フツウな日々―ぼくとあいつの夏休み―

神光寺かをり

文字の大きさ
上 下
7 / 78
夏休みのすこし前

7.校長先生の授業。

しおりを挟む
「席についてー」

 クラス委員の女子が金切り声を上げた。
 校長先生はクラスの出席簿を手にしている。それで、担任の先生がクラス会を始めるのと同じように黒板の前の教卓の所に立った。

 背丈はそんなに高くなくて、お腹がチョット出ていて、魚の骨がみっしり並んだみたいな縞模様ヘリンボーンストライプ背広スーツを着て、縞模様ストライプが斜めに入った青いネクタイをちゃんと締めている。

 龍のクラスの担任の、まだちょっと若い先生は、いつも紺色か青色のジャージのズボンにポロシャツを着て、ジャージの上着を引っかけている。もちろん、ネクタイなんかしない。背広スーツを着たりするのは卒業式や入学式ぐらいで、授業参観の時だってそんな格好はしない。
 だから背広にネクタイを着た人が教卓の天板に手を突いて教室を見回しているという自体が、龍にはヘンナカンジに見えた。 

「さて、きょうの日直はだれかな? ……授業を始めるよ」

 校長先生はにっこり笑って背筋を伸ばした。
 当番の児童が起立の号令をかけ、クラス全員がそろわない礼をして、着席するとすぐ、女子の一人が手を挙げた。

「なんで校長先生がいらっしゃったんですか?」

「君たちのクラスの担任のI先生と副担任のY先生が、急用で出かけてしまいました。そこで、今日の午前中の授業は私がかわりに教えることにします」

「校長先生が、授業をできるの?」

 誰かがぽつりという。別の誰かが、

「校長先生は先生の中で一番偉い先生なんだから、国語だって算数だって、きっと全部できるんだよ」

 こそこそ声で言って、校長先生の顔を上目で見た。
 校長先生は苦笑いしながら、時間割をちらっと見た。

「このクラスは、月曜日の午前中に体育と音楽がなくて良かったよ。私は体育と音楽がとても苦手だからね」

 児童たちは笑ったり感心したりしながら、校長先生の授業が始まるのを待ちかまえた。

「一時間目は……社会だね。いまは地域学習をやっているとI先生から聞いているのだけれど?」

 校長先生がプリントの挟まったファイルと教科書を教卓の上で開いて、少し黙読んでいるときに、

「はい」

 一人の児童が手を挙げた。ついさっき「怖い話」をした男子だ。

「はい、どうぞ」

 校長先生がその児童を指名すると、彼は椅子を後ろの机にぶつけるくらいに勢いよく立ち上がった。

「この学校を建てるときに、人柱ヒトバシラってやったんですか?」

 生徒たちがざわめいた。失笑している者もいたし、言葉の意味が判らなくて回りに訊ねている者もいた。怖がって震えている者は、龍以外にも五、六人はいただろう。

 校長先生は考えもしない質問にとても驚いたようだが、すぐににこにこと笑って、

「君はずいぶん難しい言葉を知っているね。意味は知っているかい?」

「人間を地面の中にめちゃうことです」

 さっきの「怖い話」を聞いていなかった一部の児童達が、

「そんなことしたら死んじゃうよ」

 とか

「何で埋めちゃうの?」

 などと、周囲の児童達に聞いて回ったりするものだから、教室の中がいっそう騒がしくなった。

「はい、チョットだけ黙って」

 校長先生が右の人差し指を立てて、唇に当てた。児童達の注目が教壇に戻る。

「難しい質問だから、例え話で答えよう。そうだね……」

 校長先生はちょっと目を閉じて、すぐに目を開けた。

「……みんなは、普通に何かを頼まれるのと、何かプレゼントをもらって頼まれるのと、どっちがいいかい?
 例えば、うちの人にお使いを頼まれるとして、なにもあげないけど行ってきてと言われるのと、臨時りんじのお小遣こずかいをあげるからと言われるのと、どっちが嬉しいかな?」

 児童達は校長先生が何か突然違う話を始めたように思ったりもしたけれど、それでも、

「お小遣い、もらえた方がいいよなぁ」

「なにももらえないなら行かないよ」

 口々に言った。
 質問をした児童が、

「お小遣いがもらえるほうが嬉しい、です」

 と答えると、校長先生は大きくうなずいた。

「そうだね。何かもらうと、頼まれごとを聞きたくなる。校長先生だってそうだよ。
 それで、昔の人は『神様だってプレゼントをもらえば喜んで願い事を聞いてくれる』と考えたんだ」

「神様に、プレゼント?」

「神様からプレゼントなら判るけど……サンタさんからとか」

「サンタさんって、神様だっけ? 違わないかなぁ」

 児童達は目玉と神経は校長先生の方に向けたまま、小声で言い合った。

「サンタさんは神様じゃないけど、それを説明すると長くなるから、それはまた今度にしよう。
 とにかく、昔の人は神様にお願いするときにはプレゼントを贈らないといけないと信じていた。
 今でも神社にお参りに行ったりするとお賽銭さいせんを上げるだろう? あれには、守ってくれてありがとうというお礼と、これからもよろしくお願いしますというお願いの意味がある。
 普段だったらお賽銭は小銭で良いけれど、大きな願い事をするときにはもっとたくさんのお供えをした。普段近所の神社のお賽銭箱には五円玉を入れる人でも、お正月の初詣の時にはおさつを入れたりするじゃない?
 昔の人も、普段以上のお願いごと……たとえばたくさんの人の命に関わるようなとても大きなお願い事や、絶対に成功させなきゃいけない仕事で助けて欲しい時なんかは、おもちや野菜や馬よりも、もっともっと高価な物をプレゼントにすれば、神様は喜んで手助けしてくれて、願い事がかなうと思っていたんだね。
 そうなると、普通の食べ物や飲み物だけじゃ駄目なんじゃないか、と考えたわけだよ。
 おさんさんなら大事にしている刀とか、農家やお店をやっている人なら畑仕事や物を運ぶ仕事をするときに必要な牛や馬とか、そういう無くなってしまうと困る物をプレゼントにしていた」

「先生、質問!」

 龍の三つ隣の席の男子児童が、手を挙げた。
 校長先生が指さすと、彼はイスが飛ぶぐらい勢いよく立ち上がった。

「神様は、見えないし、触ったりできないと思います。どうやってプレゼントを渡すんですか?」

「言い質問だね。
 昔の人も、どうやって渡したらいいかを、色々考えたんだ。
 川の神様だったら、川に流せば受け取ってくれるかな、とか。
 山の神様なら土に埋めればもらってくれるかな、とか。
 空にすんでいる神様なら、空に届けるために高い山の上に持って行くとか。
 それでもっと高いところに贈るには煙に乗せたらいいんじゃないかと考えついた人がいて、火にくべて燃やしたりもするようになった。
 お正月のどんど焼きや、お寺のお線香、あと中国では燃やす専用の紙のお金があったりする」

 言いながら、校長先生は黒板に何か書き始めた。
 白いチョークでぐねぐねとした線を引き、緑や黄色のチョークで色を塗り分け、水色の太い線やゆがんだ丸の形を描き上げる。
 児童達はじっとそれを見ていた。

「この町の地図だ」

 そう気付いた龍が、気付いたままを口にすると、校長先生は大きくうなずいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...