55 / 158
魂の欠片
魔の手
しおりを挟む
ブライトは握り拳を上向きに開いた。
逞しい掌の上に、赤い蝋の欠片が付いた麻紐の塊が乗っている。
クレールがそれを取りあげようとした途端、再び拳が握られた。
疑問と驚きで顔を上げたクレールは、ブライトの表情が硬く、真剣であるのを見た。
「野郎も隠すからには、それなりの訳があると見てのことだったンだが……」
封蝋に不可解な部分を見つけたのだろうことは察しが付く。それでもクレールには彼がその不可解を隠す意図が解らない。
「殿方の手は熱が高いそうですから、長く握りしめていると、蝋が溶けてしまいます。
ギュネイの家に由来するもので、お手を汚されても宜しいのですか?」
彼女にしては珍しく婉曲な物言いをすると、ブライトは少しばかり口角を持ち上げ、
「手の冷たい自分の方へ寄越せ、か?」
拳を開いた。
開きはしたが、その中のものをクレールへ渡そうとはしない。
彼は麻紐から封蝋を剥がし取ると、人差し指と親指の間につまんだ。
赤い顔料が練り混ぜられた蜜蝋の塊を、彼女の目の高さに持ち上げ、紋章が刻印された側を示す。
しっかりと押された印影は、間違いなく皇弟ヨルムンガンド=フレキが使う紋章だった。
「何か問題が?」
クレールは小首をかしげる。ブライトは無言だった。
中指で封蝋を軽くはじく。
上下を指に挟まれたまま、それは反転した。
麻紐の縄目が濁った赤い蝋の表面に刻まれている。
蝋の内側で鈍い光が跳ねた気がした。
「灯りが反射した……? 何に?」
滑らかで柔らかい蝋の表面で反射してにしては、光り方が鋭い気がする。
鋭角な、そして硬い何かが、蝋の中に埋没している。
地下の暗がりに目を凝らした。
直後――。
黒く伸びた爪。赤く濁った目。
クレールは確かに「それ」を見た。
彼女は猛烈な勢いで上体を後ろに反らした。
真後ろにあった柱に、背中が激しく打ち付けられた。
クレールは己の体を抱き、うずくまった。体が小さく震えている。
背を打った痛みは感じていない。
そんなものよりもはるかに痛烈な「恐怖」が痛覚を麻痺させている。
封蝋の奥から突き出された腕が彼女の顔面を掴み、眼差しが彼女の全身を睨め付ける。冷たい指先が頬に触れる、生暖かい吐息が耳元に吹きかけられる。
あるはずのない感触に彼女の総身は粟立っている。
肩口が掴まれた。それを実感した。
「ひっ」
しゃくり上げるような悲鳴を上げ、彼女は顔を上げた。
闇の向こうで、ブライト・ソードマンが静かに笑っていた。
逞しい掌の上に、赤い蝋の欠片が付いた麻紐の塊が乗っている。
クレールがそれを取りあげようとした途端、再び拳が握られた。
疑問と驚きで顔を上げたクレールは、ブライトの表情が硬く、真剣であるのを見た。
「野郎も隠すからには、それなりの訳があると見てのことだったンだが……」
封蝋に不可解な部分を見つけたのだろうことは察しが付く。それでもクレールには彼がその不可解を隠す意図が解らない。
「殿方の手は熱が高いそうですから、長く握りしめていると、蝋が溶けてしまいます。
ギュネイの家に由来するもので、お手を汚されても宜しいのですか?」
彼女にしては珍しく婉曲な物言いをすると、ブライトは少しばかり口角を持ち上げ、
「手の冷たい自分の方へ寄越せ、か?」
拳を開いた。
開きはしたが、その中のものをクレールへ渡そうとはしない。
彼は麻紐から封蝋を剥がし取ると、人差し指と親指の間につまんだ。
赤い顔料が練り混ぜられた蜜蝋の塊を、彼女の目の高さに持ち上げ、紋章が刻印された側を示す。
しっかりと押された印影は、間違いなく皇弟ヨルムンガンド=フレキが使う紋章だった。
「何か問題が?」
クレールは小首をかしげる。ブライトは無言だった。
中指で封蝋を軽くはじく。
上下を指に挟まれたまま、それは反転した。
麻紐の縄目が濁った赤い蝋の表面に刻まれている。
蝋の内側で鈍い光が跳ねた気がした。
「灯りが反射した……? 何に?」
滑らかで柔らかい蝋の表面で反射してにしては、光り方が鋭い気がする。
鋭角な、そして硬い何かが、蝋の中に埋没している。
地下の暗がりに目を凝らした。
直後――。
黒く伸びた爪。赤く濁った目。
クレールは確かに「それ」を見た。
彼女は猛烈な勢いで上体を後ろに反らした。
真後ろにあった柱に、背中が激しく打ち付けられた。
クレールは己の体を抱き、うずくまった。体が小さく震えている。
背を打った痛みは感じていない。
そんなものよりもはるかに痛烈な「恐怖」が痛覚を麻痺させている。
封蝋の奥から突き出された腕が彼女の顔面を掴み、眼差しが彼女の全身を睨め付ける。冷たい指先が頬に触れる、生暖かい吐息が耳元に吹きかけられる。
あるはずのない感触に彼女の総身は粟立っている。
肩口が掴まれた。それを実感した。
「ひっ」
しゃくり上げるような悲鳴を上げ、彼女は顔を上げた。
闇の向こうで、ブライト・ソードマンが静かに笑っていた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【R18】ダイブ〈AV世界へ堕とされたら〉
ちゅー
ファンタジー
なんの変哲も無いDVDプレーヤー
それはAVの世界へ転移させられる魔性の快楽装置だった
女の身体の快楽を徹底的に焦らされ叩き込まれ心までも堕とされる者
手足を拘束され、オモチャで延々と絶頂を味わされる者
潜入先で捕まり、媚薬を打たれ狂う様によがる者
そんなエロ要素しかない話
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる