイの中にたちまちに没頭し、たちまちの絶頂を得た。
 叫ぶ。いつまでも叫び続けても声は止まらなかった。
 周りの人たちと、なんとも笑い合い、抱き合い、キスをして、万歳をした。
 夕日を見ていたはずなのに、気づけばもう朝日が昇っていた。
 光る海を見て、君は歓喜のあまり泣き始めていた。
 その涙声で君は叫びながら、感極まって顔から海の中に飛び込んだ。
 世界は流れる光に変わった。無数の光る泡に身体が包まれた。
 重力を失い、何処か違う世界で漂ってるようだ。
 海水にほてった身体を冷やされて、心地好く、
 気をつけないとこのまま寝てしまいそうだった。
 波にあわせて漂って、君は、遠いところへ流されていってしまいそうだ。
 だが……。
 ――それもいや面白いかも。
 君は思う。
 このまま流れていったらどうなっただろうとか考えて見る。
 今、君は記憶の中なのだ。
 その中で、流れるがままに身を任せたら、一体どこに流れ着くのだろうか?
 それは、現実と違う結果になるだろうか?
 それとも、やはり同じことが起きるのだろうか?
 気味がたどり着く岸は、どんな世界なんだろうか?
 君は、そんな風に考えて、ただ体をそのまま無意識に沈めるのだったが、
「……どうしたのぼうっとして?」
 しかし、その答えは、母の心配そうな声で 現実に引き戻されて君は知ることはない。
 答えは変わらない。
 テレビはスポーツニュースから、政治家のスキャンダルに変わった。
 すると、父は、
「つまらないからチャンネル変えよう」
 とか言いながら、空いていた君のグラスに瓶に最後にちょっだけ残っていたビールを注いだ。
 それを見て、
「今日は、もっと酒出していいよな」
 と兄が言えば、
「あぶないからこんなとこもういっちゃだめよ」
 と、母は頷き、酒を取りに立ち上がりながら、どうもさっきのニュースのテロのことをまだ言っているようだった。
 が、君を含めた残りの三人は、何を言われているのかよくわからないままに聞き流す。
 なにぶん、随分酒も進んだ。
 母が棚の奥から焼酎や日本酒が出はじめると、そろそろベロベロの父は、なんだか手元も怪しく、テレビからは、お笑い芸人と売れてなさそうな女性アイドルの乾いた笑い声が流れてきて、
「これもつまらないから」
 と言って、さらにチャンネルを変えようとするが、間違ってテレビの電源を消してしまうのだった。
「親父……」
 呆れたような口調の兄は、しかしその当人も、目の前のアイスボックスに袖を引っ掛けてひっくり返す。その中の溶けた水がテーブルいっぱいに広がり、床にしたたり落ちる。
「健一! あんたも……」
 呆れたような母の声。それは怒っているようでも、やさしく、――君はそれを見て、ほんわかな気分になりながら、一緒に床を拭く。
「テレビ、ろくなのやってないな……」
 そんな騒ぎも我関せずのマイペースな父はテレビの電源を付け直して、チャンネルをなんおか切り替えながら、焼酎のグラスを飲み干す。
 それを見て君は自然に口元が緩む。
 安穏とした、居心地のよい家族の日常であった。
 君は、どうやら、旅から帰ってこの場所に帰って来たらしい。
 優しく、心地よい場所。
 君は、思う。
 このまま、こんな日常を送るのも良いかもしれない。
 パーティを渡り歩くような生活はやめて、家族と暮らす……。
 しかし、その考えは君には、どうも何か間違っているよう思える。どうにも気味の悪い感触が心の奥に残っているのだった。
 なんとも、曖昧で、しっかりと表現しにくい、淡い感覚であるが、異なるものがある。
 君は、その嫌な感触をずっと感じながらも、そのままずっと酒を飲み続ければ、全ては酔いのヴェールの下に隠れ……。

 夜半も過ぎたあたりでいつのまにか、父はソファーで寝てしまい、兄はシャワーを浴びに席を立ち、君は、母と二人きりになった。
 彼女は何か言いたそうにもじもじとした後に言った。
「お願いがあるんだけど」
 君は、母の真剣な顔に、半ば何を言われるかわかりつつ、曖昧に頷く。
「そろそろふらふらしてるのはやめてまともに職についてほしいの」
 予想通りの母の言葉だった。
 そして、
「でも…」
 と君が言いかけたのをさえぎって、
「あなたは今それで楽しいのかもしれないけれど、お母さんは心配でたまらないのよ。……いいかげん現実に戻ってほしいの」
 母は続けて言う。
「いや…」
 声にならない言葉で君は何事かつぶやいた。
 自分でも何をいってるのか分からないくらいの小さい声だった。それはたぶん反射的にでてきたつまらない言い訳なんだろう。
 だから、母は、君の反応は無視して、
「お父さんの勤めてる会社の経理に空きが出そうなのよ、来年までがんばって資格をとってもらえば」
 現実。
 突如押し寄せてきたむせかえるような現実に君は飲みこまれそうな感じがして、思わず座ったまま後ずさりを始めていた。
 じりじりと下がる君に母はかまわずついてくる。
「今日は逃がさないわよ。わかる。あなたの事を思うから厳しく言うのよ」
 君は、突然語気をあらげた母の迫力にそのままどんどんとあとずさり、ついには壁際の木の食器棚に背中をぶつけてしまった。
 すると、棚は大きく揺れて、君の頭の上になにか硬いものがおちてくる。
 母の目が一瞬宙を泳ぎながら、それに手を伸ばす。
「だめよ!」
 母親が叫ぶのと、君がその落ちて来たもの――写真立てを拾うのが同時だった。
 その写真は君だった。
 黒枠で囲まれた、どうみてもそれは……。
 君は、立ちあがり食器棚の上に小さな仏壇が載せてあるのを確認した。
 そこから君の写真が落ちてきたと言うことは?
「いや私は信じないわ」半狂乱になりかけながら母が言った。「あなたの遺体はまだ発見されてないのよ。きっといつか戻ってくるに違いないのよ」
 いつのまにか母の横に父が座っていた。
「もうあの子の事はわすれようや。いつか戻ってくるかもと思いつつもう十年もたって」
「あの海岸では祐ちゃんの遺体は発見されていないのよ。パスポートが落ちていただけじゃない」
「あの事件では爆発で身元不明の死体がいっぱいあったじゃないか、生きていたらきっと連絡くれるはずだ、ないってことは」
「やめてよ」
「もう葬式だってあげてしまったんだ。私たちが未練がましく思い出にすがっていたらあの子が成仏できないかもしれないじゃないか」
 君は二人に声をかけようとしたがそれは声にならなかった。
 もしかして僕は幽霊なんだろうか。
 死んでしまってあのパーティ会場で死後の世界を楽しく生きている。
 確かにいままであそこでは、死んだはずの奴に散々あっている、しかし僕が死んでいる?
 なんの意識もなしに?
 そんな、
 ――信じられない。
 と君は言った。
 いやだ。
 すると、
「それはもちろん可能性の一つさ」突然後ろから声がする。「君は別にこの家の死んだ子にならなくてもいい」
 ふりかえるとまた、そこにいるのは見も知らない男だった。
「いや実際のところ、君がこれがいやだったら、自分が貰おうかと思うんだけどどうだい」
 ――貰うって……自分の記憶を?
 と君が、心の中で思うと、
「ああ、間違っちゃだめだよ。まだだよ。これはまだ君の記憶じゃないのさ。なら、どうも君はこれが気に入ってない見たいだし、かまわないよね」
 ――かまわないって…そういうもんなのか?
「そういうもんさ」
「……」
「ともかくじゃあ貰ったということでいいだろ。僕は、リアルなのが好きなんだ」
 そう言うと、君の目の前の男は、にやりと笑いながら、指をならした。


 君は、波打ち際に立ち、砂丘の向こうに爆煙のあがるのを見た。
 機関銃の音とたくさんの悲鳴が聞こえた。
 海に逃げ込んでくる連中は次々に後ろから背中をうち抜かれ、君の回りに倒れこんでいった。
 海は血に染まった。
 爆発が、今度はDJブースのあたりでおき、一瞬の静寂のあと、横の山のように積まれたスピーカー騒がしい音をたてて崩れ落ちた。
 逃げるものの悲鳴と追い立てるものの怒号が聞こえた。
 今度は、君のもっと近くで爆発が起き、吹き飛ばされた肉片が君の顔に飛んできた。
 貝になったかのように、君は身動きできずそこにじっと立っていた。
 次々にあがる爆音と悲鳴の中、その狂乱のなまなましさ君は危うく、恐怖も忘れ、まるで酔ってしまったような気分になる。
 その時、君の目の前には、バスドラムのように爆音と、ハイハットのような機関銃の作り出すリズムにのって、踊っているかのような軽やかな仕草で、まだ幼い少年のゲリラが現れる。
 彼は、何も言わず銃口を君に向けた。
 しかし、彼がすぐに撃たなかったのは、真っ黒に日焼けした君が彼らの仲間に見えたのか、それとも単に準備に手間取ったのか、ともかく、その一瞬の間、君は、
「なぜ平和を求めて来た人たちを」と言い、
 それに答えて、
「おまえらの平和だ」
 と少年は言うのだった。
 銃声、
 そして暗闇。

   *

 君は、目の前のパーティ会場が一瞬不穏な雰囲気となったことを察知して、なんだかとてもぞっとするのだが、メインアクトを引き継いだ、若いDJはその会場の変化を敏感に察知してくれたようだった。チルアウトまがいのトランスは早々に切り上げて、激しい曲をかけて会場の雰囲気を元に戻すと、徐々に時間をかけて、クールダウンさせるように、緩やかな曲に変えていく。
 そして朝。
 最後の曲が終わり、会場は拍手と歓声に満ちる。
 途中、なんだか剣呑とした雰囲気になったこともあったが、――終わってみれば良いパーティだった。
「最高だったな……」
 君は、前で踊っていた大男に声をかけられて、迷わずに頷いた。
 ただ、なぜか君は彼を前にして、意味がわからないままにこしがひけてしまったのだけれど……。
 君は、そんな細かいことはすぐに忘れ、アンコールでかかり始めた古いレゲエに合わせて。ゆっくりとまた体を動かし始めるのであった。
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