上 下
112 / 158
正体

悪人と咎人

しおりを挟む
 そのが、

『誰かに似ている』

 マイヨールは、己の脳みそに浮かんだその「想像」を懸命に打ち消そうとした。
 そんなことがあってなるものか、そんなことを信じてなるものか。

 鼻持ちならない年寄り貴族グラーヴと、愛らしく愛おしい若い貴族クレールの、まるで違う二つの顔が、ダブって見えるなどと、

『そんなことがあるはずがない!』

 帽子のつばの下にぶら下がる、葉脈だけが残った虫食いの枯葉のようなヴェールの中で、青黒い唇が、ゆっくりと動いた。

「そう、やっぱり、そういうことだったようね。うふふ、思った通りだわ……」

 独り言だということは明白だ。グラーヴ卿の目玉は、すぐそこにいるマイヨールの姿など見ていない。
 灰色の目玉に、くすんだ赤の色が混じっている。赤く濁った球体の表面には、この場には存在しない、小さな光の反射が映っていた。

 人の形をしている。不覚を恥じ、苦痛に歪んだ不安げな表情を浮かべている。
 マイヨールがその小さな鏡像を見まごうはずはない。

「クレールの、若……様……」

 グラーヴ卿は優しげな、しかし冷たい微笑を浮かべ、呟いた。

「つまりは、あなたはアタシだということ……アタシは、二人もいらないわよねぇ」

 グラーヴが何を言っているのか、マイヨールにはまるで意味が判らなかった。判らなかったが、直感した。

『グラーヴは、クレールの若様に向かって喋っている』

 締め付けられるような恐怖を感じた。
 うっとりと笑いながら、グラーヴ卿は喉の奥から獣の悲鳴を絞り出した。
 顔が歪んでいる。塗りたくった白粉おしろいがひび割れ、白いかけがぼろぼろと落ちる。
 グラーヴ卿は……いや、卿などという尊称を付けて良いだろうか。
 マイヨールの脳に疑念が浮かんだ。疑念は即座に先程来、薄々と勘付いていた回答に達した。

 目の前にいるのは、人間ではない。

 何か得体の知れない人の形をした「モノ」だ。屍臭を漂わせているのだから、生き物ですらない。

『本物の化け物だ』

 確信した途端、おかしなことにマイヨールの腹の中から恐怖が消えた。

『化け物が人の道理を用いて人をさばけようものか!』

 劇作家マイヤー・マイヨールが勅使ヨハネス・グラーヴを畏れていたのは、彼を執達吏しったつりたぐいと思っていたからだ。

 真っ当な法家によって真っ当に捕らえられれば、国家の法を横目に「綱渡り」をして飯を喰っている自分たちは、反論のいとまもなく斬首ざんしゅされて当然であることは、さしものマイヨールも理解している。

 だが彼は法をおそれているのではない。法そのものに畏怖いふを持っているのなら、例えそれが悪法であっても、法に触れるようなことはしないし、できない。
 しかしマイヨールは、わざわざ法に触れるような芝居を上演している。あえて危険な台本を書き、演じている。同時に、観た者がそそこから彼の犯した罪を連想せぬように、ごまかし、言いくるめてきた。
 罪に罪を、悪行に悪行を重ねている。
 悪人呼ばわりならば甘んじて受ける厚顔無恥なマイヨールが畏れているのは、法の下で断罪だんざいされ罪人つみびとと呼ばれることだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里
ファンタジー
王太子殿下との婚約破棄を切っ掛けに、何度も人生を戻され、その度に絶望に落とされる公爵家の娘、ヴィヴィアンナ・ローレンス。 嘆いても、泣いても、この呪われた運命から逃れられないのであれば、せめて自分の意志で、自分の手で人生を華麗に散らしてみせましょう。 私は――立派な悪役令嬢になります!

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

もういらないと言われたので隣国で聖女やります。

ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。 しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。 しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。

処理中です...