クレール 光の伝説:いにしえの【世界】

神光寺かをり

文字の大きさ
上 下
23 / 158
表現者達

心にもない台詞

しおりを挟む
「ふぅん……」

 グラーヴ卿は、下ろしていた右腕を宣誓式の儀礼作法のように持ち上げた。
 それを合図に、イーヴァンはゆっくりと剣を退いた。苦々しげに舌打ちすることを忘れててはいない。
 クレールも剣を退いた。ただし、すぐさま抜刀できると示すため、剣をイーヴァンの視線の中に置いている。

「お名前を伺おうかしら? アタシはアタシ達と別行動をとらされているお仲間の情勢には、疎いのよね」

『エル=クレール・ノアール』

 と、クレールが名乗ろうとするのを、ブライト・ソードマンの大声がさえぎった。

「ガップのエル=クレールさまでさぁ」

 彼はことさら『ガップの』を強調して言う。
 周囲がざわめいた。
 さすがにその地名を聞けば、グラーヴ卿も驚きの表情を浮かべざるを得ない。
 マイヨールはぽかりと口を開けて、瞬きを繰り返しながらエル=クレールを見上げた。
 しかし、一番驚愕しているのはその彼女であった。

「ブライト、そんな……」

 見え透いた嘘を吐くな、と言いかけるのを、また彼は大声で遮る。

「ウチの姫若さまは、あちらでは随分と古い古い家柄の姫若さまで。どのくらい古いかってぇと、今のガップのお殿様の、そう、皇弟殿下よりも古くからで。
 そんな訳ですから、ガップのお殿様にもよくして頂いておりやした。だからね、ガップのお殿様がどんなモノをお書きになったかもよく知っておりやすよ。
 ……大丈夫、大丈夫。あのお殿様はそれほど馬鹿者ではありませんて。グラーヴの旦那を怒らせるような書きものを外に出す訳がない」

 なまくらな愚者さながらの要領を得ない物言いをする彼に、クレールは呆れのため息を吐いた。

『ああ、やっぱりとんでもない悪戯をしようとしている。あんなおおを吹いた上に、仮にも旅芸人の前でおおに演技までして……』

 もっとも、回りの者にはそのため息の真意は知れないだろう。ただ「どんな従者に呆れている」ぐらいに見えるはずだ。

 クレールはしかし、呆れながらもある種の期待を持ってブライトの「芝居」を眺めていた。
 それは、彼女の目にグラーヴ卿が、ちょく使を拝命するだけのことはありそうな逸材であることに間違いはないと映っているからだ。

『確かに居高で、物言いには棘はあるけれども……。言っていることは理に叶っている』

 その口ぶりが妙なほど優しげな事に薄気味の悪さを感じることもまた事実であるが、それでも『ただ者でない』のは間違いなかろう。
 ブライトがそれをどの様に言いくるめるつもりなのか知りたい。

『きっと、嘘でないけれども真実でもないことを並べ立てるのだろうけれども』

 クレールは再度ため息を吐いた。
 同時にグラーヴ卿も息を吐き出した。

「つまりあなたは何を言いたいのかしら?」

 もっと要領よく説明なさい、と言い、薄い唇に薄い弧を描かせる。

「つまりですね」

 ブライトは少しばかり首を傾げた。よくよく考えているという「振り」だろう。

「もしガップの殿様の書いたものなら、そんなに酷い話のハズがない。
 ガップの殿様の書いたものでなくても、殿様のお墨付きが本当なら、やっぱり酷いものであるはずがない。
 で、ガップの殿様が書いたものでもお墨付きを下さったものでもないってぇのなら、困ったことになるってことでやしょう?
 でも今ここには何もないんですよ、旦那。ガップの殿様のお墨付きも、お墨付きでないっていう証拠も、どっちもない。
 だからここで結論を出すことはできない」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

大地のためのダンジョン運営

あがつま ゆい
ファンタジー
剣と魔法が息づき、そしてダンジョンを造るダンジョンマスターと呼ばれる者たちがいる世界。 普通の人々からは「地下にダンジョンを造って魔物を召喚し何か良からぬことをたくらんでいる」と思われ嫌われている者たちだ。 そんな中、とある少女がダンジョンマスターの本当の仕事内容を教えてもらい、彼に協力していく中で色々と巻き込まれるお話。 「ダンジョン造りは世界征服のため? 興味ないね、そんなの。俺たちは大地のために働いているのさ」 初回は3話同時公開。 その後1日1話朝6:00前後に更新予定

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

Knight―― 純白の堕天使 ――

星蘭
ファンタジー
イリュジア王国を守るディアロ城騎士団に所属する勇ましい騎士、フィア。 容姿端麗、勇猛果敢なディアロ城城勤騎士。 彼にはある、秘密があって……―― そんな彼と仲間の絆の物語。

死霊術士が暴れたり建国したりするお話 第1巻

白斎
ファンタジー
 多くの日本人が色々な能力を与えられて異世界に送りこまれ、死霊術士の能力を与えられた主人公が、魔物と戦ったり、冒険者と戦ったり、貴族と戦ったり、聖女と戦ったり、ドラゴンと戦ったり、勇者と戦ったり、魔王と戦ったり、建国したりしながらファンタジー異世界を生き抜いていくお話です。  ライバルは錬金術師です。  ヒロイン登場は遅めです。  少しでも面白いと思ってくださった方は、いいねいただけると嬉しいです。

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

処理中です...