上 下
60 / 78
夏休みの間

60.『ボクのお墓』

しおりを挟む
 言っていることはとても怖いのに、「トラ」は笑っている。ふわっとして、とても明るい笑顔だ。
 だから龍は「トラ」が

「それじゃあ、さようなら。気をつけて帰ってね」

 そう言って廊下に出て、その背中がみえなくなってしまっても、しばらくはその前の言葉の意味を考えられなかった。
 ごつごつと四角くて格好いい大きな自動車の助手席に、シートベルトで固定されたとき、

『ボクのお墓』

 という言葉の奇妙さに気付いた。
 運転席に座ったシィお兄さんは、なんだか楽しそうに微笑みながら、エンジンをかけている。
 ギリギリと何かが空転する音のすぐ後に、大きくて細かい振動しんどうで、座席と床と天井とドアが震え始めた。リズミカルで規則正しい揺れで、龍の全身もブルブルと震えた。

「よし、今日は調子が良い」

 シィお兄さんは満足そうに笑った。けれど、助手席の龍をちらっと見た途端、心配そうな顔つきになった。

「顔が青いよ」

 龍は震えながらうなずいて、

「さっき『トラ』が、『自分のお墓がある』って言った……」

 なんとかそう言って、たすき掛けになっているシートベルトを、すがりつくみたいに握りしめた。

「ああ」

 シィお兄さんは小さく笑って、アクセルを少しだけ踏んだ。
 車がそろりと動き始める。

「確かに、あそこには『寅』のお墓がある。
 ヒメコは自分のお墓だって考えているようだけれども、本当はそうじゃない。
 だってそうだろう? 生きてる間に、中身が空っぽな自分のお墓を建てるのは、大昔の王様か、自分の葬式を自分の好きなようにしたい物好きな年寄りぐらいじゃないかな。
 普通のお墓で、しかもヒメコのお墓だというなら、あの子はあの墓石の下にいることになってしまう」

 四つ辻にさしかかり、シィお兄さんは軽くブレーキを踏んだ。龍の身体がほんの少し前にずれた。シートベルトが肩に食い込む。
 胸が押さえつけられて苦しいのは、シートベルトのセイばかりじゃない。龍の全身の周りには、目に見えない土の壁があった。

 龍の心は湿って暗い縦穴の中に落ち込んでいる。

 それは姫ヶ池の人柱ひとばしらの穴の中。
 小さな墓標ぼひょう納骨室のうこつしつの中。

 同じ場所に真っ白な顔をした「トラ」が、ぴくりとも動かず正座していた。

 左右を確認したシィお兄さんはアクセルを踏み直した。

「でもヒメコは墓穴なんかにはいない」

 真正面を見たままニコリと笑ったお兄さんは、すぐに小さく付け足した。

「……叔母おばさんの離れは墓穴みたいなモンだって話もあるけど」

 龍にはシィお兄さんが小声で言った言葉の意味が分からなかった。
 意味を聞こう思った言葉を口に出す前にシィお兄さんが次の言葉をしゃべり始めたので、止めた。

「ヒメコのお母さんは、つまり俺の叔母おばさんなんだけど、結婚してしばらく子供ができなかったんだ。
 叔母さんの家はいってみりゃ分家なんけど、それでも祖母ばあさんがね……。
跡継あとつぎができない』
 なんて言って、いびって……いじめてた」

「アトツギ?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~

メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」 俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。 学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。 その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。 少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。 ……どうやら彼は鈍感なようです。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 【作者より】 九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。 また、R15は保険です。 毎朝20時投稿! 【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】

夜食屋ふくろう

森園ことり
ライト文芸
森のはずれで喫茶店『梟(ふくろう)』を営む双子の紅と祭。祖父のお店を受け継いだものの、立地が悪くて潰れかけている。そこで二人は、深夜にお客の家に赴いて夜食を作る『夜食屋ふくろう』をはじめることにした。眠れずに夜食を注文したお客たちの身の上話に耳を傾けながら、おいしい夜食を作る双子たち。また、紅は一年前に姿を消した幼なじみの昴流の身を案じていた……。 (※この作品はエブリスタにも投稿しています)

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

ノイズノウティスの鐘の音に

有箱
現代文学
鐘の鳴る午前10時、これは処刑の時間だ。 数年前、某国に支配された自国において、原住民達は捕獲対象とされていた。捕らえられれば重労働を強いられ、使えなくなった人間は処刑される。 逃げなければ、待つのは死――。 これは、生きるため逃げ続ける、少年たちの逃亡劇である。 2016.10完結作品です。

伊緒さんのお嫁ご飯

三條すずしろ
ライト文芸
貴女がいるから、まっすぐ家に帰ります――。 伊緒さんが作ってくれる、おいしい「お嫁ご飯」が楽しみな僕。 子供のころから憧れていた小さな幸せに、ほっと心が癒されていきます。 ちょっぴり歴女な伊緒さんの、とっても温かい料理のお話。 「第1回ライト文芸大賞」大賞候補作品。 「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にも掲載中です!

【完結】四季のごちそう、たらふくおあげんせ

秋月一花
ライト文芸
田舎に住んでいる七十代の高橋恵子と、夫を亡くして田舎に帰ってきたシングルマザー、青柳美咲。 恵子は料理をするのが好きで、たまに美咲や彼女の娘である芽衣にごちそうをしていた。 四季のごちそうと、その料理を楽しむほのぼのストーリー……のつもり! ※方言使っています ※田舎料理です

処理中です...