70 / 158
【第二幕】
塔の中のお姫様
しおりを挟む
牧歌的な書き割りの背景の前で、領主の娘の婚礼を祝う村人達が踊る。どこまでも陽気に、楽しげに舞い踊っている。
規則正しく、回り、跳ねるその人の輪の中に、別の動きをする者があった。
古びたローブの人物は、歌う村人の間を、手をつないで踊る娘達の間を、囃し立てる若者達の間を、縦横に駆けめぐっている。
人々はそれに気付いていないかの如く振る舞っている。いや舞台の上の「世界の現実」においては、彼は人間の目に見えない存在なのだ。
流れてゆく時、知ることのできない真実、未来から――あるいは観客から――見た既成事実の具象。
あるいは空気。なくてはならぬが、見ることも抱くことも操ることもできぬモノ。
その者は再び言った。
「時は古。知るすべ無き昔。世界を巡るは一陣の風」
ローブの裾を翻し、彼は下手へと消えた。
「あの野郎は、どうやら『フレキ・ゲー』を演じているつもりらしいな。
つまり、話の中の時間軸を逸脱して、遠い未来にこの与太話を書いた男、それを芝居にかけちまった自分自身を、さ」
ブライトはクツクツと笑っている。
「その言い様では、まるであの人がフレキ叔父その人のように聞こえてしまいます」
クレールはどうにか声を絞り出した。ブライトは含み笑いをかみ殺し、
「安心しな、そう思うのはお前さんぐれぇだよ。普通の観客はそこまで莫迦な心配はしねぇさ。
ただし、作者として挙がっている名前と北の海っ縁の殿様とを『同名の別人』と思って観ちゃぁくれンだろう……。
流石にあの野郎を『都の玉座に座り損ねた末生り瓢箪』本人だとは思いやしないだろうが、役者がそいつを演じていると解釈する賢いのはいるだろうな」
言い終わらぬうちに、またブライトの背中は小刻みに上下し始めた。彼は顎を支えているのとは反対の手をけだるそうに持ち上げ、舞台上を指さした。
「書き割りの、領主屋敷の窓ン中」
指先を視線で追ったクレールは、描かれた高窓に掛けられたレースのカーテンの向こうに、人影が動いているのを見た。
官製の脚本であれば、その窓の奥は領主の娘クラリスが半ば幽閉される形で住まわっている部屋と言うことになる。だから書き割りの窓の奥にいるのは「麗しい姫君」の筈だ。
彼女はこの幕ではその全身を観客に見せることがない。見えるのは、カーテンの隙間から差し出し出される、細い腕のみだ。
窓の下で領民達が祝いの踊りを舞う。クラリス姫の腕は、その輪に向かって花冠を投げ落とす。
村の娘達はそれを踊りへの褒美と認識した。
そして花冠を頂くのに一番ふさわしいのは誰であるのかについて争いはじめ、奪い合いの果てに粉々に壊してしまう。
これが二幕目の筋立てだ。
目の前の舞台の上でも、筋書き通りにカーテンの隙間から腕が突き出された。
腕は青みを帯びた貝細工と言う花で編んだ冠を掴んでいる。
花冠を踊りの輪に向かって投げた腕は、すぐにカーテンの中に消えてしまった。同時に花冠の奪い合いの騒乱が起きる。
元より藁のように乾いた貝細工の花は、見る間に崩れて、散る。
そこで幕が下りる。
あっという間の出来事だ。
規則正しく、回り、跳ねるその人の輪の中に、別の動きをする者があった。
古びたローブの人物は、歌う村人の間を、手をつないで踊る娘達の間を、囃し立てる若者達の間を、縦横に駆けめぐっている。
人々はそれに気付いていないかの如く振る舞っている。いや舞台の上の「世界の現実」においては、彼は人間の目に見えない存在なのだ。
流れてゆく時、知ることのできない真実、未来から――あるいは観客から――見た既成事実の具象。
あるいは空気。なくてはならぬが、見ることも抱くことも操ることもできぬモノ。
その者は再び言った。
「時は古。知るすべ無き昔。世界を巡るは一陣の風」
ローブの裾を翻し、彼は下手へと消えた。
「あの野郎は、どうやら『フレキ・ゲー』を演じているつもりらしいな。
つまり、話の中の時間軸を逸脱して、遠い未来にこの与太話を書いた男、それを芝居にかけちまった自分自身を、さ」
ブライトはクツクツと笑っている。
「その言い様では、まるであの人がフレキ叔父その人のように聞こえてしまいます」
クレールはどうにか声を絞り出した。ブライトは含み笑いをかみ殺し、
「安心しな、そう思うのはお前さんぐれぇだよ。普通の観客はそこまで莫迦な心配はしねぇさ。
ただし、作者として挙がっている名前と北の海っ縁の殿様とを『同名の別人』と思って観ちゃぁくれンだろう……。
流石にあの野郎を『都の玉座に座り損ねた末生り瓢箪』本人だとは思いやしないだろうが、役者がそいつを演じていると解釈する賢いのはいるだろうな」
言い終わらぬうちに、またブライトの背中は小刻みに上下し始めた。彼は顎を支えているのとは反対の手をけだるそうに持ち上げ、舞台上を指さした。
「書き割りの、領主屋敷の窓ン中」
指先を視線で追ったクレールは、描かれた高窓に掛けられたレースのカーテンの向こうに、人影が動いているのを見た。
官製の脚本であれば、その窓の奥は領主の娘クラリスが半ば幽閉される形で住まわっている部屋と言うことになる。だから書き割りの窓の奥にいるのは「麗しい姫君」の筈だ。
彼女はこの幕ではその全身を観客に見せることがない。見えるのは、カーテンの隙間から差し出し出される、細い腕のみだ。
窓の下で領民達が祝いの踊りを舞う。クラリス姫の腕は、その輪に向かって花冠を投げ落とす。
村の娘達はそれを踊りへの褒美と認識した。
そして花冠を頂くのに一番ふさわしいのは誰であるのかについて争いはじめ、奪い合いの果てに粉々に壊してしまう。
これが二幕目の筋立てだ。
目の前の舞台の上でも、筋書き通りにカーテンの隙間から腕が突き出された。
腕は青みを帯びた貝細工と言う花で編んだ冠を掴んでいる。
花冠を踊りの輪に向かって投げた腕は、すぐにカーテンの中に消えてしまった。同時に花冠の奪い合いの騒乱が起きる。
元より藁のように乾いた貝細工の花は、見る間に崩れて、散る。
そこで幕が下りる。
あっという間の出来事だ。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
異世界無知な私が転生~目指すはスローライフ~
丹葉 菟ニ
ファンタジー
倉山美穂 39歳10ヶ月
働けるうちにあったか猫をタップリ着込んで、働いて稼いで老後は ゆっくりスローライフだと夢見るおばさん。
いつもと変わらない日常、隣のブリっ子後輩を適当にあしらいながらも仕事しろと注意してたら突然地震!
悲鳴と逃げ惑う人達の中で咄嗟に 机の下で丸くなる。
対処としては間違って無かった筈なのにぜか飛ばされる感覚に襲われたら静かになってた。
・・・顔は綺麗だけど。なんかやだ、面倒臭い奴 出てきた。
もう少しマシな奴いませんかね?
あっ、出てきた。
男前ですね・・・落ち着いてください。
あっ、やっぱり神様なのね。
転生に当たって便利能力くれるならそれでお願いします。
ノベラを知らないおばさんが 異世界に行くお話です。
不定期更新
誤字脱字
理解不能
読みにくい 等あるかと思いますが、お付き合いして下さる方大歓迎です。
柩の中の美形の公爵にうっかりキスしたら蘇っちゃったけど、キスは事故なので迫られても困ります
せりもも
BL
エクソシスト(浄霊師)× ネクロマンサー(死霊使い)
王都に怪異が続発した。怪異は王族を庇って戦死したカルダンヌ公爵の霊障であるとされた。彼には気に入った女性をさらって殺してしまうという噂まであった。
浄霊師(エクソシスト)のシグモントは、カルダンヌ公の悪霊を祓い、王都に平安を齎すように命じられる。
公爵が戦死した村を訪ねたシグモントは、ガラスの柩に横たわる美しいカルダンヌ公を発見する。彼は、死霊使い(ネクロマンサー)だった。シグモントのキスで公爵は目覚め、覚醒させた責任を取れと迫って来る。
シグモントは美しい公爵に興味を持たれるが、公爵には悪い評判があるので、素直に喜べない。
そこへ弟のアンデッドの少年や吸血鬼の執事、ゾンビの使用人たちまでもが加わり、公爵をシグモントに押し付けようとする。彼らは、公爵のシグモントへの気持ちを見抜いていた。
男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
藤雪花(ふじゆきはな)
恋愛
双子の王子と姫が入れ替わる。
その約束も16才まで。
再び王子は王子に、姫は姫に戻ったはずでした。
姫の元には縁談申し込みが多数寄せられ、悩みます。密かに初恋王子との結婚を望んでいたのでした。
だけど、姫を迎えに現れた初恋王子は傲慢な強国王子となっていて。
さらに強国王子が国に連れて帰ったのは、妻の姫ではなく、再び王子扮する姫。
そして、強国王子のスクールに男として参加することになる。
(強国)王子 × (男装)王子
この恋、成就不可能ではないですか?
※ご感想、大歓迎です!!
☆表紙の画像は以下で作りました。EuphälleButterfly さまありがとうございます!!!
https://picrew.me/image_maker/336819
Lavörice arno euphälisiese nou ewintezsel.
(訳 : 愛しいあの子の横顔)
【報告】
※エブリスタ小説大賞2021めちゃコミック女性向けマンガ原作賞 優秀作品に選ばれました!!(2022.3.28)
異世界は流されるままに
椎井瑛弥
ファンタジー
貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。
日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。
しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。
これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。
【完結】あなたの思い違いではありませんの?
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
複数の物語の登場人物が、一つの世界に混在しているなんて?!
「カレンデュラ・デルフィニューム! 貴様との婚約を破棄する」
お決まりの婚約破棄を叫ぶ王太子ローランドは、その晩、ただの王子に降格された。聖女ビオラの腰を抱き寄せるが、彼女は隙を見て逃げ出す。
婚約者ではないカレンデュラに一刀両断され、ローランド王子はうろたえた。近くにいたご令嬢に「お前か」と叫ぶも人違い、目立つ赤いドレスのご令嬢に絡むも、またもや否定される。呆れ返る周囲の貴族の冷たい視線の中で、当事者四人はお互いを認識した。
転生組と転移組、四人はそれぞれに前世の知識を持っている。全員が違う物語の世界だと思い込んだリクニス国の命運はいかに?!
ハッピーエンド確定、すれ違いと勘違い、複数の物語が交錯する。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/19……完結
2024/08/13……エブリスタ ファンタジー 1位
2024/08/13……アルファポリス 女性向けHOT 36位
2024/08/12……連載開始
え?私、最強なんですか?~チートあるけど自由気ままに過ごしたい~
猫野 狗狼
ファンタジー
神様の手違いで転生してしまう主人公ナナキ、ちょっとボケた神様はステータスすらとんでもないことにしちゃって…!?ナナキの所に神様やら聖獣やら精霊王やら集まってくるけど、周りの人達のおかげで今日も今日とて元気に暮らせます。そして、自分からやらかすナナキだけどほとんど無自覚にやっています。そんな女の子が主人公の話です。
表紙は、左上がハデス、真ん中がナナキ、右上がゼウス、ナナキの隣がアポロ、右下がヘファイストスです。
ド素人な私が描いた絵なので下手だと思いますが、こんな感じのキャラクターなんだとイメージして頂けたら幸いです。他の人達も描きたかったのですが、入りきりませんでした。すいません。
稚拙ですが、楽しんでもらえたら嬉しいです。
お気に入り700人突破!ありがとうございます。
聖女の地位も婚約者も全て差し上げます〜LV∞の聖女は冒険者になるらしい〜
みおな
ファンタジー
ティアラ・クリムゾンは伯爵家の令嬢であり、シンクレア王国の筆頭聖女である。
そして、王太子殿下の婚約者でもあった。
だが王太子は公爵令嬢と浮気をした挙句、ティアラのことを偽聖女と冤罪を突きつけ、婚約破棄を宣言する。
「聖女の地位も婚約者も全て差し上げます。ごきげんよう」
父親にも蔑ろにされていたティアラは、そのまま王宮から飛び出して家にも帰らず冒険者を目指すことにする。
転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい
高木コン
ファンタジー
第一巻が発売されました!
レンタル実装されました。
初めて読もうとしてくれている方、読み返そうとしてくれている方、大変お待たせ致しました。
書籍化にあたり、内容に一部齟齬が生じておりますことをご了承ください。
改題で〝で〟が取れたとお知らせしましたが、さらに改題となりました。
〝で〟は抜かれたまま、〝お詫びチートで〟と〝転生幼女は〟が入れ替わっております。
初期:【お詫びチートで転生幼女は異世界でごーいんぐまいうぇい】
↓
旧:【お詫びチートで転生幼女は異世界ごーいんぐまいうぇい】
↓
最新:【転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい】
読者の皆様、混乱させてしまい大変申し訳ありません。
✂︎- - - - - - - -キリトリ- - - - - - - - - - -
――神様達の見栄の張り合いに巻き込まれて異世界へ
どっちが仕事出来るとかどうでもいい!
お詫びにいっぱいチートを貰ってオタクの夢溢れる異世界で楽しむことに。
グータラ三十路干物女から幼女へ転生。
だが目覚めた時状況がおかしい!。
神に会ったなんて記憶はないし、場所は……「森!?」
記憶を取り戻しチート使いつつ権力は拒否!(希望)
過保護な周りに見守られ、お世話されたりしてあげたり……
自ら面倒事に突っ込んでいったり、巻き込まれたり、流されたりといろいろやらかしつつも我が道をひた走る!
異世界で好きに生きていいと神様達から言質ももらい、冒険者を楽しみながらごーいんぐまいうぇい!
____________________
1/6 hotに取り上げて頂きました!
ありがとうございます!
*お知らせは近況ボードにて。
*第一部完結済み。
異世界あるあるのよく有るチート物です。
携帯で書いていて、作者も携帯でヨコ読みで見ているため、改行など読みやすくするために頻繁に使っています。
逆に読みにくかったらごめんなさい。
ストーリーはゆっくりめです。
温かい目で見守っていただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる