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柔太郎と清次郎
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「兄上はいつも俺に厳しすぎやしませんか?」
清次郎は拗ねた子どものように口を尖らせた。
「厳しく当たらねばならぬようなことをお前がしているからだ」
柔太郎も同じように、そしてわざとらしく口を尖らせて見せた。
「この俺が、珍しくもせっかくにも、江戸土産を持って来たというのに……」
「土産だと?」
江戸で暮らす清次郎に対しては、芦田家から最低限生活に困らないだけの金を送っていた。養家の赤松家からもいくらかのものが送られているそうだ。ただそれは文字通り「暮らしていける程度」の金高だった。
赤松清次郎は「学者」……いや「学問莫迦」だ。
己の勉学のためなら、財布の中にある「暮らしていける程度」の銭から自分の衣食の代を切り詰めて書物を漁る。良き師がいると聞けば、知り人の伝手を辿って辿って辿って辿って辿り抜いて、たとえ絹糸よりも細い手蔓にもしがみつき、財布を逆さに振って束脩の金品を整え、教えを請う。そんな質である。
そのような日々を送っているのだから、そもそも自分の衣食が足らないに違いない。
『自分が清次郎の立場なら、そうなる』
という柔太郎の考えが正しければ、清次郎には自分が喰うための金にも窮している筈であり、他人のための何かを買う余裕は無いということになる。
兄の顔色から、清次郎はその心の内の疑問を察したらしい。
「ご心配には及びません。これでも俺自身でいくらか稼ぎが出せるようになりましたから」
「ほう?」
「不肖・赤松清次郎、この度、内田先生より一人にて代講義や出教授に赴くことをまかされるようになりました」
清次郎は胸を張って見せた。
柔太郎は、この弟が瑪得瑪弟加塾でも歴代で五本の指に入る逸材であることは――どうにもならない嫉妬の念を抱きつつ――承知している。彼が内田先生に代わって塾生たちに授業を行うことも、何らかの理由で四谷の塾に通えない生徒のところに赴いて講義を行うことも、十分に理解でき、納得できた。
「お前の力量は人を教え導く域に達していると、内田先生が認めてくださっっているのだな」
すばらしいという本心からの言葉と、うらやましさから来る深い詠嘆が、ほとんど同時に口を吐いて出た。
「ありがたいことです」
その一言のみ、清次郎の声が小さくなった。が、次に出た言葉の声音は元どおりの――といっても、普段の彼の声よりも幾分か明るい――に戻っていた。
「大店の旦那衆や御隠居方、あるいは大身のお旗本の殿様やら、そういった、時とお金が気ままに使えるのに外に出かけるのが難しいご身分の方々の内には、算学が好きでたまらない上に、そこそこいらっしゃるんですよ。
そういう方々のところへ出向いていきますと、みな喜んで謝儀を払ってくださる」
身分の上下に関係ない師弟関係を結んで得られるのは金だけではない。むしろ僅かばかりの謝礼金などより、弟子筋にである金や身分の高い商人や武士たちとの間に結ばれた強い縁故こそが、清次郎が得られた大きな財産だ。
清次郎は拗ねた子どものように口を尖らせた。
「厳しく当たらねばならぬようなことをお前がしているからだ」
柔太郎も同じように、そしてわざとらしく口を尖らせて見せた。
「この俺が、珍しくもせっかくにも、江戸土産を持って来たというのに……」
「土産だと?」
江戸で暮らす清次郎に対しては、芦田家から最低限生活に困らないだけの金を送っていた。養家の赤松家からもいくらかのものが送られているそうだ。ただそれは文字通り「暮らしていける程度」の金高だった。
赤松清次郎は「学者」……いや「学問莫迦」だ。
己の勉学のためなら、財布の中にある「暮らしていける程度」の銭から自分の衣食の代を切り詰めて書物を漁る。良き師がいると聞けば、知り人の伝手を辿って辿って辿って辿って辿り抜いて、たとえ絹糸よりも細い手蔓にもしがみつき、財布を逆さに振って束脩の金品を整え、教えを請う。そんな質である。
そのような日々を送っているのだから、そもそも自分の衣食が足らないに違いない。
『自分が清次郎の立場なら、そうなる』
という柔太郎の考えが正しければ、清次郎には自分が喰うための金にも窮している筈であり、他人のための何かを買う余裕は無いということになる。
兄の顔色から、清次郎はその心の内の疑問を察したらしい。
「ご心配には及びません。これでも俺自身でいくらか稼ぎが出せるようになりましたから」
「ほう?」
「不肖・赤松清次郎、この度、内田先生より一人にて代講義や出教授に赴くことをまかされるようになりました」
清次郎は胸を張って見せた。
柔太郎は、この弟が瑪得瑪弟加塾でも歴代で五本の指に入る逸材であることは――どうにもならない嫉妬の念を抱きつつ――承知している。彼が内田先生に代わって塾生たちに授業を行うことも、何らかの理由で四谷の塾に通えない生徒のところに赴いて講義を行うことも、十分に理解でき、納得できた。
「お前の力量は人を教え導く域に達していると、内田先生が認めてくださっっているのだな」
すばらしいという本心からの言葉と、うらやましさから来る深い詠嘆が、ほとんど同時に口を吐いて出た。
「ありがたいことです」
その一言のみ、清次郎の声が小さくなった。が、次に出た言葉の声音は元どおりの――といっても、普段の彼の声よりも幾分か明るい――に戻っていた。
「大店の旦那衆や御隠居方、あるいは大身のお旗本の殿様やら、そういった、時とお金が気ままに使えるのに外に出かけるのが難しいご身分の方々の内には、算学が好きでたまらない上に、そこそこいらっしゃるんですよ。
そういう方々のところへ出向いていきますと、みな喜んで謝儀を払ってくださる」
身分の上下に関係ない師弟関係を結んで得られるのは金だけではない。むしろ僅かばかりの謝礼金などより、弟子筋にである金や身分の高い商人や武士たちとの間に結ばれた強い縁故こそが、清次郎が得られた大きな財産だ。
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