竜頭――柔太郎と清次郎――

神光寺かをり

文字の大きさ
19 / 62
柔太郎と清次郎

タブレット

しおりを挟む
 さんがくとは、簡単に言えば寺社に奉納する絵馬に近しいものだ。
 絵馬との違いは、木の板に描かれるのが馬の絵や願い事ではなく、算学の問題とその回答であること、だ。
 元々は算学者が日頃のけんさんを神仏の前に表し、今後のしょうじんを記念するためにこしらえるものだった。

『私は日々努力を重ねた結果、次のような難問を解くだけの学力を得ることができました。今後もより一層頑張る所存ですので、神よ仏よ、どうか私をお導き下さい』

 といったような文言と共に、自分が解くことができるようになったという難問を描き、またその解も書き、それを寺社に納める。額は絵馬堂などに掲げられて、参拝者の目に曝される。

 算額に描かれる問題は、二十一世紀現代の数学でいうところのへいめんに当たるものがほとんどだ。文字と数字で板面が埋め尽くされる代数や解析といった分野ジャンルの問題よりも、円や角や線を美しく組み合わせた幾何学文様ジオメトリックパターンであるほうが人目を引くものキャッチーだからだろう。
 実際、しらしょうもそのために弁天堂に算額があることに気付いたのだ。

 時代が下って、江戸末期このころには学問をなりわいとする者たちばかりか、白木屋のようなせいに暮らす算学しょじんが、算額を奉納することが増えた。
 そういった人々は、神仏のみならず自分同様の「見も知らぬ同好の士」の前に日頃の研鑽を表し、今後の精進を記念するために算額を作り、奉納している。
 そういうものの中には、問題だけが描かれて回答の記載がない額もある。そんな算額からは、奉納主の「神仏への感謝」「今後の精進」の心持ちと、それ以外のなにがしかの強い思いの方が、強く感じられる。

「俺が考えたこの難問を、解ける物なら解いてみせろ!」

 というごうがんそんはたしじょうとして、算額という制度システムを利用している者がいることを否定することができる者はいないのではあるまいか。
 奉納者の心持ちはともかくも、額を見た算学数寄たちは、描かれた問題を解こうとする。彼らの心持ちもともかくとして、それは学問の研鑽を積むことに繋がる。そしてまた、自らも新たな問題を額に描いて奉納する――。

 こうして算額というは、ったことのない学友たちが、ゆっくりとした交流をするための道具ツールと化した。

 そう言った事情を、赤松清次郎はよく知っている。出教授の隙間を縫って方々の寺社を廻っては、算額を探すともなく探すぐらいには熟知している。
 問題を解こうと思ってのことではない。算額の問題よりも遙かに手応えのある問題が、彼の学ぶ塾に集積され、渦巻いて、解かれることを待っているのだから、そちらに手を出す必要はなかった。
 清次郎はただ、寺社に算額を奉納するほどに算学に打ち込み、のめり込んでいる人々の存在を知ろうとしているのだった。
 算学を好む人々がいて、算学を楽しむ人々がいて、そのことを広く知らしめようとする人々がいる。そのことが知れるのが嬉しいのだ。
 あちらこちらの絵馬堂などを覗き込み、暗がりに算額を見付けると、清次郎の頬はにんまりとゆるむ。
 そのとき、参拝の人々が奇妙なものを見るような目を自分に向けていることに、清次郎は気付いていた。気付いていたが、同好の士の存在を知る喜びは隠せるものではない。
 清次郎は算額を見て微笑する。
 だいたい、侍のくせに算盤きちがいの自分は、子ども時代に周囲から奇異の目で見られていた。しろまなこには慣れきっている。

 白木屋が紙に引き写してきた算額の問題を見た清次郎は、嬉しさを小さな笑みにしていた。

「それで、白木屋殿、本日は出教授の日取りでもないのになんの目的で内田先生を呼び出したのです? ……まぁ、内田先生がご多忙で、代わりに俺なんかが来ちまったのは、申し訳けないですけども」

 紙を畳の上にまっすぐに置き戻した清次郎が問うと、

「いやいや、まえといたしましては、赤松先生に来ていただいて大助かりでございますよ。内田の大先生よりも赤松先生の方が話がいたしやすうございますから。何分にも、若い方の方が考え方が柔らかい」

 しらしょうはにこやかに応えた。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

改大和型戦艦一番艦「若狭」抜錨す

みにみ
歴史・時代
史実の第二次世界大戦が起きず、各国は技術力を誇示するための 「第二次海軍休日」崩壊後の無制限建艦競争に突入した 航空機技術も発達したが、それ以上に電子射撃装置が劇的に進化。 航空攻撃を無力化する防御陣形が確立されたことで、海戦の決定打は再び「巨大な砲」へと回帰した。 そんな中⑤計画で建造された改大和型戦艦「若狭」 彼女が歩む太平洋の航跡は

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

まひびとがたり

パン治郎
歴史・時代
時は千年前――日ノ本の都の周辺には「鬼」と呼ばれる山賊たちが跋扈していた。 そこに「百鬼の王」と怖れ称された「鬼童丸」という名の一人の男――。 鬼童丸のそばにはいつも一人の少女セナがいた。 セナは黒衣をまとい、陰にひそみ、衣擦れの音すら立てない様子からこう呼ばれた。 「愛宕の黒猫」――。 そんな黒猫セナが、鬼童丸から受けた一つの密命。 それはのちの世に大妖怪とあだ名される時の帝の暗殺だった。 黒猫は天賦の舞の才能と冷酷な暗殺術をたずさえて、謡舞寮へと潜入する――。 ※コンセプトは「朝ドラ×大河ドラマ」の中高生向けの作品です。  平安時代末期、貴族の世から武士の世への転換期を舞台に、実在の歴史上の人物をモデルにしてファンタジー的な時代小説にしています。 ※※誤字指摘や感想などぜひともお寄せください!

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...