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トートおじさんの語り
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私はトートおじさんに追いついて、気になることを聞いてみた。
ていうか結構足にくるわ、この坂。
「さっき言ってた、魔物ってなんですか?」
「ん?ああ、魔物はこの村の周りをうろつく奴らだ。動物の形をしていたり、人間の形をしていたりもする。もっと大きい奴は怪物と言ってな、大きな翼を持ったドラゴンだったり、人間の姿をしていても異形だったりするんだ」
だがな、とトートおじさんは付け足す。
「魔物も怪物も、見た目は黒い影のような見た目をしているんだ。触れなくて、まるで霧のようだと死んだ者が言っていたよ」
トートおじさんは悲しそうに目を伏せる。
あれ、死んだ者が言っていたって……。
「察したと思うが、俺は医者もやっていてね。だが、ほぼ救えていないんだ。魔物たちは影のように存在がないのに、酷い傷をつけてくる。それくらい攻撃力が高いんだ」
だからクレアもあそこにそのままいたら、殺られていたところだったんだぞ、とトートおじさんは叱るように言った。森には特に現れやすいそうだ。
「最近は怪物は出てこないが、魔物が多くてな。よく人が襲われて死んでいく。その家族や仲間たちが、俺の店に来るんだよ」
トートおじさんの話によれば、店に来るのは老若男女、様々だという。家族や友達、仲間。大事な存在を魔物によって失って、悲しみに暮れながらこの長い坂を上ってまで店に来るらしい。
「よし、ついたぞ。お疲れ様」
顔を上げれば、そこにはレンガ造りの大きな3階建ての家があった。隣には倉庫のような、体育館のような、工房らしきところまで。
「立派ですね!」
「まぁ、ドラゴンの機械人形を創ることもあるからな」
トートおじさんは語った。
前までは、娘さんと一緒に住んでいたのだと。
だが17年前に、ドラゴンの形をした怪物に襲われて娘さんは亡くなったのだという。その後のことはあまり覚えておらず、1つだけ鮮明に覚えていることがあると言った。
10年前に病で倒れた奥さんの、最期の言葉。
『死の神は……近くにいたのね……』
死ぬことを悟っていたのか、奥さんの顔は歓喜に満ちていたように見えたという。それから1人になって寂しくなり、お金もないのでゴミを拾って、犬や猫を機械人形として創る日々が続いたそうだ。
「娘を創ろうと思った日もあったさ、何度もな。けれど、娘の顔が思い出せないんだ。娘の身体が燃えてなくなっちまったのもあるが、姿さえもぼんやりしてて……分からないんだ、親なのに。今頃、妻は馬鹿だねとか言っているんだろうな」
そう言うとトートおじさんは、苦笑いした。
私を拾ったのは、娘さんが私と同じぐらいの歳だったからだという。それじゃ、私が想像してる以上に辛いよね……。
「それで機械人形って、どんな感じなんですか?どうやって創るんですか?」
話を変えるために、興味津々な女の子を演じた。
私が目をキラキラさせて言えば、トートおじさんは家の中に入っていく。
「ほら、家の中に入りなさい。暑いだろう」
「し、失礼します!」
ぺこりと礼をして、中に入っていく。
そこは暖かみのある家だった。石畳の玄関で靴を脱いで上がれば、リビングの天井には金色で装飾された明かりがあった。壁は白色、床も白のフローリングだった。
家具はシンプルに白色でまとめられていて、ちゃぶ台みたいな低くて丸い机は、唯一濃い青色をしていた。
「その机は娘が作ったものでね。この色がいいと聞かなくて、俺が染めてやったのさ」
机の真ん前にあったソファに座るよう勧めてくれたので、慌てて座る。3人用のソファは学校の校長室の椅子みたいで、沈みこむような感じがした。
「待たせたね、ラギジュースだ」
「ラギジュース?」
聞き慣れない言葉に私は首を傾けた。
机に置かれたのは、白い牛乳のような、とろみのある液体が入っているコップ。この世界にも透明なコップってあるんだな。
「ラギっていうのは、この村でアリのことさ。妻が作ってくれていたものでね、この村ではよく飲まれる。白いアリ……イトラギというアリを潰して、よく煮込んで冷ましたものなんだ」
飲んでみてごらん、悪いものじゃないから、と微笑んで言われれば飲みたくなってくる。私は昆虫食には抵抗ないから、聞いても気持ち悪く感じないけど、無理な人は無理だろうな、これ。
コップを両手で持って、一口飲んでみる。すると、はちみつのようなとろみと甘味、苺みたいな酸味が同時にやってきた。アリの姿からは想像できないほど、スイーツみたいな味だった。
「美味しいです!」
一口飲めば、また飲みたくなってきて、どんどん飲んでしまった。飲み終わってトートおじさんの方を見れば、優しく微笑んでいた。
「娘を見ているようで楽しいよ」
「そうですか?」
「娘は金髪だったが、それ以外はクレアと一緒だ。……さて、思い出話はこれくらいにして、工房に行くとするか」
するとトートおじさんはコップをキッチンに下げて、裏口に来るよう私を呼んだ。ソファから立ち上がって、トートおじさんのもとへ向かう。
「この先が工房だ」
「家と工房、つながってるんですね!」
「行き来しやすいように俺が全部建てたんだ」
「えっ、全部!?」
この家も、あの大きい倉庫みたいな工房も?
「ああ、一人で建てたさ。大変だったが、達成感がすごくてね。それから、椅子とかも全部俺が作ったんだ」
ああ、この人は根っからものづくりが好きな人なんだなと思った。そうじゃなきゃ、娘さんと奥さんが亡くなっても、機械人形を創ることなんか出来ないもん。
私は裏口のドアを開けて先を促すトートおじさんに、1つ礼をしてから中に足を踏み入れた。
ていうか結構足にくるわ、この坂。
「さっき言ってた、魔物ってなんですか?」
「ん?ああ、魔物はこの村の周りをうろつく奴らだ。動物の形をしていたり、人間の形をしていたりもする。もっと大きい奴は怪物と言ってな、大きな翼を持ったドラゴンだったり、人間の姿をしていても異形だったりするんだ」
だがな、とトートおじさんは付け足す。
「魔物も怪物も、見た目は黒い影のような見た目をしているんだ。触れなくて、まるで霧のようだと死んだ者が言っていたよ」
トートおじさんは悲しそうに目を伏せる。
あれ、死んだ者が言っていたって……。
「察したと思うが、俺は医者もやっていてね。だが、ほぼ救えていないんだ。魔物たちは影のように存在がないのに、酷い傷をつけてくる。それくらい攻撃力が高いんだ」
だからクレアもあそこにそのままいたら、殺られていたところだったんだぞ、とトートおじさんは叱るように言った。森には特に現れやすいそうだ。
「最近は怪物は出てこないが、魔物が多くてな。よく人が襲われて死んでいく。その家族や仲間たちが、俺の店に来るんだよ」
トートおじさんの話によれば、店に来るのは老若男女、様々だという。家族や友達、仲間。大事な存在を魔物によって失って、悲しみに暮れながらこの長い坂を上ってまで店に来るらしい。
「よし、ついたぞ。お疲れ様」
顔を上げれば、そこにはレンガ造りの大きな3階建ての家があった。隣には倉庫のような、体育館のような、工房らしきところまで。
「立派ですね!」
「まぁ、ドラゴンの機械人形を創ることもあるからな」
トートおじさんは語った。
前までは、娘さんと一緒に住んでいたのだと。
だが17年前に、ドラゴンの形をした怪物に襲われて娘さんは亡くなったのだという。その後のことはあまり覚えておらず、1つだけ鮮明に覚えていることがあると言った。
10年前に病で倒れた奥さんの、最期の言葉。
『死の神は……近くにいたのね……』
死ぬことを悟っていたのか、奥さんの顔は歓喜に満ちていたように見えたという。それから1人になって寂しくなり、お金もないのでゴミを拾って、犬や猫を機械人形として創る日々が続いたそうだ。
「娘を創ろうと思った日もあったさ、何度もな。けれど、娘の顔が思い出せないんだ。娘の身体が燃えてなくなっちまったのもあるが、姿さえもぼんやりしてて……分からないんだ、親なのに。今頃、妻は馬鹿だねとか言っているんだろうな」
そう言うとトートおじさんは、苦笑いした。
私を拾ったのは、娘さんが私と同じぐらいの歳だったからだという。それじゃ、私が想像してる以上に辛いよね……。
「それで機械人形って、どんな感じなんですか?どうやって創るんですか?」
話を変えるために、興味津々な女の子を演じた。
私が目をキラキラさせて言えば、トートおじさんは家の中に入っていく。
「ほら、家の中に入りなさい。暑いだろう」
「し、失礼します!」
ぺこりと礼をして、中に入っていく。
そこは暖かみのある家だった。石畳の玄関で靴を脱いで上がれば、リビングの天井には金色で装飾された明かりがあった。壁は白色、床も白のフローリングだった。
家具はシンプルに白色でまとめられていて、ちゃぶ台みたいな低くて丸い机は、唯一濃い青色をしていた。
「その机は娘が作ったものでね。この色がいいと聞かなくて、俺が染めてやったのさ」
机の真ん前にあったソファに座るよう勧めてくれたので、慌てて座る。3人用のソファは学校の校長室の椅子みたいで、沈みこむような感じがした。
「待たせたね、ラギジュースだ」
「ラギジュース?」
聞き慣れない言葉に私は首を傾けた。
机に置かれたのは、白い牛乳のような、とろみのある液体が入っているコップ。この世界にも透明なコップってあるんだな。
「ラギっていうのは、この村でアリのことさ。妻が作ってくれていたものでね、この村ではよく飲まれる。白いアリ……イトラギというアリを潰して、よく煮込んで冷ましたものなんだ」
飲んでみてごらん、悪いものじゃないから、と微笑んで言われれば飲みたくなってくる。私は昆虫食には抵抗ないから、聞いても気持ち悪く感じないけど、無理な人は無理だろうな、これ。
コップを両手で持って、一口飲んでみる。すると、はちみつのようなとろみと甘味、苺みたいな酸味が同時にやってきた。アリの姿からは想像できないほど、スイーツみたいな味だった。
「美味しいです!」
一口飲めば、また飲みたくなってきて、どんどん飲んでしまった。飲み終わってトートおじさんの方を見れば、優しく微笑んでいた。
「娘を見ているようで楽しいよ」
「そうですか?」
「娘は金髪だったが、それ以外はクレアと一緒だ。……さて、思い出話はこれくらいにして、工房に行くとするか」
するとトートおじさんはコップをキッチンに下げて、裏口に来るよう私を呼んだ。ソファから立ち上がって、トートおじさんのもとへ向かう。
「この先が工房だ」
「家と工房、つながってるんですね!」
「行き来しやすいように俺が全部建てたんだ」
「えっ、全部!?」
この家も、あの大きい倉庫みたいな工房も?
「ああ、一人で建てたさ。大変だったが、達成感がすごくてね。それから、椅子とかも全部俺が作ったんだ」
ああ、この人は根っからものづくりが好きな人なんだなと思った。そうじゃなきゃ、娘さんと奥さんが亡くなっても、機械人形を創ることなんか出来ないもん。
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