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柔太郎と清次郎
赤松清次郎は幸運である。
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「さすがは赤松先生、コレが何かすぐにお分かりになったとお見受けいたします」
白木屋が心底嬉しそうな笑顔で言う。清次郎はさらに強く拳を握って、
「いやいや白木屋殿、このご時世に学問をやる者で、懐中時計やら置き時計やらをまったく知らないような輩がいるはずがないじゃぁないですか」
僅かにうわずって少し震えた声で言い、引きつった音を出して笑った。
機械式置き時計は、天文年間、というから十六世紀中頃、火縄銃とほぼ同時期にポルトガルから日本に伝来している。
その時計は当然、欧州で使われている定時法――一日を昼夜問わず等分に分けて基準の長さを決める。欧州、そのシステムを受け継いだ現代社会では、一日を二十四等分したものを「一時間」と定めた――で時刻を表示をする品だ。
しかしその頃の日本では不定時法――日の出と日の入りを基準に一日を昼と夜に分け、昼と夜をそれぞれを等分(日本の場合は昼夜をそれぞれ六等分し、それを「一刻」と呼んだ)するため、季節ごとに基準の長さが変わる――を使っていたから、持ち込まれたままの仕組みで使うことは難しかった。
しかし日本人職人たちは、あっという間に不定時法に対応した複雑な構造の仕掛けを拵えた。
江戸前期には日本独自の不定時法に準拠した国産の「和時計」は、少数ながら流通しており、裕福な大名や豪商がそれらを所持していた。
赤松清次郎が生まれた信州・上田藩は、表高五万三千石(内高およそ六万石)の小藩だ。しかも、長く続く冷害や浅間山などの火山噴火に起因する飢饉の影響から、米の不作が続いているから、決して裕福だとは言えない。
だが。
藩を治める殿様の藤井松平家は、神君・徳川家康公の高祖父の五男という、やや複雑な立ち位置人物を家祖とする。三州十八松平に連なる名家なのだ。
その上で、現藩主・松平忠固は譜代の名門である酒井雅楽頭家から養子に入った人物で、奏者番から寺社奉行を経て老中に就任した有能な政治家であった。
米はないが、小金は回せる。大物は手に入れられないが、物は集まってくる。
例えば江戸の上屋敷、あるいは国元の藩主屋敷、国家老の屋敷に、和時計は存在した。城下の大きな商家や寺社などの、民間人にも所持している者があった。それを「拝見」する機会が、禄高十石三人扶持という微禄の家の子どもたちにもあった。
あるいは。
江戸という都市には、日本中の人と物が集まってくる。日本にもたらされた海外の物も、だ。
そこに高名な学者の門弟として暮らしていれば、それを「拝見」する機会がいくらでも廻ってくる。
赤松清次郎は運が良い。彼は国元と江戸で、置き時計やら懐中時計やらを見知ることができた。
「とはいえ、懐中時計の実物を手に届きそうな間近に見るのは、俺も初めてなんですがね」
「いやいや、赤松先生は正直でおられますなぁ」
白木屋は膝を打ち、声を立てて笑った。
白木屋が心底嬉しそうな笑顔で言う。清次郎はさらに強く拳を握って、
「いやいや白木屋殿、このご時世に学問をやる者で、懐中時計やら置き時計やらをまったく知らないような輩がいるはずがないじゃぁないですか」
僅かにうわずって少し震えた声で言い、引きつった音を出して笑った。
機械式置き時計は、天文年間、というから十六世紀中頃、火縄銃とほぼ同時期にポルトガルから日本に伝来している。
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しかしその頃の日本では不定時法――日の出と日の入りを基準に一日を昼と夜に分け、昼と夜をそれぞれを等分(日本の場合は昼夜をそれぞれ六等分し、それを「一刻」と呼んだ)するため、季節ごとに基準の長さが変わる――を使っていたから、持ち込まれたままの仕組みで使うことは難しかった。
しかし日本人職人たちは、あっという間に不定時法に対応した複雑な構造の仕掛けを拵えた。
江戸前期には日本独自の不定時法に準拠した国産の「和時計」は、少数ながら流通しており、裕福な大名や豪商がそれらを所持していた。
赤松清次郎が生まれた信州・上田藩は、表高五万三千石(内高およそ六万石)の小藩だ。しかも、長く続く冷害や浅間山などの火山噴火に起因する飢饉の影響から、米の不作が続いているから、決して裕福だとは言えない。
だが。
藩を治める殿様の藤井松平家は、神君・徳川家康公の高祖父の五男という、やや複雑な立ち位置人物を家祖とする。三州十八松平に連なる名家なのだ。
その上で、現藩主・松平忠固は譜代の名門である酒井雅楽頭家から養子に入った人物で、奏者番から寺社奉行を経て老中に就任した有能な政治家であった。
米はないが、小金は回せる。大物は手に入れられないが、物は集まってくる。
例えば江戸の上屋敷、あるいは国元の藩主屋敷、国家老の屋敷に、和時計は存在した。城下の大きな商家や寺社などの、民間人にも所持している者があった。それを「拝見」する機会が、禄高十石三人扶持という微禄の家の子どもたちにもあった。
あるいは。
江戸という都市には、日本中の人と物が集まってくる。日本にもたらされた海外の物も、だ。
そこに高名な学者の門弟として暮らしていれば、それを「拝見」する機会がいくらでも廻ってくる。
赤松清次郎は運が良い。彼は国元と江戸で、置き時計やら懐中時計やらを見知ることができた。
「とはいえ、懐中時計の実物を手に届きそうな間近に見るのは、俺も初めてなんですがね」
「いやいや、赤松先生は正直でおられますなぁ」
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