クレール 光の伝説:いにしえの【世界】

神光寺かをり

文字の大きさ
上 下
128 / 158
役者は揃った

平手打ち

しおりを挟む
 地面の上に半身をオコしていたクレールが、爆ぜるように飛び上がり、立った。
 彼女は手の腹にとげが刺さったような小さな痛みを感じている。
 握っているのは、ただの旗竿だった。武器とするには心もとない細さの棒きれだ。だがクレールはそれを握りしめ、槍のように構えた。
 眉間に剣が突き刺さったままのその顔で、【ザ・ムーン】はクレールをじっと見た。

「ねえ、勇ましくて可愛らしいもう一人の『アタシ』ちゃん」

 クレールは唇を真一文字に引き結び、【ザ・ムーン】をにらみ返す。
ザ・ムーン】の蝕肢しょくしが、自身の真っ黒な、クレールのそれを写しとった顔に、深々と突き刺さっている剣の柄に巻き付いた。

「あなたのお付きの、あのたくましい方、それからあなた自身も……あなたたち二人とも、賢いのかそうでないのか、アタシにはさっぱりわからなくなったわ」

 蝕肢が前後左右に動いた。剣は簡単には抜けそうにない。
 石くれの顔の表面がひび割れた。
 剣は僅かに動いたが、抜けぬ。

「だってそうでしょう? こんなモノやそんな旗竿モノで、アタシを倒そうなんて……」

 蝕肢がさらに大きく動いた。
 骨にこびり付いた肉を大包丁でこそげ落としたような、薄気味の悪いゴリゴリという音がする。
 剣が突き刺さるその付け根からドロドロとした茶色い粘液があふれ出た。
 一際大きく深いひびが頭蓋を取り巻くように走ったかと思うと、頭が上下に割れた。
 半球型の石の塊が、ごとりと床に落ちた。

「……あなたたち、まさか本気で思っているの?」

 眉から上の頭蓋がなくなった石像が、自分自身で長い剣が引き抜いた。
 その抜かれた、腐汁に塗れた剣を、【ザ・ムーン】はクレールに向かって投げ付けた。
 それもやはり恐ろしいほどのスピードを持って「発射」され、飛翔した。

 クレールは旗竿を打ち振るった。細い旗竿がしなる。
 木の棒が、飛び来る鋼鉄の剣の横腹を叩いた。
 鋼の塊を払い落としたその瞬間、棒は折れた。
 粉砕されたその先端部分は文字通りに木っ端微塵こっぱみじんとなり、細かい破片があたりに飛び散る。
 降り注ぐ木切れの中から、蝕肢と赤黒い剣の形をしたものとが飛び出してきた。
 クレールは残った半分の旗竿を両の手で握り、防ぐ。
 折れた棒きれごときで防ぎきれる攻撃ではなかった。竿は更に短く折れ砕けた。

 ナイフ程の長さになった旗竿から、クレールは左手を放した。右手一本で握り直す。
ザ・ムーン】の左手が突き出された。
 クレールは旗竿の残骸でそれを打ち払う。
 棒きれ棒を握っているその腕の、関節でない部分が、普通の肉体ならば決して曲がるはずのない方向に曲がり折れた。

ザ・ムーン】が淫猥な歓喜の悲鳴を挙げた。
 クレールを模倣する化け物は、クレールの肉体が折ったダメージも模倣し、自身の身体に反映するらしい。
 泣き喜びながら、【ザ・ムーン】は蝕肢を伸ばした。先端の爪が大きく開く。クレールの頭をまるごと掴み、引きちぎろうとしている。
 クレールはとっに折れた右手をかばい、左の腕を振った。硬い外骨格を平手で打つ形になった。

 金属と金属が当たる音がした。

ザ・ムーン】の蝕肢が、つい先ほどそれによって砕かれた旗竿と同じように、ひび割れ、粉砕され、吹き飛ばされた。
 蝕肢ばかりではない。【ザ・ムーン】の本体も弾き飛ばされていた。

「なにごと!?」

 仰向けに倒れながら、【ザ・ムーン】はクレールの姿を探した。
 彼女の体は【ザ・ムーン】が倒れる反対に向かって、やはり吹き飛ばされていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

いい子ちゃんなんて嫌いだわ

F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが 聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。 おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。 どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。 それが優しさだと思ったの?

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...