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夏休みの間
60.『ボクのお墓』
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言っていることはとても怖いのに、「トラ」は笑っている。ふわっとして、とても明るい笑顔だ。
だから龍は「トラ」が
「それじゃあ、さようなら。気をつけて帰ってね」
そう言って廊下に出て、その背中がみえなくなってしまっても、しばらくはその前の言葉の意味を考えられなかった。
ごつごつと四角くて格好いい大きな自動車の助手席に、シートベルトで固定されたとき、
『ボクのお墓』
という言葉の奇妙さに気付いた。
運転席に座ったシィお兄さんは、なんだか楽しそうに微笑みながら、エンジンをかけている。
ギリギリと何かが空転する音のすぐ後に、大きくて細かい振動で、座席と床と天井とドアが震え始めた。リズミカルで規則正しい揺れで、龍の全身もブルブルと震えた。
「よし、今日は調子が良い」
シィお兄さんは満足そうに笑った。けれど、助手席の龍をちらっと見た途端、心配そうな顔つきになった。
「顔が青いよ」
龍は震えながらうなずいて、
「さっき『トラ』が、『自分のお墓がある』って言った……」
なんとかそう言って、たすき掛けになっているシートベルトを、すがりつくみたいに握りしめた。
「ああ」
シィお兄さんは小さく笑って、アクセルを少しだけ踏んだ。
車がそろりと動き始める。
「確かに、あそこには『寅』のお墓がある。
ヒメコは自分のお墓だって考えているようだけれども、本当はそうじゃない。
だってそうだろう? 生きてる間に、中身が空っぽな自分のお墓を建てるのは、大昔の王様か、自分の葬式を自分の好きなようにしたい物好きな年寄りぐらいじゃないかな。
普通のお墓で、しかもヒメコのお墓だというなら、あの子はあの墓石の下にいることになってしまう」
四つ辻にさしかかり、シィお兄さんは軽くブレーキを踏んだ。龍の身体がほんの少し前にずれた。シートベルトが肩に食い込む。
胸が押さえつけられて苦しいのは、シートベルトのセイばかりじゃない。龍の全身の周りには、目に見えない土の壁があった。
龍の心は湿って暗い縦穴の中に落ち込んでいる。
それは姫ヶ池の人柱の穴の中。
小さな墓標の納骨室の中。
同じ場所に真っ白な顔をした「トラ」が、ぴくりとも動かず正座していた。
左右を確認したシィお兄さんはアクセルを踏み直した。
「でもヒメコは墓穴なんかにはいない」
真正面を見たままニコリと笑ったお兄さんは、すぐに小さく付け足した。
「……叔母さんの離れは墓穴みたいなモンだって話もあるけど」
龍にはシィお兄さんが小声で言った言葉の意味が分からなかった。
意味を聞こう思った言葉を口に出す前にシィお兄さんが次の言葉をしゃべり始めたので、止めた。
「ヒメコのお母さんは、つまり俺の叔母さんなんだけど、結婚してしばらく子供ができなかったんだ。
叔母さんの家はいってみりゃ分家なんけど、それでも祖母さんがね……。
『跡継ぎができない』
なんて言って、いびって……いじめてた」
「アトツギ?」
だから龍は「トラ」が
「それじゃあ、さようなら。気をつけて帰ってね」
そう言って廊下に出て、その背中がみえなくなってしまっても、しばらくはその前の言葉の意味を考えられなかった。
ごつごつと四角くて格好いい大きな自動車の助手席に、シートベルトで固定されたとき、
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という言葉の奇妙さに気付いた。
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ギリギリと何かが空転する音のすぐ後に、大きくて細かい振動で、座席と床と天井とドアが震え始めた。リズミカルで規則正しい揺れで、龍の全身もブルブルと震えた。
「よし、今日は調子が良い」
シィお兄さんは満足そうに笑った。けれど、助手席の龍をちらっと見た途端、心配そうな顔つきになった。
「顔が青いよ」
龍は震えながらうなずいて、
「さっき『トラ』が、『自分のお墓がある』って言った……」
なんとかそう言って、たすき掛けになっているシートベルトを、すがりつくみたいに握りしめた。
「ああ」
シィお兄さんは小さく笑って、アクセルを少しだけ踏んだ。
車がそろりと動き始める。
「確かに、あそこには『寅』のお墓がある。
ヒメコは自分のお墓だって考えているようだけれども、本当はそうじゃない。
だってそうだろう? 生きてる間に、中身が空っぽな自分のお墓を建てるのは、大昔の王様か、自分の葬式を自分の好きなようにしたい物好きな年寄りぐらいじゃないかな。
普通のお墓で、しかもヒメコのお墓だというなら、あの子はあの墓石の下にいることになってしまう」
四つ辻にさしかかり、シィお兄さんは軽くブレーキを踏んだ。龍の身体がほんの少し前にずれた。シートベルトが肩に食い込む。
胸が押さえつけられて苦しいのは、シートベルトのセイばかりじゃない。龍の全身の周りには、目に見えない土の壁があった。
龍の心は湿って暗い縦穴の中に落ち込んでいる。
それは姫ヶ池の人柱の穴の中。
小さな墓標の納骨室の中。
同じ場所に真っ白な顔をした「トラ」が、ぴくりとも動かず正座していた。
左右を確認したシィお兄さんはアクセルを踏み直した。
「でもヒメコは墓穴なんかにはいない」
真正面を見たままニコリと笑ったお兄さんは、すぐに小さく付け足した。
「……叔母さんの離れは墓穴みたいなモンだって話もあるけど」
龍にはシィお兄さんが小声で言った言葉の意味が分からなかった。
意味を聞こう思った言葉を口に出す前にシィお兄さんが次の言葉をしゃべり始めたので、止めた。
「ヒメコのお母さんは、つまり俺の叔母さんなんだけど、結婚してしばらく子供ができなかったんだ。
叔母さんの家はいってみりゃ分家なんけど、それでも祖母さんがね……。
『跡継ぎができない』
なんて言って、いびって……いじめてた」
「アトツギ?」
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