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欲の深い者
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たろうさまの頂上には、龍神を祀った社の本殿がある。
その日、昼過ぎ。社殿の中庭を、一人の娘が掃き清めていた。
白の単衣に紫の袴、帯の後ろに玉串を差込み、下げ髪を稲穂のついた藁で切り結びにしている十三、四歳ばかりの娘だ。
紙のように白い顔色をしており、墨のように黒々とした瞳がを輝かせている。
一重の襟には墨痕淋漓とした読めない文字が書き込まれ、首と手首には水晶の数珠がかかり、足下では白い大トカゲと朽ち木のようないきものが落ち葉と戯れていた。
「父から、岩長姫様によくお礼を申し上げるようにと言付かって参りました」
社殿の中で、武藤協丸は深々と頭を下げていた。
真正面には老巫女の岩長が居て、協丸に背を向けていた。
蝋燭の炎が揺れ、周囲に甘い香りが漂う。神鏡がチラチラと光を弾いている。
岩長は振り向きもしない。
「妾は何もしておらぬ故、礼を申されても困る、とお伝え下され」
「承りました」
協丸は両手を付き、額が床に付くほどに深く頭を垂れた。
「時に……」
立ち上がろうとした協丸に、やはり振り向かぬまま岩長が訊いた。
「バカ息子は、どうしておりましょうや?」
「どうもしておりません。読書などして過ごしておるようですが」
微笑とも付かぬ小さな微笑が、協丸の口元に浮かんで、すぐに消えた。
「左様でございますか」
冷たく、寂しげにつぶやいた岩長の背に、今度は協丸が問いかける。
「弟は……弁丸は以前より桜女殿を人と思っておりましたのか?」
「まさか。アレは桜女も他の者達も、ここにおる者達はみな『人でないモノ』であるとよう知っておりましょう」
「ならば何故、桜女殿を嫁にするなどと臆面もなく申したのでしょうか?」
「アレは、バカであるから」
大きくため息を吐いた後、岩長は振り向いた。振り向いたが、うつむいて、協丸の顔を見ようともしない。
「バカであるから、人とそうで無いモノを区別はできても差別ができぬ。どれとも、誰とも同じに接する。それでいて、それぞれ『違うもの』として扱う。桜女と同じ護符と桜女の想いの残った数珠から、桜女と同じ姿の式が生まれても……それを桜女とは思えぬ」
ゆっくりと頭が持ち上げられる。
「あれは、本当にバカであるからのぉ」
老巫女の顔には親馬鹿らしい誇らしげな色が広がっていた。
「では、姫さま。私は急ぎ戻ります。父がお館様より上州沼田の攻略を任されましたので」
「やれやれ、まだ元服まで日のあるそなた様までご参陣なさるのか?」
「はい。残念ながら」
協丸は再度頭を下げてから立ち上がった。
社殿から出ようとしたその時、岩長が彼の背に語りかけた。
「若様。もしお父上が、新しく城を作ることがあるなら、ここから石を切り出してゆくがよい、と伝えておくりゃ。さすればきっと城を守ってやると、この岩長が請け負った、と」
「承りました」
振り向いた協丸の目に、龍神の本殿は映らなかった。
森と岩と風と土の臭いの奥に、幽かに蝋燭の燃える臭いがした。
「そうか、欲の深い者は入れぬのであったな。争って敵を殺して勝ち残って生き続けたいという強欲な者には……」
寂しげに笑い、協丸は山を降った。
「弁丸なら、受け入れてもらえるだろうか?」
急な坂道に、弟の屈託ない笑顔が浮かんだ。
その日、昼過ぎ。社殿の中庭を、一人の娘が掃き清めていた。
白の単衣に紫の袴、帯の後ろに玉串を差込み、下げ髪を稲穂のついた藁で切り結びにしている十三、四歳ばかりの娘だ。
紙のように白い顔色をしており、墨のように黒々とした瞳がを輝かせている。
一重の襟には墨痕淋漓とした読めない文字が書き込まれ、首と手首には水晶の数珠がかかり、足下では白い大トカゲと朽ち木のようないきものが落ち葉と戯れていた。
「父から、岩長姫様によくお礼を申し上げるようにと言付かって参りました」
社殿の中で、武藤協丸は深々と頭を下げていた。
真正面には老巫女の岩長が居て、協丸に背を向けていた。
蝋燭の炎が揺れ、周囲に甘い香りが漂う。神鏡がチラチラと光を弾いている。
岩長は振り向きもしない。
「妾は何もしておらぬ故、礼を申されても困る、とお伝え下され」
「承りました」
協丸は両手を付き、額が床に付くほどに深く頭を垂れた。
「時に……」
立ち上がろうとした協丸に、やはり振り向かぬまま岩長が訊いた。
「バカ息子は、どうしておりましょうや?」
「どうもしておりません。読書などして過ごしておるようですが」
微笑とも付かぬ小さな微笑が、協丸の口元に浮かんで、すぐに消えた。
「左様でございますか」
冷たく、寂しげにつぶやいた岩長の背に、今度は協丸が問いかける。
「弟は……弁丸は以前より桜女殿を人と思っておりましたのか?」
「まさか。アレは桜女も他の者達も、ここにおる者達はみな『人でないモノ』であるとよう知っておりましょう」
「ならば何故、桜女殿を嫁にするなどと臆面もなく申したのでしょうか?」
「アレは、バカであるから」
大きくため息を吐いた後、岩長は振り向いた。振り向いたが、うつむいて、協丸の顔を見ようともしない。
「バカであるから、人とそうで無いモノを区別はできても差別ができぬ。どれとも、誰とも同じに接する。それでいて、それぞれ『違うもの』として扱う。桜女と同じ護符と桜女の想いの残った数珠から、桜女と同じ姿の式が生まれても……それを桜女とは思えぬ」
ゆっくりと頭が持ち上げられる。
「あれは、本当にバカであるからのぉ」
老巫女の顔には親馬鹿らしい誇らしげな色が広がっていた。
「では、姫さま。私は急ぎ戻ります。父がお館様より上州沼田の攻略を任されましたので」
「やれやれ、まだ元服まで日のあるそなた様までご参陣なさるのか?」
「はい。残念ながら」
協丸は再度頭を下げてから立ち上がった。
社殿から出ようとしたその時、岩長が彼の背に語りかけた。
「若様。もしお父上が、新しく城を作ることがあるなら、ここから石を切り出してゆくがよい、と伝えておくりゃ。さすればきっと城を守ってやると、この岩長が請け負った、と」
「承りました」
振り向いた協丸の目に、龍神の本殿は映らなかった。
森と岩と風と土の臭いの奥に、幽かに蝋燭の燃える臭いがした。
「そうか、欲の深い者は入れぬのであったな。争って敵を殺して勝ち残って生き続けたいという強欲な者には……」
寂しげに笑い、協丸は山を降った。
「弁丸なら、受け入れてもらえるだろうか?」
急な坂道に、弟の屈託ない笑顔が浮かんだ。
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