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踊り子たちのざわめき

本当の失神

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 若い娘には良くあることだ。

 ギュネイ皇帝が二代目となったころから、ウエストが細くてバストの大きいスタイルが流行しており、娘達の多くはコルセットで胴から胸をきつく締めている。
 特に、美しさを追求する者達は、端から見れば拷問とも言えるほどの強さで我が身を締め付けるものだから、人によっては肋骨や背骨の形が不自然に歪んでしまうという。
 締め上げたコルセットの中では、胃腸も肺も心臓も、きつい型枠に無理矢理押し込められているような格好になる。
 この状態で、緊張の度合いが極限まで高まれば、息が詰まって気を失ってしまうのも必定といえよう。
……もっとも、社交界に身を置くご婦人方の中には、倒れる方向に麗しい男の子が居るとことを確認してから失神なさる方もおられるらしいが……。

 それは兎も角として。

 この娘はそれほどきついコルセットを締めているわけでもなく、打算で美しい男性(に見えるクレール)の腕の中へ倒れたのでもない。
 極度の緊張のあまり、本当に気が遠くなってしまったのだ。
 クレールは白い顔をしている娘を抱え込んだまま、ブライトに視線を送って助けを求めた。

「姫若さまの毒気に当たったンでやしょう」

 ブライトは相変わらず苦笑していた。ただし、先ほどよりは笑みが大きくなっており、だいぶん楽しげではある。

「まるきり私がどくででもあるかのように」

 クレールは困惑し、口を尖らせたが、

「それ以上でさぁ。何しろおまえさまときたら『娘のように美しい男』に見える。こいつは見る人によっちゃぁ毒婦よりも質が悪い」

 彼はくつくつと笑うばかりで、エルに手を貸そうとはしなかった。
 クレールは仕方なしに、倒れ込んだ娘を両の手で抱え上げた。
 娘の体は細く、軽かった。
 しかし、骨と筋肉はがっしりとしている。

 舞台の上で舞い踊るダンサーは、劇場の端に居る観客にも細かい所作まで見せねばならない。
 笑うにも泣くにも怒るにも、日常生活で作るそれと同じ表情を浮かべただけでは、じき席からはそれと見えない。
 身振り手振りも同様だ。
 だからといってただ大きく演じれば良いというのでもない。
 微笑すべきを大笑しては、笑みに隠された意味合いが違ってしまうからだ。
 よって、舞台人達は日常とは違う動作で、日常と同じに見える演技をすることになる。

 いわゆる「芝居がかった所作」というやつは、日常の動作と比べれば不自然な動きではある。しかし、それを舞台の上で行えば美しく見え、自然に見え、観客に理解してもらえる。
 そのために、役者も踊り子も普通の振る舞いでは使わない筋肉まで総動員して体を動かすし、そういう動作ができるように訓練し、修行する。
 おかげで、良い役者になればなるほど、その肉体は戦士並みの頑丈さに鍛え上げられることとなる。
 その上、彼らはその頑丈さを外見に出してはならない。
 役者が演じるのは丈夫だけではない。肥満体も病人もその身一つで演じなければならない。
 無言の舞踏劇バレエで主役を張るほどに優秀な踊り子はことさらだ。とぎすまされた強靱なバネが、皮膚の下にあることを観客に悟られては、妖精や姫君の装束が台無しになる。

 クレールの抱いているこの娘が踊り子であることは、その体つきから間違いない。メイクや衣裳からして、今は女ながら男役を演じているものと見える。
 着ている男物は、あるいは舞台用の衣裳とも考えられた。

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