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夏休みの間
44.嫌われっ子。
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そのてのひらの下で、もごもごと、
「さっき先生が、今年の桃の実は小さいって言ってたから」
「大きくても形が変だったり、皮の色がチョット薄かったりする実は、お店にならんでもお客さんが選んでくれない。だからそういうのは自分の家で食べちゃう用に別けるんだ」
答えたのは「トラ」だった。
「桃って、みんな同じような形してるんじゃないの? 売れないほど変な形の桃なん見たことがない」
「それはそうだよ。そういうのはお店では売られないんだもの。龍が見たことがないのが当たり前だよ」
「それはそうだけど……」
「葉っぱの影に隠れていると、日陰の所は赤くならなかったりする。
太い枝に寄っかかっていた実は、枝の当っているところがふくらまない。
ちょっと風の吹いた拍子にどこかにぶつかって傷が付くと、跡が残ったりそこだけ凹んだりする。
そういうのは、見た目が『きれいでない』から、お客さんが買ってくれない。
お客さんが買わないものは、お店の人も仕入れない」
「トラ」は一息に言った後、一度唇をぎゅっと結んだ。そしてうつむいて息を吸い込むと、付け足した。
「他のモノと違ったところがあると、みんなに嫌われちゃうんだ」
「じゃあこの桃は、嫌われっ子の桃だね」
龍は言うなり、一番大きな櫛形切りの一切れを口に運んだ。
果肉が少し堅かった。でも噛んだ途端にとろりと溶けた。たちまち口の中が甘い汁で一杯になった。
濃いジュースに変わってしまった桃の実は、するするすとんと喉の奥に落ちていった。
「ふわぁあ!」
龍の口からは感動の声と、桃の甘い匂いがあふれ出た。
彼は矢継ぎ早にお皿の桃を口に運んだ。そうして、飲み込むたびに桃味の息を吐き出す。
お皿はあっという間に空っぽになった。
龍はお皿に残った果汁が反射して弾く小さな光を、名残惜しくじっと見つめて、言った。
「僕は、嫌われっ子の方が好きだ」
「ありがとう」
小さな声で「トラ」が言う。彼女は黒目がちな瞳を潤ませて、にっこりと笑っていた。
どこか変な笑顔だった。龍の胸はとげが刺さったみたいにチクリと痛くなった。
龍には「トラ」が笑った意味がわからなかった。
『ウチの人が作った桃を僕がほめたのが嬉しかったのな』
とも考えたけれど、違う気がする。
それに、我っている「トラ」を見て、自分の胸がチクチクする理由もわからない。
わらないから少し不機嫌になり、わらない理由を尋ねようとしているのに唇が尖る。
「ありがとうって、なんなのさ」
心に刺さったとげみたいな痛みを隠しておきたくて、ワザと「トラ」から顔を背けた。でも、逆にとげはもっと深くまで刺さったみたいで、胸のチクチクが激しくなった。
不機嫌は増す。
「『トラ』はいつもそうだ。僕の知らないことを、僕の分からない言葉で言う。
だから僕は分からない事ばっかりで、頭がくらくらするんだ。
『トラ』は意地悪だ。ずるいよ」
龍は空っぽのお皿を楊枝でつついた。
カチャカチャと、小さな音がする。
『ちがう、ちがう。こんなコトを言いたいんじゃない。こんな風に言いたいんじゃない』
そう思っても、ではどんなことをどんな風に言いたいのか、龍には判らない。頭の中がぐちゃぐちゃになる。心がモヤモヤする。
言いたくない言葉を吐き出すたびに龍の心に刺さったとげが、深く鋭く刺さってゆく。
痛くて苦しくて、息をするのも辛い。
そのうち、鼻の奥までつーんと痛くなった。
やがて鼻の穴がなま暖かくなって、つるりと水があふれ出た。同時に目頭がじんじんして、じわりと水がにじみ出た。
すると自分が泣いてしまったことが悔しくて恥ずかしくなった。心がズキズキする。
「さっき先生が、今年の桃の実は小さいって言ってたから」
「大きくても形が変だったり、皮の色がチョット薄かったりする実は、お店にならんでもお客さんが選んでくれない。だからそういうのは自分の家で食べちゃう用に別けるんだ」
答えたのは「トラ」だった。
「桃って、みんな同じような形してるんじゃないの? 売れないほど変な形の桃なん見たことがない」
「それはそうだよ。そういうのはお店では売られないんだもの。龍が見たことがないのが当たり前だよ」
「それはそうだけど……」
「葉っぱの影に隠れていると、日陰の所は赤くならなかったりする。
太い枝に寄っかかっていた実は、枝の当っているところがふくらまない。
ちょっと風の吹いた拍子にどこかにぶつかって傷が付くと、跡が残ったりそこだけ凹んだりする。
そういうのは、見た目が『きれいでない』から、お客さんが買ってくれない。
お客さんが買わないものは、お店の人も仕入れない」
「トラ」は一息に言った後、一度唇をぎゅっと結んだ。そしてうつむいて息を吸い込むと、付け足した。
「他のモノと違ったところがあると、みんなに嫌われちゃうんだ」
「じゃあこの桃は、嫌われっ子の桃だね」
龍は言うなり、一番大きな櫛形切りの一切れを口に運んだ。
果肉が少し堅かった。でも噛んだ途端にとろりと溶けた。たちまち口の中が甘い汁で一杯になった。
濃いジュースに変わってしまった桃の実は、するするすとんと喉の奥に落ちていった。
「ふわぁあ!」
龍の口からは感動の声と、桃の甘い匂いがあふれ出た。
彼は矢継ぎ早にお皿の桃を口に運んだ。そうして、飲み込むたびに桃味の息を吐き出す。
お皿はあっという間に空っぽになった。
龍はお皿に残った果汁が反射して弾く小さな光を、名残惜しくじっと見つめて、言った。
「僕は、嫌われっ子の方が好きだ」
「ありがとう」
小さな声で「トラ」が言う。彼女は黒目がちな瞳を潤ませて、にっこりと笑っていた。
どこか変な笑顔だった。龍の胸はとげが刺さったみたいにチクリと痛くなった。
龍には「トラ」が笑った意味がわからなかった。
『ウチの人が作った桃を僕がほめたのが嬉しかったのな』
とも考えたけれど、違う気がする。
それに、我っている「トラ」を見て、自分の胸がチクチクする理由もわからない。
わらないから少し不機嫌になり、わらない理由を尋ねようとしているのに唇が尖る。
「ありがとうって、なんなのさ」
心に刺さったとげみたいな痛みを隠しておきたくて、ワザと「トラ」から顔を背けた。でも、逆にとげはもっと深くまで刺さったみたいで、胸のチクチクが激しくなった。
不機嫌は増す。
「『トラ』はいつもそうだ。僕の知らないことを、僕の分からない言葉で言う。
だから僕は分からない事ばっかりで、頭がくらくらするんだ。
『トラ』は意地悪だ。ずるいよ」
龍は空っぽのお皿を楊枝でつついた。
カチャカチャと、小さな音がする。
『ちがう、ちがう。こんなコトを言いたいんじゃない。こんな風に言いたいんじゃない』
そう思っても、ではどんなことをどんな風に言いたいのか、龍には判らない。頭の中がぐちゃぐちゃになる。心がモヤモヤする。
言いたくない言葉を吐き出すたびに龍の心に刺さったとげが、深く鋭く刺さってゆく。
痛くて苦しくて、息をするのも辛い。
そのうち、鼻の奥までつーんと痛くなった。
やがて鼻の穴がなま暖かくなって、つるりと水があふれ出た。同時に目頭がじんじんして、じわりと水がにじみ出た。
すると自分が泣いてしまったことが悔しくて恥ずかしくなった。心がズキズキする。
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