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舞台上の戦い

黒い月

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 化け物はマイヨール達が舞台から降りたことなどには気を止めていない様子だった。

「ああ、酷い男……『大切な人』が苦しんでいるのに、そんな言い種するなんて。なんて酷い、なんて酷い、ステキな人」

 甘ったるい粘った声で繰り言を呟き続ける。
 顔の上にあからさまな嫌悪を浮かべ、ブライトは石像もどきから顔を背けた。
 視線が移った先には、眉をつり上げて「オグルに堕ちた者」を睨み付けるクレールがいる。

「こいつは、何だ?」

 ブライトが化け物を指して問うと、クレールは眼を針のように細くした。

 それは、赤鉄鉱ヘマタイトに似た色をしている。
 しかし汚れた曇りに覆われているので、鏡の原料ともされるその天然鉄鉱物にあるべき金属光沢がみられない。
 人のよう形を取っているが、人の息吹は感じられない。
 そんな化け物のナマエが、クレールには「読める」。そういう直感力を彼女は持っている。
 ただし、ひどく不安定な能力として。

 それに、読めると言ったところで、その言葉を表す文字のようなものが、その「もの」に直接書かれているわけでも、刻み込まれているのでもない。
 クレールの脳裏には見えている光景の他に別の情景が浮かび、聞こえている物音の他に声が聞こえる。
 そして今見える景色は、漆黒の空についたちの細い光が赤くにじむ人里離れた沼地。
 遠く聞こえるのは、獣の咆吼――。

「【ザ・ムーン】」

 短く言い、エル・クレール=ノアールはその化け物を倒す力のある武器、赤く輝く鍔も護拳もない細身の直刀を握り直した。
 まぶたを持ち上げたクレールの視野に、錆の浮いた金属質の触肢しょくしがあった。そいつは直線的に、風を切って、迫って来る。

 蝕肢の切っ先は、形だけ言えば糸を巻いた紡錘つむに似ていた。突端が鋭く尖り、次第に太さを増した後、また尻つぼみに細くなっている。
 それが多関節の長い触肢の先端にあり、化け物【ザ・ムーン】の、人の体で言えば後頭部にあたる部分に、繋がっていた。
 顔面のすれすれにまで伸びたとき、尖った先端が二つに割れた。かにさそりの爪の形さながらに開いて、得物を掴み引き千切ろうとする。
 標的は、

『私の、眼球』

 だとクレールは直感した。
 上体を後ろに反らして避けた。

「二つも持っているのだから、一つぐらいアタシに別けてくれても良くないかしらん?」

 クレールはその声の音を

『聞き覚えがある』

 と感じた。
 妙に懐かしい音だった。懐かしいがしかし、嘘寒い。

 蝕肢は彼女の顔の上を通り過ぎたかと思うと、直角に進路を変更し、下降する。
 金属音がした。
 クレールのつま先が触肢を蹴り飛ばした音だ。
 はじき飛ばされた蝕肢は、弧を描いて跳ね上がったが、軌跡をすぐに直線的なものに戻し、急速に後退した。
 【ザ・ムーン】の背後まで戻ったそれは、またしても垂直に降下した。

「欲張りな子。でもお前の持っている物は後で全部もらってあげるのだから。
 それまでは、コッチで我慢するわね」

 両腕を奪われて打ち倒されている旗手の、ピクリとも動かない頭に、蝕肢の先端が落下した。

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